学位論文要旨



No 114159
著者(漢字) ミゲル・コルテス・バスケス
著者(英字)
著者(カナ) ミゲル・コルテス・バスケス
標題(和) メキシコにおける対流活動の大気候学的研究
標題(洋) Large-scale climatological study on convective activity in Mexico
報告番号 114159
報告番号 甲14159
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3648号
研究科 理学系研究科
専攻 地理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松本,淳
 東京大学 教授 米倉,伸之
 東京大学 教授 大森,博雄
 東京大学 教授 住,明正
 東京都立大学 助教授 篠田,雅人
内容要旨

 本研究は、メキシコにおける夏の雨季の特徴を解明するため、メキシコだけでなく北アメリカ大陸とその周辺海域を含む広い地域を視野に入れて、大気候学域的見地から調査した。とくに1ヵ月よりも短い時間スケールでの季節変化に注目し、各データは基本的に半旬平均値を使用した。まず最初に、対流活動の年変化を、極軌道衛星NOAAによる12年間の外向き長波放射量(OLR)データを用いて記述した。ついで、対流圏下層および上層の循環の季節変化を、ヨーロッパ中期予報センターの9年間の客観解析データによって解析した。また、メキシコにおける長期間の日降水量データも収集し、対流活動にともなう降水量分布を検討した。

 本研究によって得られた結果は、以下のようにまとめられる。

 1.冬季に南半球にあった強い対流活動域は、春から夏にかけて2段階の過程を経て、大きく北上することが明らかになった。これらの季節変化にともない、メキシコには2つの主要な対流活動様式が認められた。ひとつは、5月中旬に起こる、中央アメリカとメキシコ南部における雨季の開始である。これは、東部北太平洋における熱帯収束帯(ITCZ)の季節的な南北移動と密接に関係して起こる。もうひとつは、約1ヵ月後の6月中旬に起こり、いわゆる「メキシコモンスーン」にともなう雨季の開始に相当する。これは、メキシコ北西部を中心として起こり、局地的な対流活動による雨季である。

 2.メキシコ南部における平均的な雨季は、5月中旬(第28半旬)から10月上旬(第56半旬)である。一方、メキシコモンスーンにともなう対流活動は、6月中旬(第35半旬)から9月下旬(第54半旬)の期間に活発化する。これらの雨季の開始・終了時期は、OLRデータを用いた場合と降水量データを用いた場合とで、よい一致を示した。また、雨季開始の時期の年々変動は、メキシコ南部のほうが、メキシコモンスーン地域よりも大きいことが明らかになった。この点については、今後さらに多い地点における降水量データによって、より詳しく検討する必要がある。

 3.メキシコ南部と北西部における2つの対流活動様式の関係を、半旬平均のOLRの変化をもとに検討した。その結果、メキシコモンスーン域で対流活動が強まる時には、メキシコ南部、大アンチル諸島、中央アメリカ、東部北太平洋では、雨季の最中であるにもかかわらず対流活動が弱まる、という興味深い現象が見い出された。この中部および南部メキシコにおける雨季の最中の弱い対流活動は、従来から地元の農民が、「カニクラ」と呼んでいた季節に相当しており、7月中旬から8月いっぱい続くものである。この現象の影響は、東部熱帯太平洋にも見い出された。

 4.OLRに見出された上述の現象にともなう変化は、循環場や上層の温度場にも見い出された。したがって、この現象は、本研究地域における雨季の主要な気候学的特徴のひとつ、と考えられる。このメキシコ北西部と南部における対流活動の連関は、北大西洋および北太平洋における高気圧の位置と強さの変化と関係している。6月中旬における北大西洋高気圧の強化・西進によって、カリブ海とメキシコ西岸部における下層循環が変化し、850hPa面での東風の強まりによって、カリブ海からメキシコ北西部への水蒸気輸送が増加するものと考えられる。

 5.従来指摘されていなかったもっとも興味深い点は、メキシコモンスーンの開始に関することである。メキシコモンスーンの開始時には、北アメリカ大陸では、広域的に850hPa面の気圧が上昇している。グローバルにみると、アジアモンスーンとメキシコモンスーンは、開始に伴う下層の状態の変化が著しく異なっており、この点に関しては、今後さらに研究を進める必要がある。

 6.対流圏上層では、中央アメリカとメキシコ南部の雨季の開始にともなって、グアテマラ上空で、急激にメキシコ高気圧が発達する。この高気圧の北上は、メキシコにおける強い対流活動域の分布と、時間的にも空間的にも一致している。

