申請者はリモートセンシングによる天体表面、特に地球上における炭酸塩鉱物の検出を目的として、以下の研究を行った。 1)カルサイトと粘土鉱物との混合試料の反射スペクトルを拡散反射赤外分光光度計を用いて測定し、リモートセンシング衛星のセンサー反応をシミュレートする研究を行った。また、実際の、ふよう1号光学センサーにより収集されたリモートセンシングデータの解析とその対象地域でのサンプル採集、拡散反射スペクトルの測定を行ってデータの整合性を確認した。 2)媒体への入射光、媒体からの反射光の角度をそれぞれ変化させることが可能な拡散反射分光光度計を使用することにより、リモートセンシング衛星の姿勢や太陽光度の影響がどの程度データに影響するのかを考察した。 3)偏光の影響がどの程度表れるのかを知るために、透過型分光光度計に偏光装置を取り付けて、カルサイトの薄い試料への入射光を角度を変えて偏光させて測定を行った。 1930年代に始まった鉱物の分光学的研究をバックグラウンドに、1960年代後半から主に望遠鏡を用いての月を対象とした研究が行われ始め、アポロ計画によって実際に持ち帰られた試料のスペクトルと比較することによって地質解析手法としてのリモートセンシングが有効な地質調査手段として注目されるようになった。1970年代にはこれまで研究が困難とされていた小惑星についても、望遠鏡の発達に伴いリモートセンシングの技術が応用された。望遠鏡観測で得られたデータと、地球上で手に入る隕石の反射スペクトルとの比較により小惑星の分類が進み、その化学組成や隕石との関係も明らかになった。地球上でも1980年に打ち上げられたLANDSATのThematic Mapperセンサーのバンド(TMバンド)による地質解析が成果をあげたのをはじめとして、近年では各種プラットフォーム(飛行機、人工衛星、ロケット等)を用いて地球、惑星、小惑星などの天体のリモートセンシングによる研究がますます盛んに行われている。日本でも気象衛星、通信衛星は早くから発達してきたが、資源探査を目的とする人工衛星が1992年に日本で初めて打ち上げられた。ふよう1号と名付けられたこの衛星は、可視から近赤外領域に、立体視用のバンドを含む8つのバンドを持ち、地上の鉱物資源の探査においてその性能を発揮することが期待された。 岩石や鉱物はその組成に応じて紫外から可視、赤外領域にかけての電磁波の特定の波長において原子の遷移エネルギーに伴う吸収や、分子振動、格子振動に伴う吸収を示すため、リモートセンシングによるスペクトル観測を行うことにより対象表面の組成をある程度まで知ることができる。特に、炭酸塩鉱物や粘土鉱物では1.4mから2.5mの波長領域において、炭酸塩基や水酸基・水分子の振動による明瞭な吸収を示すことが知られており、ふよう1号のセンサーは、これらの鉱物の検出に適した1.5mから2.5mにかけてのバンドを持っている。このため、両鉱物の混合資料を調整して実験室内でセンサーの波長範囲に応じた反射スペクトルを測ることにより、混合試料の仮想的なセンサー対応を得ることに成功した。代表的な炭酸塩鉱物としてカルサイト(CaCO3)を、粘土鉱物にはモンモリロナイト(Al4Si8O20(OH)4・nH2O)、カオリナイト(Al4Si4O10(OH)8)の2種類を使用した。混合試料の測定の結果、炭酸塩基に起因する吸収帯の深さが、混合試料中の粘土鉱物量の増加に伴って対数的に減少することが明らかになった。炭酸塩基の振動による2.3mの吸収帯がふよう1号の光学センサーのバンド8(2.27-2.40m)の領域に存在し、粘土鉱物の吸収帯が同センサーのバンド5(1.6-1.71m)周辺とバンド7(2.11-2.20m)に存在することから、混合試料のスペクトルを、ふよう1号のセンサーに対応したスペクトルに変換し、スペクトルの各バンド強度の比を求めた。計算の結果、バンド5/バンド8の比がカルサイトと粘土鉱物の量比を一番良く反映することがわかった。 実験室内での測定結果を応用するために、フランスの十数カ所で炭酸塩岩をサンプリングして成分分析を行ったのちに拡散反射スペクトルを測定し、サンプリングと同一地域のふよう1号光学センサーにより収集されたスペクトルデータの解析結果とを比較検討した。実際のデータには大気や植生の影響によるノイズがあるため、カルサイトの量比とリモートセンシングデータのバンド比とが実験室での結果ほど完全には一致していなかった。しかし、石灰岩の有無はほぼ判別でき、炭酸塩鉱物の量もある程度の見積もりが可能であることが判明した。 カルサイトは異方性の大きな鉱物として知られているが、その分光スペクトルに関して光路の角度を変化させての測定は今までなされていなかった。本研究では申請者も開発に参加した入射・反射角可変の分光光度計(0.2-2.5m)を使用し、光の入射角・反射角を様々に変化させてカルサイト粉末の拡散反射スペクトルを測定し、どのような影響がスペクトルに表れるかを調べた。入射角と反射角とのなす角度が30度から65度の間では、目立った変化は見られなかった。太陽高度と衛星の姿勢のなす角はおおよそこの角度の間なので、実際のリモートセンシングデータにおけるカルサイトのスペクトルの角度依存性は無視して良いという結果が得られた。 地球に照射される太陽光が偏光していること、また偏光フィルターを使用することでどのような影響がリモートセンシングデータに見られるのかを知るために、カルサイトの3種類の定方位薄片試料を作成し、それらの透過偏光スペクトルをFT-IR型赤外分光光度計を用いて測定した。試料に入射する光路上に回転可能な偏光子を置き、15度ずつ回転させて測定を行った。測定した波長領域(4000cm-1〜400cm-1)には炭酸塩基の振動による主な吸収が4つみられ、それらの吸収の強度が、偏光子の回転に伴って180度周期の変化を見せることがわかった。また、変化の周期はどれも180度であったが、極大極小を起こす位相角度はそれぞれの薄片の方位、吸収の位置によって様々であった。カルサイトの単位格子内で、炭酸塩基の平面に対して分子振動が平面内でおこる場合の吸収の極大は、c軸に対して垂直方向の位相角度の偏光に対して起こり、分子振動が炭酸塩基平面に垂直な場合には吸収の極大は、c軸に平行な位相角度の偏光に対して起こることがわかった。実際のリモートセンシングで得られるデータは、透過スペクトルでなく反射スペクトルであり、対象も方位のバラバラな粉体であることが多いために単純な比較はできないが、カルサイトのように偏光に対して異方性の高い鉱物についてはリモートセンシングのデータ解析に際して留意する必要があると思われる。 リモートセンシングで得られるデータには、データ収集地域の地質組成だけでなく、表面のテクスチャー、地形、植生、大気等各種の情報が含まれており、すべてのファクターについて考察を行うことはかなり煩雑なシステムを要求することになる。しかし、本研究で、炭酸塩鉱物の検出や量比の見積もりに関しては、複雑な解析計算システムを用いることなく、現時点で最良の空間分解能で得られる、ふよう1号のリモートセンシングデータ解析で可能である事を明らかにした。 |