学位論文要旨



No 114178
著者(漢字) 松本,由香
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ユカ
標題(和) 鋼構造剛接骨組における梁端破壊と終局耐震性に関する研究
標題(洋)
報告番号 114178
報告番号 甲14178
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4304号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 助教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 大井,謙一
内容要旨

 1994年のノースリッジ地震、1995年の兵庫県南部地震において、鋼構造物の柱梁接合部に破壊による被害か顕在化し、特に鋼構造剛接骨組における梁端破壊が多く報告された。現段階では鋼部材の破壊に至るまでの耐力、変形能力に関する一般的な評価方法は確立されておらず、破壊に対する設計規範の確立が緊急の課題となっている。

 鋼部材の破壊モードには、延性破壊と脆性破壊がある。このうち、脆性破壊は応力が材料の引張強さレベルに達しない段階で生じる可能性があり、部材性能を予測する上での障壁となっている。破壊現象に対し、部材の終局的な耐震性能を評価する試みとして、

 (1)亀裂などの応力集中源の存在に関わらず、必要とされるマクロ応力、マクロ歪まで部材が変形できるように材料の靭性を確保し、その上で部材に生じる荷重効果、部材の限界性能を評価する。

 (2)材料靭性、亀裂寸法等によって定まる破壊力学的限界値と、部材断面中に発生するミクロな荷重効果を比較することによって部材性能を評価する。

 以上2つのアプローチがある。このうち前者によるものは、亀裂寸法などの要因を考慮しないため、予測方法が簡便である。又、加工精度、亀裂発生時期や亀裂進展速度などのばらつきによる影響が、部材性能に顕在化しない条件での使用を意図しているため、予測値の信頼性が高くなること、部材性能が安定することが期待できる。そこで、本論文は前者の立場から、角形鋼管柱-H形梁接合部において梁端破壊が生じる場合を対象に、以下の課題を取り上げ部材性能を保証する手法を追究した。

 (A)骨組の耐震性を確保する上で梁に要求される変形能力

 (B)部材のマクロな破壊応力の保証

 (C)破壊応力が保証されている場合における、梁の変形能力の予測

(A)骨組の耐震性を確保する上で梁に要求される変形能力

 破壊に至るまでの部材性能の評価を行う上での前提として、建築構造物の終局耐震性を確保する上で部材に要求される変形レベル、要求される変形能力を発揮するために使用鋼材に対して要求される歪硬化レベルを明らかにする必要がある。第2章においては、骨組のエネルギー吸収能力が、(a)現行設計規範における2次設計レベルの要求耐震性能を満足すること、(b)設計時の想定を上回る地震入力(目安として、(a)の2倍程度のエネルギー入力レベル)に対して十分な余力を有すること、以上2つの目標を満足するために必要とされる部材変形能力を求め、建築構造物において検討対象とするべき梁の変形レベルを明示することを目的とした。さらに、最大耐力点までの変形能力を確保する設計手法の有効性を検証することによって、破壊に対する部材性能評価が可能となることによる耐震設計上の効果を示し、破壊に対する認識の重要性を再確認することを意図した。中層の梁降伏型骨組を対象に、部材の現実的な復元力特性を用いた弾塑性応答解析を行い、既往の研究成果と照合したところ、以下の結果が得られた。

 (1)梁の変形能力が、一方向載荷の場合の塑性変形倍率で5程度を有していれば、構造ランクIの梁降伏型骨組に対して要求される終局耐震性能を満足することができる。

 (2)一方向載荷の場合の塑性変形倍率で11程度を確保していれば、設計時の想定を上回る入力に対しても梁端破壊を防ぐことができる。

 (3)局部座屈等によって耐力劣化を伴う系の場合、劣化を生じた層に損傷集中が生じ、骨組のエネルギー吸収能力を等量高めるために必要とされる個材のエネルギー能力は、劣化を生じない系の場合に対して5倍程度となる。破壊に対する部材性能の一般的な評価方法が確立されれば、最大耐力点までの変形能力に余力を見込んで部材設計を行うことが可能となり、耐震設計上有効である。

