1994年のノースリッジ地震、1995年の兵庫県南部地震において、鋼構造物の柱梁接合部に破壊による被害か顕在化し、特に鋼構造剛接骨組における梁端破壊が多く報告された。現段階では鋼部材の破壊に至るまでの耐力、変形能力に関する一般的な評価方法は確立されておらず、破壊に対する設計規範の確立が緊急の課題となっている。 鋼部材の破壊モードには、延性破壊と脆性破壊がある。このうち、脆性破壊は応力が材料の引張強さレベルに達しない段階で生じる可能性があり、部材性能を予測する上での障壁となっている。破壊現象に対し、部材の終局的な耐震性能を評価する試みとして、 (1)亀裂などの応力集中源の存在に関わらず、必要とされるマクロ応力、マクロ歪まで部材が変形できるように材料の靭性を確保し、その上で部材に生じる荷重効果、部材の限界性能を評価する。 (2)材料靭性、亀裂寸法等によって定まる破壊力学的限界値と、部材断面中に発生するミクロな荷重効果を比較することによって部材性能を評価する。 以上2つのアプローチがある。このうち前者によるものは、亀裂寸法などの要因を考慮しないため、予測方法が簡便である。又、加工精度、亀裂発生時期や亀裂進展速度などのばらつきによる影響が、部材性能に顕在化しない条件での使用を意図しているため、予測値の信頼性が高くなること、部材性能が安定することが期待できる。そこで、本論文は前者の立場から、角形鋼管柱-H形梁接合部において梁端破壊が生じる場合を対象に、以下の課題を取り上げ部材性能を保証する手法を追究した。 (A)骨組の耐震性を確保する上で梁に要求される変形能力 (B)部材のマクロな破壊応力の保証 (C)破壊応力が保証されている場合における、梁の変形能力の予測 (A)骨組の耐震性を確保する上で梁に要求される変形能力 破壊に至るまでの部材性能の評価を行う上での前提として、建築構造物の終局耐震性を確保する上で部材に要求される変形レベル、要求される変形能力を発揮するために使用鋼材に対して要求される歪硬化レベルを明らかにする必要がある。第2章においては、骨組のエネルギー吸収能力が、(a)現行設計規範における2次設計レベルの要求耐震性能を満足すること、(b)設計時の想定を上回る地震入力(目安として、(a)の2倍程度のエネルギー入力レベル)に対して十分な余力を有すること、以上2つの目標を満足するために必要とされる部材変形能力を求め、建築構造物において検討対象とするべき梁の変形レベルを明示することを目的とした。さらに、最大耐力点までの変形能力を確保する設計手法の有効性を検証することによって、破壊に対する部材性能評価が可能となることによる耐震設計上の効果を示し、破壊に対する認識の重要性を再確認することを意図した。中層の梁降伏型骨組を対象に、部材の現実的な復元力特性を用いた弾塑性応答解析を行い、既往の研究成果と照合したところ、以下の結果が得られた。 (1)梁の変形能力が、一方向載荷の場合の塑性変形倍率で5程度を有していれば、構造ランクIの梁降伏型骨組に対して要求される終局耐震性能を満足することができる。 (2)一方向載荷の場合の塑性変形倍率で11程度を確保していれば、設計時の想定を上回る入力に対しても梁端破壊を防ぐことができる。 (3)局部座屈等によって耐力劣化を伴う系の場合、劣化を生じた層に損傷集中が生じ、骨組のエネルギー吸収能力を等量高めるために必要とされる個材のエネルギー能力は、劣化を生じない系の場合に対して5倍程度となる。破壊に対する部材性能の一般的な評価方法が確立されれば、最大耐力点までの変形能力に余力を見込んで部材設計を行うことが可能となり、耐震設計上有効である。 (B)部材のマクロな破壊応力の保証 軟鋼の一般的な特性として、使用温度が高く材料靭性が確保されている場合には、部材のマクロな破壊応力に関して亀裂などによる影響が顕在化しないことが挙げられる。第3章においては、様々な応力集中源を有する梁部材が安定的に歪硬化し、塑性変形能力を最大限に引き出すことのできる限界温度(FTP:Fracture-Transition Plastic)を見出すことを目的とした。靭性が高く、脆性破壊が生じにくい状態における部材の荷重変形関係には、断面のくびれを伴いながら緩やかに耐力劣化する過程が認められることから、破断耐力比(=破断時応力/最大応力)を部材靭性の指標として捉えることができる。試験温度をパラメータとし、梁端に生じる応力集中を再現した試験片の引張試験を行うことにより、FTPを破断耐力比の急変点として特定することができた。FTPは試験片形状によって変化するが、最も応力集中が厳しい試験片シリーズから求められたFTPは、シャルピー試験における破面遷移温度と一致し、FTPに対応するシャルピー値は150Jであった。 第5章においては、第3章から得られた知見について、強震を受ける実部材に対する適用性を確認することを目的とした。第3章のモデル実験と第5章の実部材では、使用鋼材は同一であり、寸法、形状、載荷速度等が異なる。両者のFTPが一致することが確認できれば、モデル実験レベルの応力集中によってFTPの上昇は飽和すると考えられ、FTPの一般的評価や部材設計を行う上で有効である。低靭性材料を用いて製作した実大の柱梁接合部試験体を、動的載荷、及び静的載荷することによって梁端破壊を再現し、試験温度による梁の性能遷移曲線を得た。実部材の静的試験におけるFTPは、第3章で確認されたFTPと一致し、脆性破壊への転化に関して、モデル実験の応力集中と標準的なディテールを持つ実部材の応力集中は等価であることが確認できた。静的載荷の場合に対して、動的載荷では部材が塑性変形能力を失う温度(無延性遷移温度:NDT,Nil Ductility Temperture)は約20℃上昇したと考えられるが、塑性変形による部材温度上昇によってFTPは約20℃低下した。 本論文での使用鋼材に関して、実部材の破壊応力を保証し、変形能力を最大限に引き出すために必要とされる温度FTPとして、以下のように総括できる。 (1)静的載荷の場合のFTPは、シャルピー試験における破面遷移温度と一致し、この温度でのシャルピー値は150Jであった。 (2)動的載荷の場合のFTPは(破面遷移温度-20)℃となり、この温度でのシャルピー値は70J、脆性破面率は75%であった。 (C)破壊応力が保証されている場合における、梁の変形能力の予測 梁の破壊モードが延性的となり、使用鋼材が引張強度レベルまで歪硬化することができる場合、部材の最大強度と変形能力には正の相関がある。第4章においては、柱梁接合部において梁の耐力を低減させる要因であるウェブの継手効率を、梁の変形能力の支配要因として位置づけ、下式によって表される、ウェブの継手効率を考慮した梁の変形能力の評価式について妥当性を確認することを目的とした。 一般的な柱梁接合部において、梁端フランジには付加的な引張力や局所的な面外曲げが生じることが指摘されているが、これらの付加的な面内力、面外力はいずれもウェブの継手効率から評価することができた。有限要素解析によって、スカラップ底やフランジ幅端部の変形拘束などの影響を検討したところ、これらの要因によって生じる歪集中は、継手効率に対して従属的な値であることが確認できた。歪集中箇所に生じる歪が限界値に達する、として破壊条件を仮定した場合に得られる変形能力も、上記の評価式によって包絡でき、ウェブの継手効率を考慮した変形能力評価の妥当性が確認された。 第6章においては、安定的破壊が生じる場合の部材性能の予測性、第4章で提案された継手効率を考慮した梁の変形能力の予測式の妥当性を確認することを意図した。高靭性材料を用いて製作した、実大柱梁接合部試験体を振動実験によって動的載荷し、梁端の延性的な破壊を再現した。梁の破壊条件は、破壊断面における歪履歴を考慮することにより、統一的に評価することができた。このことから、破壊断面における歪の許容限界値が材料定数的な安定した値であり、延性的な破壊が生じる場合にはマクロな応力状態、マクロな歪状態を評価することによって、部材性能の予測が可能であることが確認できた。実験的に得られた梁の変形能力は、第4章に提案した評価式によって評価することができ、第4章の知見に対して実験的な裏付けが得られた。 |