この論文は、建築的・教育的に特色のある小学校を事例的に取り上げ、児童の学校生活を生活・学習・参加の各側面から詳細に捉え、一人ひとりの児童に焦点を当てた学習の展開・生活実態から小学校空間の分析を行い、新たな学校建築の方向性を探ることを目的としている。 論文は序論、本論ならびに結論で構成される。 序論では、学校・教育制度ならびに学校建築の変遷、学校建築計画研究の流れ、教育学での学校建築研究といった研究の背景、そして研究の目的と位置付け、用語解説を行なっている。 本論は、5章で構成される。 1章では学校環境と現代の課題など環境としての小学校を解説している。 2章は生活の場として小学校をとらえた研究の概要で、建築的・教育方法的に特徴があり建築形態も異なる3小学校で実施した児童の1日の生活の行動の観察・軌跡調査の概要を示している。すなわち、学校における児童の生活は教室とその周りを中心にそれほど広くない範囲で展開され、学年、性別、校舎形態などの影響は受けないことや、教室は児童にとって活動拠点となる安定した場であり、教室周りには学年ごとの安定した領域が形成され、活動の範囲は教室から学年のスペース、全校共通のスペースへと広がっていっていることを明らかにしている。逆にそれぞれの安定した領域の形成が校舎の中に場所のヒエラルキーを形成し、違う学年の領域と認識されている場所は使用されないことを指摘している。児童の行為は、授業、生活に関するもの、それ以外のもの、自由、に分けられ、その変わり目には行為のゆらぎがみられる。しかし一見ふらふらしているように見える「隙間行動」は、眺めるという視覚的連携で発生し、他の児童や全体の様子を眺めることで自分の動きを微妙に調整し決定づけており、児童にとって学校生活の中での視覚刺激は大きな意味があることが明らかにしている。 3章では、学校を学習の場として捉えて、学習活動の展開に変化のあるオープンプランの2小学校でマップ調査を行いその分析結果を述べている。オープンスペースの使われ方には、1)学年全体での授業、2)個別学習のインストラクション・発表、3)工作、壁新聞づくりなど広いスペースを要する作業、4)T.T.の時の個別学習・指導、5)給食、遊びなど授業以外が見られた。学習の展開の分析結果では、オープンプランの小学校においても授業は基本的に教室で行われており、特別教室もそれほど使われてはいなかったが、家具のしつらえやT.T.などの教育方法によっては学習の形態は多様化することを確認している。またオープンスペースは日常的な授業の場である教室に連続させることにより利用が促進され、教室からオープンスペースへの行為の溢れ出しや学年・クラス・個人などのテリトリーそ存在が確認され、利用においては学年ごとのまとまりとも対応しているという空間の段階性もみられたとしている。大型の教育情報機器が教室に持ち込み、少人数での作業などは、オープンスペースがあっても教室で行われることも多く、現状では机を片側に寄せたり、移動させて対処しているため、教室周りと合わせて教室自体の面積を広げるという方向の可能性を主張している。 4章は、学校を交流の場として捉え、「人間の周囲に存在する物理的環境と人間の行動との組み合わせで一定時間持続するという時間的境界と、拡散が抑制されているという空間的境界を持つもの」を「行動場面」と定義して分析を行い、児童の行為と物理的環境の関連について考察している。観察された行動場面は、床を利用、校舎の部分利用、食事、居方、見る、囲まれる、姿を隠す、姿勢の変化の8つに分類され、それらは空間の条件が行為の内容、集団の人数、他の児童との関係とうまく噛み合った時に発生しているということが確認している。またこれらの行動場面が発生しやすい場所には、その空間になじむための「手がかり」が存在し、それが何もない場合には通過される空間になることを明らかにしている。 5章は、比較による考察で、活動の範囲と特徴、学習方法による児童の活動範囲、行動場面による空間特性と行為、そして経年による比較を行なっている。 結論では、児童の学習・生活活動の展開からみた今後の学校建築計画の展望を行なっており、以上の調査分析に基づいて、結論として以下の3点を導き出している。 1)「行為のゆらぎと見え」:児童が別の行動に移る時には「行為のゆらぎ」ともいえる「隙間行動」が起り、空間における「見え」が次の行為を決める判断材料となっている。学校生活の中では児童の「視覚による参加」が起っており、学校の中に多様な「見え」を用意することは、児童の行為の多様化と学習・生活活動の活性化につながるものである。 2)「教室周りの再検討」:現在のカリキュラムでは授業の大部分は一斉授業であり、教室が中心となっている。教室はクラスのまとまりや連帯感をつくり、児童の学習・生活活動の展開のベースとして安定した領域を形成している点では評価できるが、教育方法の多様化に伴い、大型教育機器の持込、机配置の変化により教室のスペースは不十分と考えられる。過去30年間に少しずつオープン化は普及してきたが、教室と教室周りのスペースの広さや構成を再検し、新しいタイプのオープンプランが作られる時期を迎えている。 3)「空間への手がかりと学校へのなじみ」:児童は自分の身体寸法を利用しており、オープンスペースの様な大きな空間では、児童がその空間をうまく認識できず、その空間になじむためには身体寸法に近い小さな空間や家具などの手がかりを必要としている様子が明らかになった。オープンスペースの計画では、大きさや形態に変化のある空間を入れこむことや、多様な家具の設置、空間への手がかりの用意などを、工夫する必要がある。 以上のように、本研究は長い間変わらなかった片廊下型の標準設計の学校建築に対して、近年の教育改革の動きを踏まえて、今後の学校建築に新たな視点を付与したものである。 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。 |