学位論文要旨



No 114154
著者(漢字) 逢坂,敬信
著者(英字)
著者(カナ) オウサカ,タカノブ
標題(和) 白色ラウェ法によるCVDダイヤモンドの結晶学的研究
標題(洋)
報告番号 114154
報告番号 甲14154
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3643号
研究科 理学系研究科
専攻 鉱物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大隅,一政
 東京大学 助教授 小暮,敏博
 東京大学 助教授 村上,隆
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 教授 田賀井,篤平
内容要旨 1研究の概要と目的

 CVD(Chemical Vapor Deposition)ダイヤモンドは,メタンなどの含炭素原料気体中の炭素原子を基板上に成長させることにより合成される.基板上のCVDダイヤモンドは粒子であるが,粒子が密に凝集しているものは薄膜と見なされる.CVD法を用いれば,任意の形状・大きさの基板表面上にダイヤモンドを成長させることができること,またダイヤモンドの種々の優れた特性により,CVDダイヤモンドは電子材料をはじめとして,広範な応用が期待されている.

 本研究の目的は,放射光を用いた白色ラウエ法により,Si(100)基板上に成長したCVDダイヤモンド粒子について結晶学的な研究を行うことであった.実験で用いたCVDダイヤモンド粒子は8m〜26mの大きさであったため,微小領域回折装置により実験を行った.この装置によれば,微小なCVDダイヤモンド1粒子中のさらに微細な構造について解析可能なデータが測定できる.測定により得られたラウエ回折パターンから(1)双晶の解析を行った.またラウエ回折斑点の積分強度から(2)温度因子,(3)双晶比の精密化を行った.さらに(4)ラウエ回折斑点のプロファイル解析を行った.このプロファイル解析はまだ方法が確立されておらず,ここでは,解析法の確立およびプログラムの開発が中心となった.ラウエ回折斑点のプロファイル解析では,(a)格子定数のばらつき,(b)モザイクの角度拡がり,(c)結晶性の乱れの方位についての定量的な情報が得られる.検出器にはイメージングプレートを使用しているため,3次元的なプロファイル解析が行える利点がある.

2ラウエ回折斑点のプロファイル解析

 まず,イメージングプレート上で観測される回折斑点のプロファイルのモデルを考えた.このモデルとなるプロファイルは,(a)実空間におけるプロファイルと(b)逆空間におけるプロファイルとのコンボリューションにより計算される.このため観測値(観測されたラウエ回折斑点のプロファイル)に対して計算値と呼ぶことにする.

(a)実空間におけるプロファイル

 (a)は,入射マイクロビームの拡がりを表わす関数,イメージングプレートの位置分解能を表わす関数,試料の吸収による回折X線の減衰を表わす関数のコンボリューションにより計算される.

(b)逆空間におけるプロファイル

 結晶が安全であり結晶性に乱れがないとき,その逆格子点は大きさを持たない.しかし,結晶が不完全であり,結晶性に乱れがあるときは,逆格子点は拡がりを持つ.この逆格子点の拡がりは非等方的であると考えられ,これを表わすために楕円体を導入した.この楕円体は強度分布を持っており,これを3次元の非対称ガウス関数で表わした.また,実際の結晶性の乱れをよく表わすよう楕円体の逆格子軸に対する回転を取り入れた.

 (a)と(b)とのコンボリューションを行い,非線形最小二乗法によりパラメータ(非対称ガウス関数の係数,強度分布における最大値の楕円体中心からのずれ,および楕円体軸の回転角)を精密化するプログラムを開発した.白色ラウエ法であるので,高次のブラッグ反射が重なるときも解析できるようになっている,高次の反射があれば,各反射の強度比の補正が必要となる.この補正は,(a)を計算するときに行われる.

3CVDダイヤモンド

 本研究で用いたCVDダイヤモンドは,マイクロ波プラズマ装置により,表1に示す条件で合成された*.

表1CVDダイヤモンドの合成条件基板:Si(100),マイクロ波:2.45GHz *試料合成は光田博士(東大・生研)による
4実験

 X線回折実験は,高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光研究施設BL-4B1で行った.マイクロピンホールにより入射ビームを直径1.6mに絞り,CVDダイヤモンド粒子に照射した.測定した粒子は,なるべく他の粒子と隣接していないものを選んだ.回折パターンはイメージングプレートに記録された.イメージングプレート上で記録できる範囲は回折角で110〜160°である.イメージングプレート上の回折斑点の強度とバックグラウンドから判断して,露光時間は30〜60分が適切であった.各測定の平均蓄積電流は237〜387mAであった.入射白色X線は偏光電磁石によるもので,試料位置でその波長分布は,これまでに行なわれた解析から,0.2〜2.8Åの範囲であると見積られている.蓄積リングは2.5GeVで運転されていた.

 測定した各粒子について簡単に説明する.A1のCVDダイヤモンドからは,3粒子を選び測定した(粒子1,2,3).粒子1に関しては,この粒子の異なる場所で測定を2回行った(測定1と2).これ以外の以下に述べる粒子について測定は1回である.粒子2と粒子3は基板上についた傷に沿って成長していた.粒子の大きさはいずれも径8mであった.A2のCVDダイヤモンドからは1粒子(20m)を選び測定した.B1のCVDダイヤモンドからは2粒子を選び測定した(粒子1と2).粒子の大きさは8m(粒子1)と9m(粒子2)であった.B2のCVDダイヤモンドからは1粒子(26m)を選び測定した.CのCVDダイヤモンドからは1粒子(21m)を選び測定した.

5結果・考察

 マイクロビームはCVDダイヤモンドでわずかに吸収されるが,そのままSi基板に浸透する.このため,回折はCVDダイヤモンドだけでなく,Si基板によっても起こる.いずれの測定においても,得られた回折斑点の大部分はSi基板からのものであった.Si基板からの回折斑点は,対称的に出ていた.それらSiの回折斑点からずれた位置にCVDダイヤモンドの回折斑点に観測された.CVDダイヤモンドの回折斑点は,Siの回折斑点と比べると,拡がっており,強度も弱い.しかし,粒径の大きなCVDダイヤモンドからの回折斑点の中には鋭く,強度の強いものも含まれていた.

(a)温度因子・双晶

 まずラウエ回折斑点の読取りを行い,(1)指数付け,(2)結晶方位の精密化,(3)積分強度を用いた等方性温度因子の精密化,(5)双晶の解析を行った.(3)の結果を表2に示す.(5)から,微小なCVDダイヤモンド1粒子のなかにさらに小さなドメインが含まれることが分かった.各粒子についての解析結果を合成条件ごと以下に記す.

 A1(粒子1):回折斑点の指数から,測定1では1つのドメインAからの回折のみが,測定2では2つのドメインB,Cからの回折が同時に観測された.解析からドメインBとCにはスピネル双晶の関係があった.ここでは,温度因子精密化の際にドメインBとCで指数の重なる反射は除外した.A1(粒子2):含まれる2つのドメインD,Eにスピネル双晶の関係があった.A1(粒子3):この粒子に含まれる2つのドメインF,Gにもスピネル双晶の関係があった.A2:観測された回折斑点は1つのドメインからのものであった.B1(粒子1):1つのドメインからの回折が観測された.B1(粒子2):含まれる2つのドメインH,Iにはスピネル双晶の関係があった.B2:回折斑点は1つのドメインからのものであった.C:回折斑点は1つのドメインからのものであった.

 精密化したCVDダイヤモンドの温度因子はいずれも,0.14〜0.16Å2であった.ダイヤモンドの温度因子の文献値は0.14〜0.17Å2である.この解析で得られた温度因子はいずれも,報告されている値と標準偏差内で一致する.CVDダイヤモンドの温度因子は合成条件によらないと考えられる.

 解析したCVDダイヤモンド8粒子の内,4粒子が双晶しているドメインを含んでいた.その双晶はいずれもスピネル双晶であった.精密化した2つのドメインの双晶比は,0.90(2)[A1,粒子2],0.30(5)[B1,粒子2]であった.CVD法でダイヤモンドを合成すると,双晶の生成割合が多いことが知られている.CVDダイヤモンドの双晶の判別は透過型電子顕微鏡像および電子線回折像により行えるが,定量的な解析はできない.しかし,微小領域回折法によれば,双晶比の精密化が行えた.

(b)プロファイル解析

 この解析には,B2のCVDダイヤモンドからの反射513を用いた.これは双晶していないこと,得られたラウエ回折斑点のプロファイルが鋭く,強度が強いことから選んだ.3次の1539が高次の反射であったが,強度は1次の513に対して0.3%と非常に弱かったので無視した.イメージングプレート上でこの回折斑点がある領域を数値データとして抜き出し,バックグラウンド処理をした後,観測値として用いた.開発したプログラムにより,パラメータの精密化を行った.精密化したパラメータにより表わされる楕円体から,(1)格子定数のばらつき,(2)モザイクの角度拡がり,(3)結晶性の乱れの方位を見積もった.(1)と(2)を表3に示す.ただし,この見積もりを行うには格子定数が必要であるが,白色ラウエ法では一般に格子定数を決定できないため,文献値3.5667Åを用いた.また,楕円体軸の方位から(3)結晶性の乱れの方位を見積もったが,それはCVDダイヤモンドに関して結晶学的に意味のある方位ではなかった.

 積分強度による構造パラメータの精密化からは得られない結晶性についての情報が定量的に得られたことは本研究にとって非常に意義がある.

表2精密化した等方性温度因子1)R=│Io(laue)-Ic(laue)│/│Io(laue)│,2)r=│Fo(bragg)-Fc(bragg)│/│Fo(bragg)│ a)測定1,b)測定2表3結晶性の乱れ
審査要旨

 本論文は微小なCVD(Chemical Vapor Deposition)ダイアモンドのX線回折法による結晶性評価のために従来から行われている積分反射強度に基ずく炭素原子の熱振動に加えて、2次元検出器上に得られた回折プロファイルから3次元逆空間における逆格子点のプロファイル、即ちその拡がりを最小自乗法により決定し、これにより結晶性を論じようとするものであり7章から構成されている。

 第1章は序論に充てられ、本研究に用いられたラウエ法の方法論・その特徴および近年の放射光X線利用による本方法の結晶構造解析・精密化への利用の結果が述べられている。ラウエ法の特徴が放射光白色X線による極微小結晶或いは微小領域解析に優れた方法であることが述べられており、このシステムによる解析例が与えられている。またこのシステムによる本研究の目的がここで述べられている。

 第2章は装置及び調整方法と題して、本研究に使用した高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光研究施設のビームライン4B1に設置されている極微小結晶・微小領域回折装置の詳細が与えられている。またマイクロピンホールから得られるマイクロビームの発散および試料位置でのビーム径の測定方法および結果が述べられている。

 第3章においては本研究で対象としたCVDダイアモンドの育成方法の概要が述べられている。次いでダイアモンドの結晶構造の特徴およびCVDダイアモンドに対してこれまでに行われてきた手法の特質が述べられている。

 また、本研究で使用したCVDダイアモンドの生成条件が与えられている。X線回折実験に使用した試料の光学顕微鏡による観察結果および走査型電子顕微鏡による詳細な観察結果が述べられている。

 第4章においては、白色X線によるラウエ像から得られる回折データの処理および解析法が述べられている。また、CVDダイアモンドに多く現れる双晶のラウエ法における解析法も与えられている。

 第5章では放射光白色X線を利用した回折実験について実験法・実験条件・試料の形態・サイズおよび実験結果が述べられている。実験は3生成条件・8ダイアモンド粒子に対して行われている。得られたラウエ像は対象とするダイアモンドの他に基盤のシリコンからの回折点を含むが、ダイアモンドに対する指数が示されている。

 第6章においてはラウエ像の概観が述べられ、各回折像収集領域に対する精密化された軸率および温度因子が最終信頼度因子と共に与えられている。軸率は3シグマの範囲内で立方晶系であり、温度因子も文献値と変わらない結果が得られている。双晶の解析も行われ8粒子中に4粒子がスピネル型双晶を成していることが判明した。

 第7章においては、ラウエ斑点のプロファイル解析の方法とこれによって得られた結果について述べられている。ここでは結晶性の乱れを表す逆格子点の拡がりを3次元逆空間における非対称ガウス関数として扱い、6箇の非対称ガウス関数の係数および3箇の各軸の原点からのズレ、および各軸の逆空間における方位を表す3箇の回転角度および1個の尺度因子を総計して解析すべきパラメーターの数は13箇である。

 実際に解析したラウエ斑点のプロファイルから求められた格子定数は若干短いもののCVDダイアモンドを粉末X線回折法によって測定した一例と殆ど変わらない結果となった。また、モザイク結晶の角度分布も若干大きめとも見なせるがCVD法による生成条件を考慮すると適当な値である。

 本研究で明らかにされた微小なCVDダイアモンドを対象としてミクロン程度の微小領域のX線回折法による結晶学的評価の結果、および新たに開発した回折プロファイルの解析法および解析結果はCVDダイアモンドに対する評価に止まらず、今後の物質に対する結晶学的評価に新たな視点を設けるものとして評価でき、博士論文の内容として相応しいと判断する。

 以上の結果に基づき博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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