学位論文要旨



No 114147
著者(漢字) 奥野(江口),暢久
著者(英字)
著者(カナ) オクノ(エグチ),ノブヒサ
標題(和) 浮遊性有孔虫の季節変動 : 北太平洋中央部におけるセディメントトラップ実験より
標題(洋) Seasonal variability of planktonic foraminifera : Results from the central North Pacific Ocean sediment trap experiments
報告番号 114147
報告番号 甲14147
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3636号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平,朝彦
 東京大学 助教授 徳山,英一
 東京大学 助教授 大路,樹生
 地質研究所 主任研究官 川幡,穂高
 東京大学 助教授 多田,隆治
内容要旨 はじめに

 過去10年間古海洋の研究は特に第四紀を中心に発達してきた。これは様々なプロキシィーの開発によるところが大きいと考えられ、古海洋学は現在定量化そして高精度を目指して進んでいる。しかし、生物群集を用いた研究は以前からの方法を踏襲しており、必ずしも高精度を達成しているとはいえない。このためまず堆積粒子となる前の沈降粒子を研究し、化石群集となる前の遺骸群集と現在の海洋環境との対応を明らかにすることが重要であると考えられる。

 これまでに様々な海域でセディメントトラップ実験が行われており、その結果沈降粒子としての現世浮遊性有孔虫についての知見が深まってきている。しかし、北太平洋中央部での実験はなく空白域である。

 本研究では、北太平洋中央部東経175度線上の南北トランセクトのセディメントトラップサンプルの有孔虫群集を用いて、異なった水塊中に生息する浮遊性有孔虫の群集およびそのフラックスの季節変動を明らかし、それらの変動がどのような海洋環境によってコントロールされているのか、そしてそこで得られる情報が堆積物中にどのように保存されるかを評価することを目的とする。

サンプル・分析

 北西太平洋中央部東経175度線上の南北トランセクト(北緯46・37.5・30度)に1993年6月から94年5月にかけて係留されたセディメント・トラップサンプルおよびヘスライズから得られた表層堆積物サンプル、柱状堆積物サンプル。

 揚収されたセディメント・トラップサンプルの1/16分割分から125m以上のすべての浮遊性有孔虫を拾いだしカウントし、群集解析を行った。有孔虫フラックスは個体カウント数、サンプル採集日数(15〜31日)、セディメント・トラップの開口面積(0.5m2)から求めた。海洋表層のデータはIGOSS SSTおよびLEVITUS 94のデータを用いた。

 ヘスライズの水深約2600mと2900mから得られた表層堆積物NB71(34°11’N,179°15’E)、NK6(34°16’N,178°16’E)の表層部分の群集をトラップ群集との比較に用いた。柱状堆積物NP36(コア長:500cm)はNB71と同じサイトから得られ、酸素同位体比年代で過去約37万年の連続した堆積物であることが明らかになった。このうちの過去20万年について4cm-8cm間隔で浮遊性有孔虫の群集解析を行い、また石灰質ナンノプランクトン(Calcidiscus leptoporus)を用いた炭酸カルシウムの溶解変動を求めた。

結果・考察全有孔虫フラックスの変動

 各々のトラップで特徴的な有孔虫生産の季節変動が観察された。

 亜寒帯(サイト8)では有孔虫フラックスは有機物フラックスと調和的でともに春-秋期に高いフラックス、冬期に低いフラックスが観察され、年間を通して有孔虫の生産は主に餌となる植物プランクトンの有無に影響されていたと考えられる。

 黒潮続流域(サイト7、サイト6;1-5月)では、冬期にサーモクラインが消滅することによって表層への栄養塩の供給が活発になり、それによって表層の基礎生産が活発になった。これに対応して有孔虫フラックスも増加した。このような混合層の拡大による有孔虫フラックスの増加は例えばサルガッソー海での結果でも示されている。サイト6においても、期間後半の1月から5月にかけては黒潮続流域の影響下にあり表層水温は低く、温度躍層が深くなることによって中層からの栄養塩の供給が起こる時期にあたる。この時期有機物フラックスは増加し、これは栄養塩の供給に呼応した植物プランクトンの増加によるものであった。有孔虫フラックスもこの時期増加し、この増加は餌の増加によるものと解釈される。その後有機物フラックスが減少しはじめると、有孔虫フラックスも対応して減少を見せた。夏から秋にかけての期間は表層水温は高く、表層にはサーモクラインが発達した。この時期は栄養塩の供給はサーモクラインの発達によって少なく表層の基礎生産は低く、有機物フラックスは比較的低い値を示すが、全有孔虫フラックスは春の期間とほぼ同じ程度の値で変動した。この時期は比較的表層に生息し共生藻を持つ有孔虫のグループが卓越し、同様の種のグループの産出はサンペドロ海盆やパナマ海盆の同様の海洋環境で観察されている。

 中央水塊(サイト6;6-12月)では、期間前半6月から12月にかけて海洋表層は表層水温が高く、季節的な温度躍層が発達する時期にあたる。中層からの栄養塩の供給はほとんどなく貧栄養な亜熱帯中央水塊の夏から秋にかけての環境を示していた。有機物フラックスは低く、また、有孔虫フラックスも低い値を示した。

 以上のことから各サイトの全有孔虫フラックスは有機物フラックスと一般にパラレルであり、基本的には表層におけるfood availabilityが有孔虫の生産をコントロールしていると考えられる。

各種の産出の季節変動

 Site 8:亜寒帯に位置したサイト8では5種の浮遊性有孔虫が産出し、このうちTenuiterinata angustiumbilicataのみが6-7月に最大産出を見せる他は、Globigerina umbilicata,Neogloboquadrina pachyderma(sinistral),Globigerinita glutinataそしてGlobigerina quinquelobaは10-11月の秋のブルーム期に最大産出を記録した。N.pachydermaは水温の変動に対応してその殻の巻き方向が変化することが知られているが、本サイトでは年間を通してより低い水温に対応している左巻きが卓越した。

 Site 7:黒潮続流域に位置したサイト7では27種の浮遊性有孔虫が産出したが、このうちの13種で全体の90%を占めていた。最も有機物フラックスが高く、表層水温も比較的高く、浅いサーモクラインが発達する春期はG.quinqueloba、Negloboquadrina dutertrei,Globigerina bulloidesが特徴的に産出した。夏から秋にかけての表層水温がもっとも高く、サーモクラインが深くまで発達する時期にはGlobigerinoides ruber,Globigerinela aequilateralisが高い産出を見せた。表層のサーモクラインが消滅し鉛直方向の混合が起きる冬期にはもっとも多くの種が最大産出を見せたが、なかでも、Globorotalia inflata,Globorotalia truncatulinoides,Globorotalia hirsutaが黒潮続流域の冬の群集として特徴的に産出した。(図2)

 Site 6:サイト6では30種の浮遊性有孔虫が産出し、このうちの11種で全体の90%を占めた。高い表層水温、発達したサーモクライン、低い有機物フラックスで特徴付けられる観測期間前半サイト6は中央水塊の影響下にあり、Globigerinoides tenellus,Globigerinoides sacculifer,G.ruberが特徴的に産出した。後半は黒潮続流域の影響下に位置し最大産出を見せた種はサイト7の同時期の群集と同じであった。

 ここで見られた各種の産出の季節変動から各種の最適生息環境が明らかになった。例えば、

 N.pachyderma(sinistral):亜寒帯、サーモクライン50m程度、SST:8-10℃

 N.dutertrei::高い有機物フラックス、浅いサーモクライン、SST:15-20℃

 G.truncatulinoides,G.inflata,G.hirsuta::黒潮続流域の冬期、鉛直混合が卓越する時期

 G.sacculifer,G.tenellus,G.ruber::発達したサーモクライン、高いSST

水塊別年平均相対産出頻度

 堆積物中の群集との比較を行うために各水塊において年平均相対産出頻度を求めた。

 中央水塊:G.ruber,G.sacculiferに特徴づけられる。

 黒潮続流域:中央水塊と産出種は共通する部分が多いが、G.inflata,N.pachyderma(dextral)G.hirsutaの産出がこの水塊を特徴づけていた。

 亜寒帯:南の2つのサイトと構成種は全く異なり、G.pachyderma(sinistral)、G.quinquelobaの産出が顕著であった。

ヘスライズから得られた堆積物中の浮遊性有孔虫群集変化

 表層堆積物:黒潮続流域に位置した水深の違う2サイト (NB71,NK6)の表層堆積物中の群集構成は共通しており、トラップの群集と比較すると産出する種は一般に共通する。しかし、溶解の影響のためその相対産出頻度は変化していた。(図3)

 相対産出頻度が増加したもの:N.pachyderma(dextral)、G.irflata

 相対産出頻度が減少したもの:G.truncatulinoides,G.ruber

 セディメントトラップで見られた群集の季節変動との類似度から、表層堆積物に保存された群集は主に黒潮続流域の冬の群集を表していることが明らかになった。

 柱状堆積物:NP36で観察された浮遊性有孔虫群集の組成は過去20万年を通して現在の黒潮続流域のものと類似していた。

 特に優勢に産出を見せた種はG.inflata,N.pachyderma(dextral)であり、これらは黒潮続流域に特徴的な群集である。このことと、亜寒帯特有種であったN.pachyderma(sinistral)の顕著な産出が見られないことから、ヘスライズのサイトは過去20万年にわたって亜寒帯前線よりも南側に位置していたことが明らかになった。

図1:ロケーションマップ図2:サイト7(黒潮続流域)にみられた浮遊性有孔虫の季節変動と表層海洋環境図3:黒潮続流域での遺骸群集と表層堆積物中の化石群集の相対産出頻度の比較
審査要旨

 本論文は、セジメントトラップを用いた浮遊性有孔虫群集の季節変動の研究とその堆積物への応用の研究である。論文は、全2章からなる。まず、第1章では、セジメントトラップを用いた浮遊性有孔虫群集の季節変動の研究を扱う。まず問題の背景と研究の目的が述べられている。海洋の浮遊性プランクトンである有孔虫は、海洋環境変動研究の指標としていままで多くの研究者によって利用されたきた。しかし、実際に浮遊性有孔虫群集がどのような生態系での位置を占めているのか、それからその季節的な変動は環境変化の要因とどのように関連しているのか、などについては、知識が極めて限られていることが指摘されている。これは適切な問題設定と判断される。

 北太平洋の3地点でセジメントトラップが設定され、それぞれ異なって水塊の下で一年間に渡ってサンプルが収集された。このセジメントトラップの設置は環境変動との関連を検討するのに有効であった。海水温度、成層状態、第一次生産と群集の変化の対応が解析された。第一次生産としては有機物のフラックスを用いているが、これは長期に渡って直接生産をモニターすることは極めて難しいので、近似値として現在考えられる最良のものと判断される。その結果、有孔虫個体の総フラックスはまず、第一次生産に強く依存していることが明らかになった。これは有孔虫が食物連鎖の低次レベルに位置していることを示唆するものであり、植物プランクトンの生産と密接に結びついていることを示す。この結果は、異なった水塊を通じて初めて提示されたものであり、評価できる。

 一方、群集の内容そのものは、水塊の特性と季節性に依存していることがわかった。そして、これを成層構造の発達した栄養の低い季節の群集と混合の発達して栄養の高い季節の群集とに区分することができた。これも北西太平洋においての初めての試みであり、大きな貢献と判断できる。

 第2章では、以上の結果を海底堆積物の記録に応用し、氷期-間氷期サイクルでの変動を復元しようとする試みである。提出者は成層構造の発達した栄養の低い季節の群集と混合の発達して栄養の高い季節の群集の比率を取ることにより、混合水塊の発達の程度を示す指標を作った。さらに溶解の度合いを見積もって、指標を補正する方法を示した。これは、有孔虫の群集解析においては初めての試みである。この指標を堆積物に応用して、氷期には混合水塊がより発達していたことを示した。

 以上の論文において提出者の実験の手法、データの解析、考察は、適切であり、得られた結論も海洋地質学に取って有効なものと判断される。

 本論文は、北西太平洋における海洋環境の研究に大きな貢献を行なったと結論される。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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