本論文は6章からなる。ヒトの造血は主として骨髄で行われており、そこには造血に適した環境が調っている。本論文の最も重要な成果は、これまでほとんど注目されていなかった造血微小環境と骨の主要無機質成分である水酸化燐灰石(HAP)の関係について、ヒト骨髄単核球とHAPとのin vitro培養を行った結果、培養初期からHAPへの細胞付着が始まったこと、最終的には造血微小環境の主たる構成要素であるストローマ細胞が表面を覆うように増生するに至ったこと、また、造血前駆細胞が培養初期にはHAPにより刺激され増殖すること、ストローマ細胞はHAP表面に強く結合しHAPが造血環境を固定し造血微小環境の一端を担うことを初めて明らかにした点にある。 第1章は序論としてヒトの造血機構、これまでの造血環境に関する研究報告、HAPの鉱物学的基礎と生体への応用に関するこれまでの研究について記述している。 第2章は、本研究で使用した試料および実験方法について記述している。市販の生体材料用HAP粉末から円柱圧搾体を作製、これを800,900,1000,1150および1300℃で焼結し円盤に切断、鏡面研磨してオートクレーブで消毒後、液体培養実験に用いた。焼結HAPについて行われたX線粉末回折実験、研磨薄片標本の観察、また培養後のHAPの表面のSEMによる観察、などの方法について述べている。ヒト骨髄単核球は健常人の胸骨あるいは腸骨より骨髄液を採取した後に比重遠沈法により単核球からなる中間層を分離した。液体培養はヒト骨髄単核球を各種サイトカインやハイドロコーチゾンを含む完全長期培養液に浮遊させ、培養皿で毎週培養液を半量交換しながら4週間以上培養する骨髄長期培養法の詳細について述べている。長期培養では培養皿の底に板状に調整したHAP焼結体を敷いておいたものと敷かないものとで、浮遊細胞数および付着細胞数、造血前駆細胞(CFU-GM,CFU-E,CFU-GEMM)の検定を一定時期毎に行い、さらに倒立顕微鏡下で培養中の付着細胞の増生の観察、その方法について記述している。半固形培地を使ったコロニーアッセイを用いて行った造血前駆細胞の検定の詳細や、ICPを使用したCa,P濃度の測定についても述べている。 第3章は実験結果を記述している。まず、使用したHAP焼結体のX線粉末回折パターンと偏光顕微鏡での観察結果を述べている。高温焼結体では半値幅は小さくなり、より結晶度がよくなったことを示唆し、偏光顕微鏡では焼結温度の上昇に伴い結晶粒の増大と結晶性の向上を認める結果が得られた。長期培養における浮遊細胞数は対照群で初期よりも多く、付着細胞数はHAP群で多い。両群とも3-4週でconfluentになり同様の細胞集団から形成されている。HAPに付着した細胞はトリプシンによる剥離作業がとても困難で強く接着していた。造血前駆細胞は培養初期よりHAP群で多い。HAPの焼結温度による細胞増殖の違いは800℃焼結HAPで著しく細胞増殖が阻害されたのに対し、それ以外の焼結温度では良好な増殖が得られた。完全長期培養液で培養した場合上清中のCa濃度はHAP群で上昇した、などの新知見が得ている。 第4章では実験結果の考察を述べている。まず、ストローマ細胞のHAPへの付着性が強力であることが犬を使った過去の実験結果を支持すること、培養初期からHAPへの付着細胞数が多く、ストローマ層形成とHAP-骨髄単核球の生体適合性を解明するに当たり重要な事実であることを指摘し、これらの事実はHAPが造血微小環境の一員をなしていることを示した。培養初期にHAP群で前駆細胞が増生することが、HAPと反応した成熟細胞によるサイトカインの流出が原因であることを長期培養上清の前駆細胞刺激効果をコロニーアッセイを用いた検討により導いている。またCa濃度の上昇についてはサイトカインを加えない長期培養液を用いた実験と比較することにより、サイトカインにより刺激を受けた成熟細胞由来の刺激因子(IL-6など)が破骨細胞を刺激することが原因であると記述している。 第5章では結論として、HAPは培養初期からストローマ層に形成に貢献する可能性が高いこと、HAPはストローマ細胞を強力に付着させることにより造血微小環境を固定することからHIMの一員をなすことなど、今回の培養実験のデータ全てはこれまでに行われていない新しい基本的な実験データであると、まとめている。 本論文は生体親和性物質の一つであるHAPを用いヒト造血微小環境との相互関係についてin vitroで検討した最初のものであり、HAPの造血細胞への寄与について多くの新知見が得られた。このことは生体鉱物学の発展、生体親和性物質の開発に寄与することが大であり、従って、博士(理学)の学位を授与するのにふさわしいと認めた。 |