学位論文要旨



No 114150
著者(漢字) 高山,英男
著者(英字)
著者(カナ) タカヤマ,ヒデオ
標題(和) キューバ北西部ペニャルベル層の起源および白亜紀-第三紀境界衝突事件との関係
標題(洋) Origin of the Penalver Formation in northwestern Cuba and its Probable relation to K/T boundary impact event
報告番号 114150
報告番号 甲14150
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3639号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 多田,隆治
 東京大学 教授 平,朝彦
 東京大学 助教授 松井,孝典
 東京大学 助教授 大路,樹生
 東京大学 助教授 永原,裕子
内容要旨

 ユカタン半島北西部のチチュルブにある直径180kmに及ぶ円形地下構造が白亜紀-第三紀(K/T)境界の衝突クレーターであることが示された1990年前後から,メキシコ湾およびカリブ海周辺地域ではK/T境界の衝突事件に関係して形成されたと考えられる砂岩層が報告されている。これらの砂岩層の成因については衝突によって発生した津波起源説と衝突に関係して発生した堆積物重力流起源説との間で議論が続いている。さらに近年、衝突に関係してこの地域の海底の堆積物が大量に巻き上げられ、海水中で混合されたという仮説が提唱されたが、その原因については充分な説明がされていない。

 一方、従来よりユカタン半島の東方5〜600kmに位置するキューバ島北西部に白亜紀最後期、マーストリヒト期最後期に形成されたとされる、上方細粒化を示し最大層厚が450mに達する砂岩層の存在が報告されていた。これらの地層の成因については、以前よりK/T境界の衝突事件との関係が指摘されていたものの具体的な証拠が見つからず、その成因およびK/T境界衝突事件との関連について明らかにされぬまま現在に至っている。本研究では、これらの地層とK/T境界衝突事件との関係、その形成機構を明らかにするために、キューバ島北西部に分布するペニャルベル層の模式地を中心に野外調査を行い、採取した試料の分析を行った。

 現在のキューバ島は北アメリカ大陸縁辺部と古第三紀以前に存在した大アンティレス島弧が、暁新世後期から始新世にかけて衝突したことによって形成されたとされており、K/T境界時にはペニャルベル層は現在のキューバ島の南方4〜500kmで堆積したと考えられる。その堆積環境は、大アンティレス島弧の一部であった古キューバ島弧の北側の前弧海盆であり、水深は600m〜2000m+の半遠洋域であったと推定されている。

 模式地周辺におけるペニャルベル層は少なくとも180mの層厚を持ち上方細粒化を示す石灰質砕屑岩類から構成され、全体を通じて生痕化石は全く観察されない。ペニャルベル層は岩相に基づき下位より、基底部層・下部層・中部層・上部層・最上部層に区分される。基底部層は塊状で淘汰の悪い礫質支持の石灰質細礫岩からなるが、細礫は角礫状で厚歯二枚貝等の浅海起源の大型化石片を豊富に含む。基底部層は著しい浸食面をもって下位のビアブランカ層を覆い、部層を通じて最大直径1m前後の同時礫をしばしば含み、模式地では25mの層厚を持つ。下部層は粗粒から中粒の石灰質砂岩を主体とし、礫の濃集した薄層が繰り返し狭在される。砂岩は上方に向かい次第に細粒化し淘汰も良くなり、これにつれて浅海起源の大型化石の量が減少する。礫の濃集層は主に淘汰、円磨度の良い、ビアブランカ層起源の泥岩片と少量の浅海性大型化石片からなり、25cmから4mの間隔で少なくとも14層狭在されることが確認された。本部層は下位の基底部層より漸移し、層厚は模式地において20mである。中部層は塊状で上方細粒化を示す淘汰の良い中粒から細粒の石灰質砂岩からなる。高密度の懸濁液からの沈降を示唆する柱状構造型や円筒-漏斗型の脱水構造が頻繁に含まれ、層厚は40mある。上部層は中部層から漸移し、数mオーダーの層状細粒石灰質砂岩からなり、層厚は少なくとも40mである。最上部層は明瞭な境界をもって上部層と接し、塊状の石灰質シルト岩からなる。本部層の露出は悪いが層厚は40m以上に達すると見積もられる。また最上部層と上位のアポロ層との境界は従来不整合であるとされていたが本研究では確認されなかった。

 含有される化石からペニャルベル層が66.2〜65.0Maに堆積したこと、砂岩部が高密度の懸濁液からの沈降に特有なCoarse-tail gradingと呼ばれる粒度分布を示すこと、多くの化石は下位の地層からの再堆積であることが明らかとなった。薄片観察、鉱物と元素組成の分析は、基底部層が浅海起源の大型化石を豊富に含むのに対し、下部層より上位の砂岩層ではそれらは急激に減少し、代わって島弧から前弧域の塩基性岩体起源の砕屑物の寄与が見られることを明らかにした。この組成は、当時の古キューバ島弧北西のユカタン半島南東縁辺部に堆積したとされるペニャルベル層相当層のカカラヒカラ層の中部層の組成と類似し、広域にわたり分布したことを示す。

 基底部層は、下位の地層を著しい浸食面をもって覆い、塊状で礫質支持の細礫岩からなり、部層を通じ直径1m以上の同時礫を含む。こうした特徴は、堆積物重力流の一種類である粒子流の堆積物の特徴と一致する。そして大量に含まれる浅海起源の化石より、その起源はペニャルベル層堆積場の南方に位置した古キューバ島弧上の炭酸塩プラットフォームと推測される。一方、下部層から最上部層の石灰質砂岩〜シルト岩部は、高密度懸濁液からの沈降堆積を示す上方細粒化の様式を持ち、淘汰も上方に向かい良くなる。また、流れを示す堆積構造は見られないが、下部に脱水構造を頻繁に含むことから、高濃度の懸濁海水から粒子の沈降によって形成されたと考えられる。従ってペニャルベル層は基底部層が大規模な粒子流で形成され、下部層から最上部層はその直後に形成された高密度の懸濁海水からの一連の沈降堆積によって形成されたと考えられる。またその沈降堆積の初期段階には波による横方向からの粒子の供給が存在したと推定される。この下部層〜最上部層が、水深600〜2000mの海域において海面まで完全に撹拌された懸濁海水からの粒子の沈降堆積で形成されたとすれば、その形成に要する時間は下部層で2.4〜8時間、上部層で5〜15日、最上部層で11〜38ヶ月と見積もることができる。また下部層に狭在される礫の濃集する薄層は淘汰、円磨度の良い礫が層理にその長軸を平行に配列する傾向を持ち、それらの一部は浅海起源と考えられるが、これは波によって形成されたとされる暴風堆積物の特徴と類似する。

 一方、基底部層〜下部層下部の試料には直径2mm前後に達する発泡したガラス起源の粒子が見出された。これら粒子の多くは内部を粘土鉱物や方解石によって置換されているが、数十m程度の発泡によって形成されたと考えられる小泡構造を持ち、一部は沸石によりセメントされている。この様な粒子は、多くのメキシコ湾周辺域のK/T境界層から報告されているエジェクタからの急冷によって形成されたとされるガラス物質に類似する。また下部層〜上部層にかけては、幅1m以下、数mの間隔で配列する線構造を複数方向に持つ石英が見出された。この様な構造を持つ石英は衝突によってのみ形成される衝撃変成石英である。

 化石による年代推定および、これらの粒子の存在は、ペニャルベル層がK/T境界衝突事件に関して形成されたことを強く支持する。地球圏外物質起源とされるIrとNiの濃集層は確認されなかったが、これはペニャルベル層とアポロ層の間の露出していない細粒堆積物の層準に存在するとすれば説明が可能である。ペニャルベル層におけるエジェクタ起源物質の産状、堆積機構とK/T境界衝突事件との関係をもとに以下の様な推定を行った。エジェクタ起源物質はその打ち出し角度を45度とし、大気中の摩擦を無視した場合、衝突発生4〜5分後に古キューバ島弧の前弧海域に着水すると見積もられる。水深を600〜2000mと仮定するとエジェクタ起源物質の中でより粗粒な発泡ガラス粒子の直径0.2mm、比重2と仮定した場合、着水後1-3時間程度で海底面に到達すると見積もられる。一方、より細粒の衝撃変成石英粒子は着水後海底面に到達するまで4-12時間程度を要すると推定される。

 ペニャルベル層においてガラス起源物質は基底部下部に多く、衝撃変成石英が下部層より上位に存在することは、粒子流がガラス物質の海底面到達後、衝撃変成石英の海底面到達以前に堆積したことを示唆する。粒子流の速度を一般に知られる堆積物重力流の速度を30-100km/hとし、その堆積場と浅海域との距離を現存する前弧海盆の地形から100kmとすると、この粒子流の発生時刻は最も速い場合で衝突の2時間前、遅い場合で衝突の11時間後と見積もられる。従ってこの粒子流の引き金としては衝突で生じ、2分後にはこの地域に到着したと考えられる強烈な地震波であった可能性が高い。続く懸濁液の形成は、衝撃変成石英が下部層から上部層にかけて見出されることから、ガラス物質の着底後、衝撃変成石英の沈降堆積以前、衝突から1〜12時間以内に形成された可能性が高い。その形成原因としては、最初の粒子流に伴う混濁流または衝突によって発生した津波が考えられる。しかし、基底部層と下部層で組成が明確に異なること、下部層〜最上部層にかけては混濁流堆積物に特徴とされる堆積構造を持たないこと、古キューバ島弧起源の粒子流が分布しないユカタン半島南東縁辺部でも類似した組成の砂岩層が存在することは懸濁液の形成原因が混濁流であることを支持しない。一方、ペニャルベル層の石灰質砂岩部〜シルト岩部の特徴は、流れを示す構造を持たず単一上方細粒化を示すこと、周囲の堆積層からの再堆積物が多く含まれることなどの特徴は、東地中海の深海における津波起源の堆積物として知られるHomogeniteの特徴と良く一致する。従ってペニャルベル屑の下部層〜最上部層は衝突によって発生した津波起源である可能性が高い。その場合、下部層に狭在される14枚の薄礫層は懸濁液形成後2.4〜8時間以内に通過した強い波の繰り返しを反映すると考えられる。

審査要旨

 本論文は,白亜紀/第三紀境界において生じた地球史上最大の隕石衝突地点であるユカタン半島の東方約600kmに位置するキューバ島における地表地質調査を通じて,衝突に伴って生じた巨大海底地滑りと巨大津波の存在を,世界で初めて明らかにしたものである.この研究は,地球惑星物理学教室の松井孝典助教授を中心とした日本-キューバの合同調査の一環としてなされた野外調査結果およびその際に採取された試料を基に行われた.高山は,調査に常時参加すると共に,調査結果の取りまとめ,試料の分析,分析結果の解析の全てについて,主体となってそれを行った.

 本論文は,8章から構成されている.第1章は序論である.序論において,高山は,白亜紀/第三紀境界の研究史のレビューを行い,研究の現状と未解決の問題を総轄している.それによれば,1980年にAlvaretz父子により白亜紀/第三紀境界における巨大隕石衝突説が出され,更に1991年にHildebrandらによりユカタン半島の地下に埋没した直径180kmを超えるクレーターが発見され,それが白亜紀/第三紀境界での隕石衝突によるものである事が示されるに及んで,白亜紀/第三紀境界に関する研究の興味は,小天体衝突が起こったかどうかから,衝突の結果どのような変動が起こったかに移った.そして,予想される変動の一つに巨大津波があるが,その確固たる証拠は,今だ示されていない.

