審査要旨 | | 本論文は,白亜紀/第三紀境界において生じた地球史上最大の隕石衝突地点であるユカタン半島の東方約600kmに位置するキューバ島における地表地質調査を通じて,衝突に伴って生じた巨大海底地滑りと巨大津波の存在を,世界で初めて明らかにしたものである.この研究は,地球惑星物理学教室の松井孝典助教授を中心とした日本-キューバの合同調査の一環としてなされた野外調査結果およびその際に採取された試料を基に行われた.高山は,調査に常時参加すると共に,調査結果の取りまとめ,試料の分析,分析結果の解析の全てについて,主体となってそれを行った. 本論文は,8章から構成されている.第1章は序論である.序論において,高山は,白亜紀/第三紀境界の研究史のレビューを行い,研究の現状と未解決の問題を総轄している.それによれば,1980年にAlvaretz父子により白亜紀/第三紀境界における巨大隕石衝突説が出され,更に1991年にHildebrandらによりユカタン半島の地下に埋没した直径180kmを超えるクレーターが発見され,それが白亜紀/第三紀境界での隕石衝突によるものである事が示されるに及んで,白亜紀/第三紀境界に関する研究の興味は,小天体衝突が起こったかどうかから,衝突の結果どのような変動が起こったかに移った.そして,予想される変動の一つに巨大津波があるが,その確固たる証拠は,今だ示されていない. 第2章では,キューバ島における地質,構造分帯,および各構造分帯における地層層序の概要が記述されている.特に,キューバおよびカリブ地域の地質構造に関する研究を取りまとめた結果,衝突当時,キューバ島の主体は島弧をなし,現在より500km程度南に位置し,その北にはメキシコ湾と大西洋をつなぐ深い海が存在した事が示された. 第3章では4つの調査地点,ハバナ,マタンザス,バイアオンダ,ソロア,における地質の概要と試料採取地点が詳しく記載されている.4つの調査地点は,東西に200km近くにおよぶ.研究の対象となった,従来上部白亜系と言われ,今回,白亜紀/第三紀境界層である事が明らかにされた粗粒石灰質砕屑岩層(ペニャルベル層,カカラヒカラ層と呼ばれる)は,最大層厚が300m以上に達し,調査範囲全域に渡って追跡される事が示された. 第4章では,詳細な調査を行ったハバナ地域のペニャルベル層および予備的調査を行ったカカラヒカラ層の岩相層序の詳細な記載を行っている.特にペニャルベル層は,5つの部層に細分され,1)基底部層は,浅海石灰岩プラットホームに由来する大形化石や石灰岩の礫,下位の泥質細粒石灰岩層の同時礫を多く含む淘汰の悪い塊状の礫層から構成される事,2)下部層,中部層,上部層は,単一の級化層理を示す石灰質砂岩からなり,特に下部層,中部層に急速な堆積を示す水抜け構造が頻繁に見られる事,3)最上部は,塊状の石灰質泥岩からなる事,4)全層準を通じて生痕が全く見られない事,と言った特徴を持つ事が示された. 第5章は,生層序に関する記述である.化石の鑑定は専門家に頼ったが,鑑定までの試料処理や,鑑定解釈は高山により行われた.専門家に依頼した鑑定結果を整理した所,ペニャルベル層の時代が,6540万年前から6500万年前の間と白亜紀/第三紀境界(6500万年前)を挟んで非常に狭い範囲に限定される事が明らかになった.また,ペニャルベル層は下位の地層から混入した大量の誘導化石を含み,これが,従来この地層の時代がより古く見積もられていた原因であった事も明らかにされた. 第6章は,ペニャルベル層の鉱物,化学組成に関する記述である.高山は,ペニャルベル層が白亜紀/第三紀境界の隕石衝突の結果形成されたのであれば,隕石衝突の際放出されたイジェクタガラスや衝撃変成石英と呼ばれる特有な物質が含まれると考え,それらを探した.そして,発泡ガラスは基底部層から下部層にかけてのみ,衝撃変成石英は下部層より上位にのみ産出する事を突き止めた.また,基底部層の鉱物,化学組成がそれより上位の部層の組成と大きく異なる事も明らかにした. 第7,8章で,高山は,4から6章で示した証拠を基に,1)ペニャルベル層が白亜紀/第三紀境界での隕石の衝突に伴って形成された事,2)基底部層とそれより上位の部層では堆積機構が異なり,基底部は,重力流の一種であるグレインフローにより,下部層から最上部層にかけては,高密度懸濁液からの沈降堆積により形成された事,3)高密度懸濁液の形成機構としては,津波が最も可能性が高い事,を論証した.更に,ペニャルベル層内における衝突起源物質の鉛直分布から,発泡ガラスはグレインフロー到着前に調査地点海底に到達し,一方,衝撃変成石英はグレインフロー堆積後に海水中を沈降中に津波に巻き込まれた事を示した.そして,発泡ガラス,衝撃変成石英の飛来,沈降時間の計算から逆算して,津波は隕石衝突により起こった可能性が高く,グレインフローは,衝突の衝撃による大地震が引き金となった可能性が高い事を示した. このように,巨大隕石の衝突直後の変動の詳細を明らかにした研究は,世界で初めてであり,極めて独創的である.また,徹底した試料の観察,分析に基づく実証的アプローチも高く評価される.本研究は国際共同研究の一部であるが,高山が主体となって,調査・分析・検証を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であったと判断し,博士(理学)の学位を授与できるものと認める. |