学位論文要旨



No 114168
著者(漢字) 趙,ひょん賛
著者(英字) Cho,HyunChan
著者(カナ) チョ,ヒョンチャン
標題(和) アジア地域の民間事業委託方式による社会基盤整備手法に関する研究
標題(洋) Study on Concession Models for Private Sector Involvement in Asian Infrastructure Development
報告番号 114168
報告番号 甲14168
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4294号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 吉田,恒昭
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 高橋,清
 東京大学 教授 高木,保興
内容要旨

 社会基盤施設開発整備管理運営(以下インフラ開発と称する)の分野において伝統的な制度を改革しようとする風潮が高まってきている。19世紀半ばのヨーロッパに端を発する「コンセッション」という概念が再び脚光を浴びているのが1つの例である。新たな「コンセッション」方式は、税金を財源とする伝統的な公共インフラ開発に対し、民間の資本と経営力を活用することにより、効率的なインフラ開発を行うことであり、BOT、BOOT、ROT、BOO契約方式等が含まれる。この欧米諸国における趨勢はアジア諸国でも高まっており、近年は、香港、オーストラリアおよび日本等において、「コンセッション」方式はインフラ開発を効率的に行う方式の1つとして認識されている。同時に、開発途上のASEAN諸国、中国およびベトナム等の社会主義国においても、予算不足の制約条件を克服する、あるいは継続的経済成長や社会福祉のために基本的なインフラを整備する革新的な方式として認識され、実施されている。しかし、アジア諸国において「コンセッション」方式が重要視され、需要も高まっているにも関わらず、「コンセッション」方式の明確な制度的枠組みはいまだ確立されていない。そのため、無視し得ない数多くのインフラ開発プロジェクトが、当初の期待に反し不満足な結果に終わっている。

 本研究は、「コンセッション」方式の問題点の改善と、将来のインフラ開発への的確な適用を目指し、アジア諸国で行われた87のプロジェクトのデータベースを作成し、その体系的分析に基づいた、アジア型「コンセッション」モデルの構築を目的とした。このモデルは、リスク管理、経済規制政策分析、金融工学の3つの部分で構成されている。さらに、アジア諸国に関する研究成果に基づいて、日本版PFIの問題点を明らかとし、改善の方向を提案した。

 研究方法は、事例調査・観察・実体験および文献資料調査とした。まず、アジア諸国におけるコンセッション契約市場の動向、組織および分布の調査を行った。1985年から1997年の13年間に実施された89のコンセッション契約事業の事例に関する各種の資料を収集し、アジア諸国のコンセッション契約市場の現状を把握し整理した。その結果、アジア諸国のコンセッション契約事業は成功と失敗が混在していることが判明した。自然淘汰の経済原理に基づき、「長期運用が可能なコンセッション契約モデルは、従来の公共調達制度に比べて明確な利点を有していなければならない。」という仮説を導いた。この仮説を検証するため、アジア諸国における実際の事例について詳細に検討し分析した。その結果、実現にはいまだ障壁が多いものの、コンセッション契約モデル活用の可能性が見い出すことができた。本研究では、アジア諸国におけるコンセッション契約の事例を、ヨーロッパ諸国やアメリカを中心とした他地域の事例と比較検討した。国際的コンセッション契約に関する文献資料や国際機関からの出版物の記録や資料を参照し、各国のコンセッション契約に関する法令や政策も調査研究した。事例調査の対象国は、アメリカ、オーストラリア、イギリス、カナダ、中国、フィリピン、日本、韓国、タイ、トルコおよびベトナムであり、事業に関する財務関係記録、契約書類およびフィージビリティ調査書等も参照した。

 本論文は9章より成り立っている。第1章では、研究の背景および目的、論文の構成概要と研究動機および研究方法について述べた。第2章では、公共および民間による社会基盤整備制度について1)経済的側面および2)事業運営に関しての意思決定権の所在という二つの側面から考察した。さらに、社会基盤整備民間委託に関して、歴史、運営権、利益、問題点という観点から論じた。第3章では、1985年から1997年までに、12のアジア諸国で実施された89のコンセッション契約事業の事例調査結果について整理しまとめた。その結果、コンセッション契約の事業数は飛躍的に増加したが、失敗事例も多いということが分かった。第4章では、コンセッション契約事業が有効に機能するための理論を構築した。自然淘汰の経済原理のもと、「長期運用が可能なコンセッション契約モデルは従来の公共調達制度に比べて明確な利点を有していなければならない。」という仮説が導き出された。運営権を譲渡することにより最終的に事業の効率性を確保できることが、コンセッション契約事業の公共調達手法に対する大きな利点であることを論じた。第5章では、アジア諸国のコンセッション契約プロジェクトに伴うリスクを明確にした。リスクについて全般的に調査研究すると共に、各国特有のリスクと個別の事業特有のリスクに分類した。そして、リスク処理を最も効率的に行うことができる主体を明確にした。第6章では、コンセッション契約市場に影響を及ぼす経済調整手法のうち、三つの代表的な手法について分析した。三つの手法とはROR(金利)調整、価格調整、および無調整である。アジア諸国における経済調整手法としては、価格調整が最も有効であると結論づけた。さらに、イギリスにおいて構築された価格調整手法「RPI-X」が導入された場合を想定して分析し、アジア諸国においても相当の効果が期待できることを示した。そして、政治的介入を受けにくい独立調整組織の創立を推奨した。第7章では、第5章と第6章の成果を関連づけてファイナンシャルエンジニアリングについて考察した。コンセッション契約事業のファイナンスにおいては、事業遂行のため十分な資本を確保することが難しいという、いわゆる「財務格差(financing gap)」が存在する。そこで、財務格差の要因について分析し、過度の政府援助により、コンセッション契約事業がリスクを伴う民間投資活動であるという認識が失われてしまう危険性について論じた。第8章では、日本のコンセッション契約モデルのあり方について考察した。日本版PFIの動向に関する分析と、日本の政策決定者の知見について調査研究した。その結果、1998年に日本政府は「PFIガイドライン」を提唱したが、日本版PFIはその実行前に、明確にしなければならない重要な問題を有していることが分かった。本研究では、日本政府のPFIに関する経済政策の矛盾点として、1)民間資本を有効活用し政府の財政負担を軽減するためにPFIを促進する 2)低迷する経済を刺激し建設会社の負債を軽減するために公共事業を増大させる、という相矛盾する議論が日本のPFIにプロジェクトファイナンスを導入することを困難にしていることを指摘した。この問題を改善し、日本におけるPFIが将来有効に機能するための幾つかの提案を行った。第9章では、結論を述べ、将来の研究課題を示した。従来の公共調達手法は高価で非効率的である場合が多い。したがって、将来のインフラ開発を経済的に健全で可能なものとするため、アジア諸国においてコンセッション契約は機能できると論じた。

審査要旨

 社会基盤施設開発整備管理運営(以下インフラ開発と称する)の分野において、税金を財源とする伝統的な公共インフラ開発の制度に、民間の資本と経営力を活用したBOT、BOOT、ROT、BOO契約方式等の新たな「コンセッション」方式が導入されつつある。政府予算が不足する制約条件を克服し、持続的な経済成長や社会福祉向上のための基本的インフラを開発する革新的な方式として、近年は、香港、オーストラリア、および日本、そして開発途上のASEAN諸国、中国およびベトナム等のアジア諸国においても「コンセッション」方式が重要視され重要も高まっている。しかし、「コンセッション」方式の明確な制度的枠組みはいまだ確立されていないので、アジア諸国の数多くのインフラ開発プロジェクトが不満足な結果に終わっている。

 本研究は、「コンセッション」方式を、将来のアジア諸国におけるインフラ開発へ的確に適用することを目指したアジア型「コンセッション」モデルの構築を目的としている。リスク管理、経済規制政策分析、財務(金融)工学の三つの部分で構成したモデルを開発し、アジア諸国の事例に適用し分析した成果に基づいて、日本版PFIの問題点についても論じている。

 アジア諸国において、1985年から1997年の13年間に実施された89のコンセッション契約事業の事例に関する各種の資料を収集し、コンセッション契約市場の現状を詳細に分析している。アジア諸国のコンセッション契約事業に成功と失敗が混在していることを識別し、自然淘汰の経済原理に基づき、「長期運用が可能なコンセッション契約モデルは、従来の公共調達制度に比べて明確な利点を有していなければならない。」という仮説を導出している。アジア諸国におけるコンセッション契約の数多くの事例と、ヨーロッパ諸国やアメリカを中心とした他地域の事例とを比較検討するために、文献資料や国際機関からの出版物の記録や資料と共に、各国のコンセッション契約に関する法令や政策、事業に関する財務諸表記録、契約書類およびフィージビリティ調査書等の多岐にわたる調査研究を行っている。

 公共および民間による社会基盤整備制度について1)経済的側面および2)事業運営に関しての意思決定権の所在という二つの側面から考察し、社会基盤整備民間委託に関して、歴史、運営権、利益、問題点という観点から論じている。コンセッション契約事業が有効に機能するための理論を構築し、運営権を譲渡することにより最終的に事業の効率性を確保できることが、コンセッション契約事業の公共調達手法に対する大きな利点であることを論じている。アジア諸国のコンセッション契約プロジェクトに伴うリスクに関して、各国特有のリスクと個別の事業特有のリスクに分類し、リスク処理を最も効率的に行うことができる主体を明きらかとしている。コンセッション契約市場に影響を及ぼすROR(金利)調整、価格調整、および無調整の三つの代表的な経済調整手法について分析している。その結果、アジア諸国における経済調整手法としては、価格調整が最も有効であると結論づけている。コンセッション契約事業のファイナンスにおいては、事業遂行のため十分な資本を確保することが難しいという、いわゆる「財務格差(financing gap)」が存在するので、その要因について分析し、過度の政府援助により、コンセッション契約事業がリスクを伴う民間投資活動であるという認識が失われてしまう危険性について論じている。日本版PFIに関する分析を行い、日本版PFIに関する経済政策の矛盾点として、1)民間資本を有効活用し政府の財政負担を軽減するためにPFIを促進する2)低迷する経済を刺激し建設会社の負債を軽減するために公共事業を増大させる、という相矛盾する議論が日本のPFIにプロジェクトファイナンスを導入することを困難にしていることを明らかとしている。そして、この問題を改善し、日本におけるPFIが将来有効に機能するための幾つかの有益な提案を行っている。

 本研究は、社会基盤整備の需要が大きいにも関わらず政府の財政事情が悪化しているアジア諸国を対象に、経済成長と社会福祉向上の礎となる社会基盤整備を伝統的な政府主導による公的資金によって賄う手法ではなく、コンセッション方式によって執行することの妥当性と問題点およびその解決方法を示すことを目的としている。アジア諸国のコンセッション市場を電力部門、交通部門、水資源部門について詳細に分析し、コンセッション方式の適用性を分析するための基本的枠組みを構築し、リスク分析手法、資金調達と財務管理手法および経済活動に関わる法制度や規制のあり方を明らかとし、「コンセッション」方式の的確な執行に有益な知見と示唆を提供している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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