学位論文要旨



No 114156
著者(漢字) 長谷川,直
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,スナオ
標題(和) 赤外線天文衛星を用いた小惑星のアルベド,直径,レゴリス状態の算定
標題(洋) An estimate of asteroidal albedos,sizes,and surface regolith conditions using the infrared space telescope
報告番号 114156
報告番号 甲14156
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3645号
研究科 理学系研究科
専攻 鉱物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 藤原,顕
 東京大学 教授 田賀井,篤平
 東京大学 助教授 小暮,敏博
 東京大学 教授 水谷,仁
 東京大学 教授 宮本,正道
内容要旨

 太陽系内の惑星(例えば、地球や火星)は浸食、熱変成、再溶融の為に太陽系形成期の情報が失われているが、小惑星はそのような再変成を受けていない為に太陽系初期の情報を保存していると考えられている。それ故、太陽系形成モデルに制約を与えるものとして小惑星の物理的データが重要視されている。小惑星から得られる物理量の中にはアルベド(反射率)と大きさ(直径)がある。一般的に、アルベドは小惑星の表層物質の推定を行う為の有益な情報である。アルベドの高い小惑星はその起源が分化された母天体、アルベドの低い小惑星は分化していない始源的な天体の残りと考えられている為に、小惑星のアルベド分布は太陽系進化過程を解く上で重要な情報源である。一方、衝突破壊後の破片の大きさ分布について、実際の小惑星レベルの大きさでの模擬実験は現在のところ不可能である為、実験室レベルの小さいスケールでの実験にて調べられているが、実際の小惑星の大きさ分布の観測はそのような大きなスケールにおける衝突破片分布をあらわすデータとして重要である。

 小惑星のアルベドと直径は可視光の観測では直接求めることができない。小惑星のアルベド大きさを求める方法として様々な方法があるが、その中ある程度の精度をもち、かつ比較的容易に測定できる方法として中間・遠赤外線観測がある。地上の望遠鏡による小惑星の中間赤外線観測では他の方法で得られた中で測定数一番が多い250個近くの小惑星のアルベド・直径が求められた。しかし、1983年に打ち上げられ、全天の96%をサーベイを行った世界初の赤外線天文衛星であるIRAS(Infrared Astronomucal Satellite)は地上の中間赤外望遠鏡による観測数を遥かに上回る2000個近くの小惑星を観測し、そのアルベドと直径のデータを得た。the IRAS Minor Planet Survey(通称、IMPS)はIRASが得た小惑星のアルベドと直径をまとめたカタログであり、それらのデータは様々な論文に引用されている。しかしながら、IMPSのアルベドと大きさのデータは他の精度のよい観測から得られたアルベドと直径のデータと比べて値が異なっていることが指摘されている。このIMPSのアルベドと直径の補正の為に、数人の研究者が補正法を提案しているが、どの方法も本質的な改善にはなっていない。そこで我々はIRASが得た小惑星の熱赤外線の観測データを直接用いてアルベドと直径の再計算を行い、IMPSとのアルベド、直径との比較、そして、IMPSでは行っていない小惑星表層上のレゴリス状態についての検討を行った。

 我々の計算法とIMPSの計算法の大きく異なる点は、IMPSの使用した熱モデルは1つに対して、我々は3つの熱モデルを使用した点と、IMPSは使用した観測バンドの補正を行った事に対して、我々は行わなかった点である。IMPSは観測バンド補正を行った理由として彼等の用いたモデルから計算したフラックスと観測によって得られたフラックスとが一致しなかった事を根拠として用いている。しかしながら、小惑星の表面状態は様々な状態が考えられ1つのモデルで求めるのには無理がある。それに対して、我々は小惑星の様々な表面状態に対応できる為に3つの熱モデルで計算を行ったために、観測バンドの補正を行わなかった。IMPSと我々のアルベドと直径の比較を行ったところ、我々の計算のほうが他の精度の良い方法から得られたアルベドと直径はよく一致していることが判明した。それ故、IMPSで行った観測バンド補正がそれ自身のアルベド推定の精度を落としていることが考えられる。一方、我々の結果とIMPSの結果を比較すると平均してアルベドは35%小さく、直径は25%大きくなった。しかしながら、我々とIMPSのアルベドと直径の分布の傾向は同様な傾向を示し、IMPSはそれを使用した惑星科学データが無意味になる程の誤差を持っていないことを示された。

 3つのモデルについて、小惑星の直径依存性を調べたところ、小惑星の直径が小さくなるにつれて、表層物質が簡単に暖まりにくい熱モデルの割合が増加し、表層物質が簡単に暖まりやすい熱モデルの割合が逆に減少する傾向にあることが判明した。この原因としては小惑星表層上の熱慣性の変化が考えられる。この熱慣性の変化に寄与しているのは、構成物質の変化より、レゴリスの粒径の変化がその主たる原因と考えられる。レーダーの観測からの間接的推定や衝突実験データと天体脱出速度からの推定から、小惑星の大きさが小さければ、その表層に構成しているレゴリスの粒径が大きくなると考えられてきたが、我々の結果は観測的にそれと同様な傾向を示した。また、小惑星の直径と表層レゴリス粒径推定の関係式についても衝突実験データと天体脱出速度からの推定と我々の結果は1/2オーダーで一致している事を示せた。小惑星の大きさとレゴリス粒子の粒径との関係を示したことは小惑星表層のレゴリス形成のモデルや小惑星起源のダストモデルに対して、重要な情報をもたらすであろう。

審査要旨

 本申請論文は1983年に打ち上げられた赤外線天文衛星IRASの取得した大量の小惑星の観測データを使って各小惑星のアルベドと直径を求め,さらに小惑星表面の表面状態について論じたものである.

 従来からIRASの観測に基づいて,2000個におよぶ小惑星のアルベドと直径をまとめたデータがカタログとして出されているが,それらのうちのごく少数の小惑星に対して,より正確な他の方法で求められた結果と値がかなり異なることが指摘されていた.

 今回,申請者が行った解析の新しく,かつ重要な点は

 (1)小惑星の熱モデルとして典型的な3つのモデルを設定し,IRASの各波長帯で得られたフラックスと最もよく合うモデルを各小惑星ごとに決定したこと.

 (2)これにともなって上記の不一致を改善するために従来行っていた観測バンド補正をする必要がなくなったこと.

 である.

 得られた主要な新しい結果は以下のとおりであった.

 (1)従来の不一致を改善できたことにより,今回の手法の正当性が立証できたこと.

 (2)従来のものに比べてアルベドは35%低く,直径は25%t高くなったこと.

 (3)しかし,従来のものとアルベド,直径の分布の傾向の大勢は変化のないことが確認されたこと.

 (4)小惑星の直径が小さくなるにつれ,表層物質が暖まりにくい熱モデルで説明できる小惑星の数の割合が増し,このことから小惑星の直径の減少にともなって表層の粒子サイズが増大することを示したこと.

 まずカタログは小惑星にかぎらず研究のもっとも基礎になる重要なもので,より優れたものへの改訂という観点から申請者の貢献が評価できる.さらにそれにとどまらず,上のように手法,結果ともに新しく,重要な成果が得られている.とくに上記(4)の結論は興味深く,最近のレーダー観測で得られている少数の小惑星の結果とも一致し,小さい小惑星の一般的性質として示唆できたことは評価に価する.

 なお,本論文は安部正真との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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