本論文は世界の伝統的な集落の空間組成を、それを造った人々の持つ空間概念から論じたものである。筆者は2度の中国の調査およびモロッコの調査を通じて、集落の空間には居住者が民族として保持している固有の空間認識の仕方が投象されていることを体感したが、それらを数理的に表現することにより、それぞれの空間の組成を説明すると共に、相互の比較を行い、その特性を明らかにすることを可能にしている。 人は集落を造るに当たり、先ずその立地場所を選定する。同じ民族の集落は類似した地形に立地している。一方、同じような地形に立地していても民族が異なると集落の風景は異なって見える。このことから地形選好において民族の地勢に対する嗜好性は固有で、かつ相対的な安定性を持っていることがわかる。 調査において、観察者である筆者は集落内を歩き建物の形状を記録するが、その際に住居の向きと大きさ、隣接する建物との最近隣距離を測定する。この行為を集落を造った人々が自分の住居の位置、方向、大きさ等を集落の内部において定位し、その領域を確定する行為と重ね合わせ、これを追体験するものと位置づけ、集落の内部の建物の配置や配列に居住者の空間概念が数値として表現されていることを示している。この観点から集落の空間組成を見ると、集落の配置図は居住者の空間概念の鏡像と見なされ、それを解読することにより、集落を造った人々の空間概念を明らかにすることが可能になる。具体的には、集落の配置図から住居の向きと大きさ、隣家への距離という3つの量を抽出し、これらの量の分析を行うことにより各集落の特性を明らかにしている。 集落の内部を観察するときに、建物がある1点に向かって収斂している感覚を覚えることがあるが、この感覚を数量化する手法として、住居の軸線の角度、住居の面積、隣家への最近隣距離を変数とする中心性の尺度を新たに考案し、これに基づいて集落の中心を措定し、その周囲に公共的な施設が存在する場合が多いことを指摘し、指標の有効性を示している。 集落の中心が定まると、それに対して各住居がどの程度正対しているかということが計測されるが、これを求心量として指標化している。この求心量と住戸の平均面積、住棟間の最近隣距離を3次元のマトリックスとして表現すると、各集落は3次元座標上の1点として表示できる。このマトリックスを用いて、地域別あるいは個別の集落の空間特性を分析することにより、集落相互の空間構造の類似性と差異性を明らかにしている。 論文は序と5章から成る。全体は3編に分かれていて、第1編(第1章、第2章)は空間概念と集落調査に関する基礎的事項の整理で、第2編(第3章)は集落の空間組成に関する数理的解析、第3編(第4章、第5章)は開発した数理モデルを用いた集落の空間構造分析である。 序は研究の背景と目的を簡潔にまとめたものである。 第1章は中心と領域に関する考察と、集落に見られる空間概念のトポロジカルな解説である。 第2章は実施した調査の概要とそこに見られる空間概念に関する説明で、集落がそれを造った人々の空間概念を物象化したものであり、また、それを観察し解読することにより、民族の固有性を明らかにすることができることを指摘している。その際に重要なのは集落の立地する地勢と集落の配置図に表現された住居の向きと面積、住居間の距離で、これらを決定する行為がすなわち民族の空間概念を実空間に写像することであることを心理学的な観点を援用して明らかにしている。 第3章は集落の配置図の数理的分析で、さまざまな指標に基づき空間組成の解析を行っているが、重要なのは中心性を表現する指標で、住居の面積、距離、角度を総合的に考慮した新しい中心概念を提案している。また、この中心に対する正対量から集落の求心量を算定する手法を提示している。 第4章は住居の平均面積と住棟間最近隣距離、求心量が集落の空間組成を示す指標として最適であることを示し、それらを3次元空間のマトリックスとして表現することにより、地域別あるいは個別の空間特性を詳細に分析することが可能であることを示している。 第5章は本研究のまとめと将来の展望で、研究の成果として、集落の空間組成と空間概念の関係性を明らかにしたこと、集落の空間構造を表す指標を提案したこと、世界の集落形態を多次元マトリックスとして統合的に表現したこと、集落の空間組成の定量的比較を可能にしたこと、集落の分析に客観的手法を提案したことを挙げている。 以上要するに、本論文は伝統的な集落の空間組成をそれを造った人々の空間概念から説明する手法を提案するもので、数理的なモデルとして集落空間を示すことを可能としたものである。この手法を用いることにより、地域や民族を越えた人間に共通する空間認識に基づく集落論の展開が可能になっている。これは設計思想を語る言語の一つとして位置づけられるもので、建築計画学、都市計画学の分野に新たな方法論を導入するものとして、その意義は極めて大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |