学位論文要旨



No 114173
著者(漢字) 名取,発
著者(英字)
著者(カナ) ナトリ,アキラ
標題(和) 詳細設計における品質確保のための情報伝達に関する研究
標題(洋)
報告番号 114173
報告番号 甲14173
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4299号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 助教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 野口,貴文
内容要旨

 建築設計者は建物の設計において、設計に関わる様々な情報(設計情報)を参照しながら作業を進めている。この時参照する設計情報には、標準詳細・仕様書など、そのまま設計に反映しやすい情報群と、過去の事故情報や、各種材料の性能値、部品の生産性の情報など、役には立つが設計プロセスの中で設計者がその意味を理解し、設計へ反映していくことの難しい情報群がある。この他、設計者個人の経験の蓄積による知識も設計情報の一つと考えられる。建築設計者には、これらの設計情報を基に、建物に要求される様々な事柄に対して適切な判断を下し、設計品質の確保をすることが求められている。

 「建築設計者による設計品質の確保」は従前より当然のことと考えられてきが、我が国では慣習的に、設計品質の確保は設計者以外の主体、即ち総合工事業者や専門工事業者、部品メーカーによってもかなりの程度支えられてきた。一面では、こうした伝統的な商習慣に根差す漠然とした責任体制のあり方が、高品質達成の仕組みとして機能してきた。

 一方現在、自己責任原則を前提とする、建築基準法の性能規定化、住宅分野での性能表示・保証制度の整備、ISO9000シリーズの普及などの動きがある。これらによって建物の品質に関わる責任所在が明らかとなり、設計者の設計責任が重視される様に変化しつつあり、本来の意味での「建築設計者による設計品質の確保」が必要になってきている。

 本研究は、外壁・開口部の詳細設計について、建築設計者以外の主体から提供される情報として、各種の規格・規準等及びサッシメーカーのカタログを、建築設計者が自ら保有する情報として建物の事故情報を取り上げ、それぞれに対する調査・検討を通じて、設計品質確保のための情報伝達の要件を考察したものである。

 本論文は6章より構成される。それぞれの概要は以下の通りである。

 第1章では研究の背景と目的を示した。

 まず、「建築設計者による設計品質の確保」の必要性を述べ、自己責任原則の中で設計を行う設計者にとっては、設計情報の管理が特に必要である事を指摘した。研究の目的は、外壁・開口部の詳細設計において、建築設計者に必要な設計情報を考察し、その品質確保のための情報伝達のあり方を提案することであり、具体的には、(1)各種設計主体におけるディテール設計の現状の把握、(2)建築部品メーカーが設計者に提供すべき設計情報の考察、(3)建築設計者が独自に保有すべき設計情報の考察、(4)建築設計者のための設計支援情報データベースシステムの提案の4点を設定した。次いで、機械設計の分野と建築設計の分野における関連の研究を概説し、本研究の位置付けを述べた。

 第2章では建築設計者以外の主体から提供される情報として、ビル用サッシに関するカタログ及び各種規格・規準類を採り上げ、考察を行った。また、サッシの設計を取り巻く状況を、設計から施工に関わる主体に対する調査及びサッシメーカーのカタログ調査を通じて明らかにした。

 その結果として、サッシのカタログは、設計主体の規模に関わらず設計段階における重要な資料の一つとして建築設計者に利用されている事、その一方で、カタログに掲載されている情報は十分とは言えない事を指摘した。また、サッシに関する具体的な問題や、サッシに関わるJISやJASS、建築工事共通仕様書(建設大臣官房官庁営繕部監修)等の内容などにも触れ、明確な根拠に基づいた、統一された基準を設定する事の必要性を指摘した。

 第3章では、今後、建築設計者による品質確保が求められるようになるという仮定に基づき、特に事故情報の建築設計者へのフィードバックの有効性について論じた。

 まず、民間設計組織及び総合工事業者への調査によって、事故に関する情報の設計へのフィードバックの現状を明らかにした。その結果、建築設計者は事故に関する情報を保持しているが、必ずしもそれが有効に活用されていない現状を指摘し、その必要性を示した。また、これらの検討を基に、情報の有効なフィードバックをするための要件を挙げた。

 第4章では、第3章を受け、事故情報に関する「設計支援情報データベース」の枠組みの提案を行った。

 まず、大手組織設計事務所の保有する実際の事故情報の分析により、材料ごとに発生する事故の内容が異なる等の傾向を確認した上で、事故情報に関する「設計支援情報データベース」の項目立ての検討を行った。特に事故情報をフィードバックする上で重要な、部位・材料・事故内容・事故原因の整理方法として、階層構造を用いた表現を提案した。

 これらに基づき、第3章で挙げたフィードバックの要件を満たし、実用に耐え得るデータベースの枠組みを示し、加えてデータベースの管理方法・活用方法の提案を行い、一部試作を行った。

 第5章では、ここまでの知見を基に、詳細設計における品質確保のための情報伝達のあり方について考察した。

 設計品質確保のための情報には、(1)建築設計者以外の主体から提供される情報と、(2)建築設計者が所有する独自の情報がある事、また、前者((1))の情報を供給する媒体としてサッシメーカーのカタログが挙げられ、そこに掲載されている情報は、性能等級設定のための算定式等の資料と、部品の仕様・性能などの情報に分けられる事をまとめた上で、各情報を伝達する上で重要な点を述べた。

 (1)については、カタログから部品を選択する事で設計を進めて行く「部品選択型」の設計を前提とすれば、部品の性能の根拠や、部品の仕様を明示していく事は、部品メーカーとっては自らの責任範囲を明確にする事に繋がり、設計者にとっては、責任範囲が明確になる事に加え、設計品質確保のための有効な資料が入手できるという点で、また設計の選択肢が明らかになるという点で重要であることを指摘した。

 (2)については、建築設計者が各種性能の根拠となるデータを持ち、それに基づいた性能の検討を行う事が必要である事を指摘した。更に、建築設計者が保有すべき情報のあり方については、第3章の結論を展開する形でその要件を提案した。

 第6章では、本研究の成果と、今後の展開をまとめた。

 本研究で提案した「設計支援情報データベース」は建築設計を行う主体が所有する事故情報を基に、設計段階への迅速なフィードバックを行う方法を主目的としたものであるため、事故情報から導き出した再発防止策の提案を繰り返す事によって、知識の充実を図っていくという活用方法が本データベースでの限界点である。この事を確認した上で本研究の次の段階として、ここで行った、過去の情報を活用するというアプローチとは別の観点として、設計の成功例の情報を基に設計情報をまとめていく手法の可能性を示し、論を閉じた。

審査要旨

 本論文は、建築の外壁及び開口部の詳細設計について、各種の情報伝達の実態を明らかにした上で、建築設計者による品質確保のための情報伝達のあり方を提案した論文であり、6章から構成される。

 第1章では研究の背景と目的を述べている。具体的には、今日の建築生産において自己責任原則の適用される範囲が拡張されつつある中で、建築設計者にとって設計情報の適切な管理が以前にも増して重要になってきているという現状認識を示した上で、設計品質の確定に関わる技術的検討項目が多岐にわたり、また検討に関わる組織も複数になることの多い外壁及び開口部の詳細設計を例にとって、(1)各種建築設計主体における詳細設計の現状の明確化、(2)建築部品メーカーが建築設計者に提供すべき設計情報の明確化、(3)建築設計者が独自に蓄積、活用すべき設計情報の明確化、(4)それらを踏まえた上での建築設計者のための設計支援情報データベースの提案、の4項目を本論文の目的として設定している。ついで、機械設計及び建築設計に関する先行研究を概説し、本論文の位置付けを明らかにしている。

 第2章では、外壁及び開口部の詳細設計に関わる情報として、建築設計者以外の主体から提供される情報を取り上げ、その実態を把握した上で、より有効な情報とするための方策を示している。具体的には、ビル用サッシのメーカーが建築設計者に提供しているカタログ及び各種技術資料を取り上げ、建築設計者及び施工者に対する詳細なアンケート調査、聞き取り調査から、それらの外部情報が詳細設計の内容決定に大きな役割を果たしている現状を明らかにした上で、それらの外部情報の内容分析からそれらの情報がそのような役割を果たす上で十分なものとは言えないことを指摘している。この指摘においては、明確な根拠に基づき統一された記述の基準を要する項目等、実際的な改善項目が示されている。

 第3章では、建築設計主体内部で蓄積、活用されるべき情報として、過去の実施物件における事故に関する情報の重要性を指摘した上で、そうした事故情報が現在どのように蓄積され、活用されているかを明らかにしている。具体的には、組織内での各種の情報蓄積に積極的と考えられる大手建築設計事務所と大手建設会社設計部数例における事故情報の組織的な蓄積と運用の実態を明らかにし、その中で事故に関する情報は各社で蓄積されているものの、その内容や形態はそれぞれであり、またそれらが詳細設計の場面では有効に活用されていないことを指摘している。そして、そうした検討を基に、有効に活用できる事故情報の要件を示している。

 第4章では、前章で示した事故情報の要件を満たす形で、事故情報を用いた設計支援情報データベースの枠組を提案している。先ず、ある大手建築設計事務所の保有する過去の事故に関する情報を分析し、部材毎に発生する事故の内容や頻度が異なること等事故の傾向を見極め、その知見に立脚して設計支援情報データベースの具体的な階層構造を提案している。次にここで提案したデータベースの管理及び活用の方法を示し、一部試作を行いその実用性を検証している。

 第5章では、前章までで得られた知見に基づき、外壁及び開口部の詳細設計における品質確保のための情報伝達のあり方を論じている。先ず、設計品質確保のためには、建築設計者以外の主体から提供される情報と、建築設計者自身が蓄積する独自の情報とがあることを再確認した上で、前者については、カタログから既製部品を選ぶことで設計を進める「部品選択型」の設計を前提とすれば、表示される部品の性能の根拠や部品の仕様を詳細に明示することが、建築設計者、建築部品メーカー双方の責任範囲を明確化する上でも、また設計品質の事前確認の徹底を図る上でも必須であるとしている。一方後者については、建築設計者が各種性能の根拠となるデータを持つことの重要性を指摘し、また自ら作成、蓄積するべき情報の要件を整理している。

 第6章では、本論文の成果をまとめ、今後の研究課題に言及している。

 以上、本論文は、広範な実態調査に基づき、あいまいになりがちな建築生産関係主体間の責任範囲を明確化し、詳細設計の品質確保を図る上で必要な情報の伝達方法を、外壁及び開口部を例に具体的に提案した論文であり、建築学の発展に寄与するところは大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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