(B)部材のマクロな破壊応力の保証

 軟鋼の一般的な特性として、使用温度が高く材料靭性が確保されている場合には、部材のマクロな破壊応力に関して亀裂などによる影響が顕在化しないことが挙げられる。第3章においては、様々な応力集中源を有する梁部材が安定的に歪硬化し、塑性変形能力を最大限に引き出すことのできる限界温度(FTP:Fracture-Transition Plastic)を見出すことを目的とした。靭性が高く、脆性破壊が生じにくい状態における部材の荷重変形関係には、断面のくびれを伴いながら緩やかに耐力劣化する過程が認められることから、破断耐力比(=破断時応力/最大応力)を部材靭性の指標として捉えることができる。試験温度をパラメータとし、梁端に生じる応力集中を再現した試験片の引張試験を行うことにより、FTPを破断耐力比の急変点として特定することができた。FTPは試験片形状によって変化するが、最も応力集中が厳しい試験片シリーズから求められたFTPは、シャルピー試験における破面遷移温度と一致し、FTPに対応するシャルピー値は150Jであった。

 第5章においては、第3章から得られた知見について、強震を受ける実部材に対する適用性を確認することを目的とした。第3章のモデル実験と第5章の実部材では、使用鋼材は同一であり、寸法、形状、載荷速度等が異なる。両者のFTPが一致することが確認できれば、モデル実験レベルの応力集中によってFTPの上昇は飽和すると考えられ、FTPの一般的評価や部材設計を行う上で有効である。低靭性材料を用いて製作した実大の柱梁接合部試験体を、動的載荷、及び静的載荷することによって梁端破壊を再現し、試験温度による梁の性能遷移曲線を得た。実部材の静的試験におけるFTPは、第3章で確認されたFTPと一致し、脆性破壊への転化に関して、モデル実験の応力集中と標準的なディテールを持つ実部材の応力集中は等価であることが確認できた。静的載荷の場合に対して、動的載荷では部材が塑性変形能力を失う温度(無延性遷移温度:NDT,Nil Ductility Temperture)は約20℃上昇したと考えられるが、塑性変形による部材温度上昇によってFTPは約20℃低下した。

 本論文での使用鋼材に関して、実部材の破壊応力を保証し、変形能力を最大限に引き出すために必要とされる温度FTPとして、以下のように総括できる。

 (1)静的載荷の場合のFTPは、シャルピー試験における破面遷移温度と一致し、この温度でのシャルピー値は150Jであった。

 (2)動的載荷の場合のFTPは(破面遷移温度-20)℃となり、この温度でのシャルピー値は70J、脆性破面率は75%であった。

(C)破壊応力が保証されている場合における、梁の変形能力の予測

 梁の破壊モードが延性的となり、使用鋼材が引張強度レベルまで歪硬化することができる場合、部材の最大強度と変形能力には正の相関がある。第4章においては、柱梁接合部において梁の耐力を低減させる要因であるウェブの継手効率を、梁の変形能力の支配要因として位置づけ、下式によって表される、ウェブの継手効率を考慮した梁の変形能力の評価式について妥当性を確認することを目的とした。

 

 一般的な柱梁接合部において、梁端フランジには付加的な引張力や局所的な面外曲げが生じることが指摘されているが、これらの付加的な面内力、面外力はいずれもウェブの継手効率から評価することができた。有限要素解析によって、スカラップ底やフランジ幅端部の変形拘束などの影響を検討したところ、これらの要因によって生じる歪集中は、継手効率に対して従属的な値であることが確認できた。歪集中箇所に生じる歪が限界値に達する、として破壊条件を仮定した場合に得られる変形能力も、上記の評価式によって包絡でき、ウェブの継手効率を考慮した変形能力評価の妥当性が確認された。

 第6章においては、安定的破壊が生じる場合の部材性能の予測性、第4章で提案された継手効率を考慮した梁の変形能力の予測式の妥当性を確認することを意図した。高靭性材料を用いて製作した、実大柱梁接合部試験体を振動実験によって動的載荷し、梁端の延性的な破壊を再現した。梁の破壊条件は、破壊断面における歪履歴を考慮することにより、統一的に評価することができた。このことから、破壊断面における歪の許容限界値が材料定数的な安定した値であり、延性的な破壊が生じる場合にはマクロな応力状態、マクロな歪状態を評価することによって、部材性能の予測が可能であることが確認できた。実験的に得られた梁の変形能力は、第4章に提案した評価式によって評価することができ、第4章の知見に対して実験的な裏付けが得られた。

審査要旨

 本論文は「鋼構造剛接骨組における梁端破壊と終局耐震性に関する研究」と題し7章から成る。

 第1章「序」では研究の目標と方法論の概要を既往の研究に照らして明らかにしている。1994年のノースリッジ地震,1995年の兵庫県南部地震により鋼構造剛接骨組の梁端接合部近傍の破断モードの損傷が顕在化した。この原因として、鋼材の低品質,設計における配慮不足,過大な地震入力が考えられる。これ等の要因と梁端破壊との因果関係を明らかにし、破断を回避した耐震設計法を追求することが本論文の目的であることが述べられている。その方法として、地震入力と剛接骨組梁材端に要求される塑性変形能力との関係を明らかにし、所要塑性変形能力を発揮させる為に要求される鋼材の基本的性質,材端接合部において考慮すべき力学的条件を、現在我国において最も一般的な角形鋼管柱・H形鋼梁を用いた梁降伏型骨組を対象として実験的に明らかにすることが述べられる。

 第2章「骨組の耐震性と部材性能」では現実的な復元力特性を用いた梁降伏型多層骨組の地震応答解析により、地震入力レベルと梁材に要求される塑性変形能力との関係が明らかにされる。

 第3章「鋼部材における安定的破壊と不安定破壊の遷移点」では、鋼材の充分な塑性変形能力が発揮されるための条件として、Pellini等によって提唱された塑性破壊遷移温度FTP(Fracture Transition Plastic)を実験的に求めることを試みている。延性的破壊は、応力集中と温度の組合せ条件下で脆性破壊に遷移する。実構造物の応力集中を再現する2種類の引張試験片を用いて、温度特性を求め、これよりFTPを求める方法を提案している。即ち、引張試験により得られた、終局破断時の平均応力(破断時応力)を最大荷重時の平均応力で除した破断耐力比との相関曲線における急変点がFTPを示すとするものである。この方法の妥当性は、第5章において確認される。

 第4章「安定的破壊が生じる場合における部材性能の予測」では、梁材端におけるウェブの曲げモーメントの柱への伝達の不充分性がもたらす梁のフランジ部の応力集中が梁の塑性変形能力を損なうものと考え、ウェブの継手効率をパラメータとして梁部材の塑性変形能力との関係を解析的に明かにし、既往の簡略な塑性変形能力評価式の妥当性を明らかにしている。

 第5章「低靭性材料を用いた実大実験」では、典型的な角形鋼管柱とH形鋼梁からなる実大剛接骨組要素の振動台実験により、素材特性と骨組要素の塑性変形能力との関係を明らかにしている。鋼材は第3章で用いたものと同一のものが用いられ、シャルピー衝撃試験における遷移温度が-20℃〜0℃の低い靭性を示すものである。柱梁接合部は柱貫通ダイアフラムに溶接接合されるもので溶接部の詳細は最も一般的なものであり、同一の試験体6体により、異なる温度条件で梁材端が破断する迄の加振が行われた。加振装置は兵庫県南部地震の最強レベルのエネルギー入力を試験体に与えることができるように特殊な計画がなされている。また、動的実験と併行して静的実験も行われ、動的載荷と静的載荷の対応関係も明らかにしている。静的実験で得られたFTPは0℃で、これは既往の研究結果及び3章の切欠き付き引張試験結果とも良く対応している。動的実験結果より得られたFTPは-20℃で静的実験で得られた0℃とは20℃の差があり、この原因は動的実験の際には材端の塑性化による温度上昇がFTPを低めることに寄与していることが明らかにされた。

 第6章「高靭性材料を用いた実大実験」では、シャルピー衝撃試験における遷移温度が-50℃〜-30℃である高靭性材料を用いられ、一般的な溶接部詳細を持つものと、応力集中排除の観点から改良された詳細を持つ数種類の試験体を用いて動的加力実験を行い、溶接詳細の塑性変形能力との相関関係が常温下の加振実験により調べられている。用いた材料のFTPは、第5章で得られた知見によれば-50℃程度であり、常温における実験結果は溶接詳細に拘わらず高い塑性変形能力を示し、第4章で提唱された評価手法の妥当性を裏付けるものである。

 第7章「結論」では本論文で得られた知見がまとめられている。

 以上、本論文は、鋼構造多層剛接骨組の地震時における典型的な破断モードの損傷の原因を鋼材,柱・梁接合部における応力伝達機構,地震入力の大きさの観点から総合的に解明し、破断モードの回避の為の定量的評価手法を導いたもので、鋼構造骨組の耐震設計技術向上に大きな貢献をなしている。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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