学位論文要旨



No 114144
著者(漢字) 宮永,裕子
著者(英字)
著者(カナ) ミヤナガ,ユウコ
標題(和) ツメガエル胚の外植体における血球の誘導
標題(洋) Induction of blood cells in Xenopus embryo explants
報告番号 114144
報告番号 甲14144
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3633号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 石川,統
 東京大学 教授 塩川,光一郎
 東京大学 助教授 平良,眞規
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨

 アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の胚発生において、白血球を確認できるのは幼生の頃からで、分布は広がっている。それゆえ造血の前駆細胞(hematopoietic progenitor,HP)が最初につくられるステップも未だ明らかではない。第1章では、ツメガエルの白血球に対する抗体XL-2によって、成体の全ての種類の白血球と、胚および外植体の白血球を同定した。第2章では、内在性の中胚葉誘導因子の候補を組み合わせて血球の誘導を調べた。

 白血球は体中に散在性に現れる。一方、赤血球と胸腺リンパ球は初期原腸胚の腹側辺縁帯に由来することがつきとめられている。神経胚期に、腹側の予定血島域でプリミティブ(胚時期の一過性の造血)な赤血球に分化する一群と、背側側板中胚葉に運ばれてデフィニティブ(成体型)な造血のもととなる一群にわかれていく。HPは胚のどこで生じて、どのように発生が進むのだろう。

 胚から様々な部域を切り出して培養するのは、造血に関わる因子を知る手がかりになる。実際、胞胚のアニマルキャップ(予定外胚葉)はアクチビンやbFGF(basic fibroblast growth factor)に応答していわゆる「血球様細胞」に分化する。このアニマルキャップは赤血球マーカーのグロビンをほとんど発現しない。今回、「血球様細胞」の一部はXL-2陽性の白血球であることを同定した。さらに、白血球や赤血球の前駆細胞の分化が、増殖因子の組み合わせによって局所的に制御されていることが示唆された。

第1章ツメガエル胚の外植体における血球の誘導

 ツメガエルの白血球を特異的に認識するモノクローナル抗体XL-2によって、尾芽胚期の白血球、およびアクチビンで処理したアニマルキャップの白血球を同定した。XL-2は成体の胸腺細胞、尾芽胚、幼生、そして外植体から調整した蛋白質のウェスタンプロットで、135kDaの分子を認識した。解離した脾細胞の免疫蛍光で、XL-2は全ての種類の成体の白血球、すなわちリンパ球、単球/マクロファージ、栓球、顆粒球の細胞表面を染めた。発生の段階ではステージ24からXL-2陽性細胞が現れた。これは白血球を検出した例として最も早い。ホールマウント免疫染色では、尾芽胚〜幼生にXL-2陽性白血球が広く散在しているのが観察された。陽性細胞の多くはアメーバ状に伸びていて、幼生のからだが発達するにつれて血管系や造血器官に分布が集中した。

 アクチビン(0.5ng/ml)で処理した外植体では、以前から「血球様」と見なされていた体腔内の細胞に加えて、間充織や体腔上皮などの中胚葉組織に潜んでいる細胞の一群もXL-2陽性だった。アクチビンをヒトinterleukin-11(IL-11;10ng/ml)と組み合わせると、100%の外植体が体腔内の血球を形成した。マウスのstem cell factor(SCF;30ng/ml)をアクチビンと組み合わせた場合、アクチビン単独に比べて、XL-2陽性の白血球とさらに赤血球が著しく増加した。

 これらの結果から、次のような作用機構が考えられる。アクチビンは外植体に血球分化の前駆細胞(HP)を誘導する。HPの一部は白血球に分化する。SCF応答性の一部のHPは赤血球に分化する。IL-11は、外植体の細胞のアクチビンに対する反応を制限し、背側組織の形成を妨げながら、血球分化を促すとみられる。それゆえSCFとIL-11のどちらも、アクチビンが誘導する白血球と赤血球の数を増加させたと考えられる。In vivoの赤血球の分化には、中胚葉一帯のユニバーサルな誘導に続いて、BMPやSCF様の局所的なシグナルが必要だといわれている。しかし白血球の場合は第2のシグナルがなくても誘導されることが初めて明らかになった。

第2章bFGF、BMPs、アクチビンの血球の誘導に対する効果

 アクチビンと同様に胚に内在する中胚葉誘導因子の候補、bFGF、BMPs(bone morphogenetic proteins)についても造血に関する効果を調べた。

 胞胚のアニマルキャップは、bFGFまたはアクチビンに応答して風船のように膨らみ、最外層の表皮と、間充織・体腔上皮の腹側中胚葉で取り囲んだ腔内にいわゆる「血球様細胞」を形成する。第1章のアクチビンの場合と同様、bFGF処理でも、「血球様細胞」の一部はXL-2陽性の白血球であった。そしてやはり間充織や体腔上皮などの組織内にもXL-2陽性白血球が分布していた。bFGFは0.5〜250ng/mlの幅広い濃度で、アクチビン0.5ng/mlと同様の風船構造をつくる。白血球を誘導する至適濃度は、アクチビンが0.5ng/ml、bFGFが50ng/mlであった。赤血球はアクチビンやbFGF単独ではほとんど分化しなかった。

 BMP-2やBMP-4は大半の外植体には変化をもたらさなかった。それでも高い濃度(250ng/ml)で幾つかの外植体に、白血球とともに赤血球を誘導した。BMP-2は間充織や体腔上皮などの腹側中胚葉を一緒に誘導したが、BMP-4の場合は一見対照群と同じ不整形表皮の塊のなかに血球が分化していた。

 高濃度(13、65ng/ml)のアクチビンは外植体に筋肉や脊索など背側の組織を誘導し、引き換えに腹側の組織と白血球が減少する。至適濃度のアクチビン(0.5ng/ml)とbFGF(50ng/ml)を組み合わせると、腹側中胚葉組織や「血球様細胞」と一緒に筋肉が分化した。これらは白血球や赤血球の抗体では染まらなかった。

 BMP-2またはBMP-4(250ng/ml)をアクチビン(0.5〜65ng/ml)と組み合わせると、白血球と赤血球が著しく増加した。アクチビン13ng/mlの方が、0.5ng/mlより相乗効果が強かった。BMPsとアクチビンを組み合わせた場合、外植体に複雑に発達した構造が見られた。白血球・赤血球と卵黄に富む細胞が混在する密な塊と、血球を含まない色素細胞の塊が対になって体腔の中央に位置した。その塊とは離れた空間に、赤血球が、血島に相当するような緩い集塊をつくっていた。

 BMP-2(250ng/ml)とbFGF(50ng/ml)の組み合わせも多数の白血球とわずかに赤血球を誘導した。BMP-2とは異なって、BMP-4をbFGFと組み合わせると、bFGF単独のときより白血球の数が減少して半分程度に抑えられた。

 BMP-2(250ng/ml)、アクチビン(13ng/ml)、bFGF(50ng/ml)の3つを組み合わせた場合、別々に処理したときより白血球・赤血球が増加した。白血球の数は、アクチビンやbFGF単独のときの2倍であるが、BMP-2とbFGF、BMP-2とアクチビンの組み合わせの数割程だった。赤血球は白血球と同程度で、アクチビンやbFGF単独のときより桁違いに多かった。XL-2陽性の白血球に、しばしば分裂期にあるものが見つかった。またU型の核も時折見られた。同様の形態を、対照の幼生にも確認した。

 BMP-4とアクチビン、bFGFを組み合わせた場合には、白血球とほぼ同数の赤血球が分化したが、その数はずっと少なかった。細胞の増殖や分化が促されることもなかった。

 以上の結果から、アクチビンと同様にbFGFやBMPsも白血球の誘導に関わることが明らかになった。アクチビンとbFGFは、赤血球を分化させることなく、白血球を誘導する。BMPsは両方のタイプの血球の分化を引き起こす。第一章でSCFやIL-11をアクチビンと組み合わせた場合にも両方の血球が分化した。ただしSCFやIL-11は単独ではまったく効果を表わさなかった。

 高濃度のアクチビンで背側の組織が分化して、白血球が減少したことは、in vivoの白血球が局所的な条件で制御されていることを示唆する。一般にBMP-4は、それ自体は弱い活性の中胚葉誘導因子で、アクチビンによって誘導された中胚葉を腹側化する役割があると理解されている。実際、単独なら背側組織を誘導するアクチビンの濃度で、BMP-4は腹側化と著しい血球の増加をもたらした。しかしBMP-4処理で腹側構造なしに血球が誘導されたり、BMP-4とbFGFの組み合わせでは腹側の組織が揃っているのに血球がほとんど含まれていなかった。これらのことから、複数の増殖因子が、幾つものシグナル伝達経路を同時に活性化すると考えられる。組織分化やXL-2陽性細胞の特徴的な形態から、それぞれの増殖因子が協調することで活性化する経路もあることが示唆された。In vivoでは予定血島中胚葉は外胚葉と内胚葉からの作用を必要とする。アクチビンとBMPsの組み合わせで見られた特徴的な形態は、そうした造血の微少環境にあたると考えられる。

 アクチビンとBMPsのシグナル伝達経路は、受容体レベルからbFGFとは異なる。今回、白血球の前駆細胞の誘導に関してはどこかで重なる部分があることが示唆された。近年BMP-4の下流で赤血球分化に結びつく転写調節因子が幾つか報告されている。それらの因子が白血球のHPの誘導も仲介するのかどうかについては今後の検討課題である。BMP-4の胚の腹側での発現は赤血球分化に必須であることが知られている。アニマルキャップは、赤血球に関する要因を排除して、白血球のHP誘導に特異的な制御因子を研究する新しいシステムになることを明らかにした。

審査要旨

 本論文では、アフリカツメガエルの予定外胚葉、アニマルキャップに血球を誘導できることを示し、その至適条件を決めて系を確立した。特に、外植体において初めて白血球を検出した。増殖因子を組み合わせて、白血球や赤血球の分化についての効果を調べている。

 第1章では、ツメガエルの白血球に対する抗体XL-2によって、成体の全ての種類の白血球と、胚および外植体の白血球を同定している。XL-2は成体の胸腺細胞、尾芽胚、幼生、そしてアクチビンで処理したアニマルキャップのウェスタンブロットで、135kDaの分子を認識する。解離した脾細胞の免疫蛍光で、XL-2は全ての種類の成体の白血球、すなわちリンパ球、単球/マクロファージ、栓球、顆粒球の細胞表面を染める。発生の段階ではステージ24からXL-2陽性細胞が現れる。これは白血球を検出した例として最も早い。ホールマウント免疫染色で、尾芽胚〜幼生にXL-2陽性白血球が広く散在しているのが観察される。陽性細胞の多くはアメーバ状に伸びていて、からだが発達するにつれて血関係や造血系に分布が集中していく。

 低濃度(0.5ng/ml)のアクチビンで処理した外植体では、いわゆる「血球様細胞」(赤血球マーカーのグロビンは発現しない。)の一部と、いままで注目されていなかった間充織や体腔上皮などの中胚葉組織内にもXL-2陽性の白血球が存在した。アクチビンをヒトIL-11(10ng/ml)と組み合わせると、背側組織の分化が起こらなくなり、100%の外植体が「血球様細胞」に分化した。アクチビン単独に比べて、XL-2陽性の白血球とさらに赤血球が著しく増加する。

 予定血島である腹側中胚葉は、原腸胚期に予定外胚葉からの接触誘導を受けて赤血球に分化するといわれる。初期原腸胚から腹側中胚葉を切り出してきて培養すると、XL-2陽性の細胞も見られない。腹側中胚葉を予定外胚葉と組み合わせると、赤血球と同様XL-2陽性の白血球も分化した。この結果は白血球の分化も、空間的・経時的にダイナミックに変化する胚のパターン形成の過程で、「誘導」によって進行することを示している。

 マウスのSCFは、腹側中胚葉の培養で赤血球を誘導する作用が知られていた。そこで、SCF(30ng/ml)とアクチビシを組み合わせてアニマルキャップを処理したところ、赤血球が白血球とともに分化した。ただしIL-11のように全ての外植体に血球を分化させたわけではない。

 これらの結果から、アクチビンは外植体に白血球を誘導する。白血球や赤血球の前駆細胞の分化は、IL-11やSCF様のコファクターによって促されると考えられる。

 第2章では、内在性の中胚葉誘導因子の候補を組み合わせて血球の誘導を調べている。bFGFもアクチビンと同様に「血球様細胞」を誘導する。bFGFで誘導される血球様細胞の一部は、やはりXL-2陽性の白血球であった。間充織や体腔上皮にも陽性細胞が存在した。bFGFは0.5〜250ng/mlの幅広い濃度で血球様細胞を誘導するが、白血球に関しては50ng/mlが至適濃度であった。赤血球はほとんど分化しない。高濃度のアクチビンでは背側の組織が分化して、腹側の組織と白血球は減少する。BMP-2やBMP-4は、高い濃度(250ng/ml)で少数の外植体に白血球と赤血球を誘導した。アクチビン、bFGF、BMP-2は、血球と一緒に間充織や体腔上皮などの腹側中胚葉を形成したが、BMP-4の場合は一見対照群と同じ不整形表皮の塊のなかに血球が分化した。

 増殖因子を組み合わせることによって、血球の分化に相乗的あるいは拮抗的な様々な効果が観察される。BMPsをアクチビンと組み合わせると、白血球と赤血球が著しく増加した。血球の数が変化するばかりでなく、組織学的に特徴的な多様な形態も見られた。BMPsとアクチビンの組み合わせでは、血島のような赤血球の緩い集塊と、卵黄と赤血球・白血球が混在する密な塊、そして色素をもつ別塊が常に見られる。これらは、正常発生で血島が分化するときに影響を与える、内胚葉や外胚葉といった造血の微小環境に相当するとみられる。3つの因子(アクチビン、bFGF、BMP-2)を組み合わせた場合には、成体の顆粒球のような核をもつXL-2陽性細胞が観察された。正常胚にも同様の形態を確認している。

 これらの結果から、白血球や赤血球の前駆細胞の分化が、増殖因子の組み合わせによって局所的に制御されていることが示唆された。

 アニマルキャップは、造血の発生の最初のステップを解析するモデルとして有用であることを示した。

 なおXL-2抗体は日本女子大学の永田三郎教授から頂いた。成体の胸腺細胞を抗原に作成されたものを、本研究で外植体に用いた。研究は浅島誠氏の指導のもと、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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