上下地震動を考慮した耐震設計法に関する研究は、特に原子力発電所設計用地震動設定のためにアメリカ、日本などで行われてきている。現段階では、地震の規模、震源距離および応答スペクトルの周期によって、水平加速度と上下加速度の比が異なるが、日本、アメリカともに1/2〜2/3の範囲にある。 1995年1月17日発生した兵庫県南部地震で多くの建築物が倒壊し尊い人命と財産が失われた。この地震は大都市を襲った直下型の地震といわれており、上下地震動が大きいことが特徴され、上下動に対する関心が高まりつつある。 現状として、設計的観点から通常の一般的な建築物に対する現行の耐震設計法、すなわち、建築基準法第20条および同施行令の諸規定に基づく、高さ60m以下の通常の建築物に対しては、上下地震荷重を無視して水平地震荷重のみを地震荷重外力として設計できることになっている。一方、建築基準法第38条により審査される60m以上の超高層建築物、大スパン構造物については、上下地震動を考慮した設計が設計者または規制者側の自主的な判断に委ねられている。また、建築基準法第38条の適用を受ける超高層建築物、大空間構造物、原子炉建屋などの設計では、0.24の鉛直震度や水平加速度の1/2の加速度を震度に直して、静的荷重として上下地震荷重を考慮する設計が義務つけられている。また、アメリカの原子炉建屋の設計では、水平加速度の2/3の上下加速度を動的に考慮した設計を行っている場合が多い。 一般建築物において上下地震動が無視されている原因として、自重(重力)に対して十分安全に設計されていることと一般的には上下地震動の加速度が水平地震動の加速度に比べて小さいことが挙げられている。また、構造物の崩壊を水平変位の増大によるものとして捉えた場合、上下地震動の影響が水平変位の増大に及ぼす影響が小さいことなどが挙げられている。 しかし、現状として上下地震動の入力に対する応答性状については水平地震動を受ける場合に比べて明確にさせる段階には至ってない。建物の耐震性を考慮すれば水平地震動と上下地震動の重畳効果をも検討する必要があると考えられる。 本論文では、このような背景に基づいて、従来建築基準法の耐震設計において無視されてきた上下地震動が、建築物の地震時挙動に与える影響を解明するため取り扱いが簡単な振動解析モデルを想定した。動的地震応答解析によるパラメトリックスタディを行い、上下地震動を受ける場合の鋼構造多層骨組の地震応答における一般的な応答特性を把握し、建物に投入された総エネルギーが骨組各部にどのように配分されるかを説明し、そのエネルギー配分則を評価する方法を提示することによって、これらの建築物の耐震設計の向上に資することを主な目的としている。 本論文は9章から構成されている。以下に各章の要旨を示し、本研究で得られた知見を記す。 第1章「序論」では、本論文の研究背景、研究目的および本論文の構成について述べた。また、本論文の礎になるエネルギー論的耐震設計手法および既往の研究について言及した。 第2章「水平動と上下動の性状」では、本論文の解析に用いた水平地震動と上下地震動の性状について述べた。また、水平加速度と上下加速度の相関性について述べた。上下地震動が建築構造物の応答性状に及ぼす影響をエネルギー論的手法に基づいて解明するために、水平地震動と上下地震動を用いて、エネルギースペクトルの形態と減衰効果、完全弾塑性系におけるエネルギー入力について述べた。 第3章「解析骨組の設計と解析モデル」では、上下地震動が建築物に及ぼす影響を把握するための解析対象骨組の設計時に考慮した設計の条件と設計のプロセスを示し、解析モデルへの置換手法および基本原理について述べた。 第4章「1層骨組の弾塑性応答解析」では、スパンの長さが異なる5通りの1層骨組モデルを用いて水平地震動と上下地震動を同時に受ける場合の総エネルギー入力は、水平地震動のみ受ける場合のエネルギー入力と上下地震動のみ受ける場合のエネルギー入力の和であり、両者は独立した量である。また、エネルギー入力は骨組の総質量と各成分の1次固有周期に依存し、各成分波のエネルギースペクトルで与えられる量であることを示した。また、総エネルギー入力と同様に水平地震動と上下地震動を同時に受ける場合の損傷は、水平動のみ受ける場合の損傷と上下動のみ受ける場合の損傷の和で概ね把握できることを示した。 第5章「多層骨組の弾性応答解析」では、上下地震動が建築物の地震時挙動に与える影響として把握するために柱の軸力と梁のせん断力に着目し、水平地震動のみ受ける場合と上下地震動のみを受ける場合および、水平地震動と上下地震動を同時に受ける場合の弾性応答解析を行い、上下地震動が建築物の地震時挙動に与える応答性状について述べた。また、上下地震動成分の加速度応答スペクトルを用いてモーダルアナリシスを行い、上下地震動のみ受ける場合の応答軸力の予測ができることについて述べた。水平地震動と上下地震動を同時に受ける場合の応答軸力は水平地震動のみ受ける場合の軸力と上下地震動のみ受ける場合の軸力の自乗和で予測できることを示した。 第6章「多層骨組の弾塑性応答解析」では、水平地震動と上下地震動を同時に受ける場合の損傷配分則について検討を行うため、上下地震動のみ受ける場合の鉛直方向の最適強度分布を試行錯誤的に求めた。上下地震動を受ける場合の損傷分布を評価することができることについて示し、弾塑性応答解析より検証した。 上下地震動のみ受ける場合の損傷集中はあまり起こり難く、損傷集中指数nはn=2として評価しても過小評価にはならなかった。水平地震動と上下地震動を同時に受ける場合の損傷は水平動を単独に受ける場合の損傷と上下動を単独に受ける場合の損傷の和で見なせるため、同時入力による損傷予測においても同様に表現することが考えられる。従って、水平地震動に対する損傷分布則と、本論文で提案した上下地震動を受ける場合の損傷分布則を用いて、水平動と上下動を同時に受ける場合の高さ方向の損傷予測ができることを応答解析により検証した。更に、異なる地震動を用いて応答解析により適用範囲について検討を行った。 第7章「現実的な条件下における耐震性の検討」では、水平動と上下動を同時に受ける多層骨組の損傷を損傷が顕著に現れる地動レベルにおいて求めているために、現実的な地震入力下における条件を設定し、水平動と上下動の入力比と層数の変化によって上下動が構造物に与える影響を応答解析により明らかにした。上下地動下の弾性振動エネルギーを評価できる式として示した。また、上下地震動下における梁のせん断力係数の範囲を示した。弾性範囲の軸力係数分布を式として評価した。 現実的な条件下において上下動による最大損傷集中層上層の損傷エネルギーと上下動による全損傷エネルギーとの関係を評価式として示した。現実的な入力地震動下の軸力応答の包絡線を示した。 第8章「上下地震動を考慮した鋼構造多層骨組の耐震設計法」では、現実的な条件下における応答を踏まえて、鋼構造多層骨組の耐震設計法を提案した。 鉛直荷重と水平地震動に対して設計された梁降伏型骨組を例題により、上下地動に対する地震応答解析を行わずに耐震性の評価ができる手法を提案した。 第9章「総括」では、エネルギー論的手法に基づき、上下地震動を考慮した耐震設計法について本研究で得られた結果を総括し、更に本研究より導き出された今後の検討課題について述べた。 |