内容要旨 | | 1.背景 吹き付けコンクリートはコンクリートを応用する大変古い技術である.最初にこの技術が使用されたのは,100年前の吹き付けセメントペーストであった.吹き付けコンクリートは近年の地下構造物建設やトンネル施工において,とても重要な役割をなしている.NATM工法(New Austrian Tunnelling Method)を用いたトンネル施工の過程では,掘削法面崩壊の危険を防ぐために,掘削後直ちに,数秒で用意されるコンクリート機材により吹き付けが行われる.吹き付けコンクリートは非常に有用なものであるが,莫大なリバウンドロスと吹き付け後にコンクリートの配合が変化すること(リバウンドロスによる)が主な問題点である.吹き付けを行う前のフレッシュコンクリートの性質から,これらのことを予測するのは大変難しい.こうしたことから,吹き付けコンクリートの長期における耐久性が重要な問題となる. 吹き付けコンクリートは特別な材料ではないが,セメント材料の打設と締固めの過程は特別なものといえる.吹き付けコンクリートには,混和剤を含む場合も,含まない場合も,たいていスランプが8-12cmの普通コンクリートが使われる.フレッシュコンクリートの現象,すなわちストラクチャルブレイクダウン,ンクソトロピック,ダイレイタンシー,パイプ内の流れに生じるアーチングやブロッキングなどであるが,これらは粒子間の力,すなわち粒子の挙動と関係あることが指摘されている.さらに拡張すると,このことは吹き付けコンクリートにおける高い圧力に起因するということができる.これらの事実を考慮して,吹き付けコンクリートの解析に個別要素法(DEM)を用いることを提案する.実験による吹き付けコンクリートの研究は多数行われているが,理論的な知見に基礎をおいた解析手法の研究はほとんど行われていない.解析により,実際の建設に先だって,吹き付けコンクリートの挙動を正確に予測できれば,莫大な労働と費用を削減することが可能である. 2.解析の理論吹き付けコンクリートの個別要素法によるモデル化 個別要素法は,多数の硬い球を用いて実際の状態をモデル化する手法である.個別要素法の基本原理は粒子力学における運動方程式からなる.吹き付ける前の段階では,コンクリートはフレッシュな状態である.そこで,はじめにフレッシュコンクリートの状態をモデル化しなければならない.フレッシュコンクリートの解析では,これを個別の要素(球形)の集りで表現できるものと仮定する.粒子の大きさを小さくすると,CPUが消費する時間もそれだけ長くなり,計算時間が不必要に長くなる.そこで,図1に示すように,簡便な二相系(モルタル層に囲まれた骨材)によるモデル化を提案する.解析を二相系にすると,力の計算において,それぞれの要素(モルタルとモルタル,モルタルと骨材など)の衝突を考えなければならない.モルタル層にレオロジー則を当てはめることにより,粘着力と結合力を得ることができる.このモデルが完成した後,ウェイブプロパゲイション理論から骨材の定数を,フレッシュコンクリートのトレイルコンシステンシー解析よりモルタルの定数を求めて,定量的吹き付けコンクリート解析は進行する. 3.定量的解析 リバウンドとは,吹き付け作業中に施工表面から飛び散る骨材とセメントペーストのことで,硬い表面や鉄筋と骨材の,あるいは骨材同士の衝突が原因である.リバウンドは材料の品質,配合,吹き付け条件から大きな影響を受ける.また,個別要素法解析では,吹き付けコンクリートの配合から直接影響を受けるパラメーターが存在し,その影響は粒子の品質,バネおよびダッシュポットの係数,モルタル層の厚さや粘着力,加速作用モデルカーブなどのモデル定数により判断される. 配合要因がリバウンドロスに与える影響をまとめると,図2に示すように,粒子が大きくなるにつれリバウンドロスも急激に増加することが分かる.図3に示すように,バネ定数を大きくするとリバウンドロスは大きく上昇する.ノーマルダッシュポット定数を少しづつ増加させると,最初リバウンドは減少するが,やがてリバウンドロスが大きくなっていくことが分かる(同じ傾向は高い加速作用においても見られる).図4に示すように,モルタル層の厚さと粘着力を増加させるとリバウンドロスは急激に減少する. 同様にして,施工表面の硬さの違いは,リバウンドロスと吹き付けコンクリートの空隙特性について,個別要素法解析の結果に変化をもたらす.また,吹き付けコンクリートにおいて,吹き付け圧力は適当な値を選択しなければならない.図5に示すように,非常に吹き付け圧力が低い場合,リバウンドが大きく締固まり方は小さい.一方,吹き付け圧力が高すぎても大きなリバウンドロスと空隙が生じる.すなわち,もっともリバウンドを小さくできる,ある吹き付け圧力が存在する. 4.定量的解析の可能性個別要素法におけるレオロジーの考察 定量的なモデル化に際して,モデルで使用する定数とレオロジー則を決定するための研究を深く取り扱った.フレッシュコンクリートは降伏値と塑性粘性という二つのレオロジー係数を持つビンガムモデルと見なされる.せん断を受ける二つの個別要素は,はじめ弾性挙動を示し,降伏して,最終的に最大せん断応力に達する.定量的解析では,まずレオロジーの考察(得られた降伏値と塑性粘性について)よりモルタルの定数が決定される.解析のフローチャートを図6に示す. さて,吹き付けコンクリートの解析過程におけるレオロジーの効果に話を移そう.粘性と降伏値が小さい順に並んでおり,得られた粘性と降伏値について,提案されている実験公式より,個別要素法に用いる定数を決定する.これらの定数によりフレッシュコンクリートと吹き付けコンクリートの解析が実行される.スランプテストやフローテスト(スランプの反対)といった流動性試験をはじめに解析し,これらがうまく行けば,次に吹き付けコンクリートの解析を行うことになる. 個別要素法解析では,粘性の影響は主に個別要素法におけるダッシュポット定数に現れる.ダッシュポット定数が高い場合,施工面に吹き付けられたコンクリートの流れが影響を受け,ある一カ所にだけ厚みが形成されることになる.このことはある程度は有用であるが,この効果が強すぎると吹き付けコンクリートの粘着力の不足によりしばしば滑り落ちてしまう.同様に,施工壁と吹き付けコンクリート間の摩擦力やコンクリートどうしの摩擦力が大きすぎる場合にも同じ現象が見られる.個別要素解析では,粘性と摩擦力はフローアビリティに強く影響し,降伏値にはそれほど影響しない. 吹き付けコンクリートの性能に関して,ダッシュポット定数やバネ定数を大きくするとリバウンドロスが増加する.粘着性が高すぎたり低すぎたりする場合には解析が不安定になるので,コンクリートが施工壁に付着できる粘着力の範囲が存在することが分かる.また,粘着力定数の増加は,降伏値の増加を伴うが,リバウンドロスを大幅に減少させる.フレッシュコンクリートの降伏値はリバウンドロスの大きな要因である.すなわち,降伏値を増加させることは,バネ定数と粘着力定数も増加させることを意味するのだが,バネ定数が大きいとリバウンドロスは大きくなり,粘着力が大きいとリバウンドロスは減少する.以上より,ある程度までの降伏値の増加はリバウンドロスを減少させる効果があるが,降伏値が高すぎると締固まりの問題によりリバウンドロスは高くなる.ところで,高すぎる降伏値はコンクリートの圧送性を悪化させる(フレッシュコンクリートの流れにおけるブロッキングなどによる).ここで,リバウンドロスとレオロジー定数の関係を図7に示す.粘性が大きすぎることも圧送性に悪影響を及ぼし,その値以下では,降伏値を持たないコンクリートでさえも流すことができない,粘性の限界も存在することが分かる.粘性を増加させても吹き付けコンクリートの性能は向上しないといえる.以上より,よりよい圧送性と吹き付け性を得ることのできる,適当な降伏値が存在するだろうということに注目すべきである.しかし,降伏値は粘性を変化させてしまうので,高い粘性を得るためには,最大限許される降伏値は減少する. さて,レオロジーという視点から吹き付けコンクリートの解析過程をまとめると,高い降伏値(しかし圧送性は良い)と,分離しないのに十分な粘性を持つフレッシュコンクリートは,圧送時と吹き付け時において高い性能を示し,リバウンドが少ない. この解析過程で,フレッシュコンクリートの流動性と吹き付けコンクリートの性能を調べる一般的数値解析方法を確立した.もはや,いかなる実験も行うことなしに,前もって流動性と吹き付けコンクリートの性能を予測することが可能である.入力する定数は配合特性だけであり,これはコンクリートワークの最初の段階で知ることができる.この解析過程がフレッシュコンクリートと吹き付けコンクリートの実際の技術的な作業において大いに役立つことを期待する. |
審査要旨 | | 社会資本設備およびインフラストラクチャーの見直しが要求されている現在,中でも都市交通網の状態は慢性的な渋滞となっており,この問題を解決するには現在の交通網を抜本的に改革する必要がある.限界のある交通網に対し、増え続ける自動車量を考えると,交通操作だけで交通渋滞を解決するのは非常に困難であり,このような現状を考慮して,第二東名・名神高速道路をはじめとする主要道路網に見られるように,トンネルを使用した交通手段の開発が活発になされている.これらは大断面・偏平トンネルとして計画されており,一次覆工用吹付けコンクリートに対しても高強度・高品質なものが要求されるようになってきている.また,地下発電,石油備蓄に見られるような,地下大空間の利用が進められている現状を考えると,吹付けコンクリートの合理的な施工法およびその利用法の確立の必要性はますます高まっている.一方,現在までの吹付けコンクリートに関する研究は,経験的に作業環境の改善や品質変動の抑制,および経済性の向上を目的とした粉塵とはね返りの低減,および急速施工を可能にするための吹付け機械や各種混和剤の技術開発が主に行われている.これらの研究においては,吹付け機械から射出され,壁面に付着するメカニズム及び吹付けられたコンクリートの特性の総合的な解明は行われておらず,いくつもの実験的事実に伴った定性的見解しか得られていない.このような現状を踏まえ,本研究では吹付けメカニズムをコンピュータシミュレーションによって明らかにし,より望ましい合理的な工法として確立させようとするものである. 第1章は,序論であり吹付けコンクリートの現状を明確にするとともに,コンピュータシミュレーションの必要性に関して説明している. 第2章は,フレッシュコンクリートの数値シミュレーションに関する既往の研究に関して取りまとめている.特に,個別要素法のフレッシュコンクリートの挙動に対する研究に関して,各々の手法の問題点を明確にするとともに,本研究における研究の対象となる実際の吹付けコンクリートの施工条件および壁面に関する取り扱いに関して概説している. 第3章は,本研究で提案したモデルの説明をしている.まず,フレッシュコンクリートにおける個別要素法を用いたモデルを拡張して,本研究で用いるモデルの説明をしている.特に,吹付けコンクリートにとって特徴的な挙動である,壁面および粒子間の接着・離脱に代表される"Contact Mechanisum"の方法(付着,粘着性状)および数値解析上でのり扱う骨材の各種パラメータの設定等に関して説明している. 第4章は,材料条件,配合条件および吹付け施工条件の吹付けコンクリートのリバウンド性状および品質に与える影響を,本研究で提案したモデルを用いてシミュレートした結果を説明している.材料条件としては,骨材の粗粒率を取り上げ,粗粒率の変化に対する吹付けコンクリートの性状の変化を明らかにしている.また,配合条件の違いは骨材量の変化と捉えることは言うまでもないが,ペースト層の品質の違いを各係数を変化させることによって表現し,その影響を定量的に把握することができるとしている.最後に,施工条件に関しては壁面の条件,吹付け圧力,吹付け角度等を変化させて,その影響に関して説明している. 第5章は,個別要素法に用いるパラメータの設定方法に関して説明している.まず,フレッシュコンクリートの性状をシミュレートするための,個別要素法におけるパラメータの設定方法を球引き抜き試験,スランプ試験等の実験と解析的検討によって決定している.さらに,骨材周りのモルタル層厚の配合条件に依存した形で表現する方法を提案している.最終的に,フレッシュコンクリートのレオロジー性状から吹付けコンクリートのシミュレートの際に用いるパラメータの決定方法を提案している. 第6章は,吹付けコンクリートにとって,最も特徴的な要因である急結剤の性状の解析上における取り扱い方法および,急結剤が吹付けコンクリートの性状に与える影響に関して説明している. 第7章は,提案したモデルの可能性を検討している.これにより,今後本手法を適用することにより,任意の配合に対してそのフレッシュ性状および吹付け性状を,実験を介することなく,定量的に把握することができるとしている. 第8章は,本論文の総括であり,本論文の成果をとりまとめたものである. 以上を要約すると,現在まで実験的検討にのみ依存してきた吹付けコンクリートの性状を,初めて解析的に行うことを可能としたものであり,コンクリート工学の発展に寄与するところ大である. よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |