学位論文要旨



No 114138
著者(漢字) 二宮,裕將
著者(英字)
著者(カナ) ニノミヤ,ヒロマサ
標題(和) アクチビン処理した両生類胚外胚葉片の内胚葉分化および形成体としての働き
標題(洋) Endodermal differentiation and organizer activities of the activin-treated ectoderm in amphibian embryos
報告番号 114138
報告番号 甲14138
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3627号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 雨宮,昭南
 東京大学 教授 守,隆夫
 東京大学 教授 森沢,正昭
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨 [序論]

 両生類は脊椎動物の発生における誘導についての研究に広く用いられてきた。SpemannとMangold(1924)は初期原腸胚の原口上唇部を他の胚の腹側帯域(ventral marginal zone;VMZ)に移植したときに中枢神経系を含む二次軸が誘導されることを発見した。この誘導能は原口上唇部だけに限られることから、彼らはこの部域を形づくりの中心という意味でorganizer(形成体)と命名した。

 正常発生では形成体領域は原腸胚期に胚の内部に陥入し、予定外胚葉域に対して中枢神経系を誘導する。形成体領域を含む中胚葉は発生の初期から存在するのではなく、植物半球の細胞からの誘導によって形成されるとする説(中胚葉誘導説)が現在では有力である。このような中胚葉誘導を行なう物質は長い間不明であったが、予定外胚葉片に対する誘導能を検定する方法によってアクチビンやFGFなどの細胞成長因子がその候補物質であることが示された。

 アクチビンはツメガエル(Xenopus laevis)胚の予定外胚葉片に対し中胚葉を濃度依存的に誘導する。特に高濃度のアクチビン処理片は中軸中胚葉(筋肉、脊索)を形成し、形成体として働くことが知られている。近年、アクチビンはツメガエル外胚葉片に対し中胚葉ばかりでなく、内胚葉をも誘導することが報告されている。一方イモリ(Cynops pyrrhogaster)において、高濃度のアクチビンで処理された外胚葉片は卵黄に富んだ細胞(yolk rich cells;YRC)に分化し、またその処理片は無処理の予定外胚葉片に対し中軸中胚葉や神経を誘導することが報告されている。このような性質は原口上唇部の予定内胚葉領域(dorsal lip endoderm;DLE)においても報告されている。これらの結果はイモリにおいてアクチビン処理片がDLEと類似した性質を持ち、形成体として働くことを示唆している。本研究において私はイモリおよびツメガエルのアクチビン処理片における内胚葉分化や形成体としての働きを調べ、両生類初期胚におけるアクチビンの働きや形成体との関係を考察した。

[第一部]アクチビン処理したイモリ胚外胚葉片の内胚葉分化および形成体としての働き

 イモリ外胚葉片を高濃度のアクチビンAで処理した場合、YRCが形成される。アクチビン処理片がYRCのみに分化する条件を設定するため、種々の発生段階の胚(後期桑実胚〜初期原腸胚)から切り出した予定外胚葉片に対するアクチビンAの誘導能を単離培養によって調べた。予定外胚葉片は100ng/mlのアクチビンAで1時間処理した後、生理食塩水中で2週間培養して組織分化を検定した。予定外胚葉片の発生段階にかかわらず、処理片中には常にYRCが分化したが、それに伴って低頻度ながら外、中胚葉組織の分化も見られた。しかし初期胞胚の予定外胚葉片を材料に用いた場合には、ほとんどの処理片(95%)がYRCだけで構成されており、外・中胚葉組織が存在しなかった。

 この処理片を他の胚の胞胚腔に移植し、誘導能を調べたところ、中軸中胚葉や神経などをもつ二次軸(胴尾構造)が誘導された。また、TRDA(Texas Red-Dexistran-Amine)でラベルした処理片を用い、移植片の系譜を調べたところ、無処理の外胚葉片は表皮や神経などの外胚葉性の組織に組み込まれたが、アクチビン処理片は中軸中胚葉ではなく宿主胚の内胚葉(主に中腸から後腸領域)のみに組み込まれていた。このことはYRCが内胚葉であることを示唆している。

