大規模建設プロジェクトの執行過程は、数多くの意思決定者、関係団体、法律、規制等の様々な要因に影響されると考えられる。意思決定者により目的や管理方法が異なるため、建設プロジェクトの規模が大きくなると、その運営の難しさの程度は増大するといえる。大規模建設プロジェクトは、工期を短縮し工事の効率性を向上させること、あるいは中小企業を保護すること等を見据えて、幾つかに分割されて発注されるのが一般的である。過度に小規模に分割した場合は、資源や設備が重複利用されることによる非効率性が発生し、過度に大規模とした場合は、受注者の保有する技術水準および運営能力が不足して、工期遅延や工費増大等の不具合が発生する。 建設プロジェクトの発注規模に焦点をあてた研究は,これまでに世界各国で幾つか行われてきた。例えば、日本の公共工事の発注規模を大型化することによってコスト縮減できるという報告(常見昌朗、1995年)、アメリカ合衆国における、発注規模の拡大によって、工期遅延が増加する可能性を示した報告(James,G.1996年)、あるいは、台湾における、不確実性を少なくするために、発注規模を縮小すべきことを主張する報告(Yeh,W.K.1996年)等がある。しかし、日本の公共工事の発注規模は、台湾の場合と比較すると、著しく小さいという実態があり、日本では小さな発注規模が好まれ、台湾では著しく大きな発注規模が好まれる理由は解明されていない。国による意思決定行動の相異の実態、最適な発注規模の存在の有無、最適な発注規模が存在する場合の決定手法等は、未解決の研究課題と考えられる。 本研究は、大きな発注規模による有利性(規模の経済)および不確実性に起因するリスクプレミアム(規模の不経済)に着目し、発注規模を最適化するメカニズムを解明して、リスクプレミアムの確率分析と発注規模を加味した期待現在価値測定法を用いた発注規模決定支援システム(以下CSDSS[Contract Size Decision Support System]と称する)を開発することを目的とした。CSDSSは、最適発注規模戦略の確立を促進する現実的方策を提供するものであり、大型公共工事の発注規模について、意思決定者の合理的な意思決定を支援することを目指した。 本研究におけるCSDSSの開発手順は、以下に示す五段階である。 (1)評価基準の決定、代替発注方法の調査、基準や発注規模の決定プロセスの現状に関するデータ収集、インタビュー、およびデータ分析を行った。 (2)抽出した評価基準に基づき、アンケート1を実施し、主要な評価基準を決定した。 (3)アンケート2を実施し、ある目的を達成するための有効性認識指標を、多重属性ユーティリティ理論に基づき国別(日本、台湾、米国)に決定した。 (4)第2段階で抽出した評価基準と、発注規模の観点から、幾つかのプロジェクトの契約文書を分析し、契約発注規模と工期やコスト等との相関関数を算出した。さらに、大型公共工事発注規模に関する契約のデータベースを構築した。 (5)CSDSSの中核となる期待現在価値測定モデルを構築し、ケーススタディによりCSDSSの有効性を検証した。 本論文は9つの章から構成されている。 第1章では、研究の背景と問題の所在を示し、研究目的とその必要性を明らかにした。第2章では、本論文に関する既存の研究のレビューを示した。第3章では、発注規模による有利性(規模の経済)と、不確実性に起因するリスクプレミアム(規模の不経済)に関し、大規模建設プロジェクト発注規模の最適化について考察した。第4章では、発注規模決定支援システム(CSDSS)を提案し、それを構築するために五段階の手順を示した。第5章では、五段階の手順のうち、第1段階から第3段階まで、すなわち、インタビュー調査による相関データの収集と分析(第1段階)、2回のアンケート調査とその結果の分析(第2段階、第3段階)について述べた。第6章では、五段階の手順の第4段階である、5つの公共工事契約発注規模と意思決定要因との相関を分析し、契約発注の工事規模別データベースを構築した。第7章では、五段階の手順の第5段階である、期待現在価値測定モデルを構築した。第8章では、台湾のMRT(大規模プロジェクト)及び日本の地下鉄プロジェクトを事例にCSDSSの有効性を検証した。第9章では、結論をまとめ、将来の研究の課題を示した。 本研究の範囲内で、以下に示すことがいえると考えられる。 (1) 公共事業における意思決定者の役割を考慮すれば、最適発注規模を1つの評価基準により決定するのではなく、複数の評価基準により決定することの方が優れている。意思決定者が主体的に評価基準を設定することが重要である。 (2) 最適な契約発注規模を統一的に決定することは、(1)多くの代替案を考慮する必要があること、(2)工期を正確に予測する必要があること、(3)意思決定者が異なることによって評価基準に対する重要度付け(プライオリティ)は異なる可能性があること、等の理由で困難といえる。 (3) 最適な発注規模を決定する方法の目的は、意思決定者の合理性を確保することであり、意思決定者の経験に基づいて得られた幾つかの発注規模の案が十分に考慮されることが重要である。本研究で構築されたCSDSSを利用することにより発注規模を定量的に比較することが可能となる。CSDSSは、期待現在価値測定法を利用することにより、効率性、信頼性、拡張性等を保有していると考えられる。 (4) 大規模建設プロジェクトを発注する場合に考慮すべき主要評価基準として、1)技術的ノウハウ、2)専門家の協力の統合、3)プロジェクト完成時期の管理、4)技術力を持つ企業数、5)利用可能な資源、6)環境への影響の最小化、7)総プロジェクトコストの低減、8)プロジェクトの品質管理、9)中小企業保護、10)単年度予算の制限等の10項目を抽出できた。 (5)日本、台湾および米国における主要10項目の重みづけは、表-1に示すような傾向があることが明らかになった。 表-1 主要評価基準の国別重みづけ (6)台湾において発注規模に最も影響を与えるものはリスク(コストおよび遅延)であるが、日本においては中小企業保護の視点の影響が大きいことが分かった。 (7)日本および台湾における147の契約事例に基づき、契約発注規模へのそれぞれの評価基準の影響を認識するためのデータベースを構築できた。 (8)日本と台湾のケーススタディから、5種類の発注規模(ミニサイズ、小規模、中規模、大規模、スーパーサイズ)について、最適発注規模の視点から、以下に示す事柄が明らかとなった。 (1) 台湾・日本の両国において、より大きな発注規模による有利性(規模の経済)、および不確実性に起因するリスクプレミアム(規模の不経済)が存在する。 (2) 台湾において、リスク回避を考慮に入れないならば、規模の経済による効果が大きくなり、最適発注規模は「スーパーサイズ」となる。 (3) 台湾において、リスク回避に主眼をおくならば、規模の不経済による効果が大きくなり、最適発注規模は「ミニサイズ」となる。 (4) 台湾において、規模の経済と不経済の双方を考慮に入れる場合は、最適発注規模は「スーパーサイズ」となる。 (5) 日本において、リスク回避を十分に考慮せず、効率性に主眼をおく場合は、最適発注規模は「スーパーサイズ」となる。 (6) 日本において、均等性に主眼をおく場合は、規模の不経済による効果が大きく、最適発注規模は「ミニサイズ」となる。 (7) 日本において、規模の経済と不経済の双方を考慮に入れる場合は、最適発注規模は「中規模」となる。 本研究で開発したCSDSSを利用することによって、建設段階の状況および意思決定者の重要性や有効性の認識の程度に基づき、大規模建設プロジェクトの最適発注規模を決定することが可能であると考えられる。 |