学位論文要旨



No 114169
著者(漢字) 藤原,隆一
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,リュウイチ
標題(和) 双峰型の標準方向スペクトル推定法
標題(洋)
報告番号 114169
報告番号 甲14169
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4295号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 藤野,正隆
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 渡邉,晃
 東京大学 助教授 都司,嘉宣
 東京大学 助教授 余,錫平
内容要旨

 方向スペクトルは海の波の周波数と波向きに関するエネルギー密度を表すものであり,これを用いて海の波の特性を調べることは工学的に非常に有用である.港湾,海岸および海洋に築造される構造物の合理的な設計を行うには,方向スペクトルを把握することが必要となる.最近では,多方向不規則波造波装置が普及し,水理模型実験においても方向スペクトルの必要性はますます高まっている.このような方向スペクトルデータの蓄積は,現地での波浪の特性を解明する点において重要である.しかし,一般に方向スペクトルを蓄積すると膨大なデータ量になる.そこで現地での波浪観測では,方向スペクトルの精度が高いとともに観測結果の蓄積に便利なように,方向スペクトルがパラメタ化されているとよい.それによりパラメタ化された標準型の方向スペクトルを,周波数スペクトルのように設計等に利用することも可能となる.

 現地では発生源の異なる風波やうねりが重なり合うような状況は比較的頻繁に生じることが予測される.したがって,実用的な方向スペクトルのデータを蓄積していくには,方向関数が2つのピーク波向きを表すことができる標準方向スペクトルを用いることが必要になる.このような標準方向スペクトルを双峰型の標準方向スペクトルと呼ぶことにする.また,双峰型の標準方向スペクトルの表示方法は種々考えられるが,単一のピークを持つ標準方向スペクトルを線形に重ね合わせる方法が,より多くのピーク波向きを持つモデルへの拡張に優れていると考えられる.

 本研究では,双峰型の標準方向スペクトルの推定法を提案し,数値シミュレーションデータに対して適用してその有効性を検討するとともに,推定された方向スペクトルパラメタの誤差の評価を行った.なお,双峰型の標準方向スペクトルは,光易型方向関数による方向スペクトルの標準形を重ね合わせることで表現した.また,実際には構造物,模型等の反射波の影響が避けられない場合に遭遇することも多い.このような入・反射波共存場に対する標準方向スペクトルの推定法として円正規分布関数を用いた推定法も提案した.これらの推定法を水理模型実験および現地観測で得られたデータに適用して,その推定結果について検討し,推定法の妥当性を明らかにした.以下に得られた結果の概要を示す.

 本研究で提案された2つの推定法は,各測定点で得られた任意の波動量のクロス・パワースペクトルと,方向スペクトルの標準形に含まれるパラメタを用いて定式化されるクロス・パワースペクトルが等しくなるようなパラメタの組み合わせを最尤法によって推定することで,方向スペクトルの推定を行うものである.本研究では,これらの推定法を同一地点で水面変動と水平2成分水粒子速度を測定することができる3成分アレイに適用した.

 数値シミュレーションデータを用いて双峰型の標準方向スペクトル推定法に対する検討を行い,その有効性を検討した結果以下のことが明らかとなった.本推定法によって推定されたパラメタの組み合わせは必ずしも真値の組み合わせに収束しないが,方向スペクトルを図示すると真の方向スペクトルの形状をよく表す(図1参照).また推定された方向スペクトルから計算される平均波向きおよびlong crestednessパラメタの推定誤差は小さく,波浪全体としてのエネルギーの進行方向や方向分散性の精度は高い.パワースペクトルの大きい波浪系のピーク波向き,方向集中度パラメタの推定精度は高く,1方向波浪系と推定される場合も問題なく推定できる.また,パワースペクトルの大きさが極端に違わない限り,2つのピーク波向きの交差角が60度以上となっていれば,2つのピーク波向きを持つ波浪場(2方向波浪系)になっていると考えてよい.

図1 方向スペクトルの推定結果

 水理模型実験で得られた3成分アレイの実測データに対して2つの推定法を適用した推定結果によると,双峰型の標準方向スペクトルを用いた推定結果は,入射波と反射波で形成された2方向波浪系の波浪状況を適正に表し,数値シミュレーションで得られた推定法の妥当性が実測データにおいても確認された.また,入・反射波共存場における推定法の推定結果も妥当であった.さらに,周波数ごとに推定された反射率を用いて波群の平均的な反射率は0.90となり,完全反射の状況をよく表した.

 現地観測で得られた3成分双峰型アレイの実測データに対して2つの推定法を適用した推定結果によると,双峰型標準方向スペクトルを用いた推定法によって得られた構造物の影響のない測定点における入射波に対するパラメタの推定値(1方向波浪系)と直立ケーソンの反射波によって形成される2方向波浪系における入射波に対するパラメタの推定値はよく一致した.また,入射波が直立ケーソンに斜めに入射し,2方向波浪系の交差角が90度程度になると,数値シミュレーションによって示されたように方向集中度パラメタの推定精度が低下した.また,構造物の設置条件で反射波が減少するケースに適用した場合,反射波のパワースペクトルは小さく推定されその大きさも妥当なものであることが確認された.入・反射波共存場に対する推定法によって推定された入射波および反射波の特性も妥当であることが確認された.さらに周波数ごとに得られた反射率から算出される波群全体の平均的な反射率を用いれば,完全反射および越波時の反射率の減少を妥当に評価できることを示した(図2参照).

図2 越波による反射率の減少
審査要旨

 方向スペクトルは多方向不規則波である海洋波浪のエネルギー密度を表すものであり、周波数と波向を独立変数として定義される。近年、波浪の多方向不規則性に関する研究が進み、現地不規則波浪特性の把握がある程度行われるようになるとともに、多方向不規則波浪を再現するための室内実験装置も開発され、海岸・海洋構造物の設計等の実務に多方向不規則性が考慮されるようになってきている。しかし、方向スペクトルは2次元スペクトルであるために、その測定にも時空間における2次元的情報を必要とするという問題から、方向スペクトルの測定法自体がまだ確立されているとは言えない。このような状況に於いて、本研究は方向スペクトルの実用的な測定方法の提案とその有効性の検証を行ったものである。

 本研究では、波浪場に設置された波高計や流速計などの測定装置によって得られる波動量の時系列データから、方向スペクトルを求めることを前提としている。この場合、時間軸という次元と波動量の種類・空間分布という次元の2次元のデータが得られるが、後者のデータ数は通常3程度で、多くても数十という限られたものとなるため、限られたデータからの高精度な方向スペクトルの推定法の開発が必要となり、種々の理論が提案され、実際に方向スペクトルが求められている。しかし、方向スペクトルが2次元スペクトルであることから、そのデータ量が多いため、そのままの形で情報を蓄積するのには適していない。少数のパラメタを含む標準化を行って、計測データへの標準型のあてはめによりそのパラメタを決定し、その値によって方向スペクトルの特性を把握したり、データの蓄積を行うのが実際的である。そこで本研究では、現地計測の容易さから波高計と水平2成分の流速との組み合わせに代表される3成分アレイによる計測を対象として、双峰型を含む標準方向スペクトルの推定理論を提案し、その有効性を数値シミュレーション、室内実験、および現地観測を通じて検証した。

 第1章は序論であり、研究の目的および概要を述べている。

 第2章においては、方向スペクトルの推定理論に関する既往の研究を紹介した上で、本研究で提案する双峰型および入・反射波共存場の標準方向スペクトルの推定理論を展開している。双峰型の標準方向スペクトルとしては2種類の光易型方向関数を重ね合わせたものとし、入・反射波の共存によって双峰型となる場合の、入射波の(単峰型)方向スペクトルとしては円正規分布として、それぞれに含まれるパラメタを3成分アレイによって得られるデータから最尤法を用いて推定する方法を定式化している。

 第3章においては、提案した推定理論の妥当性を、数値シミュレーションによって検証している。まず、数値シミュレーションデータの作成方法を述べた後、作成されたデータから提案した推定法を用いて推定した値と真値との比較を行っている。双峰型方向スペクトルの場合、パラメタの数に対してデータの自由度が不足することから、パラメタの真値と推定値が完全に一致するわけではないが、結果としての方向関数の形状は類似したものとなる。特に、両者から計算される平均波向およびlong crestednessパラメタの推定誤差は小さいことから、波浪全体としてのエネルギーの進行方向や方向分散性の推定精度は高い。さらに、単峰型および双峰型の方向スペクトルとしての推定精度も良好である。

 第4章においては、水理実験データに適用した結果を述べている。測定地点が反射面から遠い場合および近い場合に応じて双峰型および入・反射共存場型の方向スペクトル推定理論を適用した結果、いずれの場合にも妥当な結果を得た。第5章においては、現地観測データに適用した結果を述べている。ここでは、護岸・防波堤の建設段階と計測地点を勘案して双峰型および入・反射波共存場の推定理論を使い分けて方向スペクトルを推定した結果、同時に異なる地点で計測されたデータから相互に整合性のある結果が得られたことにより、妥当性を確認した。

 以上のごとく、本研究は波浪場の記述に不可欠な方向スペクトルに対して、実用的で高精度な推定法を提案し、その有効性を検証したものであり、海岸・海洋の諸問題における基本的な情報を把握するための手法を確立したものである。この成果は,社会人大学院生である論文提出者が受託研究員としての1年間に研究の基礎を築き,その後出身企業の研究所において室内実験と現地観測におけるデータを取得し、さらに博士課程大学院生としての1年間に研究を継続・完成させることによって得られたものであり,この分野での研究に大きく貢献するとともに,実務における応用にも用いられることが期待される.よって,この研究業績は特に優れたものと認められ,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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