 第2章では,キューバ島における地質,構造分帯,および各構造分帯における地層層序の概要が記述されている.特に,キューバおよびカリブ地域の地質構造に関する研究を取りまとめた結果,衝突当時,キューバ島の主体は島弧をなし,現在より500km程度南に位置し,その北にはメキシコ湾と大西洋をつなぐ深い海が存在した事が示された.

 第3章では4つの調査地点,ハバナ,マタンザス,バイアオンダ,ソロア,における地質の概要と試料採取地点が詳しく記載されている.4つの調査地点は,東西に200km近くにおよぶ.研究の対象となった,従来上部白亜系と言われ,今回,白亜紀/第三紀境界層である事が明らかにされた粗粒石灰質砕屑岩層(ペニャルベル層,カカラヒカラ層と呼ばれる)は,最大層厚が300m以上に達し,調査範囲全域に渡って追跡される事が示された.

 第4章では,詳細な調査を行ったハバナ地域のペニャルベル層および予備的調査を行ったカカラヒカラ層の岩相層序の詳細な記載を行っている.特にペニャルベル層は,5つの部層に細分され,1)基底部層は,浅海石灰岩プラットホームに由来する大形化石や石灰岩の礫,下位の泥質細粒石灰岩層の同時礫を多く含む淘汰の悪い塊状の礫層から構成される事,2)下部層,中部層,上部層は,単一の級化層理を示す石灰質砂岩からなり,特に下部層,中部層に急速な堆積を示す水抜け構造が頻繁に見られる事,3)最上部は,塊状の石灰質泥岩からなる事,4)全層準を通じて生痕が全く見られない事,と言った特徴を持つ事が示された.

 第5章は,生層序に関する記述である.化石の鑑定は専門家に頼ったが,鑑定までの試料処理や,鑑定解釈は高山により行われた.専門家に依頼した鑑定結果を整理した所,ペニャルベル層の時代が,6540万年前から6500万年前の間と白亜紀/第三紀境界(6500万年前)を挟んで非常に狭い範囲に限定される事が明らかになった.また,ペニャルベル層は下位の地層から混入した大量の誘導化石を含み,これが,従来この地層の時代がより古く見積もられていた原因であった事も明らかにされた.

 第6章は,ペニャルベル層の鉱物,化学組成に関する記述である.高山は,ペニャルベル層が白亜紀/第三紀境界の隕石衝突の結果形成されたのであれば,隕石衝突の際放出されたイジェクタガラスや衝撃変成石英と呼ばれる特有な物質が含まれると考え,それらを探した.そして,発泡ガラスは基底部層から下部層にかけてのみ,衝撃変成石英は下部層より上位にのみ産出する事を突き止めた.また,基底部層の鉱物,化学組成がそれより上位の部層の組成と大きく異なる事も明らかにした.

 第7,8章で,高山は,4から6章で示した証拠を基に,1)ペニャルベル層が白亜紀/第三紀境界での隕石の衝突に伴って形成された事,2)基底部層とそれより上位の部層では堆積機構が異なり,基底部は,重力流の一種であるグレインフローにより,下部層から最上部層にかけては,高密度懸濁液からの沈降堆積により形成された事,3)高密度懸濁液の形成機構としては,津波が最も可能性が高い事,を論証した.更に,ペニャルベル層内における衝突起源物質の鉛直分布から,発泡ガラスはグレインフロー到着前に調査地点海底に到達し,一方,衝撃変成石英はグレインフロー堆積後に海水中を沈降中に津波に巻き込まれた事を示した.そして,発泡ガラス,衝撃変成石英の飛来,沈降時間の計算から逆算して,津波は隕石衝突により起こった可能性が高く,グレインフローは,衝突の衝撃による大地震が引き金となった可能性が高い事を示した.

 このように,巨大隕石の衝突直後の変動の詳細を明らかにした研究は,世界で初めてであり,極めて独創的である.また,徹底した試料の観察,分析に基づく実証的アプローチも高く評価される.本研究は国際共同研究の一部であるが,高山が主体となって,調査・分析・検証を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であったと判断し,博士(理学)の学位を授与できるものと認める.

UTokyo Repositoryリンク