学位論文要旨



No 114176
著者(漢字) 王,昀
著者(英字)
著者(カナ) ワン,イユン
標題(和) 伝統的集落の空間組成に見られる空間概念に関する研究
標題(洋)
報告番号 114176
報告番号 甲14176
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4302号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
内容要旨 1) はじめに

 世界には様々な集落形態が存在する。集落構造の分析は集落配置を実測することから始まる。実測した集落配置図を様々な指標に基づき定量化することは、集落の分類や集落配置図のマトリックスを作成する上で重要である。本研究は集落配置図を定量化し、類型化する手法を試みたもので、集落の空間組成に隠れている秩序を明らかにすることを目的とする。われわれは集落の空間組成を表現する図式としての集落配置図に着目する、集落配置図中の幾何学的な"量"の関係性を明らかにすることにより、集落の空間組成を定量化し、それに基づき集落を類型化するのである。集落配置図の数理分析およびその類型化において、住居の向きを定量化する手法の開発が、重要でかつ難しい点である。この住居の向きの計量問題を解決する過程において、集落の中心性と住居の求心性という事象を見出したが、その概念的な基礎理論を確立することが、本論の中心的な課題になっている。我々はある領域において、住居の面積を質量とした場合の重心に基づく中心性を検出する手法を検討するとともに、領域中の各住居の向きに基づく中心性や、住居の分布に基づく中心性の検出、住居の向き、住居の面積及び住居の分布状態を統合的に組み込んだ指標の提案などを行う。このような様々な分析手法から集落の中心性を発見し、集落全体に一つの規則を投入して、集落における中心性の定量化を可能にする。さらに様々な指標による集落の中心性を明かにすることにより、集落がどのような中心概念に基づいて形成されているのか、また中心はどのような意味を持つのかについて検討する。

 集落における住居の向き、住居面積および住棟間距離などの「量」の指標から定量的なモデルを開発することは、集落配置図を分類するマトリックスの作成を可能とし、集落の空間構造の分析に新たな手法を導入するものである。集落配置図の定量分析はそれぞれの集落を比較分析することを可能にするだけでなく、集落と1対1の同時存在性を有するので、結果的に現実の集落の空間組成を明らかにすることでもある。また、定量化する過程の中で、通常は直接目に見えない集落内の領域の分割関係や、住居の集合状態などを可視化することも可能にしている。

 現実に存在する集落の空間組成を物理量に基づき定量分析することは、基本的にその集落を作る人々の空間概念の分析と位相同型関係を持つと考える。集落の空間組成の規則性を発見し、その空間組成をモデル化し類型化することは、結果的には、集落を作る人々の空間概念を把握し類型化することにつながる。

2)論文の構成

 本論文は、序論と5章から構成される。さらに全体は3篇に分かれている。

 第1編は空間概念と集落調査に関する基礎的事項の整理である。

 第2編は集落の空間組成に関する数理的解析である。

 第3編は開発した数理モデルを用いた集落の空間構造分析である。

 序は研究の背景と目的、研究の対象、集落の数理分析の動機などについての解説である。

第1篇、空間概念と調査第1章、基本理念

 本章は2節より成る。

 第1節は、空間概念における"中心"と"領域"に関する考察で、有限空間における"中心"の存在問題、"中心"における"場"の生成問題、"場"と"領域"の関係性、伝統的な集落における中心概念などについて説明する。

 第2節は集落における空間概念に関する記述で、形態と構造の関係性についで述べ、形態と概念の関係、空間概念の問題、集落空間と空間概念における形態と構造の関係性について説明する。

第2章、集落調査と基礎的研究事項

 本章は5節により成る。

 第1節は集落調査に関する問題で、集落調査の理念と目的、集落調査の方法と概要、調査の経路と集落風景、集落に見られる空間概念の4つの問題について説明する。

 第2節は集落と居住者の空間概念についてで、居住者の空間概念の物象化、集落の地形選好における空間概念の物象化、集落空間における空間概念の物象化、立地空間、集落空間と空間概念の関係について述べる。

 第3節は集落を造る行為および集落調査する行為と身体像の関係性についてで、身体像の概念について説明し、身体像と領域の支配問題、身体像の座標と自然の座標の関係について述べると共に、集落を造る過程の概念的モデルを確立する。

 第4節は身体像と集落調査に関する問題で、集落調査を居住者の空間概念を解読する行為を位置づけ、この過程において、調査者としての私の身体と集落調査の関係性、居住者の空間概念図としての集落配置図、集落配置図に見られる数量的空間概念、住居の求心性の確認などの問題について分析する。

 第5節は集落配置図と集落データ図についての解説で、集落配置図が居住者の空間概念図として存在すること。集落配置図に表れる3つの"量"、住居の向き、住居面積および住居間の距離が空間概念として持つ意味について論じる。

第2篇、数理解析第3章、集落配置図のモデル化と数理解析

 本章は5節より成る。

 第1節は研究対象とする集落配置図についてで、研究対象としての地域および集落配置図の出典等について説明する。また、集落配置図からデータ図に転換する際の規則、平均値と散布度の概念についても解説する。

 第2節は住居の集合状態に関する考察で、集落の平均敷地面積および集落の敷地面積の算定、住居密度と建蔽率の算出、住居の近接距離の算定について解説する。これらを元に集落の集合状態の分析を行う。

 第3節は住居の面積の定量化で、集落データ図中の住居面積を定量化し、集落データについて分析を行う。

 第4節は住棟間の距離の定量化で、住棟間の最近隣距離とk次住棟間最近隣距離のモデル化について解説し、集落データについて分析を行う。

 第5節は集落の中心性の定量化である。中心性の定量化に先立ち、スケールと方向性の定量分析について説明する。次いで、4つの視点から集落の中心性をモデル化する。視点1は、住居分布の重心による中心の検出である。このモデルを使って、集落データの中心の意味について分析を行う。また、住居の形成するポテンシャル場の形から、集落の場の特性について説明する。視点2は住居への距離による中心の検出である。住居の分布と人口の分布、住居への距離に関するモデル、住居への距離に基づく集落の中心の検出について説明し、中心の意味について検討する。視点3は住居の方向性による中心の検出である。このモデルを適用した場合の中心の意味について考察する。また、正対量の等高線図と集落の地形との類似性について説明する。視点4は面積、距離、角度による統合的な中心の検出である。このモデルを使った場合の中心の意味について考察する。この統合的な中心を集落の中心概念として確立と共に、この中心に対する集落の求心量を算出する。

第3篇、空間構造分析第4章 集落の構造分析と類型化

 本章は2節より成る。

 第1節は集落配置図のマトリックスの作成で、求心量と平均面積、住棟間最近隣距離を3次元空間に位置づける。

 第2節はマトリックスに基づく集落の構造分析で、具体的には、以下の4つの視点から分析を行う。視点1は地域別のマトリックスに関する考察で、視点2はマトリックスを用いた地域間比較、視点3は2次元マトリックスにおける空間構造の類似性、視点4は3次元のマトリックスにおける空間構造の類似性である。

第5章、まとめと展望

 本研究のまとめを行なうと共に、本研究の成果およびこれからの展望について説明する。

3)本研究の成果

 〈1〉 集落の空間組成と空間概念の関係性を明らかにした。

 集落の空間組成、集落の立地する空間はすべて居住者の空間概念に基づいて決められている。

 〈2〉 集落の空間構造を表わす指標を提案した。

 集落配置図に表現された面積、角度、距離に基づく指標を考案し、空間構造の数値化を可能にした。

 〈3〉 世界の集落形態を多次元マトリックスとして統合的に表現した。

 住居の平均面積、求心量と住居間の平均最近隣距離を定量的なモデルにすることにより世界各地の様々な集落形態を一枚の紙の上にまとめた。

 〈4〉 集落の空間組成の定量的比較を可能にした。

 集落空間と空間概念を反映したマトリックスを用いることにより、集落空間の相互比較と類型化を可能にした。

 〈5〉 集落の分析に客観的手法を提案した。

 コンピューターを用いることにより、科学的に集落形態を記述、分類する一つの手法を確立した。

審査要旨

 本論文は世界の伝統的な集落の空間組成を、それを造った人々の持つ空間概念から論じたものである。筆者は2度の中国の調査およびモロッコの調査を通じて、集落の空間には居住者が民族として保持している固有の空間認識の仕方が投象されていることを体感したが、それらを数理的に表現することにより、それぞれの空間の組成を説明すると共に、相互の比較を行い、その特性を明らかにすることを可能にしている。

 人は集落を造るに当たり、先ずその立地場所を選定する。同じ民族の集落は類似した地形に立地している。一方、同じような地形に立地していても民族が異なると集落の風景は異なって見える。このことから地形選好において民族の地勢に対する嗜好性は固有で、かつ相対的な安定性を持っていることがわかる。

 調査において、観察者である筆者は集落内を歩き建物の形状を記録するが、その際に住居の向きと大きさ、隣接する建物との最近隣距離を測定する。この行為を集落を造った人々が自分の住居の位置、方向、大きさ等を集落の内部において定位し、その領域を確定する行為と重ね合わせ、これを追体験するものと位置づけ、集落の内部の建物の配置や配列に居住者の空間概念が数値として表現されていることを示している。この観点から集落の空間組成を見ると、集落の配置図は居住者の空間概念の鏡像と見なされ、それを解読することにより、集落を造った人々の空間概念を明らかにすることが可能になる。具体的には、集落の配置図から住居の向きと大きさ、隣家への距離という3つの量を抽出し、これらの量の分析を行うことにより各集落の特性を明らかにしている。

 集落の内部を観察するときに、建物がある1点に向かって収斂している感覚を覚えることがあるが、この感覚を数量化する手法として、住居の軸線の角度、住居の面積、隣家への最近隣距離を変数とする中心性の尺度を新たに考案し、これに基づいて集落の中心を措定し、その周囲に公共的な施設が存在する場合が多いことを指摘し、指標の有効性を示している。

 集落の中心が定まると、それに対して各住居がどの程度正対しているかということが計測されるが、これを求心量として指標化している。この求心量と住戸の平均面積、住棟間の最近隣距離を3次元のマトリックスとして表現すると、各集落は3次元座標上の1点として表示できる。このマトリックスを用いて、地域別あるいは個別の集落の空間特性を分析することにより、集落相互の空間構造の類似性と差異性を明らかにしている。

 論文は序と5章から成る。全体は3編に分かれていて、第1編(第1章、第2章)は空間概念と集落調査に関する基礎的事項の整理で、第2編(第3章)は集落の空間組成に関する数理的解析、第3編(第4章、第5章)は開発した数理モデルを用いた集落の空間構造分析である。

 序は研究の背景と目的を簡潔にまとめたものである。

 第1章は中心と領域に関する考察と、集落に見られる空間概念のトポロジカルな解説である。

 第2章は実施した調査の概要とそこに見られる空間概念に関する説明で、集落がそれを造った人々の空間概念を物象化したものであり、また、それを観察し解読することにより、民族の固有性を明らかにすることができることを指摘している。その際に重要なのは集落の立地する地勢と集落の配置図に表現された住居の向きと面積、住居間の距離で、これらを決定する行為がすなわち民族の空間概念を実空間に写像することであることを心理学的な観点を援用して明らかにしている。

 第3章は集落の配置図の数理的分析で、さまざまな指標に基づき空間組成の解析を行っているが、重要なのは中心性を表現する指標で、住居の面積、距離、角度を総合的に考慮した新しい中心概念を提案している。また、この中心に対する正対量から集落の求心量を算定する手法を提示している。

 第4章は住居の平均面積と住棟間最近隣距離、求心量が集落の空間組成を示す指標として最適であることを示し、それらを3次元空間のマトリックスとして表現することにより、地域別あるいは個別の空間特性を詳細に分析することが可能であることを示している。

 第5章は本研究のまとめと将来の展望で、研究の成果として、集落の空間組成と空間概念の関係性を明らかにしたこと、集落の空間構造を表す指標を提案したこと、世界の集落形態を多次元マトリックスとして統合的に表現したこと、集落の空間組成の定量的比較を可能にしたこと、集落の分析に客観的手法を提案したことを挙げている。

 以上要するに、本論文は伝統的な集落の空間組成をそれを造った人々の空間概念から説明する手法を提案するもので、数理的なモデルとして集落空間を示すことを可能としたものである。この手法を用いることにより、地域や民族を越えた人間に共通する空間認識に基づく集落論の展開が可能になっている。これは設計思想を語る言語の一つとして位置づけられるもので、建築計画学、都市計画学の分野に新たな方法論を導入するものとして、その意義は極めて大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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