内容要旨 | | 1.はじめに 火山噴煙が帯電していることは古くから知られており(例えばHatakeyama,1958),爆発によって生じる噴煙内部の電荷量と噴煙の規模との間の関係を調べることで,噴煙内部の電荷量を用いてマグマから供給される熱エネルギー量を評価できる可能性がある.本研究の目的は火山噴煙内部の電荷分布と電荷量を求め,その帯電状態を調べることにある.本研究では,噴煙内部の電荷分布に対して制約を与えるために(1)噴煙周辺での複数点での大気電場測定を行った.また火山灰の帯電状態,火山灰総量に関する情報を得るために(2)噴煙周辺での大気電場と,噴煙から降下してくる火山灰の比電荷の同時測定を行った.以下に特徴的な電場擾乱を示した1995年10月28,29日両日の電場測定例について述べ,これらから制約される噴煙内部の電荷分布を求める.そしてこの電荷分布がどの程度の一般性を持つものなのかを考察する. 2-1.1995年10月28,29日の桜島の活動について 両日の噴火の活動度(特に噴煙の放出率の時間変動)についての情報を得るために主に噴煙観測,地震の各データを用いた.噴煙観測からは28日の噴煙の活動レベルは非常に高く,多量の火山灰を含む噴煙が連続的に放出されていたという特徴が挙げられる.29日の噴煙は28日に比べると噴煙内に含んでいる火山灰の量は少なく,約2km上空で二次的なスチームを盛んに発生していたのが特徴的であった.地震のデータからも,桜島の活動が27日の夜から急激に活発になり,28日の平均的な活動レベルが29日よりも高かったことが読みとれる.この傾向は噴煙観測結果と良い相関を示す. 2-2.1995年10月28,29日の桜島における大気電場,火山灰の比電荷測定1995年10月28日 この日の電場変動として,(1)噴煙の流下方向の測定点では測定時間中負の電場変動が生じていた.(2)噴煙活動の激しくなった時間帯(15:20-16:10間)では,噴煙直下の測定点で負の電場変動幅が減少し,噴煙の流下方向から離れた測定点では負の電場変動幅が増加した.(3)15:13-16:23の降灰が激しい時間に噴煙の流下方向の測定点で行った比電荷測定では,電場が負に変動している間に正に帯電した火山灰が多く降ってきた,という3つの特徴が挙げられる.なお,この日の観測期間中,噴煙の流下方向は変化しなかった.(1)からは,10月28日の噴煙は基本的にマイナスに帯電していたことがわかる.(2),(3)の特徴をひとつの点電荷で説明することはできない.噴煙内部での電荷分離は主に帯電物質の鉛直方向の重力分離によって引き起こされるはずであるので,鉛直方向に分離した2つの点電荷モデルを使って考えると,(2)の観測事実は,噴火活動が強くなった15:20-16:10間に,新たに,上部にマイナス下部にプラスの電荷が加わったことによって説明される.噴煙の下部にプラスの電荷が加えられたという解釈は(3)の結果とも調和的である. 1995年10月29日 この日の電場変動は,噴煙の流下方向の地点での,正のあとに負の変動が続く電場擾乱で特徴づけられる.またこの日は噴煙上部付近の風速が噴煙下部付近の風速より大きく,噴煙上部が噴煙下部に先行して風下方向に流れていったことがわかっている.28日の結果に対する解釈と同様に,噴煙内部での電荷分離は帯電物質の鉛直方向の重力分離によって引き起こされると考えると,この日の噴煙は,上部がプラスに下部がマイナスに帯電していると解釈される. 3.1995年10月28,29日の両日の電場変動を説明可能な噴煙内部の電荷分布について 10月28,29日の両日の電場変動から推定される噴煙内部の電荷分布は異なっていることがわかった.気象データから両日間に周囲の大気条件について大きな違いがなかった事が分かっているので,電荷分布の違いは噴煙の活動度の違いを反映していると考えられる.噴煙活動が激しかった28日の噴煙は多量の火山灰を含んでいて,活動度が相対的に低かった29日の噴煙は,火山ガスや,細粒火山灰を多く含んでいた.また,電荷の分離機構としては異なる物質間(ガスと火山灰),あるいは火山灰粒子の粒径の違いによる接触帯電が有力であると考えられる.以上のことから,噴煙上部にプラス(主にガス),中部にマイナス(主に細粒火山灰),下部にプラス(主に粗粒火山灰)の3極構造をなす電荷分布を考えると28日と29日の電場変動結果を統一的に説明することができる.29日のように噴煙が主に火山ガスと細粒火山灰からなる場合,噴煙上部にプラスの電荷が,噴煙下部にはマイナスの電荷が分布することになり,また28日の15:20-16:10間の様に特に噴煙活動が激しいときには,それまで多くが火口近くで落下していたプラスに帯電した粗粒火山灰が測定点まで運ばれ,噴煙上部にマイナス電荷,噴煙下部にプラス電荷が付加されることになり,28日の電場変動の傾向が説明される. 4.1995年10月28,29日以外の桜島での電場変動結果を説明可能な噴煙内部の電荷分布について 10月28,29日以外の桜島の噴煙活動は10月28,29日に比べて穏やかな活動であった.10月28,29日以外のこれまでの桜島での電場測定結果から,噴煙の活動度があまり高くない場合,桜島上空(1-2km)の風速によって電場変動の極性が影響を受けていることが明らかになった.電場データによると,負の電場変動時の上空の風速は大きく(>5m/sec),風速が小さい場合(<5m/sec)にしか正の電場変動は生じなかった.この傾向は,上述の3極電荷分布モデルによって矛盾無く説明される.風速が大きい場合には噴煙中部のマイナスの細粒火山灰が測定点まで運ばれるために負の電場変動が卓越し,風速が小さい場合にはこの噴煙中部のマイナスの細粒粒子が運ばれにくくなり,噴煙上部のプラスの部分の影響が強く現れたと解釈できる. 5.過去の研究の電場変動結果を説明可能な噴煙内部の電荷分布について 桜島以外の多くの火山における過去の電場変動データを整理,コンパイルしたところ,電場測定点が火口から遠い場合(>10km)には負の変動が卓越するのに対して,測定点が火口に近い場合(<10km)では負の変動と正の変動を示す両方の場合があるという傾向があることが分かった.この傾向は,プラスに帯電した粗粒火山灰の多くが火口周辺で地表に降下し,さらに噴煙上部のプラスに帯電した火山ガスは大気中に拡散するため,10kmより遠い地点では主にマイナスに帯電した噴煙中部が選択的に観測される傾向があるということを示しているのかもしれない. 6.まとめ 噴煙活動が特徴的であった1995年10月28,29日の両日の電場データによる制約から,火山噴煙内部の大局的な電気的な構造が,噴煙上部にプラス(主にガス),中部にマイナス(主に細粒火山灰),下部にプラス(主に粗粒火山灰)の3極構造をなすことが明らかになった.そしてこの電荷分布に基づけば,これまでの桜島での電場変動結果や過去の電場変動結果の特徴を,噴火の強弱や,上空の風速の違いで,統一的に説明可能であることが判明した.従ってこの3極電荷分布は火山噴煙内部の一般的な電気的構造を表しているものであると考えられる. 図1.1995年10月28日の大気電場変動.矢印は噴煙放出を示している.図2.1995年10月29日の大気電場変動. |
審査要旨 | | 本論文は,火山噴煙内部の火山灰粒子分布について噴煙の電気的性質を用いて推定し,火山噴煙のダイナミクスや火山灰の降下メカニズムについての制約条件を与えることを目的とした研究に関するものである.本研究の基本原理は,火山噴煙周辺の複数地点での大気電場変動と火山灰の比電荷の同時測定を行い,噴煙内部の電荷分布と火山灰粒子分布を推定するというものである.これまでの研究の多くは,基本的に噴煙周辺の1地点での大気電場変動測定結果から噴煙の平均的帯電状態を推定しており,そのため噴煙中の電荷分布に関する内部構造は明らかにされていなかった.本研究は,複数点での大気電場変動測定,火山灰の比電荷の同時測定,さらにこれらに加えて噴煙の活動度を表す地震,地殻変動,降灰量,噴煙高度データなどとの詳細な対応関係を調べることによって,噴煙内部の一般的電荷分布モデルをはじめて明らかにした.また,観測に用いた機器類は,申請者によって本研究のために開発作成されたものである. 本論文は6つの章から構成される.第1章では,この研究の火山学的意義と目的について述べ,第2章では大気電場測定装置と,火山灰の比電荷測定装置の原理についてまとめている.第3章では,噴煙活動と電場変動が特徴的であった1995年10月28,29日について,詳細に電場変動の測定結果と火山灰の比電荷の同時測定結果を記述し,それぞれの日の噴煙内部の電荷分布を求めた.また,これらの電場変動の測定結果と噴煙活動データ(地震,地殻変動,降灰量,噴煙高度)や気象データとの比較から,噴煙内部の電荷分布が噴火の活動の強弱によって系統的に変化することを明らかにした.さらに大気電場変動の観測結果を逆問題として解析し,噴火強度と電場変動の関係を統一的に説明する電荷分布モデル(以下,申請者の命名に従って「PNP電荷分布モデル」とよぶ)を提唱した.第4章ではこれまで桜島で行ってきた電場測定結果に対してPNP電荷分布モデルを適用し,また,第5章では,過去の他の火山で行われた電場測定結果に対してPNP電荷分布モデルに基づいた再解釈を行い,他の火山の噴煙を含め噴煙周辺の大気電場と噴煙の活動の関係が一般的にPNP電荷分布モデルによって説明できることを示した.第6章では,PNP電荷分布に至るメカニズムについて主に火山灰の粒子の比電荷の観点から考察を加え,モデルの一般性や意義についての総括を述べている. これらの結果のうち,特に第3章で提唱された電荷分布モデルは,申請者独自のアイデアであり,オリジナリティの高いものである.申請者は,観測機器開発工夫および長期間にわたる噴煙周辺での観測の末,複数点での大気電場変動測定,火山灰の比電荷の同時測定にはじめて成功した.さらに噴煙活動データ(地震,地殻変動,降灰量,噴煙高度)との比較から,(1)噴煙は一般に負電荷に帯電した細粒火山灰を多く含むが,噴煙の活動が激しくなると,噴煙下部で正電荷に帯電した火山灰量が増え,同時に正電荷に帯電した火山灰の降灰が増加すること,(2)噴煙活動が弱い場合には噴煙の先端の火山ガスが卓越する領域が上空を通過するときに特徴的に正の大気電場変動があることを示した.申請者は,これらの観測結果は,噴煙上部の火山ガスがプラスに帯電し,噴煙中部の細粒火山灰がマイナスに帯電し,噴煙下部の粗粒火山灰がプラスに帯電しているという電荷分布によって統一的に解釈が可能であることを証明し,それをPNP電荷分布モデルと命名した.申請者による観測結果は,従来の火山噴煙周辺の大気電場変動の観測を質量ともに圧倒しており,その結果得られたモデルは,これまでのこの問題に関する様々な解釈に対して決着をつけるものである. 以上をまとめると,申請者は,これまで未開発であった火山噴煙内部の帯電火山灰粒子の分布状態の観測手法について,個々の計測機器の作成からはじめ,総合的な観測システム構築し,最終的には,実際に桜島火山から放出される火山噴煙に適用するところまで達成した.その結果,火山噴煙内部の大局的な電荷分布構造に関する一般的モデルを初めて明らかにすることに成功した.このことは,噴煙内部の電気的構造に関する新しい知見を得たのみならず,噴煙内部の火山灰の分布状態,降灰プロセス,ひいては噴煙のダイナミックスについて観測から強い制約条件を与え,火山噴火の理解に対して大きな貢献をするものであると言える. なお,本論文第3章,第4章の一部は,小屋口剛博,田中良和との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する. 以上の理由により,審査員一同,本論文によって博士(理学)の学位を授与できるものと認める. |