 以上の結果から、アクチビン処理片は内胚葉に分化するとともに「形成体」として働いて二次軸を誘導することが予想される。正常発生では、形成体(原口上唇部)は背側帯域(dorsal marginal zone;DMZ)より胚の内部に陥入し、体軸を誘導する。胞胚腔への挿入では二次軸を形成する能力を検定することはできても陥入運動を行うか否かは明らかでない。また、正常発生と同様に陥入することが出来れば、より完全な二次軸を誘導できるのではないかと考えた。そこでアクチビン処理片が陥入し、二次軸を誘導する能力をもつかどうかを調るため、VMZへの移植をおこなった。無処理の外胚葉片をを初期原腸胚のVMZに移植すると、移植片は胚表にとどまり、陥入しなかった。それに対し、アクチビン処理片を移植した場合には、移植片は宿主のDMZよりも遅れて少しだけ陥入し、胴尾の特徴をもつ二次軸が誘導された。この場合アクチビン処理片は宿主の陥入よりも遅れたため十分に陥入できず、胴尾構造のみしか誘導できなかったのではないかと考え、より早いステージ(初期胞胚)のVMZに移植した。この場合、移植片は宿主のDMZとほぼ同じタイミングで胚の奥深くまで陥入し、頭部から尾部まで全ての構造を持つ二次軸を誘導した。また、この完全な二次軸が出来たときの移植片の系譜を調べたところ、正常発生におけるDLEの予定運命と同様に咽頭、胃、肝臓などの前腸に分化していた。これらの結果はアクチビン処理片の代わりにDLEを用いた場合とほぼ同様であった。以上より、アクチビン処理したイモリ予定外胚葉片はDLEと同様に、VMZに移植された場合、陥入し、完全な体軸を誘導する形成体としての能力をもつことが示唆された。

[第二部]アクチビン処理したツメガエル胚外胚葉片の内胚葉分化および形成体としての働き

 同じ両生類でもイモリとツメガエルの形成体領域(原口上唇部)の構造は大きく異なる。イモリの原口上唇部はほとんど単層からなり、平面的な原基分布である。そして植物極側の内胚葉領域が動物極側の中軸中胚葉を誘導すると考えられている。一方ツメガエルの原口上唇部は多層構造であり、垂直的なな原基分布である。また、外側の内胚葉領域が内側の中軸中胚葉を誘導する能力を持つという報告がある。予定外胚葉領域についても両者の構造は異なっており、イモリが単層であるのに対し、ツメガエルは数層からなる。このためツメガエルにおいて外胚葉片を均一に処理できないことが、外植体全体に内胚葉を誘導する上での障壁になっているのではないかと私は考えた。そこでツメガエル外胚葉片を均一に処理するため、外層と内層をPBS(-)で分離した後、それぞれを高濃度(100ng/ml)のアクチビンで1時間処理し、生理食塩水中で4日間培養して組織分化を検定した。すると、外層と内層を分けなかった処理片は内胚葉細胞の他に外、中胚葉組織が分化したが、外層と内層を分けてそれぞれを処理したものでは外、中胚葉組織を含まない内胚葉細胞塊を高率に形成した。

 この結果はツメガエルにおいても高濃度のアクチビンが内胚葉を誘導することを意味する。そこで次にこの外層と内層を分けたアクチビン処理片を無処理の予定外胚葉片でサンドイッチすることにより、誘導能を調べた。この場合、神経が高率に形成された。特に外層のアクチビン処理片のサンドイッチ外植体は中軸中胚葉も高率に形成した。アクチビン処理片の系譜を調べたところ、内胚葉に分化しており、神経や中軸中胚葉は無処理の外胚葉片の方から形成されていた。

 以上の結果から、アクチビン処理片は内胚葉に分化するとともに神経や中軸中胚葉を誘導することが予想される。そこでアクチビン処理片を胞胚のVMZに移植し、二次軸を誘導する能力を調べた。外層と内層の処理片をそれぞれ単独で胞胚のVMZに移植した場合、胴尾の特徴(中軸中胚葉や神経などを含む)を持つ二次軸が誘導された。それに対して外層と内層の処理片を組み合わせたものを移植した場合、頭部構造を含む二次軸が誘導された。移植片の系譜を調べたところ、アクチビン処理片は神経や中軸中胚葉ではなく主として内胚葉に組み込まれていた。

 これらの結果と類似した現象はツメガエルのDLEについても報告されており、外胚葉片のアクチビン処理により形成される内胚葉とDLEとの類似性がツメガエルにおいても示唆された。

[まとめ]

 以上の一連の研究により、高濃度のアクチビンAは両生類予定外胚葉片に対して内胚葉を誘導することが明らかになった。この内胚葉は中軸中胚葉や神経を誘導する能力を持つ。これらの現象は正常胚原口上唇部においても見られることから、このアクチビン処理片は形成体の働きを正確に再現していると考えられる。

審査要旨

 本論文では、細胞成長因子アクチビンAと、両生類初期胚の予定外胚葉片を用いた数種の実験によって、原口上唇部の予定内胚葉領域(dorsal lip endoderm;DLE)の細胞分化や誘導作用の再現が試みられている。

 第1章では、高濃度(100ng/ml)のアクチビンAで処理したイモリ予定外胚葉片の内胚葉分化や形成体としての働きが述べられている。また、DLEを用いた実験を並行しておこない、アクチビン処理片と比較することによって、DLEとアクチビン処理片との相同性が確かめられている。イモリにおいて、高濃度のアクチビンで処理された外胚葉片は卵黄に富んだ細胞(yolk rich cells;YRC)に分化する。また特に初期胞胚の予定外胚葉片を用いた場合には、ほとんどすべてのアクチビン処理片が外・中胚葉組織を含まず、YRCだけで構成される。そのアクチビン処理片を他の胚の胞胚腔に移植すると、中軸中胚葉や神経を含む二次軸(胴尾構造)を誘導する。この結果はアクチビン処理片が形成体として働くことを示している。さらにこの場合アクチビン処理片は宿主胚の内胚葉(主に中腸から後腸領域)のみに組み込まれることから、YRC(アクチビン処理片)が内胚葉であることが示されている。一方、腹側帯域(ventral marginal zone,VMZ)に移植されたアクチビン処理片は正常発生における形成体と同様に陥入運動をおこなう。初期胞胚のVMZへ移植した場合、アクチビン処理片は胚の奥深くまで陥入し、頭部から尾部まで全ての構造を含む二次軸を誘導する。そしてこの場合、アクチビン処理片は正常発生におけるDLEの予定運命と同様に前腸に分化する。以上の結果はアクチビン処理片の代わりにDLEを用いた場合とほぼ同様である。これらより、高濃度のアクチビンで処理したイモリ予定外胚葉片はDLEと同様の誘導、分化を示す完全な形成体としての能力を再現していると言える。なお、第1章は浅島誠氏、有泉高史氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究の立案、実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 第2章では、高濃度のアクチビンAで処理したツメガエル予定外胚葉片の内胚葉分化や形成体としての働きが述べられている。ツメガエル予定外胚葉片はイモリ(単層)とは異なり、数層(外層と内層)からなる。外層と内層を分離した外胚葉片をそれぞれを高濃度のアクチビンで処理すると、外、中胚葉組織を含まない内胚葉細胞塊に高率に分化する。この結果はアクチビンが中胚葉誘導因子とみなされているツメガエルにおいても高濃度のアクチビンが内胚葉のみを誘導することを意味する。この外層と内層を分けたアクチビン処理片を無処理の予定外胚葉片でサンドイッチすると、神経、中胚葉を誘導し、自身は内胚葉に分化する。したがって、アクチビン処理片中に形成される神経、中胚葉の少なくとも一部がアクチビンにより直接誘導された内胚葉からの二次的な誘導により形成されていると考えられる。また外層と内層のアクチビン処理片をそれぞれ単独で胞胚のVMZに移植した場合、胴尾の特徴(中軸中胚葉や神経などを含む)を持つ二次軸が誘導され、外層と内層のアクチビン処理片を組み合わせたものを移植した場合、頭部構造を含む二次軸も誘導される。そしてそれらの場合、アクチビン処理片は主として内胚葉に組み込まれる。これらと類似した現象は正常胚原口上唇部においても報告されていることから、このアクチビン処理片は形成体の働きを再現していると考えられる。なお、第2章は浅島誠氏、横田千夏氏、高橋秀治氏、種子島幸祐氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究の立案、実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 本論文で述べられている一連の実験は両生類初期胚の形成体(特に内胚葉領域)をアクチビンAと予定外胚葉片を用いて再現したものであり、形成体を分子レベルで解析する上でも極めて有効な実験系であることを証明した。そして本研究が一つの明確な方向性を持ちながら進んできて、その優れた立案と実験、解析によって明解な結果を得ていると判断された。従って、博士(理学)を授与できると認める。

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