学位論文要旨



No 114171
著者(漢字) 黄,基泰
著者(英字)
著者(カナ) ハン,キテ
標題(和) 上下地震動を考慮した鋼構造多層骨組の耐震設計法に関する研究
標題(洋)
報告番号 114171
報告番号 甲14171
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4297号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 助教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 大井,謙一
内容要旨

 上下地震動を考慮した耐震設計法に関する研究は、特に原子力発電所設計用地震動設定のためにアメリカ、日本などで行われてきている。現段階では、地震の規模、震源距離および応答スペクトルの周期によって、水平加速度と上下加速度の比が異なるが、日本、アメリカともに1/2〜2/3の範囲にある。

 1995年1月17日発生した兵庫県南部地震で多くの建築物が倒壊し尊い人命と財産が失われた。この地震は大都市を襲った直下型の地震といわれており、上下地震動が大きいことが特徴され、上下動に対する関心が高まりつつある。

 現状として、設計的観点から通常の一般的な建築物に対する現行の耐震設計法、すなわち、建築基準法第20条および同施行令の諸規定に基づく、高さ60m以下の通常の建築物に対しては、上下地震荷重を無視して水平地震荷重のみを地震荷重外力として設計できることになっている。一方、建築基準法第38条により審査される60m以上の超高層建築物、大スパン構造物については、上下地震動を考慮した設計が設計者または規制者側の自主的な判断に委ねられている。また、建築基準法第38条の適用を受ける超高層建築物、大空間構造物、原子炉建屋などの設計では、0.24の鉛直震度や水平加速度の1/2の加速度を震度に直して、静的荷重として上下地震荷重を考慮する設計が義務つけられている。また、アメリカの原子炉建屋の設計では、水平加速度の2/3の上下加速度を動的に考慮した設計を行っている場合が多い。

 一般建築物において上下地震動が無視されている原因として、自重(重力)に対して十分安全に設計されていることと一般的には上下地震動の加速度が水平地震動の加速度に比べて小さいことが挙げられている。また、構造物の崩壊を水平変位の増大によるものとして捉えた場合、上下地震動の影響が水平変位の増大に及ぼす影響が小さいことなどが挙げられている。

 しかし、現状として上下地震動の入力に対する応答性状については水平地震動を受ける場合に比べて明確にさせる段階には至ってない。建物の耐震性を考慮すれば水平地震動と上下地震動の重畳効果をも検討する必要があると考えられる。

 本論文では、このような背景に基づいて、従来建築基準法の耐震設計において無視されてきた上下地震動が、建築物の地震時挙動に与える影響を解明するため取り扱いが簡単な振動解析モデルを想定した。動的地震応答解析によるパラメトリックスタディを行い、上下地震動を受ける場合の鋼構造多層骨組の地震応答における一般的な応答特性を把握し、建物に投入された総エネルギーが骨組各部にどのように配分されるかを説明し、そのエネルギー配分則を評価する方法を提示することによって、これらの建築物の耐震設計の向上に資することを主な目的としている。

 本論文は9章から構成されている。以下に各章の要旨を示し、本研究で得られた知見を記す。

 第1章「序論」では、本論文の研究背景、研究目的および本論文の構成について述べた。また、本論文の礎になるエネルギー論的耐震設計手法および既往の研究について言及した。

 第2章「水平動と上下動の性状」では、本論文の解析に用いた水平地震動と上下地震動の性状について述べた。また、水平加速度と上下加速度の相関性について述べた。上下地震動が建築構造物の応答性状に及ぼす影響をエネルギー論的手法に基づいて解明するために、水平地震動と上下地震動を用いて、エネルギースペクトルの形態と減衰効果、完全弾塑性系におけるエネルギー入力について述べた。

 第3章「解析骨組の設計と解析モデル」では、上下地震動が建築物に及ぼす影響を把握するための解析対象骨組の設計時に考慮した設計の条件と設計のプロセスを示し、解析モデルへの置換手法および基本原理について述べた。

