学位論文要旨



No 114155
著者(漢字) 近見,純
著者(英字)
著者(カナ) チカミ,ジュン
標題(和) 始源的隕石から分化した隕石におけるスピネル鉱物中の亜鉛の挙動 : 太陽系初期における物質分化過程の指標
標題(洋) Zn behavior in spinel minerals from primitive to differentiated meteorites : Indicator of differentiation process in early solar system
報告番号 114155
報告番号 甲14155
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3644号
研究科 理学系研究科
専攻 鉱物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 教授 田賀井,篤平
 東京大学 助教授 藤原,顕
 東京大学 教授 大隅,一政
 東京大学 助教授 村上,隆
内容要旨

 太陽系初期の物質進化過程を明らかにするという目的のために,始源的隕石(コンドライト)から,原始惑星を構成している分化した隕石(エコンドライト)までの分化過程を一つの尺度で示すことを試みた.エコンドライトは,コンドライトが熱変成を受けて生じたと言われているが,これまでの数多くの研究にも関わらず,まだ,エコンドライトの分化過程は明らかになっていない.コンドライトからエコンドライトへの分化過程を一つの尺度で理解する試みは,コンドライトからエコンドライトへの進化過程を知ることであり,ひいては,太陽系形成初期より,どのようにして惑星が誕生したのかを知ることにつながる.

 隕石の分化程度の指標として,揮発性元素の隕石中の挙動を考える.なぜなら,始源的隕石から分化した隕石への形成過程で,揮発性元素は,高温もしくは小惑星の衝突などの衝撃により揮発してしまうと考えられるからである.すなわち,揮発性元素の含有量はそれぞれの隕石が経てきた熱史を反映しているものと思われる.これまで他の研究者は,隕石の全岩での元素挙動にのみ着目して,コンドライトのサブグループ内での熱変成について研究を行ってきたが,コンドライトからエコンドライトまでを網羅する研究は行われていない.コンドライトからエコンドライトまでを見渡す大きなスケールで研究を行うとともに,全岩での揮発性元素の挙動ではなく,各々の鉱物中における揮発性元素の挙動に注目する点が,本研究の独創的なところである.鉱物ごとの揮発性元素の挙動に着目する利点は,結晶構造や溶融温度の違いといった各鉱物の特徴をふまえて研究できる点である.全岩分析では,鉱物からの情報を考慮せずに研究を行うことになるので,隕石の形成過程を考える上で,貴重な情報を見逃すことになる.

 隕石の分化程度を示す基準として,やや揮発性といった特徴を示す亜鉛の含有量に注目して研究を行った.これまで,数多くの研究者により,全岩分析での亜鉛の挙動について,次の3点が論じられてきた.1)コンドライトは,形成過程がわかっていない,球状の包有物であるコンドリュールとマトリクッスから成り立っているが,コンドリュールはマトリックスに比べ亜鉛が失われている.2)コンドライトでは,亜鉛はシリケイト鉱物中に含まれるが,エコンドライトでは亜鉛は含まれていない.3)様々な隕石中の亜鉛の挙動は,その凝縮温度が似通っている硫黄の挙動と似ている.

 はじめに,亜鉛の地球化学的な性質について説明したい.亜鉛の凝縮温度は,硫黄,ナトリウム,カリウムと同じ程度である660Kであり,隕石に含まれている主要元素(Si,Mg,Fe)に比べて揮発しやすい.しかし,揮発度が大きすぎないため,隕石の熱史程度の違いを記録しているものと思われる.還元状況では(コンドライトのサブグループであるエンスタタイトコンドライトの形成された状況),亜鉛は親銅元素として挙動し,硫黄と結びついて,閃亜鉛鉱をつくっている.しかし,他の隕石には,閃亜鉛鉱は,ほとんど含まれておらず,亜鉛は,親銅元素として挙動していないと思われる.亜鉛の結晶化学的な挙動としては,イオン半径がほぼ同じである鉄と類似し,結晶構造中4配位を好むことが知られている.

 本研究では,亜鉛の含有量を基準として,コンドライトからエコンドライトまでの分化過程を明らかにし,これまで形成過程が明らかになっていないコンドリュール及びエコンドライトであるユレイライト隕石についての新たな知見を得るつもりである.

 コンドライトである,エンスタタイトコンドライト,LLコンドライト,CKコンドライト,エコンドライトである,原始的エコンドライト,ユレイライト,HED,火星起源の隕石について,透過および反射型偏光顕微鏡,走査型電子顕微鏡,エレクトロンマイクロアナライザー(EPMA)を用いて研究を行った.

 EPMAによる様々な隕石の分析の結果,エンスタタイトコンドライトを除く隕石では,亜鉛はスピネル鉱物に含まれやすいことが判明した.隕石の他の鉱物(かんらん石,輝石,斜長石,FeNiメタル,トロイライト)中の亜鉛の含有量は,EPMAの検出限界以下であるのに対し,スピネル鉱物中には亜鉛が少量(〜2.4wt%ZnO)含まれる.また,スピネル鉱物中の亜鉛の含有量とスピネル鉱物の存在比を用いた計算により,スピネル鉱物存在比は〜6%と低いにもかかわらず,隕石全岩の亜鉛の量の半分以上が,スピネル鉱物中に含まれていることが判明した.

 また,コンドリュール中のスピネル鉱物の亜鉛の含有量は,マトリックスのそれより低いことが判明した.このことから,コンドリュールの形成過程として提出されていたモデル(蒸発,初期物質中での亜鉛の欠如,亜鉛が含まれる鉱物の分離)のうち,蒸発もしくは,初期物質中での亜鉛の欠如という二つの可能性に絞ることができた.なぜなら,コンドリュールとマトリックスの両方ともに,亜鉛の主要なリザバーであるスピネル鉱物が含まれており,亜鉛が含まれる鉱物が分離されているわけではないからである.

 また,エンスタタイトコンドライトとLLコンドライトについても研究を行った.これらの隕石では,熱変成の程度にしたがって,岩石学タイプ3から6までに分類されている.岩石学タイプの熱変成の違いによって,スピネル鉱物中の亜鉛の含有量に差が生じるかを知るために,分析をおこなった.その結果,エンスタタイトコンドライトでは,スピネル鉱物中の亜鉛の含有量は,岩石学タイプが大きくなるにつれ減少するのに対し,LLコンドライトでは,亜鉛の含有量は,岩石学タイプによって,変化しないことがわかった.このことは,これら二つのグループの異なる形成過程を示唆する.

 スピネル鉱物中の亜鉛含有量は,コンドライトから原始的エコンドライト,ユレイライト隕石へと増加し,そこからエコンドライトへと減少することがわかった(図1と2).この現象が,どのようなメカニズムで生じたのかを考察した.コンドライト隕石中のスピネル鉱物は,マトリックス中に含まれる細かな閃亜鉛鉱が熱変成をうけて生じた亜鉛を含んだメルトと再平衡することにより,亜鉛の含有量を増していく.その後、エコンドライトへと分化が進むにつれ,熱変成の程度が大きくなっていく.原始的エコンドライト,ユレイライト隕石まで,スピネル鉱物中の亜鉛の含有量は増すが,その後さらに分化が進み,他の鉱物とともに,亜鉛を含んでいたスピネル鉱物も溶け,母天体上にマグマができると,そこから亜鉛も揮発してしまう.そのマグマから結晶したスピネル鉱物中には亜鉛が含まれない.それが,HEDや火星起源の隕石である.

 これらの結果より,形成過程がわかっていないユレイライト隕石についても新たな知見を得ることができた.ユレイライト隕石は,地球の超塩基性岩と似ている分化した鉱物組織を示すにも関わらず,酸素同位体比組成等は,始源的なコンドライト的な特徴を示す.それらの二つの矛盾した特徴のため,ユレイライトの形成過程については,大きく二つの異なるモデル(火成岩起源と始源的隕石起源)が提出されており,まだ明らかになっていない.しかし,この研究によって,ユレイライト中のスピネル鉱物には,亜鉛が含まれることが判明した.このことは,ユレイライトは,HEDや火星起源の隕石とは異なり,大規模な火山活動で形成されたマグマから生じたのではないことを示す.なぜなら,マグマが形成されてしまうと,亜鉛を含んだスピネル鉱物も溶融し,マグマから亜鉛が揮発すると考えられ,ユレイライト中のスピネル鉱物が亜鉛に富むことと矛盾するからである.この結果は,ユレイライトの始源的隕石起源を支持するものと思われる.

 実際の隕石中の亜鉛の挙動だけではなく,亜鉛の地球化学的性質を系統的に理解するために,酸素雰囲気制御をした炉を用い,温度,時間,酸素雰囲気を変えた亜鉛のスピネル/メルトの分配実験を行った.亜鉛のスピネル/メルト分配係数は,ほぼ3であり,これは,亜鉛は,メルトよりスピネル鉱物に入りやすいことを示している.また,亜鉛の輝石/メルト分配係数は,スピネル/メルト分配係数より小さく,亜鉛は,スピネル鉱物に入りやすいという隕石での結果と一致する.また,分配係数は,温度が上昇するにつれ,減少するが,酸素雰囲気によっては,ほとんど変化しないことがわかった.これらの結果より,亜鉛のより詳しい地球化学的性質を理解することができ,また,実際の隕石での結果を実験によっても確かめることができた.

 以上の結果により,スピネル鉱物中の亜鉛の含有量は,それぞれの隕石が受けた熱史を反映することがわかり,また,その含有量を測定することにより,その隕石が太陽系初期の分化史上,どの地点の隕石なのか推定できることが判明した.すなわち,太陽系形成時より現在までの物質進化の過程を,亜鉛という元素を基準にして理解できることを示した.

図1.コンドライトから原始的エコンドライトまでのスピネル鉱物中の亜鉛の含有量CO,H,LL:コンドライト,acapulcoite,lodranite,IAB,wononaite:原始的エコンドライト図2.原始的エコンドライトから火星起源隕石までのスピネル鉱物中の亜鉛の含有量ureilite:ユレイライト,HED:エコンドライトの一グループ
審査要旨

 本論文は六章からなり,始源的隕石から分化した隕石への進化過程について,揮発性元素である亜鉛の挙動を研究することにより考察している.

 第一章では,亜鉛の揮発性,イオン半径といった結晶化学的特徴を考察し,隕石中の亜鉛の含有量は,隕石が経てきた熱史を反映するという可能性を提案している.すなわち,それは,亜鉛の含有量を一つの指標として,始源的隕石から分化した隕石までの物質進化過程を系統的に理解しようという試みである.このような試みは,これまで他の研究者らによって行われておらず,隕石学の分野で初の試みである.また,これまで個々に論じられてきた隕石の形成過程を,亜鉛の含有量という視点で,始源的隕石から分化した隕石までの進化過程について系統的に研究を行うことの意義について述べている.

 第二章では,本研究で使われている隕石について,それらの隕石の鉱物学的特徴について説明している.

 第三章には,隕石鉱物中の亜鉛を分析した際の分析条件,検出限界等が書かれている.また,本研究で行った亜鉛の分配係数に関する実験条件についても,説明されている.

 第四章では,隕石鉱物中の亜鉛の含有量の分析結果として,エンスタタイトコンドライト,LLコンドライト,CKコンドライト,原始的エコンドライト,ユレイライト,他のエコンドライトに関する結果がまとめられている.また,亜鉛の分配係数に関する実験結果についても,まとめられている.

 第五章では,第四章での結果に基づき,以下の項目について,議論を行っている.

 亜鉛の結晶化学的特徴と隕石鉱物中の亜鉛含有量の分析結果により,エンスタイトコンドライトをのぞいて,亜鉛はスピネル鉱物中に含まれやすいことを明らかにしている.

 また,始源的隕石中に含まれる形成過程がわかっていないコンドリュールの成因についても,亜鉛の分析結果により,形成条件への制約を与えている.

 エンスタタイトコンドライト及びLLコンドライトの異なる程度の熱変成を受けたサンプルでの亜鉛の挙動について比較し,考察を行っている.エンスタタイトコンドライトのスピネル鉱物中の亜鉛の含有量が,熱変成を受けるにしたがって減少するのに対し,LLコンドライト中では,亜鉛の含有量は変化しないことを明らかにしている.この違いは,エンスタタイトコンドライトとLLコンドライトの異なる形成過程を反映していることを示唆している.

 隕石中の亜鉛の分析結果に基づき,異なる隕石間におけるスピネル鉱物中の亜鉛の含有量を比較し,隕石が受けた熱変成の程度と関連があるか検討している.スピネル鉱物中の亜鉛の含有量は,始源的隕石から,始源的隕石と分化した隕石の両方の特徴を持つ原始的エコンドライト及びユレイライトへと,増加していく.これは,マトリックス中の亜鉛を含んだ細粒の鉱物が熱変成を受けて溶け,亜鉛がスピネル鉱物中に取り込まれることによる事を明らかにした.

 スピネル鉱物中の亜鉛の含有量は,始源的隕石から原始的エコンドライト及びユレイライトまでは増加するが,さらに熱変成を受けたエコンドライトでは,減少していくことも明らかにしている.これは,亜鉛を含んだスピネル鉱物が熱変成を受け,他の鉱物とともに大規模に溶け,マグマを形成し,亜鉛が蒸発したマグマからエコンドライトが形成されたことを示唆している.

 これらの議論を基に,原始的エコンドライト及びユレイライトの形成過程についても考察している.

 亜鉛の分配係数に関する実験の結果より,隕石中の亜鉛の挙動と,実験結果を比較し,亜鉛はスピネル鉱物中に含まれやすいことを実験においても確認している.

 六章には,一章から五章をまとめた結論について書かれている.

 以上,本研究の骨子を述べると次の通りである.隕石中の亜鉛は,スピネル鉱物中に含まれやすい.亜鉛の揮発性という化学的性質を反映し,スピネル鉱物中の亜鉛の含有量は,隕石が受ける熱変成の程度を反映する.始源的隕石から,原始的エコンドライト及びユレイライトまでは,スピネル鉱物中の亜鉛の含有量は増加し,そこから,さらに熱変成を受け,他のエコンドライトへと分化するにしたがって,亜鉛の含有量は減少していく.

 以上のように,本研究では,スピネル鉱物中の亜鉛の含有量が,隕石が受けた熱変成の程度によって異なることを指摘し,亜鉛の含有量を一つの指標として,始源的隕石から分化した隕石までの進化過程について系統的に理解できることを明らかにした.また実験的手法も組み合わせ,亜鉛の分配係数に関する基礎的データも得ている.なお,第三章の一部および第五章の一部は,複数の研究者との共同研究によるものであるが,論文提出者が主体となって研究を進めたことを認める.

 以上の評価に基づき,本研究は,博士(理学)の学位に十分値するものである.

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