学位論文要旨



No 114161
著者(漢字) 石田,哲也
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,テツヤ
標題(和) 微細空隙を有する固体の変形・損傷と物質・エネルギーの生成・移動に関する連成解析システム
標題(洋)
報告番号 114161
報告番号 甲14161
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4287号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 友澤,史紀
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 堀,宗朗
内容要旨

 コンクリート構造物は,優れた経済性,機能性,安全性等の利点を有し,社会基盤施設の整備にとって主要な役割を担ってきた.重要な社会基盤施設は,供用開始直後に所定の使用性・機能性・安全性能等を満足する事はもちろんの事,数十年から数百年の長期に渡って,それらの諸性能を保持する事が要求される.特に整備の財源を国庫に頼る社会基盤は,経済性の観点から,構造物の寿命,また諸性能の低下等の長期耐久性能は重要になる.事実,我が国と比較し,社会資本が整備されて久しい欧米諸国では,その老朽化に伴い構造物の補修・補強等,維持管理に要する経済負担が増大する状況にある.従って,真に必要な社会基盤の新規建設及び整備には,初期費用の評価のみならず,便益評価とライフサイクルコストを建設前に評価する必要がある.また既存構造物には対しては,劣化に応じた過不足の無い合理的な補修・補強を実施しなくてはならない.これらの命題に対処するために,任意の段階における構造物の保有性能を把握する事が,技術者に課された急務の課題であるといえる.

 以上の背景を踏まえ,環境・気象作用及び荷重作用を受ける構造体の状態及び性能を,任意の時空間軸で的確に予見するシステムの構築を本研究の目的とした.様々な内的・外的要因により複数の現象が絡み合い進行する,材料の品質と構造性能変化の予測技術の構築には,大別すると,材料内部で進行する各現象を記述する熱力学システムと,外部からの荷重作用下での構造力学的挙動の数値予測システム,の各構成要素が必要とされる(図1).

図1 コンクリート構造物を取り巻く事象と評価技術の構成

 本論文の第一の目的は,若材齢コンクリートの固体形成過程の追跡が主たる対象であった熱力学システムを拡張展開し,その後に続く数年〜数十年のスパンで進行するコンクリート材料の劣化・変性現象,及び鉄筋コンクリート構造物の性能低下を任意の段階で評価する手法の構築である.種々の環境・気象作用を受けた際に,鉄筋コンクリート材料内部で長期間に渡って進行する各種の物理化学現象に関して,熱力学的観点から数量化を試みた.若材齢時の固体の構造変化,水分・熱の生成・移動を取り扱う連成解析システムを基盤として,気体・イオンの相平衡,吸着・離脱,また生成・移動現象を,熱力学及び電気化学理論に基づき数量化する.水硬性無機材料の成長過程から劣化・変性現象までを同一の土俵で取り扱い,初期条件と境界条件を与えれば,各場所及び時間毎に材料の品質が算出される点に特色がある.

 本論文では,微細空隙を有する無機複合材料中の水分及び熱エネルギーの移動,生成・消失を取り扱う熱力学システムに,新たに系内の塩化物イオン,二酸化炭素,酸素を解析自由度として追加した.各自由度の支配方程式内のポテンシャル項,流束項,生成逸散項は,各物理量に対して異なる形態を取る非線形関数であり,熱物理に支配される各材料モデルから決定される.ここで,全てのモデル化に際し必要となる材料特性値は,試験・実験等によらず若材齢の材料形成を支配する各熱力学モデルから求めた.また物質移動,相平衡,物理化学反応の各現象は,現象に出来るだけ忠実な形で微視的機構に基づき定式化した.同時に,個々のモデル化に対しては,有限要素解析に直接用いる事を念頭において,物理的意味の明確さを第一義においた.

 第3章3.2節では,塩化物イオンの相平衡と,拡散と移流の両者に分けた移動現象の定式化を行い,任意の環境条件に対するコンクリート材料内の塩化物イオン挙動が,各時間,各場所に対して適切に予測可能となった.特に乾湿繰り返し環境下における塩化物移動解析においては,移流に伴う塩化物の移動成分が全体の移動現象にとって無視出来ない.移動形態を移流と拡散の両者の和と考え,水分移動と連成して解く本手法の妥当性が示される結果となった.

 3.3節においては,二酸化炭素の平衡・移動現象,及び炭酸化反応モデルの構築を行った.本手法は,固相水和物の溶解・沈殿,溶液イオン平衡を厳密に考慮し,水和発熱モデルと関連付けることで,セメント硬化体内部の空隙水pHの低下,組織の変性の追跡を目指すものである.炭酸化のみならず,酸性雨等の他の環境作用によるpH変動,材料の変質も取り扱い可能である事に大きな特色がある.検証の結果,異なる養生・環境条件及び配合に対して,時間の経過と共に進行する炭酸化反応と,その結果生じるpHの低下,空隙組織の変化が概ね追従された.