 第4章「1層骨組の弾塑性応答解析」では、スパンの長さが異なる5通りの1層骨組モデルを用いて水平地震動と上下地震動を同時に受ける場合の総エネルギー入力は、水平地震動のみ受ける場合のエネルギー入力と上下地震動のみ受ける場合のエネルギー入力の和であり、両者は独立した量である。また、エネルギー入力は骨組の総質量と各成分の1次固有周期に依存し、各成分波のエネルギースペクトルで与えられる量であることを示した。また、総エネルギー入力と同様に水平地震動と上下地震動を同時に受ける場合の損傷は、水平動のみ受ける場合の損傷と上下動のみ受ける場合の損傷の和で概ね把握できることを示した。

 第5章「多層骨組の弾性応答解析」では、上下地震動が建築物の地震時挙動に与える影響として把握するために柱の軸力と梁のせん断力に着目し、水平地震動のみ受ける場合と上下地震動のみを受ける場合および、水平地震動と上下地震動を同時に受ける場合の弾性応答解析を行い、上下地震動が建築物の地震時挙動に与える応答性状について述べた。また、上下地震動成分の加速度応答スペクトルを用いてモーダルアナリシスを行い、上下地震動のみ受ける場合の応答軸力の予測ができることについて述べた。水平地震動と上下地震動を同時に受ける場合の応答軸力は水平地震動のみ受ける場合の軸力と上下地震動のみ受ける場合の軸力の自乗和で予測できることを示した。

 第6章「多層骨組の弾塑性応答解析」では、水平地震動と上下地震動を同時に受ける場合の損傷配分則について検討を行うため、上下地震動のみ受ける場合の鉛直方向の最適強度分布を試行錯誤的に求めた。上下地震動を受ける場合の損傷分布を評価することができることについて示し、弾塑性応答解析より検証した。

 上下地震動のみ受ける場合の損傷集中はあまり起こり難く、損傷集中指数nはn=2として評価しても過小評価にはならなかった。水平地震動と上下地震動を同時に受ける場合の損傷は水平動を単独に受ける場合の損傷と上下動を単独に受ける場合の損傷の和で見なせるため、同時入力による損傷予測においても同様に表現することが考えられる。従って、水平地震動に対する損傷分布則と、本論文で提案した上下地震動を受ける場合の損傷分布則を用いて、水平動と上下動を同時に受ける場合の高さ方向の損傷予測ができることを応答解析により検証した。更に、異なる地震動を用いて応答解析により適用範囲について検討を行った。

 第7章「現実的な条件下における耐震性の検討」では、水平動と上下動を同時に受ける多層骨組の損傷を損傷が顕著に現れる地動レベルにおいて求めているために、現実的な地震入力下における条件を設定し、水平動と上下動の入力比と層数の変化によって上下動が構造物に与える影響を応答解析により明らかにした。上下地動下の弾性振動エネルギーを評価できる式として示した。また、上下地震動下における梁のせん断力係数の範囲を示した。弾性範囲の軸力係数分布を式として評価した。

 現実的な条件下において上下動による最大損傷集中層上層の損傷エネルギーと上下動による全損傷エネルギーとの関係を評価式として示した。現実的な入力地震動下の軸力応答の包絡線を示した。

 第8章「上下地震動を考慮した鋼構造多層骨組の耐震設計法」では、現実的な条件下における応答を踏まえて、鋼構造多層骨組の耐震設計法を提案した。

 鉛直荷重と水平地震動に対して設計された梁降伏型骨組を例題により、上下地動に対する地震応答解析を行わずに耐震性の評価ができる手法を提案した。

 第9章「総括」では、エネルギー論的手法に基づき、上下地震動を考慮した耐震設計法について本研究で得られた結果を総括し、更に本研究より導き出された今後の検討課題について述べた。

審査要旨

 本論文は「上下地震動を考慮した鋼構造多層骨組の耐震設計に関する研究」と題し9章から成る。

 第1章「序論」においては、我国における上下地動に対する設計の現状について述べ、水平地動に対する設計法の完成度に比べてその立遅れを指摘し、水平地動に対する設計と整合する設計法の確立が必須であることを論じている。水平地動に対する構造物の弾塑性挙動を評価するには、地震入力エネルギーを構造物のエネルギー吸収能力に対置させるエネルギー論的手法の有効性に着目し、上下地動に対する構造物の応答もエネルギー論的手法に拠って評価することが有効であるとの論点に立って、既往の研究に照らして問題点を整理している。

 第2章「水平地震動と上下地震動の性状」においては、上下地動による構造物へのエネルギー入力もエネルギースペクトルで表現できることを確認し、地盤構造によって、エネルギースペクトルがいかなる形状を有するかを推定し、兵庫県南部地震における各地で得られたエネルギースペクトルに適用して手法の確認を行っている。

 第3章「解析骨組の設計と解析モデル」では、水平地動と上下地動を受ける骨組の弾塑性応答を求める為の解析モデルを提案している。骨組の本質を失わずに最も単純な多層骨組を代表し得るものとして、門型ラーメンを積み重ねた骨組を採用し、床上の質量を梁中央に集中させ、弾塑性挙動を梁の材端と中央の弾塑性ヒンジに集約したモデルを提案し、現実の骨組との対応において弾塑性ヒンジ特性を明示している。

 第4章「1層骨組の弾塑性応答解析」においては、1スパン門型ラーメンについての解析に基づいて、水平地動と上下地動により与えられる地震入力エネルギーはそれぞれ独立であると考えることができること、水平地動による損傷(累積塑性歪エネルギー)と上下地動による損傷は、単独入力の場合の損傷の重ね合わせとして評価できることを明らかにしている。

 第5章「多層骨組の弾塑性応答解析」においては、多層骨組の弾性応答を解析モデルを用いた地震応答解析により求め、モード重ね合わせ法による解析結果と比較し、モード重ね合わせ法の有効性を明らかにしている。水平地動の応答と上下地動の応答の重疊効果はSRSS法で評価できることが明らかにされている。

 第6章「多層骨組の弾塑性応答解析」では第4章で得られた1層骨組と同様に、入力エネルギーの独立性,損傷の重ね合わせの成立性が明らかにされると共に、損傷の分布則が、水平地動下の損傷予測に準じて求め得ることが明らかにされている。即ち、梁の損傷が各層で一様となる様な梁の強度分布(梁の最適強度分布)が存在することを明らかにし、最適分布からの強度のずれに対して損傷がどの様に変化するかを水平地動下の損傷分布式に準じて導いている。

 第7章「現実的な条件下における耐震性の検討」では、第6章とは若干異なった角度から上下地動下の応答特性を求めている。第6章迄に扱った弾塑性応答は、梁部材の損傷が充分に大きく明確な場合である。一方現実には、梁は鉛直荷重に対して設計がなされており、容易には塑性化しない。従って、上下地動を受けても水平地動下の場合と異なり僅かな損傷を受けるだけである。このことに着目して、本章では、上下地動下で弾性に留まる地震入力レベルの明確化と、上下地動における最弱層の損傷と地震入力との関係が定量化されている。

 弾性限界入力レベルは梁の強度及び柱の軸力分布との対応関係として定量化される。最弱層の損傷と地震入力レベルとの対応関係も骨組全体の損傷分布の把握に基づいて定量化され、柱軸力とも対応づけられる。

 第8章「上下地動を考慮した鋼構造骨組の耐震設計法」では、第7章の結果に基づき水平地動,上下地動を同時に考慮した耐震設計法の定式化がなされ、設計例を通して現行の上下地動を無視した設計法の妥当性の限界が明らかにされ、高層建物において考慮すべき上下地動の影響が明らかにされる。水平地動と上下地動の損傷は基本的には重疊して評価できることが設計法の基本となっている。

 以上の様に本論文は従来、未解明であった上下地動下の骨組の弾塑性応答を明らかにし、エネルギー論的枠組みにおいて、水平地動の応答との損傷の重ね合わせにおける法則性を見出し、それに基づいて水平・上下地動を同時に考慮した終局強度設計を構築したもので、耐震工学への大きな貢献をなしている。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク