学位論文要旨



No 114141
著者(漢字) 東山,哲也
著者(英字)
著者(カナ) ヒガシヤマ,テツヤ
標題(和) 裸出胚嚢を持つトレニアを用いたin vitro重複受精系の確立と重複受精の動的機構の研究
標題(洋) Establishment of an in Vitro Double Fertilization System & Studies on Dynamic Mechanisms of Double Fertilization by Using Torenia fournieri that Has a Naked Embryo Sac
報告番号 114141
報告番号 甲14141
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3630号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 河野,重行
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 教授 加藤,雅啓
 東京大学 教授 黒岩,常祥
内容要旨 序論

 被子植物の生殖過程では、2つの精細胞が花粉管によって輸送され、卵細胞および中心細胞と受精する。「重複受精」と呼ばれるこの受精機構は、1898年にロシアのNawaschinによって発見された。以来100年、雌蕊組織の内奥で進行する重複受精の様子を、生体試料を用いて直接観察したものは誰もいない。重複受精過程は主に固定した試料を用いた切片観察によって解析されてきた。しかし、重複受精過程は非常にダイナミックかつ進行の速いプロセスであり、断片的な観察では捉えることのできない過程が多い(Russell,1992)。さらに、生体試料を用いた解析ができないことが、重複受精の生理学的な解析を阻んできた。

 重複受精を生体試料を用いて解析する際の最大の障壁は、胚嚢が胚珠組織の中央に埋め込まれ、厚い組織に覆われている点にあると言える。しかし、ゴマノハグサ科のトレニア(Torenia fournieri)では、胚嚢が胚珠から半分ほど突出し、卵細胞、2つの助細胞、中心細胞を生きたまま観察できる(図1)。

 本研究の目的は、1)トレニアの胚珠と花粉管を共培養することにより、裸出胚嚢へのin vitroの花粉管誘導系を開発し、花粉管誘導機構を解析する、2)2つの精細胞による重複受精の開始点と言える、胚嚢への花粉管の内容物放出機構を解析する、3)生体染色により精細胞を可視化し、重複受精過程における2つの精細胞の動態を明らかにすることである。そして、4)これらの解析を通して重複受精を生きたまま観察し、解析できる「in vitro重複受精系」を確立することを目的とする。

結果と考察I.裸出胚嚢へのin vitro花粉管誘導系の確立と花粉管誘導機構の解析

 胚嚢への花粉管誘導機構を明らかにするため、トレニアの胚珠と花粉管を共培養し、胚嚢への花粉管の誘導を試みた。Nitschの培地を改変し、トレニアの胚珠と花粉管を同時に培養できる固形培地を開発した。まず、花粉を培地上に直接播き胚珠と共培養したが(図3A、3B)、花粉管は胚嚢を素通りし、胚嚢への入り口の領域である珠孔端(図1D)に誘導されるものはなかった(表1;0/1930)。次に受粉した花柱を切りとって培地に置き、花柱を通って伸長する花粉管と胚珠を共培養した(図3C、3D)。その結果、4.0%(273/6804)の花粉管が胚嚢の珠孔端に誘導された(図3Eから3G、表1)。花粉管はin vivoで見られるように正確に2つの助細胞の間の線形装置の中央に直接誘導された(図3H、3I)。花柱を通過することにより、誘導活性に対する花粉管の反応性が向上していると考えられる。

 胚珠を培養前に熱処理(90℃、5分)した場合、胚嚢の珠孔端への誘導は見られなくなった(表1)。熱処理した胚珠としていない胚珠を混合して培養した場合、4.1%(60/1475)の花粉管が、選択的に熱処理していない胚珠の胚嚢に到達した(表1)。花粉管は選択的に生きた胚珠の胚嚢に誘導されると考えられる。

 in vitroでは線形装置に到達した花粉管の78%(213/273)は胚嚢に進入できず、コイル状になりながら線形装置に向かって伸長を続けた(図4、図5A、B)。この挙動は、花粉管が胚珠組織の中で胚嚢の線形装置の領域に特異的に誘導されていることを強く示唆している。20%(54/273)の花粉管は胚嚢に進入して内容物を放出した(図5C)。残りの2%(6/273)は胚嚢内部に進入はしたものの、伸長を停止せず胚嚢内部で伸長を続けた(図5D)。この異常は、胚嚢内部に進入した花粉管の伸長を制御する何らかの機構の存在を示唆している。

 次に、花粉管の到達と胚嚢の状態の相関を調べた(表2)。花粉管が胚嚢へ到達するピークとなる、培養開始から14時間目では、74.7%の胚嚢は培養過程で完全に壊死していた。完全な胚嚢は8.8%しか存在しなかった。しかし、203本の花粉管について調べたところ、197本(97%)の花粉管が選択的に完全な胚嚢に到達していた。また、すでに花粉管内容物の放出を受けた胚嚢には、花粉管が誘導されないことが示された。以上の結果から、未受精で完全な胚嚢が花粉管を誘導すること示された。

 さらに、トレニア属異種のT.biolloniiを用いて、誘導活性に種特異性が見られるか検討した。2種の胚珠を混合し(図6)、それぞれの種の花粉管がどちらの胚嚢に誘導されるか調べた(表3)。その結果、T.fournieriの花粉管は、よりT.fournieriの胚嚢に誘導され、T.biolloniiの花粉管は、よりT.biolloniiの胚嚢に誘導されやすいことが明らかとなった(p<0.005)。従って、胚嚢への花粉管誘導活性には若干の種特異性があることが示唆された。

II.花粉管の内容物放出機構の解析

 in vivoで花粉管が到達した胚珠を取り出して観察すると、花粉管は線形装置に到達した後、線形装置の構造に従い偏平になって2つの助細胞の間を伸長し、線形装置を通過した後、内容物を放出していることがわかる(図7)。この放出に伴い片側の助細胞が崩壊している(図7B)。

 花粉管の内容物放出機構をin vitroで解析するため、花粉管の誘導率を向上することによって内容物放出の瞬間を捉えることを試みた。培地にin vitroでの花粉管伸長を促進する因子として知られるPoly Ethylene Glycol(PEG)4000を加えた結果、誘導数を約4倍向上させることに成功した。最適濃度は15%であった(図8)。また、15%PEG4000の添加により、培養開始から14時間目の完全な胚嚢の割合は約4倍増加した。

 誘導率の向上により、花粉管が胚嚢に内容物を放出する過程をビデオ撮影することに成功した。内容物を放出する瞬間をデジタルビデオ撮影し、フレーム解析を行なった(図9)。花粉管が胚嚢内部で破裂した時点では、まだ助細胞は2つとも残っていた。また、このとき助細胞内部のオルガネラは動かず、2つの助細胞ならびに卵細胞が放出の衝撃で同程度押し動かされる。従って、花粉管は胚嚢内部の細胞間隙で破裂することが示唆された。放出の速度は花粉管が破裂した瞬間が最も速く、急激に減少した(図10)。花粉管が内容物を放出し始めてから0.9±0.7秒後(n=4)に、続いて片側の助細胞が破裂した(図9)。内容物の放出速度はしだいに遅くなるが、花粉管は3分間にわたって内容物を放出し続けた(図10)。

 卵細胞に対する位置で見た場合、退化する助細胞は左右で50%-50%であった(表4)。in vitroでも、左右で完全に50%-50%であり(表4)、両方の助細胞が破裂することはなかった。左右で50%-50%の、何らかの生理的な違いが生じており、花粉管の内容物の放出に伴って片側の助細胞が崩壊すると考えられる(図11)。

III.重複受精過程における2つの精細胞の動態解析

 重複受精過程における精細胞の挙動を、ノマルキー顕微鏡などを用いて無染色で観察することは不可能である。そこで、精細胞の生体染色法の確立を試みた。生体染色に適した核酸染色色素を探索した結果、SYTOX Green(STX)が生きた花粉管の栄養核と精細胞核を強く染色することを見出した。さらにSTXは、DNA特異性が高い、退色が少ない、青色励起光(504nm)で観察できるなど、生体観察に適していた。STXの粉末を極微量柱頭にのせ、同時に受粉した結果、花粉管の一過的な生体染色に成功した(図12)。花粉管は雄原細胞核および栄養核が染色されたまま伸長し(図12A)、内部では雄原細胞が正常に分裂し、2つの精細胞を形成した(図12B)。in vivoでは花粉管は染色されたまま胚嚢に到達し、正常に発芽する種子を形成した。さらに、切り取った花柱を培地中に置いたところ、花粉管は染色されたままin vitroで胚嚢に誘導され(図12C)、内容物を放出した(図12D)。

 次にSTX染色による花粉管の連続的な生体観察を試みた。生体へのダメージを減らすため、励起光を最大限絞り込み、肉眼では観察できない微弱な蛍光を、高感度冷却CCDカメラを用いて観察した。その結果、1時間以上にわたって連続蛍光照射下のもと、花粉管内部の精細胞の挙動を捉えることができた。流速10m/secに近い順方向および逆方向の激しい原形質流動の中で、精細胞は等速度ではなく、速度を変えながら、止まったり、後退したりしながら、しだいに花粉管の伸長方向に向かって移動することがわかった(図13、図14)。精細胞と栄養核の挙動は連動していることが多いが、しばしば異なる挙動を示し、精細胞と栄養核の距離もダイナミックに変化することがわかった。花粉管の内部では2つの精細胞は常に対になって移動した。さらに、胚嚢に放出された2つの精細胞が、それぞれ別個に動く様子を観察すること成功した(図15)。被子植物の精細胞は鞭毛を持たないが、何らかの機構で移動し、選択的かつ確実に受精すると考えられる。

 花粉管の内容物放出を受けた胚嚢では、in vivoで観察されるような初期胚発生および初期胚乳形成が観察された(図16)。また、卵細胞核内に精細胞核由来の核小体が出現することから、in vitroで重複受精が起きていることが示唆された。STX染色した場合でも、初期胚発生および初期胚乳形成は同様に観察された。将来的に、これまで全く未知だった受精の動態を明らかにできると考えられる。

図1.一般的な被子植物の胚珠とトレニアの胚珠の模式図AC.反足細胞CC、中心細胞EC.卵細胞:ES.胚嚢:FA.線形装置.MI.珠孔:OV.胚珠:PL.胎座.SN.中心核:SY.助細胞。図2.トレニアの生きた胚珠および裸出胚嚢のノマルスキー顕徴鏡像A.1つの胚珠.矢印の部分で胎座から切り離されている。B.左右対称な助細胞。C.卵細胞と助細胞、それらを取り囲む中心細胞。D.珠孔端側から見た胚嚢.助細胞の線形装置が珠孔端を占める。CC,中心細胞:EC,卵細胞:ES.胚嚢;FA.線形装置:OV.胚珠,SY,助細胞:バーは50m(A),10m(BからD)。図3.胚珠との共培養により裸出胚嚢の線形装置に向かって伸長する花粉管A.胚珠(周辺)と花粉(中央)の共培養。B.Aの暗視野拡大像。in vitro花粉管伸長。C.胚珠と受粉した花柱の共培養。D.Cの暗視野拡大像。semi-in vitro花粉管伸長。以下もsemi-in vitroによる培養。E.裸出胚嚢の珠孔端への花粉管の到達。3つの胚嚢に花粉管が到達している(矢印)。F.裸出胚嚢の珠孔端への花粉管の到達。G.裸出胚嚢の珠孔端への2本の花粉管の到達。H.正確に助細胞の線形装置に到達している花粉管。1.2つの助細胞の間に正確に到達している花粉管。CC、中心細胞:EC、卵細胞:FA.線形装置:OV、胚珠、PT;花粉管,SN,中心核:SY.助細胞:バーは1mm(AとC)、0.5mm(BとD)、100m(EからG)、10m(HとI)。表1図4.線形装置の領域に向かって伸長する2本の花粉管の連続観察時間経過(分)をそれぞれの写真の左上に示す。FA.線形装置:OV.胚珠:PT.花粉管:バーは30m。図5.線形装置に到達した花粉管の挙動A.胚嚢に進入できず,線形装置に向かって伸長を続けコイル状になった花粉管。B.さらに激しくコイルする花粉管。C.胚嚢に内容物を放出した花粉管。D.胚嚢内部で伸長を続ける花粉管。DSY.退化した助細胞;PT,花粉管:バーは20m。表2表3図6.T.fournieriの胚珠(左)とT.billoniiの胚珠(右) バーは100m.図7.in vivoにおける花粉管の胚嚢への内容物放出A.花粉管到達前の胚嚢(2つの助細胞を並べて見た場合)。B.花粉管が内容物を放出した胚嚢。受粉後に胚珠を切り出して観察した。右側の助細胞が退化している。C.花粉管到達前の胚嚢(卵細胞と助細胞を並べて見た場合)。D.花粉管が内容物放出した胚嚢。DSY.退化した助細胞.EC.卵細胞.FA.線形装置:PSY.残った助細、PT.花粉管:SY.助細胞:バーは10m。図8.Polyethylene Glycol(PEG)4000の添加による花粉管誘導率の向上図9.in vitroにおける花粉管の胚嚢への内容物放出過程の連続観察内容物放出の瞬間を0秒とした時間経過(秒)を、それぞれの写真の左上に示す。この例では片側の助細胞が1.8秒後に破裂している。矢印は花粉管の内容物を示す。EC.卵細胞:PT,花粉管:SY.助細胞:バーは10m。図10.花粉管内容物の放出速度花粉管が破裂した瞬間を0秒とする。右上は放出初期を詳しく見たもの。表4図11.胚嚢への花粉管の内容物放出機構のモデル(本文参照)SY,助細胞。図12.SYTOX Green(STX)用いた柱頭における花粉一過的な生体染色柱頭でSTXを取り込み花柱内部を伸長する多数の花粉。B,Aの拡大像。C.STX染色されたままin vitroで胚嚢に導された花粉管。D.STX染色されたままin vitroで胚嚢に容物を放出した花粉管。CC.中心細胞:DSY.退化した助胞:EC.卵細胞、ES,胚嚢;PT.花粉管.SCN.精細胞核:VN,養核バーは100m(A).10m(B).20m(CとD)。図13.SYTOX Green染色による花粉管内部の栄養核および精細胞核の連続観察経過時間(分)をそれぞれの写真の左上に示す。高感度冷却CCDカメラを用いて撮影した。矢印は花粉管の先端を示す。SCN,精細胞核:VN,栄養核:バーは30m.図14.花粉管内部の精細胞の動き5本の花粉管の観察結果を示す。図15.SYTOX Green染色による胚嚢に放出された2つの精細胞の連続観察経過時間(秒)をそれぞれの写真の左上に示す。矢印は精細胞核を示す。CC.中心細胞:DSY、退化した助細胞:EC.卵細胞;PT.花粉管。SCN,精細胞核:バーは10m。図16.in vitroで花粉管の内容物放出を受けた胚嚢に見られる、初期胚乳形成および初期胚発生A 初期胚乳形成。B 初期胚発生。矢頭は伸長している卵細胞を示す。EC.卵細胞.ENS.胚乳;HT.吸器,PT,花粉管:バーは20m(A)と10m(B)。図17.in vitro重複受精系の確立in vivoにおける重複受精のタイムコースと,今回in vitro重複受精系の確立によって解析が可能になった過程(赤矢印)を示す.
審査要旨

 本論文は3章からなり、第1章は、トレニア(Torenia fournieri)の裸出胚嚢へのin vitro花粉管誘導系の確立と花粉管誘導機構の解析、第2章は、in vitro系を用いた花粉管の胚嚢への内容物放出機構の解析、第3章は、重複受精過程における2つの精細胞の動態解析について述べられている。

 ゴマノハグサ科のトレニアは卵細胞や中心細胞からなる胚嚢が胚珠組織から突出する高等植物である。本論文では、この裸出胚嚢を持つトレニアの胚珠を花粉管と共培養することにより重複受精をin vitroで再現し、重複受精過程を生体試料を用いて解析している。従来、多くの高等植物では胚嚢が胚珠組織の中央に埋め込まれているために、主に重複受精過程は固定した試料の切片で観察されてきた。一方、in vitroでの受精と言えば、近年は主に酵素処理によって単離された卵細胞や中心細胞が用いられてきた。トレニアの裸出胚嚢に着目し、in vivo同様、胚嚢と花粉管による重複受精をin vitroで再現しようと考えたことは、極めて独創性が高いと評価できる。

 本論文は、重複受精過程の進行順に従って解析された内容から構成されている。第1章においては裸出胚嚢への花粉管誘導系を確立している。これまでに多くの植物で胚珠と花粉管を用いたin vitro受精系が確立されているが、このトレニアの系は胚嚢と花粉管の直接的な相互作用を解析できる点で全く新規の系である。剥き出しの胚嚢への花粉管誘導は非常に困難な試みであったが、花粉管と胚嚢の両方に適した培地の開発、超低融点アガロースで固化した培地での胚珠の培養、花柱組織を通過させた花粉管を用いるなどの様々な工夫で、花粉管を直接胚嚢へ誘導することに成功している。この系の確立によって、花粉管は胚嚢の周りに伝うための組織がなくても、正確に胚嚢へ誘導されることが証明された。さらに、胚嚢への誘導活性が、未受精かつ生きた胚嚢の線形装置領域から伝播し、若干の種特異性を有することが示された他、誘導される花粉管の反応性が雌蕊組織を通過することによって向上することなどの多くの重要な知見が得られた。

 第2章においては、第1章で確立した系をさらに改良し、花粉管が胚嚢へ内容物を放出する過程について解析している。これにより、花粉管が胚嚢へ内容物を放出する瞬間の映像を、世界で初めて撮影した。この映像を解析することにより、花粉管の先端が胚嚢内部の細胞間隙で破裂し、引き続いて平均わずか0.9秒後に2つの助細胞の片側だけが選択的に崩壊し、もともと助細胞が占めていた領域が花粉管と助細胞の内容物で満たされることが明らかになった。これは、従来予想されていた花粉管が助細胞の内部に進入して内容物を放出するという説とは、異なるものである。花粉管が破裂する正確な場所を特定したことは、今後花粉管の破裂を引き起こすメカニズムや助細胞崩壊のメカニズムを明らかにしていく上で、極めて重要な発見である。

 さらに第3章では、SYTOX Greenを用いた精細胞の蛍光生体染色法、ならびに高感度冷却CCDカメラを用いた超微量蛍光観察法を確立し、重複受精過程における2つの精細胞の動態を可視化することに成功している。特に、胚嚢内部でそれぞれの精細胞が動く様子が捉えられたことから、鞭毛を持たない高等植物の精細胞が、胚嚢内部を移動して確実に受精する未知の機構が存在することが示唆された。さらに、花粉管が内容物を放出した胚嚢において、in vivo同様の初期胚発生および初期胚乳形成が観察された。これは、in vivoを反映したin vitro系の確立に成功したことを物語っている。

 本論文で開発されたin vitro重複受精系は、花粉管誘導物質や花粉管の反応性を向上させる雌蕊側因子の同定に、花粉管誘導のモデル系として利用できる。また、重複受精を操作した上で完全種子を作り出す系として利用することなども可能であり、この系の重要性や、応用性は極めて高いと言える。トレニアは、安定した形質転換も可能な植物であることから、分子生物学的な解析への展開も期待される。以上のことから、本論文は極めて独創的かつ斬新な論文であるのみならず、今後の高等植物の生殖研究の一大分野の礎を築いた重要な論文であると結論できる。

 なお、本論文第1章は、黒岩晴子、河野重行、黒岩常祥の共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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