審査要旨 | | 本論文は,タイプの異なる3つのサンゴ礁における現地調査と採取したデータや堆積物試料の解析とに基づいて,サンゴ礁礁原に働く物理・生物・地学過程を解析し,その堆積過程を解明したものである.従来の研究では,サンゴ礁の枠組み地形である海側(外側)の礁嶺・礁舗の形成過程の解明に力が注がれていたが,本研究ではその陸側(内側)に分布する礁池・洲島の堆積過程の解明に重点をおき,礁原全体における地形形成と堆積過程を論じ,サンゴ礁研究に新しい展開をもたらした.本論文は7章からなり,イントロダクション(第1章),調査地の説明(第2章)に続いて,最初に海水流動を明らかにし(第3章),次に海水流動に規定された生物分布(第4章),海水流動と生物過程に規定された現在の堆積過程を議論し(第5章),これを地学的な時間スケールでの堆積過程と比較し(第6章),最後に全体をまとめて考察する(第7章)という重層構造をとっている. 第1章では,従来の研究をレヴューして,問題の所在と本研究の視点,全体の構成が述べられている.これまで,物理・生物・地学過程がそれぞれ個別に扱われることが多かったが,これらを統合して研究することが重要であること,台風などのじょう乱の重要性が述べられ,本研究がこうした視点をふまえて行なわれたものであることが明確にされている.第2章では,本研究の目的に沿って選ばれた調査地域の特性がまとめられ,調査地域を比較することによってサンゴ礁礁原の一般的な堆積過程を明らかにすることができることが示される.第3章では,礁原上の海水流動の一般的なモデルを提案し,外洋からの波浪,潮汐,風によって流動が説明できることを議論した.このモデルは,様々なタイプの礁原に適用可能なものである.また,流動を規定する要因としてあげられた風は,従来の研究では十分考慮されていなかった.第4章では,この海水流動に規定された生物の分布とその変化を規定する要因を明らかにした.生物分布としては,これまで主にサンゴが取り上げられることが多かったが,本研究では有孔虫,石灰藻などの分布もまとめ,これらの生物分布がサンゴ礁上の流動の勾配と対応することを示した.さらに本章では,生物分布の10年スケールでの変化が,台風によって規定されていることを指摘した.この時間スケールでの変化は,これまでほとんど研究例がなかったものである.第5章では,礁原上の堆積物が,供給源である造礁生物の分布と運搬営力である海水流動とによって規定されることを示した.さらに,台風によるじょう乱の影響が大きいことも示した.礁原の堆積と生産との比較,運搬・堆積過程における生物遺骸片の形態の特性が重要であること,台風の重要性などは,本研究によって初めて指摘された.第6章では,礁原の掘削結果に基づいて層相の変化と埋積過程を1000年という時間スケールで明らかにし,生産と堆積の収支の見積もりを試みた.単に掘削結果から埋積過程を復元するだけでなく,生物生産や海水流動,現在の堆積過程,台風などのじょう乱の重要性など,これまでの章の成果に基づいて議論が展開された独創性の高いものである.1000年という時間スケールでの生産量と堆積物収支の見積もりは,誤差等の見積もりについて問題はあるものの,きわめて意欲的な試みと評価できる.第7章では,これらの結果をまとめ,礁原の堆積過程を規定する要因として台風と海面変化をあげ,これに基づいてサンゴ礁礁原の分類を試みた.これによって,地形型や環境条件が異なるためにこれまで断片的・個別に議論されてきた礁原の堆積過程を,初めて統合的に理解することができた. こうした成果は,本論文が目指した学際的なアプローチによって初めて達成された.学際的であるばかりでなく,これまで述べたとおり各分野のもっとも基本的な手法を丁寧に用いて結果を得,それぞれの分野においても十分評価される成果をあげている.このようなアプローチは環境研究などにおいて今後ますます重要になっていくと考えられる.さらに本論文がもつ一般性は,地形型と環境条件を検討して慎重に選ばれたフィールドによっている.従来のサンゴ礁研究は,貿易風地域の環礁,モンスーン地域の裾礁,大陸型の堡礁など,環境条件も地形型も異なるフィールドにおいて行われた結果から一般性を抽出するものが多かった.本論文では日本のみならず海外からもフィールドを選定し,それらを比較することによって一般性を抽出している.こうした点で本論文は,国際的な研究と比してもきわめて高いレヴェルにある.礁原はサンゴ礁の中でもっとも特徴的な地形であり,本論文はサンゴ礁の地形学,堆積学に新しい知見を加えることができた.さらに礁原の堆積地形の変化とその規定要因の研究は,将来の海面変動に対して人間生活の場ともなっているサンゴ州島がどうように応答するかという今日的な問題にも寄与する. なお本論文のうち,第3章の一部は茅根 創・米倉伸之・中村 仁・工藤君明との共同研究(Coral Reefs誌に公表),第4章の一部は茅根 創・米倉伸之・工藤君明との共同研究(Journal of Coastal Research誌に印刷中),第5章の一部は宮島利宏・小池勲夫との共同研究(Coral Reefs誌に投稿中)であるが,いずれも論文提出者が主体となって現地調査と結果の解析を行ない,筆頭著者として論文をまとめたもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する. 上記の点を鑑みて,本論文は地理学とくにサンゴ礁研究の新しい発展に寄与するものであり,博士(理学)の学位を授与できると認める. |