本論文「Isotopic systematics of carbon,nitrogen,helium,and argon in abyssal basalt glasses:implications for carbon recycling(海洋底玄武岩中の炭素、窒素、ヘリウム、アルゴン同位体比〜マントルの炭素循環の解明に向けて)」は、海洋底玄武岩試料の多元素の成分・同位体分析を通じて、沈み込み帯における炭素循環さらには、マントルへの炭素の取り込みを定量的に議論した論文である。 これまでの研究では、炭素の量、同位体比だけを取り上げていたため、炭酸塩に含まれる炭素と有機炭素を区別することはできなかった。本研究では、炭素の他に、窒素、ヘリウム、アルゴンなどの揮発性元素の同位体比を1つの試料から測定するシステムを開発して測定するとともに、試料の主成分元素、希土類元素の分析も行った。この結果、大気の汚染や脱ガスによる質量分別作用の効果を除くことが可能となり、炭素の起源を定量的に議論できるようになった。 中央海嶺玄武岩の分析では、インド洋のサンプルのC/N、C/3Heが他の地域の値と比べるとマントルの初生的な値を示すことを明らかにした。これにより、逆に北大西洋や東太平洋の中央海嶺玄武岩中の炭素の65-95%が沈み込んだ海洋堆積物起源であることを明らかにした。この結果は、これまで微量元素の同位体から推測されていた、南半球の方が沈み込んだ物質が再循環しているという主張とは異なるものである。しかし、炭素そのものを用いた議論はこれまで無く、マントルの物質循環の問題に対して、大きな転回を迫ることになる、結果を得たといえる。 背弧海盆玄武岩の分析からは、沈み込み炭素の30%が有機物起源であることを明らかにした。もともと沈み込む有機物の割合が5%程度であることを考えると、沈み込み炭素の主体である炭酸塩炭素の大部分は、マントル内に取り込まれたと考えられる。これは、マントル内部へ取り込まれた炭素を定量的に議論できた貴重な新しい情報である。また、窒素同位体の研究からは、上部マントルの窒素と沈み込みで循環した窒素がほぼ同じ寄与をしていることを明らかにした。これも新しい結果である。 本研究の過程で、論文提出者自身が、岩石中の極微量の窒素の同位体を測定できる、静作動型の磁場型質量分析計を用いたシステムの製作に携わり、日本国内では唯一、世界的なレベルの分析精度を実現した。分析誤差は15N値で0.5‰以下である。また、クラッシング法により岩石の気泡中のガスを抽出するシステムも論文提出者自身が製作した。これも、論文を高く評価できる要素である。 本論文のうち、背弧海盆の炭素循環の研究(Earth and Planetary Science Letters誌に掲載済)は佐々木晶、蒲生俊敬、比屋根肇、佐野有司との共同研究であるが、論文提出者がほぼ全てにわたり分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |