学位論文要旨



No 114177
著者(漢字) 中村,友紀子
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ユキコ
標題(和) 地震動特性に基づく弾塑性応答変位の評価法に関する研究
標題(洋)
報告番号 114177
報告番号 甲14177
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4303号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 南,忠夫
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 助教授 中埜,良昭
内容要旨

 建築構造物の性能規定型耐震設計法では,想定される地震に対して目標とする構造性能を確保出来ることを検証することになる.限界状態の中で終局限界状態に対しては,構造部材が弾性域にとどまることを期待することは現実的でなく,塑性域に及ぶことを許容し最大応答変形が限界変形以下であることを確認することが必要となる.建築物の限界状態として最大応答変形を問題にするとき地震動の指標としては総エネルギー入力ではなく,時間当たりのエネルギー入力量に着目することが有効である.瞬間エネルギーと地震動のパラメータ,特に位相特性との関係を示した.履歴減衰系でのエネルギーの釣合いをもとに,地震動特性を反映した等価線形系による最大塑性応答変形の推定法を提案した.

 1章では,研究の目的と背景,既往の研究,本研究の流れを示した.研究の背景として,設計体系が性能規定型設計法へ移行しつつあり,極大地震に対する限界状態では応答が塑性域に達することを許容するために弾塑性応答時の最大変形が問題となること,さらに地震時最大応答変形が地震動の性質を考慮し一般的にあらわされる必要性を示した.エネルギーに着目した応答推定法に関する研究,弾塑性最大応答と地震動特性との関係,地震動の非定常性に関する既往の研究についてまとめた.また,本研究の流れをまとめた.

 2章では,本研究で使用した地震動とその基本的特性について検討した結果を示した.フーリエ振幅と位相角は震源のパラメータにより与えられることを想定して,位相角特性と継続時間との関係について検討した.検討する地震動として,地震動特性が異なる場合を網羅するために,耐震設計で通常よく用いられる4波,マグニチュードは小さいが都市直下型の地震で大きな被害を生じたノースリッジ,兵庫県南部地震の3波,マグニチュードが大きく遠くの地震であり地盤の影響で長周期の波が続くメキシコ地震,大加速度を記録し短周期の波が続く釧路沖地震,震源近くで観測されたパコイマダム記録を用いた.これらの地震波は,マグニチュード,震源距離,卓越周期は異なるが,フーリエ位相角の隣合う周期の差の頻度分布をとることによって,継続時間と対応することを示した.また,本研究で定義した継続時間とマグニチュードとの関係は,既往の経験式による関係に概ね対応することを示した.

 3章では,瞬間エネルギーの概念を用いて弾性系と弾塑性系の最大応答値を一貫して理解する考え方を示した.弾塑性応答を定量化するためにエネルギー入力の激しさである瞬間エネルギーに着目して,定量化し一義的に扱う手法を検討した.まず,弾性減衰系と履歴減衰系でのエネルギー入力は,周期のみに依存する安定した量であることを確認した.また,瞬間エネルギーは,総エネルギー入力よりむしろ総エネルギーを継続時間で除した平均エネルギーと対応しており,速度換算値で約2倍であることを示した.調和地動による瞬間エネルギーと疑似速度応答の対応関係を定式化して,疑似速度地震応答スペクトルと瞬間エネルギースペクトルに対しても同様の関係式が成立することを示した.

 4章では,擬似速度応答スペクトルの減衰依存性について検討した.これまで応答スペクトルの減衰による低減は,減衰定数のみに依存するとされ地震動特性は考慮されていなかった.しかし,応答低減率は,地震動特性,特に継続時間により異なる.この地震動特性に基づく減衰による応答低減率を理論的に検討した.フーリエ振幅スペクトルは,無減衰の速度応答スペクトルに酷似し,これは総エネルギー入力スペクトルの速度換算値にほぼ一致する.総エネルギー入力は減衰によらず安定した値であるが,速度応答は減衰の増加にしたがって低減し,総エネルギー入力に対する減衰系の速度応答スペクトルの比率は,減衰線形系の速度応答スペクトルと無減衰時の速度応答スペクトルの関係と等価である.減衰系の速度応答スペクトルは,総エネルギー入力スペクトルに減衰による低減率を乗ずることにより求められるが,この低減率の期待値を,地震の位相角特性に着目して,位相角差分布を正規分布と仮定することによって確率的に定式化した.このように定式化された期待値は,実地震動の応答スペクトルの低減率と対応することを示した.また,より簡略な手法としてホワイトノイズの減衰依存性を用いても等価な継続時間を定義することで減衰による低減率が定式化できることを示した.

 5章では,エネルギーの釣合いをもとに応答の推定をおこなうため,弾塑性応答時の瞬間エネルギーについて検討した.履歴系の構造物は塑性変形によりエネルギーを吸収しており,最大変形に達するときの瞬間的なエネルギー入力とそのサイクルでのエネルギー吸収量とが釣合っている.吸収エネルギーと最大応答塑性変位の関係は地震動によらず復元力特性(履歴エネルギー)に応じて特定可能な一定の関係であり,瞬間エネルギーと吸収エネルギーとの釣合いにより最大応答変形が決まることを示した.このエネルギー吸収量は,正負最大応答変位で定常振動しているときの復元力ゼロから最大応答変位までの履歴によるエネルギー吸収にも対応していることを示した.また,瞬間エネルギースペクトルと変位応答スペクトルは,等価な周期と減衰を適切に定めることにより等価線形系と釣合うことを示した.さらに,履歴系の瞬間エネルギーに対する粘性減衰によるエネルギー消費の占める割合は小さく,影響を与えないことを示した.

 6章では,エネルギーの釣合いをもとに地震動特性を反映して合理的に等価線形化法を修正する方法を示した.地震動による応答は最大変位の振幅を繰り返すのではなく最大応答変位に達する時,1サイクル,あるいは半サイクル前の応答変位は最大変位より小さく,この振幅の比率は,地震動の継続時間の違いにより傾向が異なることを示した.この振幅の比率を最大応答時振幅比として定義し,これを略算的に推定するために,地震動のエネルギー入力特性を以下のようにモデル化した.

 (1)継続時間中に瞬間エネルギーは変化し,中央で最大になる.

 (2)平均エネルギー(総エネルギー/継続時間)は瞬間エネルギーの約4倍である.

 (3)半サイクル前の応答変位は最大応答変位に達したときまでに入力されるエネルギーに対する半サイクル前までに入力されるエネルギーの割合に等しいとする.

 以上の仮定にもとづいて,最大応答時振幅比は地震動の継続時間と構造物周期により表現しうる.最大応答時振幅比を考慮して,半サイクル前の応答値と最大応答変形時を結ぶ剛性による周期を修正等価周期とした.等価粘性減衰定数は,1サイクル前の応答変位と半サイクル前の応答変位が等しいときの履歴で囲まれる面積がエネルギー消費分となるように定めた.通常,等価線形化法では,最大応答点割線剛性による周期と仮定しているのに対して,本手法では,最大応答変位推定値が,その変位での修正等価周期による弾性応答と一致する変位が応答変位の推定値となる.エネルギーの釣合いをもとに等価粘性減衰,修正等価周期により等価線形化法による最大塑性応答変位の推定手法を提案した.

審査要旨

 本論文は「地震動特性の基づく弾塑性応答変位の評価法に関する研究」と題して,7章で構成されている.

 1章「序論」では,研究の背景と目的として,既往の研究を概観して本研究の必要性について論じている.従来より極大地震に対する耐震設計では塑性応答を許容しているが,新しい性能規定型設計法では塑性変形を陽な設計規範として設定するために弾塑性応答変形を評価する手法が必要になる.設計用地震動を時刻歴で確定的に想定することが困難である以上,一般的に表現された地震動特性と弾塑性応答を理論的に関連づけることの必要性を強調している.

 2章「地震動」では,本研究で対象した地震動とその基本的特性について検討した結果が示されている.地震動特性はフーリエ振幅と位相角が震源パラメータにより決まることを想定して,位相角特性と継続時間との関係について検討している.マグニチュード,震源距離,卓越周期が異なる地震動でも,フーリエ位相差分の頻度分布が継続時間と対応すること,また,本研究で定義した継続時間とマグニチュードとの関係は,既往の経験式による関係に概ね対応することを確認している.

 3章「瞬間エネルギーの定義」では,瞬間エネルギーの概念を用いて弾性系と弾塑性系の最大応答値を一貫して理解する考え方が示されている.弾性減衰系と履歴減衰系でのエネルギー入力は,周期のみに依存する安定した量であることを確認するとともに,瞬間エネルギーは,総エネルギー入力よりむしろ総エネルギーを継続時間で除した平均エネルギーに関係しており,約4倍であることを明らかにしている.また,瞬間エネルギースペクトルは調和地動による定式化により疑似速度地震応答スペクトルに対応づけることが可能であることが示されている.

 4章「応答の減衰依存性」では,擬似速度応答スペクトルの減衰依存性について理論的に検討されている.応答スペクトルの減衰による低減は,これまで減衰定数のみに依存する量として経験式で設定されていたが,実際には地震動特性,特に継続時間により異なることを示すとともに,応答低減率の期待値は,位相角差分布を正規分布と仮定することによって理論的に定式化が可能であることを明らかにしている.また,この期待値は,実地震動の応答スペクトルの低減率と対応することを確認している.さらに,より簡略な手法として等価な継続時間をホワイトノイズに定義することにより減衰依存性が定式化できることも示されている.

 5章「弾塑性応答時の瞬間エネルギー」では,一定時間内エネルギー(瞬間エネルギー)の釣合いをもとに弾塑性応答の推定を行うために弾塑性応答時の瞬間エネルギーについて検討している.吸収エネルギーと最大応答塑性変位の関係は地震動によらず復元力特性に応じて特定可能な一定の関係であり,瞬間エネルギーと吸収エネルギーとの釣合いにより最大応答変形が決まること,エネルギー吸収量は復元力ゼロから最大応答変位までの履歴エネルギーに対応していることを明らかにしている.

 6章「弾塑性応答の推定」では,エネルギーの釣合いをもとに5章までに明らかにされた地震動特性を反映して従来の等価線形化法を合理的に修正する方法が提案されている.まず,地震動による最大応答が生じるとき,応答変位は定常的でなく,1サイクルあるいは半サイクル前の応答変位は最大変位よりかなり小さいこと,この振幅の比率は地震動の継続時間の違いにより傾向が異なることが示されている.この振幅比率(最大応答時振幅比)は,平均エネルギーは瞬間エネルギーの約4倍であることを着目して地震動のエネルギー入力特性をモデル化することにより,地震動の継続時間と構造物周期により略算的に表現しうる.これを考慮して,半サイクル前の応答値を考慮して等価線形化手法を修正する方法を提案し,地震動特性および構造物の周期,降伏強度,履歴モデルなどが異なる網羅的な組合わせに対して,従来の等価線形化手法が一般的に改善されることを示している.7章「結論」では本研究により得られた結論をまとめている.

 以上のように,本論文は,地震動の特性をフーリエスペクトルと位相差分スペクトル(継続時間)で代表することにより,応答変位の期待値の減衰依存性を理論的に明らかにしたこと,瞬間的なエネルギーの性質を地震動特性に関連づけて吸収エネルギーとの釣合いに基づいて弾塑性応答変位との関係を明らかにしたこと,さらにこの性質に基づいて地震動特性をモデル化して変位増分時刻歴を略算して等価線形化手法を修正する方法を提案したこと,に特長がある.これらの成果は性能規定型耐震設計における塑性変形による設計規範に対して一般性を与える理論的背景として極めて重要であり,耐震工学に大きな貢献をもたらしている.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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