 さらに,熱力学及び電気化学理論に基づく金属腐食理論と,前述のモデルから算出される空隙水のpH,腐食イオン量,酸素供給量に関する情報を用いて,無機複合材料内に存在する鋼材腐食現象の解析を,本論文3.4節で試みた.提案した腐食モデルは今後の詳細な検討が必要であるが,熱力学システムを用いて,長期に渡って進行する鋼材劣化現象を追跡できる枠組みが構築された.

 本論文の第二の目的は,材料システムを支配する物質・エネルギーの生成・移動に関する熱力学モデルと,構造力学挙動を支配する変形・応力場に関する構造解析手法を,一元的に統合して評価する数値予測手法の開発である.従来まで構造物の保有性能を定量化するにあたり,時系列で変動する材料の品質変化と使用安全性能は別々に扱われる事が多かった.しかしながら,コンクリート構造物の力学的挙動と,材料の品質は本来強く連関する事象である.すなわち,コンクリート材料は材齢初期において,水和の進行による発熱,自己収縮及び水分の逸散を伴う乾燥収縮等により体積が変化する.この材料自身の体積変化は,各種力学的拘束を受ける鉄筋コンクリート構造の各部位に応力を発生させ,構成材料の損傷につながる場合もある.発生したひび割れは,有害物質に対する物質移動抵抗性を低下させ,鉄筋腐食の促進など,鉄筋コンクリート構造物の長期にわたる使用性や安全性にとって悪影響を及ぼす要因となる.従って,鉄筋コンクリート構造物の時系列上で変化する保有性能を把握する際には,各現象の連関を考慮し,相互を有機的に結び付けた総合評価手法の開発が必要となってくるのである.本論文では,両者を全く区別することなく自然な形で相互の連関を表現し,時系列で連続的に変化する構造性能を直接評価する事に大きな特色を持つ.

 若材齢におけるコンクリート材料の形成過程は,相互に密接に連関するセメントの水和反応,空隙組織構造形成,空隙中の水分保持・移動現象の連成熱物理解析手法により導出する.水和の進行に伴うコンクリートの自己収縮,及び外部への水分の逸散に伴う乾燥収縮によって引き起こされる体積変化は,微視的機構に基づき表現した.すなわち,熱力学理論を用い,空隙構造内の物質平衡により変形駆動力をモデル化し,水和と空隙構造に立脚して変形抵抗性を提示した.本手法を用いれば,自己収縮,乾燥収縮の現象の区別は無い.構造物の受ける養生・環境条件を,解析対象の表面で設定される境界条件として変化させることのみで,系内の水分と空隙構造を算出し,変形を予測する事に大きな特色がある.4.2節における種々の検証から,任意の配合条件,養生条件に対し,自己・乾燥収縮,及びその複合効果として現れる体積変化の数量化に成功した.

 また,これらの体積変化から発生する部材各部の応力と損傷の程度は,構造体の形状,寸法,力学的境界条件,材料の剛性,強度,破壊じん性値等に強く影響を受ける.そこで,熱力学モデルから求まる強度,弾性係数,温度上昇量,水分量,細孔組織構造等の材料物性値を,非線形鉄筋コンクリート構造解析手法に引き渡す.熱力学システムからの材料に関する情報と,力学的境界条件をもとに応力と変形場の解析を実行する.この後,構成システム内で判定されたひび割れ発生の有無や塑性損傷に関する機械的な材料情報を熱力学モデルへ還流させて,物質移動の解析に使用する双方向の連成解析手法を組み上げる事に成功した.第5章で提案した本システムは,複数の解析システムから算出される互いの情報を,計算機の共有記憶領域を介して授受する双方向型連成解析システムであり,これによって両者の相互依存を関連付け,統合して表現する事が可能になる.

 その結果,材齢初期に導入される損傷発生の過程,損傷を介しての物質移動現象,及び損傷により加速される材料の劣化現象等,鉄筋コンクリート構造物の構造挙動と材料の相互依存性をそのまま表現し,数量化する事に成功した.本手法の概念を用いる事により,従来まで別々に扱われてきた材料の品質と構造挙動を区別する事無く,外力,及び環境に起因する力学的・化学的複合作用を受ける鉄筋コンクリート構造物の保有性能を,時系列上で総合的に評価する事が可能になった.

審査要旨

 社会基盤施設は,供用開始直後に所要の使用性・安全性・機能性等を満足する事のみならず,数十年から数百年の長期に渡って,それらの諸性能を保持する事が要求される.特に整備の財源を国庫に頼る社会基盤は,経済性の観点から,構造物の寿命,また諸性能の低下等の長期耐久性能は重要になる.事実,我が国と比較し,社会資本が整備されて久しい欧米諸国では,その老朽化に伴い構造物の補修・補強等,維持管理に要する経済負担が増大する状況にある.従って,社会基盤の新規建設及び整備には,初期費用の評価のみならず,便益評価とライフサイクルコストを建設前に評価する必要がある.また既存構造物には対しては,劣化に応じた過不足の無い合理的な補修・補強を実施しなくてはならない.これらの命題に対処するために,任意の段階における構造物の保有性能を把握する事が,技術者に課された急務の課題であるといえる.

 以上の背景を踏まえ,種々の環境・荷重作用を受ける構造体の状態及び性能を,任意の時空間軸で的確に予見するシステムの構築を本論文の目的としている.第1章は序論であり,本研究の背景と意義について概括している。本論文で得られた成果は以下に列挙される.

 第一の成果は,材料システムを支配する物質・エネルギーの生成・移動に関する熱力学モデルと,構造力学挙動を支配する変形・応力場に関する構造解析手法を,一元的に統合して評価する数値予測手法を開発したことである.従来まで構造物の保有性能を定量化するにあたり,時系列で変動する材料の品質変化と使用安全性能は,多くの場合別々に取り扱われ評価されてきた.しかしながら,コンクリート構造物の力学的挙動と,材料の品質は本来強く連関する事象である.本論文で提案された手法は,両者を全く区別することなく自然な形で相互の連関を表現し,時系列で連続的に変化する構造性能を直接評価する事に大きな特色を有している.第2章は上記連成システムの構築に関するものである。

 材料熱力学事象と構造力学的挙動の代表的な連関の一つとして,若材齢コンクリートにもたらされる自己・乾燥収縮に起因する体積変化現象がある.本論文では,熱力学システムから算出される水和,空隙構造及び水分状態に関する情報を用いて,水和の進行に伴うコンクリートの自己収縮,及び外部への水分の逸散に伴う乾燥収縮によって引き起こされる体積変化を,微視的機構に基づき表現している.空隙構造内の物質平衡により変形駆動力をモデル化し,水和と空隙構造に立脚して変形抵抗性を提示したものである.構造物の受ける養生・環境条件を,解析対象の表面で設定される境界条件として変化させることのみで,系内の水分と空隙構造を算出し,変形を予測する事に大きな特色がある.種々の検証から,任意の配合条件,養生条件に対し,自己・乾燥収縮,及びその複合効果として現れる体積変化の数量化に成功している.

 これらの体積変化から発生する部材各部の応力と損傷の程度は,構造体の形状,寸法,力学的境界条件,材料の剛性,強度,破壊じん性値等に強く影響を受ける.そこで,熱力学モデルから求まる材料物性値を非線形鉄筋コンクリート構造解析手法に引き渡し,力学的境界条件をもとに応力と変形場の解析を実行する.この後,構成システム内で判定されたひび割れ発生の有無や塑性損傷に関する機械的な材料情報を熱力学モデルへ還流させて,物質移動の解析に使用する双方向の連成解析手法を組み上げる事に成功している.第5章で提案した本システムは,複数の解析システムから算出される互いの情報を,計算機の共有記憶領域を介して授受する双方向型連成解析システムであり,これによって両者の相互依存を関連付け,統合して表現可能であることが提示された.

 第二の成果は,若材齢コンクリートの固体形成過程の追跡が主たる対象であった熱力学システムを拡張展開し,その後に続く数年〜数十年のスパンで進行する材料の劣化・変性現象を任意の段階で評価する手法の構築にある.外環境作用の下,材料内部で長期間に渡って進行する各種の物理化学現象に関して,熱力学的観点からモデル化を試みている.水硬性無機材料の成長過程から劣化・変性現象を同一のシステム内で取り扱い,初期条件と境界条件を与えれば,各場所及び時間毎に材料の品質が算出される点に特色を有すると認められる.これら理論構築は第3章で論じられ,第4章にて検証が行われている。

 先ず,鋼材腐食を誘発する塩化物イオンの移動現象を対象に取り上げている.過去の多くの研究において考慮されてきた拡散移動に加え,空隙内を移動する水分に輸送される移流成分を厳格に区別して取り扱っている.その結果,任意の環境条件に対して,材料内に侵入する塩化物イオン分布を,各時間,各場所に対して適切に予測している.すなわち,移動形態を移流と拡散の両者の和と考え,水分移動と連成して解く本手法の妥当性が示された.

 次に,二酸化炭素の平衡・移動現象,及び炭酸化反応モデルの構築を行っている.本手法は,固相水和物の溶解・沈殿,溶液イオン平衡を厳密に考慮し,水和発熱モデルと関連付けることで,セメント硬化体内部の空隙水pHの低下,組織の変性の追跡を目指している.炭酸化のみならず,酸性雨等の他の環境作用によるpH変動,材料の変質も取り扱い可能である事に大きな特色がある.検証の結果,異なる養生・環境条件及び配合に対して,時間の経過と共に進行する炭酸化反応と,その結果生じるpHの低下,空隙組織の変化を追跡する事に成功している.

 さらに,熱力学及び電気化学理論に基づく金属腐食理論と,前述のモデルから算出される空隙水のpH,腐食イオン量,酸素供給量に関する情報を用いて,無機複合材料内に存在する鋼材腐食現象の解析を試みている.提案した腐食モデルは今後の詳細な検討が必要であるが,長期に渡って進行する鋼材劣化現象を追跡できる枠組みが構築された.

 第6章は結論であって,本研究の成果と今後の展開の方向について言及している。

 以上,本論文で得られた成果は,想定される外部からの環境・荷重作用を受けた際,鉄筋コンクリート構造物が如何に振る舞うかを時系列において予測する数値解析システムの構築に,大きな貢献をなすものと評価される.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54685