学位論文要旨



No 114180
著者(漢字) 呉,相均
著者(英字)
著者(カナ) オ,サンギュン
標題(和) 高流動コンクリートのレオロジー評価および流動設計
標題(洋)
報告番号 114180
報告番号 甲14180
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4306号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 友澤,史紀
 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 野口,貴文
内容要旨

 フレッシュコンクリートの流動性は、コンクリート工事形態を決定する重要な要因であり、それに関する研究は、1920年代から継続されてきたにも関わらず、比較的最近までコンクリート工学の分野においてもそれほど注目されなかったのが事実である。しかし、1960年代にコンクリートポンプ工法が普及され、フレッシュコンクリートの流動性が検討されるに伴い、ポンプの圧送性を高めるためにコンクリートの単位水量が増大される傾向になった。一方、硬化コンクリートの品質を低下させないためには、単位水量の少ない硬練りコンクリートが要求されたが、そのような流動性の悪いコンクリートの使用は施工側の反発を招く結果となった。

 コンクリート工事現場で構造物を建設する作業者は、その構造物の設計者でもなければ、コンクリートの調合を計算した技術者でもない。また、現場管理者が、たとえ高い技術力と豊な経験を持っていたとしても、極めて複雑に配筋されている型枠の隅々までコンクリートが十分に充填されるかを判断し、管理することはほぼ不可能であるだろう。コンクリートの施工は、過去の経験を唯一の手掛りにして、いうならば手探りで行われてきたといっても過言ではない。

 このような状況下で、1972年に、各種混和剤の発展とともに単位水量を保ったまま流動性のみを増大させることの可能な流動化コンクリートなどが開発され、現場でのコンクリートの施工性を著しく改善するようになった。その後、コンクリートの流動性に関する研究は発展を重ね、水中不分離コンクリート、高流動コンクリートなど、従来のコンクリートでは考えられない流動性能を持ちながらも材料分離を起こさない新しい材料を生み出した。その中でも高流動コンクリートは、フレッシュ時にその充填性が特に優れ、耐久的で信頼性の高いコンクリート構造物をつくることが可能であり、締固めが不要であるため、打設時の省人化、締固め作業に伴う騒音の解消、施工システムの改革など、コンクリート工事の近代化を可能にすると考えられ、将来のコンクリート技術を支える最も重要な要素技術といえるコンクリートである。

 高流動コンクリートの研究および開発は、1988年頃から始められ、1997年にはその普及に向けて、学協会レベルにおいて高流動コンクリートの材料・調合・製造・施工指針(案)・同解説が製作された。一方、最近のコンピュータ技術の高度化に伴い、フレッシュコンクリートの挙動を予測し、施工性を評価することを目的として、流動解析手法に関する研究が盛んに行われるようになってきた。一方、最近のコンピュータ技術の高度化に伴い、フレッシュコンクリートの挙動を予測し、施工性を評価することを目的として、流動解析手法に関する研究が盛んに行われるようになってきた。

 このように高流動コンクリートの施工性改善に対する効果は実験施工などを通じて次第に明らかになりつつあるが、流動性に及ぼす材料特性の影響の定量化および流動性に関する合理的な調合設計方法はまだ十分に確立されているとはいい難く、一般技術として広く実施工へ適用するためには多くの問題点が残されている。特に、高流動コンクリートの流動性評価は、経験に基づいた従来のスランプ試験のみでは困難であり、レオロジー科学に基づいて行う必要があることが認識され、従来の定性的な評価ではなく、フレッシュコンクリートの持つ物理量による定量的な評価が望まれている。

 本研究の最終的な目的は、レオロジーに基づいたフレッシュコンクリートの流動性評価と、それに立脚して高流動コンクリートの流動性に関する調合設計手法を理論的に組み立てることである。

 本論文では、コンクリート工学のみでは解決できないと判断されるフレッシュコンクリートの流動性評価を、研究の全般において、レオロジーに基づいた一貫性のある理論を背景としている。すなわち、フレッシュコンクリートをビンガム流体として仮定し、コンクリートの流動性状を定量化する段階から最終的に流動設計手法を確立する段階まで、レオロジー科学を用いた理論的な評価方法を考案し、新しい概念の流動設計手法を提案した。また、フレッシュコンクリートの流動性を定量化する上で、最も有効であると判断されるもう一つの流動性に関する理論である余剰ペースト膜厚に対する解釈を導入することで、少量のデータからも信頼性を高め、理論的でありながらも実用的な調合設計手法を組み立てることが可能であることを示した。

 レオロジー定数に基づいた理論的な調合設計手法を確立しようとする検討方法としては、フレッシュペースト、モルタルおよびコンクリートを連続相(水、ペースト、マトリクスモルタル)と分散相(粉体または骨材)からなる二相流体(two-phase flow)と考え、分散相の性質によってフレッシュペースト、モルタルあるいはコンクリートのレオロジー定数を考察することが有効であると考えられる。この考え方は、混和剤の種類および分散相の幾何学的性質が二相流体のレオロジー定数に及ぼす影響を明かにし、分散相の性質および調合から、レオロジー定数を予測する手法に関して研究を行った。

 また、フレッシュコンクリートのレオロジー特性を定量的に評価するためには、理論的かつ、簡便で実用的な方法が必要である。したがって、本研究ではレオロジー特性を精度よく側定可能なレオメータの開発に関する考察を行った。そのために円柱を過ぎる一様な流れに関するStokes近似に着目し、粘塑性流体であるビンガム体に適用する研究が最も優先であると思われる。このような方法で円柱まわりを過ぎるビンガム流体のレオロジー特性を定量化することが可能なり、それらを応用して、いままでは現実化されなかったコンクリート用レオメータを、もっと簡単化した形態で開発した。コンクリート用の円柱旋回型レオメータは、コンクリートのレベルでレオロジー評価を実現させ、コンクリートの品質評価および管理をより合理的かつ、効果的に行うことが期待される。

 一方、高流動コンクリートでは、自己の流動性のみで型枠内に充填されることが要求され、鉄筋間あるいは型枠間の間隙を通過する能力(間隙通過性)が高流動コンクリートの性能を決定づける最大要因と考えられる。高流動コンクリートが実際の型枠内を流動する場合には、狭い間隙などの障害物を通過するに伴いコンクリートの流動速度低下および閉塞などの現象が起こる。したがってそれらの現象をレオロジー的に捉え解明し、その現象に及ぼす要因とその影響を定量化する試みを行った。また、間隙通過時のコンクリートの流動速度低下現象を混相流理論に基づき、骨材の密度が増加すると解釈し、間隙通過時に増加される骨材容積を算出する手法を実験的に見つけた。その結果、フレッシュコンクリートが鉄筋間隙を通過する際に増加されるレオロジー特性を予測可能な手法を導き出して、コンクリートの流動設計に役立つ方法を開発した。

 最終的に本研究では、最適調合の選択および修正を行うため、コンクリートに要求される性能を3次元(強度特性、耐久性、流動性)で考え、コンクリートの調合もこの3軸の要求性能を満足させるように組み立てることにし、コンクリート工事の合理化を目的として、フレッシュコンクリートの挙動を理論的に予測可能な流動設計手法を開発した。本研究で導き出したフレッシュコンクリートの流動設計手法は、余剰ペースト膜厚理論とレオロジーを用いて組み立てられた方法であり、いままでコンクリート工学で行われた調合設計の概念を大幅に変え、理論化した手法であると判断される。また、この手法を用いることで、経験に依存せずに最適調合選択および修正が簡単化されると考えられる。

 本研究は、フレッシュコンクリートの流動性に関する研究の延長線上でありながら、いままで、コンクリート工学のみでは解決が困難であった問題をレオロジー科学を導入することにより明快に解決し、革新的なシステムを確立した上で、これから建設産業における一つの歩むべき道のあり方を示している所にその意味がある。

 最後に、本研究に残された課題を指摘し、強度設計および耐久設計を含んだ「コンクリートの調合設計」を確立するために解決すべき問題点と本研究が及ぼす将来へのこの分野での影響を示した。

審査要旨

 本論文は、「高流動コンクリートのレオロジー評価および流動設計」と題し、全9章からなっている。

 自己充填性をもつ高流動コンクリートは、打ち込み時に高い流動性を持ち、型枠の中や錯綜した鉄筋の間を流動して充填される高性能コンクリートで、今後の建築工事の施工の合理化・省力化、建築物の品質向上のための重要な基礎技術として、現在世界的に注目されている新しいコンクリート技術であるが、その本質である流動性の基礎、種々の材料や調合で作られるコンクリートの流動性の評価や予測手法、型枠や鉄筋の間での流動挙動の予測法などはまだ確立されたとは言い難い。このコンクリートを実際に製造し構造物の工事に適用していくためにはこれらの基礎的な分野の解明が不可欠であるが、多種多様な粉粒体材料を組み合わせて作られる複雑な混合物であるコンクリートの流動挙動の解明は困難であり、従来のコンクリート工学の手法だけでは不可能である。本研究はこの問題の解決を目的とし、レオロジーを基礎として、複雑な粘塑性を呈するコンクリートの円柱周りでの流動挙動の解明とこれを利用した流動性評価手法を考案し、また粒状体である骨材の影響については余剰ペースト膜厚理論に新しくレオロジーの観点から改良を加えることによって、新しい調合設計手法(流動設計手法)の基礎を提供したものである。

 第1章「序論」は、研究の背景、目的と方法、位置づけ及び論文の構成を述べている。

 第2章では「フレッシュコンクリートの流動性に関する既往の研究」を総説し、フレッシュコンクリートの流動性の基礎的事項、評価・試験方法、レオロジー、調合設計手法に関して広範囲の既往の知識をまとめている。

 第3章「円柱による粘塑性流体のレオロジー定数算定」では、ビンガム体としてモデル化されたコンクリートの円柱周りの流動について実験と解析を行い、流動するコンクリート中に置かれた円柱に加わる力から、そのレオロジー定数を算定する理論式を導いた。

 第4章「コンクリート用レオメータの開発」では、上記の理論を応用して円柱旋回型レオメータを開発し、これによって、各種のモルタル、コンクリートのレオロジー定数の測定を可能とした。なお、このレオメータは実際の工事現場での高流動コンクリートの流動性測定や評価に使用可能なものとして開発したものである。

 第5章「高流動ペーストおよびモルタルの流動性に及ぼす材料特性の影響」は、流動性に及ぼす粉体、高性能AE減水剤、分離低減剤、細骨材の影響および高流動ペーストのレオロジー特性や付着特性を解明するための実験的な研究である。

 第6章「高流動コンクリートのコンシステンシー設計に関する考え方」では、コンクリートの流動性を説明するために従来よりよく用いられている余剰ペースト膜厚理論にペーストのレオロジー特性を導入し、新しい考え方で余剰ペースト膜厚とレオロジー定数との関係を求めた。これによりコンクリートの流動性を目的関数とする調合理論の基礎が提供されることとなった。

 第7章「高流動コンクリートの間隙通過性に関する考察」では、鉄筋間を通過するコンクリートの挙動を理論的・実験的に追求し、これを見かけの塑性粘度の変化と骨材間隙比という新しい概念で記述し、間隙通過性を目的関数とする調合設計の可能性を示した。

 第8章「高流動コンクリートの流動設計手法」は、以上を応用して流動設計手法としてまとめ、実際への応用の可能性を示している。

 第9章は「結論」と題して、研究の総括と今後の課題を述べている。

 以上のように、本研究は高流動コンクリートの流動性をレオロジーを用いて実験的・理論的に解明し、多くの新しい概念・手法を考案し、これを基礎に新しいコンクリートの流動設計手法の提案を行ったものでコンクリート工学の発展に大きく寄与するものであるといえる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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