学位論文要旨



No 114164
著者(漢字) 日比野,誠
著者(英字)
著者(カナ) ヒビノ,マコト
標題(和) 自己充填コンクリートにおける分離低減剤の役割
標題(洋)
報告番号 114164
報告番号 甲14164
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4290号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 舘石,和雄
内容要旨

 本研究の目的は自己充填コンクリートに使用される分離低減剤もしくは増粘剤と呼ばれる高分子材料の効果を定量的に評価し,その効果のメカニズムを検討することである。

 現在コンクリートの多機能化・高性能化に関する研究開発が積極的に進められており,その中でも化学混和剤の利用は非常に重要な位置を占めるものと考えられる。フレッシュコンクリートの分野においても,分離低減剤を自己充填コンクリートに少量添加することにより,製造時の品質のばらつきを抑制し,充填性能を向上することができると報告されている。また,1998年に土木学会より刊行された「高流動コンクリート施工指針」において,今までその定義が漠然としていた併用系高流動コンクリートは,増粘剤(分離低減剤)の添加によってフレッシュコンクリートの品質変動を少なくし,コンクリートの品質管理を容易にした高流動コンクリートと定義されるに至った。このような現状から化学混和剤の効果を定量的に評価する必要があると考えられる。

 そこで本研究は,分離低減剤の効果のうち品質変動を少なくする効果,つまり流動性を安定的にする効果に着目し,その定量的な評価方法の構築と効果のメカニズムの解明を試みたものである。

 現在,分離低減剤や増粘剤と称して様々な化学混和剤が自己充填コンクリートに使用されているが,その分類や定義は未だ確立されていない。そこで本研究ではJIS A6204に定められている高性能AE減水剤以外の化学混和剤で,フレシュコンクリートの品質向上を目的に添加されるものを分離低減剤と呼ぶこととした。本研究では水溶性および固体粒子への吸着特性を考慮し,-1,3-グルカン,ウェランガム,グリコール系およびセルロース系増粘剤の4種類を使用した。

 以下に各章の概要を述べる。

 第1章は序論であり,本研究の背景と目的を述べた。また,自己充填コンクリートの品質に最も影響を及ぼす細骨材の表面水率の管理状況を概説し,現状の管理状況では生コン工場から自己充填コンクリートを安定的に出荷するのは困難であり,分離低減剤の添加によって容易に品質が安定するのであれば非常に効果的な解決手段になり得ることを述べた。さらに,既往の研究における流動性安定効果の評価方法の問題点を指摘し,公正で定量的な評価方法の構築が必要であることを述べた。

 第2章では,本研究で使用した4種類の分離低減剤の基本的な性質について解説した。本研究で取上げた分離低減剤の水溶液の性質から材料分離抵抗性の原理,つまり増粘作用を中心に概説した。また,各分離低減剤において自己充填コンクリートに特有の粘性と変形性のバランスをいかに達成しているかについても既往の研究をこれにまとめた。

 第3章では,分離低減剤自身がフレッシュコンクリートにおよぼす影響をペーストの流動特性を評価することで検討した。分離低減剤自身の性質を検討するためペーストを用いてフロー試験およびロート試験を行なって流動特性を調べた。流動特性の指標には変形性を表わす相対フロー面積比()と,粘性を表わす相対ロート速度比(R)を用いた。分離低減剤の添加率を標準的な添加率の3〜6倍まで増加させ,分離低減剤の添加による流動特性の変化を顕在化することを試みた。分離低減剤添加率を0%から徐々に増加させ,そのときの流動特性の変化から吸水作用,増粘作用および分散作用に分離低減剤の性質を評価した。吸水作用は水セメント容積比の減少と等価であり,分離低減剤添加率の増加に伴い水セメント容積比だけを減少させたペーストと同じように流動特性が変化する効果と定義した。増粘作用は粘性を表わす相対ロート速度比に着目し,変形性を変えずに粘性を増す効果とし,分散作用はその逆で粘性を変えずに変形性を増大させる効果と定義した。

 分離低減剤の性質として以下のことが明らかとなった。グルカンには標準添加率を超えて広い範囲で吸水作用がある。また,ウェランガムは標準添加率の範囲内では吸水作用を示すが,それ以上の添加率では分散作用を示す。グリコール系増粘剤には吸水作用と増粘作用の両方があり、セルロース系増粘剤は添加率が標準添加率の半分程度では吸水作用,標準添加率以上では増粘作用を示すが,添加率が標準添加率の5倍を超えると分散作用を示す。

 第4章では,分離低減剤の潜在的な流動性安定作用について検討した。既往の研究において分離低減剤の効果は高性能AE減水剤と併用された状態で検討されており,その効果が分離低減剤自身の作用によるものなのか,高性能AE減水剤との複合効果なのか不明である。そこで本章では,まず流動性に対する安定効果を定量的に評価するための基本コンセプトを構築し,次いでペースト試験の結果から分離低減剤自身の潜在的な流動性安定作用を高性能AE減水剤との複合効果と分離して検討した。

 フレッシュコンクリートの流動特性と流動特性に影響を及ぼす要因との関係に着目し,両者の関係の傾きを流動特性に対する敏感さ,すなわち感度と定義し,流動性安定効果の指標とした。ペースト試験は高性能AE減水剤を添加せずに行なったため,本章で評価される流動性安定効果は分離低減剤自身の効果と判断でき,潜在的な流動性安定作用と解釈できる。流動特性の指標としてとRを採用し,流動特性に影響を及ぼす要因として水セメント容積比(w/c)に着目した。両者の関係を一次関数に近似し傾きより感度を求め,流動性安定作用を評価した。

 結果として分離低減剤の潜在的な流動性安定作用として以下のことが明らかとなった。グリコール系およびセルロース系増粘剤には水セメント容積比の変化に対して相対フロー面積比と相対ロート速度比で表わされる流動特性の変動を安定させる作用があるが,ウェランガムおよびグルカンに流動特性を安定的にする作用はない。第3章の結果よりグリコール系およびセルロース系増粘剤には増粘作用が確認されており,それに対してグルカンおよびウェランガムには増粘作用が確認されなかった。したがって,増粘作用のある分離低減剤には流動性安定作用があると考えられる。

 第5章では,実際の自己充填コンクリートを考慮し,高性能AE減水剤と併用した場合の流動性安定効果について検討した。既往の研究において流動性安定効果を評価する場合の問題点として,基本配合の選定方法が挙げられる。一般的に基本配合と呼ばれるある一つの配合に対して単位水量もしくは高性能AE減水剤添加率を変化させて流動特性の変動量を比較して流動性安定効果が評価されている。しかも,対象とする基本配合が一つだけであり,基本配合以外の配合では検討されていない。したがって,非常に限定された範囲の結果であり,その結果は基本配合に依存した結果となっている。そこで本章では,基本配合に依存しない流動性安定効果の評価方法を提案し,高性能AE減水剤と併用して実際の自己充填コンクリートに適用できるモルタルの流動特性から,分離低減剤の添加による流動性安定効果を評価した。

 流動特性に影響を及ぼす要因の変化に対して流動特性が安定しているということは,言い換えればある一定の流動特性を実現できる配合の範囲が大きいということである。そこで自己充填性が実現できる配合の範囲に着目し,配合の範囲を指標として流動性安定効果を定量的に評価することを提案した。配合を変更してコンクリートで充填性試験を繰り返すのは大変な労力が必要である。そこで既往の研究に基づき,モルタル試験より自己充填性が実現できる配合の範囲を評価できるように提案するコンセプトを拡張した。

 細骨材表面水率の変動および高性能AE減水剤の計量誤差をそれぞれ水セメント容積比と高性能AE減水剤添加率(SP添加率)の変化で再現し,モルタルの流動特性が相対フロー面積比(m)で5〜6,相対ロート速度比(Rm)で1〜1.5となるw/cとSP添加率の範囲を面積に換算し流動性安定効果を評価した。本研究では,分離低減剤の種類に拘らずモルタルの流動特性がm=5.5,Rm=1.25のときにコンクリートで最高の充填性能が実現でき,m=5,6またはRm=1,1.5のときに充填性能が自己充填性を達成できなくなる。つまりボックス型またはU型充填試験での充填高さが30cm未満になると仮定し,モルタルの流動特性の範囲を設定した。

 w/cとSP添加率を変化させてモルタルの流動特性を調べ,本研究で提案するコンセプトにあてはめて配合の範囲から分離低減剤の流動性安定効果を評価した。その結果,本実験の範囲内では4種類の分離低減剤すべてに流動性安定効果が認められた。また,第4章で検討された潜在的な流動性安定作用との明確な相関性は認められず,分離低減剤の添加による流動性安定効果は高性能AE減水剤と複合作用によるものと推測される結果となった。

 第6章では,流動性安定効果の要因について考察した。高性能AE減水剤が流動特性に対する感度に及ぼす影響を調べ,高性能AE減水剤の感度に対する効果を評価した。次いで,この効果が分離低減剤の添加によってどのように変化するのかを調べ,分離低減剤が高性能AE減水剤の効果に及ぼす影響から流動性安定効果の要因を考察した。

 結果として以下のことが明らかとなった。相対フロー面積比に対する感度はSP添加率の増加に伴って上昇するが,相対ロート速度比に対する感度は高性能AE減水剤の影響をほとんど受けない。さらに,ウェランガム,グリコール系およびセルロース系増粘剤を添加した場合,高性能AE減水剤の感度に対する効果が低減され流動性安定効果が発揮される。したがって,高性能AE減水剤の影響を受ける相対フロー面積比には分離低減剤の添加によって安定効果を期待できるが,その感度が高性能AE減水剤の影響を受けない相対ロート速度比には安定効果が現われないものと考えられる。

 第7章は結論であり,本研究で得られた結論を各章ごとにまとめたものである。

 今後の課題として,本研究では分離低減剤の効果のうち流動性に対する安定効果を主に検討したが,そのほかにも充填性能を向上させる効果や時間の経過に伴う流動性の低下を抑制する効果が報告されており,これらの効果についても定量的な評価方法の構築とそれに続くメカニズムの解明が必要と考えられる。高性能AE減水剤との相互作用を考慮せずに,これらの効果のメカニズムを解明することはできないと考えられる,したがって,分離低減剤と高性能AE減水剤との相互作用についてそれぞれの効果に適した定量的な評価方法の構築が必要と考えられる。

審査要旨

 現在.コンクリートの多機能化・高性能化に関する研究開発が積極的に進められている。その中でも化学混和剤の利用はコンクリートの品質向上に重要な位置を占め,その効果を定量的に評価することは,一般化された配合設計法の確立に極めて重要である。分離低減剤と呼ばれる高分子材料もコンクリートに使用される化学混和材の一種であり,自己充填コンクリートに少量添加することにより,製造時の品質のばらつきを抑制し,充填性能を向上することができるといわれている。本研究では,分離低減剤の効果のうち品質変動を少なくする効果,つまり流動性を安定的にする効果に着目し,その定量的な評価方法の構築と効果発現の機構解明を試みたものである。

 第1章は序論であり,本研究の背景と目的を述べている。自己充填コンクリートの品質に最も影響を及ぼす細骨材の表面水率の管理状況を概説し,現状では生コン工場から自己充填コンクリートを安定的に出荷するのは困難であり,分離低減剤の添加によって容易に品質が安定するのであれば非常に効果的な解決手段になり得ることを述べ,既往の研究における流動性安定効果の評価方法の問題点を指摘している。

 第2章では,本研究で使用した4種類の分離低減剤,-1,3-グルカン,ウェランガム,グリコール系およびセルロース系増粘剤の基本的な性質について,分離低減剤の水溶液の性質から材料分離抵抗性の原理を中心に概説している。

 第3章では,分離低減剤自身がフレッシュコンクリートの流動特性に及ぼす影響を,吸水作用,増粘作用および分散作用に分離して評価する新しい方法を考案し,その結果に基づいて各分離低減剤ごとに添加量とそれぞれの効果との関係を初めて明らかにしている。吸水作用は水セメント比の減少と等価な効果,増粘作用は変形性を変えずに粘性を増す効果,分散作用は粘性を変えずに変形性を増大させる効果と定義し,ペーストのフロー試験とロート試験の結果を組み合わせることによって,それぞれの効果を取り出せるのである。

 第4章では,フレッシュコンクリートの流動特性と水セメント容積比に着目し,分離低減剤の潜在的な流動性安定作用について,高性能AE減水剤との複合効果を分離して検討した結果を述べている。グリコール系およびセルロース系増粘剤には流動特性の変動を安定させる作用があるが,ウェランガムおよびグルカンに流動特性を安定的にする作用はなく,増粘作用のある分離低減剤に流動性安定作用があると結論づけている。

 第5章では,高性能AE減水剤と併用した場合の分離低減剤による流動性安定効果について一般性の高い評価方法を提案し,それを用いて,分離低減剤による流動性安定効果が高性能AE減水剤との複合作用によることを明らかにしている。

 第6章では,高性能AE減水剤と分離低減剤の相互作用に着目し,流動性安定効果の要因について考察している。高性能AE減水剤添加率の増加に伴って,変形性に対する感度は上昇するが,粘性に対する感度はほとんど影響を受けないことを明らかにし,分離低減剤の添加による安定効果は,高性能AE減水剤の影響を受ける変形性には期待できるが,粘性には現われないことを明らかにしている。

 第7章は結論であり,本研究で得られた成果をまとめ,今後の課題について述べている。分離低減剤の効果のうち,充填性能を向上させる効果や時間の経過に伴う流動性の低下を抑制する効果について,高性能AE減水剤との相互作用を考慮した定量的な評価方法構築とメカニズム解明の必要性を,今後の重要な研究課題として指摘している。

 本研究は分離低減剤の効果のうち品質変動を少なくする効果について,分離低減剤と高性能AE減水剤の相互作用を明らかにし,その定量的な評価方法の構築とメカニズムの解明を試みたものである。本研究の成果によって,これまで絶対評価が十分になされていなかった分離低減剤の性能評価を初めて可能にした。次世紀の大きな社会的課題に対する有効な技術として期待される自己充填コンクリートの設計製造の自由度を広げることに大きく貢献している。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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