本論文では、細胞成長因子アクチビンAと、両生類初期胚の予定外胚葉片を用いた数種の実験によって、原口上唇部の予定内胚葉領域(dorsal lip endoderm;DLE)の細胞分化や誘導作用の再現が試みられている。 第1章では、高濃度(100ng/ml)のアクチビンAで処理したイモリ予定外胚葉片の内胚葉分化や形成体としての働きが述べられている。また、DLEを用いた実験を並行しておこない、アクチビン処理片と比較することによって、DLEとアクチビン処理片との相同性が確かめられている。イモリにおいて、高濃度のアクチビンで処理された外胚葉片は卵黄に富んだ細胞(yolk rich cells;YRC)に分化する。また特に初期胞胚の予定外胚葉片を用いた場合には、ほとんどすべてのアクチビン処理片が外・中胚葉組織を含まず、YRCだけで構成される。そのアクチビン処理片を他の胚の胞胚腔に移植すると、中軸中胚葉や神経を含む二次軸(胴尾構造)を誘導する。この結果はアクチビン処理片が形成体として働くことを示している。さらにこの場合アクチビン処理片は宿主胚の内胚葉(主に中腸から後腸領域)のみに組み込まれることから、YRC(アクチビン処理片)が内胚葉であることが示されている。一方、腹側帯域(ventral marginal zone,VMZ)に移植されたアクチビン処理片は正常発生における形成体と同様に陥入運動をおこなう。初期胞胚のVMZへ移植した場合、アクチビン処理片は胚の奥深くまで陥入し、頭部から尾部まで全ての構造を含む二次軸を誘導する。そしてこの場合、アクチビン処理片は正常発生におけるDLEの予定運命と同様に前腸に分化する。以上の結果はアクチビン処理片の代わりにDLEを用いた場合とほぼ同様である。これらより、高濃度のアクチビンで処理したイモリ予定外胚葉片はDLEと同様の誘導、分化を示す完全な形成体としての能力を再現していると言える。なお、第1章は浅島誠氏、有泉高史氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究の立案、実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 第2章では、高濃度のアクチビンAで処理したツメガエル予定外胚葉片の内胚葉分化や形成体としての働きが述べられている。ツメガエル予定外胚葉片はイモリ(単層)とは異なり、数層(外層と内層)からなる。外層と内層を分離した外胚葉片をそれぞれを高濃度のアクチビンで処理すると、外、中胚葉組織を含まない内胚葉細胞塊に高率に分化する。この結果はアクチビンが中胚葉誘導因子とみなされているツメガエルにおいても高濃度のアクチビンが内胚葉のみを誘導することを意味する。この外層と内層を分けたアクチビン処理片を無処理の予定外胚葉片でサンドイッチすると、神経、中胚葉を誘導し、自身は内胚葉に分化する。したがって、アクチビン処理片中に形成される神経、中胚葉の少なくとも一部がアクチビンにより直接誘導された内胚葉からの二次的な誘導により形成されていると考えられる。また外層と内層のアクチビン処理片をそれぞれ単独で胞胚のVMZに移植した場合、胴尾の特徴(中軸中胚葉や神経などを含む)を持つ二次軸が誘導され、外層と内層のアクチビン処理片を組み合わせたものを移植した場合、頭部構造を含む二次軸も誘導される。そしてそれらの場合、アクチビン処理片は主として内胚葉に組み込まれる。これらと類似した現象は正常胚原口上唇部においても報告されていることから、このアクチビン処理片は形成体の働きを再現していると考えられる。なお、第2章は浅島誠氏、横田千夏氏、高橋秀治氏、種子島幸祐氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究の立案、実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 本論文で述べられている一連の実験は両生類初期胚の形成体(特に内胚葉領域)をアクチビンAと予定外胚葉片を用いて再現したものであり、形成体を分子レベルで解析する上でも極めて有効な実験系であることを証明した。そして本研究が一つの明確な方向性を持ちながら進んできて、その優れた立案と実験、解析によって明解な結果を得ていると判断された。従って、博士(理学)を授与できると認める。 |