 7.最後に、降水量の年々変動の研究として、エルニーニョ・南方振動(ENSO)と、メキシコにおける降水量変動の関係を調査した。その結果、エルニーニョ発生時には、ITCZの南下によって、メキシコの降水量は直接的な影響を受けることがわかった。エルニーニョ年には、雨季の開始期には降水量は平年以上あるが、雨季の中盤と後半には著しく減少する。一方、ラニーニャ年にはITCZは北上し、東部北太平洋の赤道西風は強まる。このような循環パターンのもとでは、メキシコにおける上昇気流は強まり、対流活動は長く続く。他方、ラニーニャ年には、雨季の半ばにおける相対的な少雨時期、すなわち「カニクラ」が、より明瞭に現われる傾向が見られた。

 以上に得られた本研究の結果は、メキシコにおける降水量の年変化を総合的に記述する際に、活用できると考えられる。また、今後メキシコにおける夏の降水量の変動に関する研究を進めていく際にも、重要な盤石となるものと考えられる。

審査要旨

 本論文は、メキシコにおける夏の雨季の特徴を解明するため、メキシコだけでなく北アメリカ大陸とその周辺海域を含む広い地域を視野に入れて、対流活動の地域性、季節変化、および年々変動を大気候学的見地から調査したものである。

 本論文は、導入と結語部分をのぞくと3章から構成される。第1章ではメキシコにおける対流活動の年変化を、極軌道衛星NOAAによる外向き長波放射量(OLR)データを用いて解析した。第2章ではメキシコおよびその周辺における対流圏下層および上層の循環の季節変化を、ヨーロッパ中期予報センターによる客観解析データによって解析した。最後に第3章ではメキシコにおける長期間の日降水量データを解析し、エルニーニョとラニーニャにともなう降水量の季節変化のちがいを検討した。

 第1章では、冬季に南半球にある強い対流活動域が、春から夏にかけて2段階の過程を経て大きく北上することが明らかになった。第1の変化は5月中旬に起こる中央アメリカとメキシコ南部における雨季の開始で、東部北太平洋における熱帯収束帯(ITCZ)の季節的な南北移動と密接に関係して起こる。一方第2の変化は、約1ヵ月後の6月中旬に起こり、いわゆる「メキシコモンスーン」にともなう雨季の開始に相当し、メキシコ北西部を中心として起こる局地的な対流活動によるものであることがわかった。また、平均的な雨季の開始・終了時期は、OLRと降水量データとでよく一致していることが確認された。そして雨季開始の時期の年々変動は、メキシコ南部のほうが「メキシコモンスーン」地域よりも大きいことが明らかになった。最後にメキシコ南部と北西部における2つの対流活動様式の関係を検討し、「メキシコモンスーン」域で対流活動が強まる時には、メキシコ南部・大アンチル諸島・中央アメリカ・東部北太平洋では、雨季の最中であるにもかかわらず対流活動が弱まる、という興味深い現象を見い出した。この中部および南部メキシコにおける雨季の最中の弱い対流活動は、従来から地元の農民が、「カニクラ」と呼んでいた季節に相当しており、7月中旬から8月いっぱい続くものである。この現象の影響は、東部熱帯太平洋にも見い出された。

 第2章では、第1章で見い出された対流活動の季節変化にともなう循環場や上層の温度場を解析した。その結果、「メキシコモンスーン」の開始時には、北アメリカ大陸では広域的に850hPa面の気圧が上昇していることを新たに発見した。これをグローバルな視点でみると、アジアモンスーンの場合は、雨季の開始は大規模な下層気圧の低下をともなっており、アジアモンスーンと「メキシコモンスーン」とは雨季開始にともなうメカニズムが本質的に異なっていることがわかった。

 最後に第3章では、降水量の年々変動の研究としてエルニーニョ・南方振動(ENSO)と、メキシコにおける降水量変動の関係を調査した。その結果、エルニーニョ発生時には、ITCZの南下によって、メキシコの降水量は直接的な影響を受けることがわかった。エルニーニョ年には、雨季の開始期には降水量は平年以上あるが、雨季の中盤と後半には著しく減少する。一方、ラニーニャ年にはITCZは北上し、東部北太平洋の赤道西風は強まる。このような循環パターンのもとでは、メキシコにおける上昇気流は強まり、対流活動は長く続く。また、ラニーニャ年には、雨季の半ばにおける相対的な少雨時期「カニクラ」が、より明瞭に現われる傾向が見られた。

 本研究は、メキシコにおける降水量の季節および年々変動に関して、広域的な考察を試みたもので、地理学、とくに気候学の分野における研究の発展に大いに寄与することが期待される。よって博士(理学)の学位を与える資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク