学位論文要旨



No 114181
著者(漢字) 金,鍾敏
著者(英字)
著者(カナ) キム,チョンミン
標題(和) 建築伝熱を考慮した都市街区の熱環境解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 114181
報告番号 甲14181
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4307号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 講師 佐久間,哲哉
内容要旨

 都市内外の気候の状態を比較すると、通常その間に顕著な差異が認められる。これは都市の限られた面積の中に多数の人間が生活し、地表面の大部分が家屋や建築物、舗装道路におおわれ、産業・交通などの人間活動によって多量の熱や大気汚染が発生しているからである。このようにして生じた都市固有の気候を都市気候と読んでいる。

 都市気候の現象には種々のものがある。現在もっとも顕著で、社会問題になっているのは大気汚染であるが、そのほかに主なものは、都市の高温(最近ではヒートアイランドという言葉がよく使われる)、風速の減少と固有の風系(郊外風、ヒートアイランド循環)の発生、大気汚染に伴う日射量(紫外線量)の減少などの放射の変化、雲量や霧日数・微雨日数などの降水の変化、相対湿度や水蒸気圧の減少などが挙げられる。都市気候は、都市域における人工熱や大気汚染物質の発生と、建築物の増加、道路の舗装、植生の減少などの地表状態の改変の人間活動が原因となって生じるから、その程度時代によっても、都市の性格や規模によっても差がある。都市が広域化し、都市のアクティビティーが高まるについて、都市環境へは様々なインパクトが与えられるようになる。

 都市気候の問題に工学の立場から取り組む場合、単に現象面の理解に止まるのではなく、[どうすれば都市の熱環境および大気環境を総和出来るか]と言う視点が必要である。建築環境工学の分野においてもこの視点が強く求められているが、この方面についての研究は多くの課題が残された状態である。現在の都市気候の数値解析に関する研究分野において、当面の大きな研究課題として残されている問題は、自然対流と強制対流が共存する乱流場が支配的となるような弱風条件下における、地表面から大気への顕熱フラックス、及び潜熱フラックスを見積もる手法が確立されていない、という点が第1に挙げられる。これを解決するためには、地表面から大気への運動量フラックス、及び熱フラックスを見積もる上での地表面の空間形態と材料のモデル化、または、地表面における対流熱伝達率の空間分布の予測、の大きな2つの問題をクリアすることが求められている。従来は主として大気をどのようにモデル化するかが中心に研究が行われてきたが、地表面の空間形態や材料の適切なモデル化手法、あるいは運動量や熱フラックスを地表面境界条件として与えるための具体的な手法の提案については、現在まで全くと言っていいほど議論されていないのが現状である。そのため、地表面熱収支と都市大気の挙動とを連成させた現在の都市気候モデルは、必ずしもバランスのとれたモデルとはなっておらず、数値解析結果の有効性が検討されるような研究レベルには、達しているとはいい難い。一方、地表面における熱収支については、都市キャノピー層内の空間形態と熱物性をどのようにモデル化して気流解析に組み込むか、という点について従来十分な議論がされているとはいえない。建物にある凸凹やストリートキャニオン、街路樹、植裁、道路等の施設、建物空調や自動車からの排熱など、熱的に影響を及ぼす要素は様々である。しかし、従来の考え方としては、対象地域を均一な材料で出来ていると仮定し、地表面上に設定した各メッシュ内部の建物、地表面、植生の面積割合から等価な熱物性値を平均的に決めて、地中の温度不易層までの熱伝導を数値的に解く。これにより、各メッシュの表面温度及び対流熱伝達による大気への顕熱フラックスを求める。さらに、人工発生熱に関する既存のデータベースから、各メッシュにおける発生熱量を算出し、前の項の算出結果に加算する。というアプローチがとられている。このような考え方の問題点としては、材料の面積割合から、平均的な熱物性値を割り出すという試みは物理的な意味が明確ではなく、そのため地表面熱収支解析による顕熱フラックスの算出結果は実際を反映したものとなっていない危険性があるという点が挙げられる。建物、地表面、植生の空間形態と熱物性を物理的な意味を明確にとらえることのできる空間スケールで表現することができ、なお計算効率が良く、上述の気流解析における境界条件として用いることができるような地表面のモデル化が必要であると考える。

 また、都市キャノピー層の扱い方として、都市キャノピー層内部の気流、気温分布は扱わず、その上空に設定した大気層の気流及び気温で代表させると考える。この仮定については、厳密な意味で都市キャノピー層内の気流、気温分布を解くことは、現在の研究レベルにおいても非常に困難であると考えられている。特に、自然対流と強制対流の共存した乱流場が支配的である場合、大気の乱流モデルの適切な選択とともに、精密な浮力項の見積もりが要求される。すなわち、地表面の建物外壁面における対流熱伝達率の分布を正確に決定することが、まず第一に要求されることになるが、このような条件下の対流熱伝達率の厳密な値を理論的にはじき出すことは、近い未来においても解決できるものではないという認識が一般的である。

 本研究では、従来の都市気候解析において問題と指摘されたいた、地表面における熱フラックスの境界条件に与える手法を提案するための基礎的検討として、都市キャノピー層内の個々の建物、地表面(全地表面と呼ぶ)の表面温度分布を都市境界層の気流解析の顕熱の境界条件として与えるための指標を提案すること、及び建物表面の構成物による伝熱の違いを把握する。

 そして、本論文で扱う範囲としては、都市キャノピー層内の全地表面の熱収支解析に限定し、都市境界層の気流解析のため街区スケールで顕熱のポテンシャルを表す方法を提案すること、及び、都市キャノピー層内の全地表面の熱収支を計算するアルゴリズムを開発すること、の二つに大きく分けて考察する。具体的には、以下の方針で解析を進める。まず、都市の全地表面のモデル化の基本的な考え方を述べ、個々の建物、全地表面からの顕熱に関する伝熱過程を明らかし、実街区での解析を試みる。そして、モデル街区でのケーススタディーを進む。

 都市の全地表面の熱収支シミュレーションの具体的な手法を示し、入力パラメータの決定方法、及び都市キャノピー層内の長波放射収支の項の実用的な計算方法を提案する。また、都市における主要な材料について、熱収支シミュレーションにより表面温度分布を求め、実街区とモデル街区を比較することにより伝熱特性を検証する。

 [第1章]第1章では、研究の背景及び目的を述べ、本論文における立場について論じる。

 [第2章]第2章では、建築から都市キャノピーへの熱放散に関し伝熱経路を記述する。建築と都市気候との間の伝熱の内、都市気候から建築への熱の流れは、熱負荷計算法における伝熱そのものである。そこで熱負荷計算法の代表例である動的熱負荷計算プログラムHASP/ACLDにおける伝熱モデルを基本に建築伝熱モデルを構築する。しかし、負荷計算法においては建築から都市気候への流れについて記述がないので、拡張を施し、両者を総合し建築伝熱モデルを構成する。本論文でもHASPで用いられている応答係数法による記述をする。

 [第3章]第3章では、建築と都市境界層における伝熱を総合し、差分法を用いた数値モデルとして、都市キャノピーモデルを構築する。第2章では建築から都市キャノピーへの放散熱量を得たが、熱負荷計算の用語を用いれば、キャノピーの熱取得に当たるものである。これをさらに進め、放散熱の影響を評価するためには、負荷にあたる量を求めなければならず、このためには伝熱系をキャノピーの全体として扱えなければならない。ここに都市キャノピーモデルを構築する目的がある。この章では、建築や地面からキャノピー大気への熱の流入と、キャノピーから外部への輸送を記述し、これらの関係から成立するキャノピー気温を定義する。キャノピー気温は従来の外気温度に代わるものである。

 また、キャノピーに特徴的な伝熱として都市キャニオンの多重反射、相互放射の現象があり、これを建築モデルと結びつけることも必要である。モデルを総合することにあたり、建築モデルは差分法を用いて書き直すことにした。

 [第4章]第4章では、実街区における建物表面のファサード調査の結果をまとめたものを記述する。現在のモデルは直方体に近似した建物が直交座標上に整然とならんでいるものが多く、進んだものでは建物形状を再現しているが、材料に違いや窓などの建物表面の要素については無視しており、熱の挙動を再現するにあたっては建築物を正しくモデル化しているとは言いがたい。建物表面に関するより詳細なデータを得ることを目的し、実街区を調査しその分析結果をもとめた。

 [第5章]第5章では,第3章で構築された都市キャノピーモデルを用い、実街区における建築から都市大気への放散熱とキャノピー気温に関する数値シミュレーションを行う。主な観点は、建築の放散熱が都市キャノピーへ与える影響に関するものと、逆に都市キャノピー気温が建築の負荷へと及ぼす影響に関するものである。

 [第6章]第6章では,第5章で得られた実街区の解を正解とし、モデル街区におけるケーススタディを進め、伝熱特性について検討する。これによってより広域における伝熱解析が可能になることを期待し、研究を行ったものである。実街区をモデル街区化する妥当性に関するの関係の分析は、この論文によりはじめて示される結果である。

 [第7章]第7章では,全体のまとめとして,本研究で得られた結論や成果を総括するとともに,今後の課題について述べる。これらについてまとめて総括する。

 この研究は、都市気候における伝熱と建築の伝熱とを結び付けた試みである。序論でも述べたように、都市気候問題では都市大気における現象が研究に中心であり、建築を含む地表の地物は境界条件として簡略に扱われていた。これに、対し建築環境工学では、建築内部の伝熱が主な研究対象であり、都市気候の方が境界条件である。建築の存在と都市気候の形成との因果関係はかねてから認識されていたのであるが、両者を同時に扱う伝熱系は、境界領域として空白のまま残されていたのである。この論文のモデルは、この境界領域である都市キャノピーについて伝熱モデルの構築を行ったものである。

 都市気候と建築とを伝熱系として結び付けたことにより、都市気候問題において建築の具体的な姿を示すことができるようになった。この論文で提示した都市キャノピーモデルでは、キャノピー層の熱収支により決まる都市キャノピー気温を定義している。従来の都市伝熱モデルでも、キャノピー気温にあたる地表付近の気温が定義されていたのであるが、極めて少数の伝熱パラメータによって表現されていた。このため、都市を構成する建築壁面、窓、空調機器、地面、またこれらの間の位置や形態的関係など具体的な事物との関連づけがなされず、抽象的な温度に留まっていた。これに対し、この論文のモデルでは、ここに負荷計算法に基づく建築伝熱モデルを持ち込むことにより、具体的事物との物理的な関係が明確な都市キャノピー気温を定義することを可能にした。これがモデルの最大の特徴である。都市気候研究の視点を、現象の理解の段階から工学的な方法による対処へと一歩進めるためには、このように都市気候と具体的事物との関連がモデルに具体的に記述されることが重要である。

 以下に、各章で扱った内容について整理する。

 [第2章]では、都市側から建築内部へと熱が流入し、再び都市へと熱が放散されるまでの伝熱過程を記述した。ここでは、建築の外表面を境界として、建築の外部空間としての都市と、建築内部という2つの空間を想定し、伝熱を考えている。建築と都市との間の伝熱の内、都市側から建築への熱の流れは、熱負荷計算法における伝熱そのものである。そこで、熱負荷計算法の代表例である動的熱負荷計算プログラムHASP/ACLDにおける伝熱モデルを基本に建築伝熱モデルを構築した。一方、建築から都市側へ熱の流れについては、負荷計算法においては、記述がないので拡張を施した。この両者を総合し、建築伝熱モデルを構成した。なお、HASPのモデルは応答係数法が用いられているので、ここで示される建築伝熱モデルは応答係数法に基づく記述である。

 [第3章]では、建築からの熱放散、さらにこれが地表から上空へと輸送されるまでを1つの伝熱系として総合化する。第2章では、建築から都市への放散熱量を得たが、都市気候問題の観点からは、この放散熱量の多寡ではなく、その影響に方に関心がある。そこで、伝熱を建築外表面のみで扱えるのではなく、都市大気側の伝熱と合わせ総合的に扱うことが必要となる。伝熱系の扱う都市の空間領域として、建築が直接接する大気層である都市キャノピー層を想定した。この章では、建築や地面からキャノピー大気への熱の流入と、キャノピーから外部への輸送を記述することにより、都市キャノピーモデルを構築する。また、キャノピー熱収支から成立するキャノピー気温を定義する。放熱量を都市環境への熱的インパクトとして評価する際には、このキャノピー気温がひとつの指標となる。都市キャノピーモデルは、キャノピー層上部では接地層、下部では地面が接続する構成であり、上下方向には1次元熱収支モデルである。また、キャノピー層内部には建築伝熱を包含し、第2章の建築伝熱モデルは、都市キャノピーモデルを構成するサブモデルの1つとなる。さらに、キャノピーに特徴的な伝熱として都市キャニオンの多重反射、相互放射に関する伝熱系を加え、これを建築伝熱モデルと結び付ける。モデルを総合することにあたり、建築モデルは差分法を用いて書き直した。

 [第4章]では、建物データをシミュレーションのモデルに適用するには、GISデータで得られる建物属性から窓面積率を推定することが必要である。建物属性と窓面積率の関係を調べてみた結果、東・南面に面する窓に比較的窓が多いという傾向が得られた。また、事務所の多い街区は、街区全体の壁当たり窓面積率も増加する傾向が見られた。壁当たり窓面積率の分布はほぼ正規分布で近似でき、床当たり窓面積率は正規分布のような分布にはならなかった。このような結果より、街区の窓面積率の分布を推定するにあたっては、街区の事務所の割合から壁当たりの窓面積率の平均値を推定し、それをもとに適当な分散を持たせた正規分布としてよいと思われる。外壁の状況の調査において、新建築誌に掲載されている建物について調査を行った成川らの研究が壁当たり窓面積率の平均を30〜70%、窓に最も多く使用されているのを熱線反射ガラスという結果になったのに対して、実街区を対象とした今回の調査では窓面積率の平均が20〜40%、普通ガラスが最も多く用いられていると言う結果となった。今回の調査は実街区の外皮の状況を把握する上で意義があったといえる。この章の調査により、都市キャノピーお放射熱解析モデルに拡張できるパラメーターの収集ができ、現実の建物外皮に近いモデルでの解析への展望が開けたといえる。壁あたりの窓面積率は、隣壁までの距離と関係があると思われるので、今後実際にシミュレーションに適用させる際には、壁面ごとの窓面積率の与え方に工夫が望まれる。

 [第5章]では、第3章で構築された都市キャノピーモデル弟4章の実測調査結果を用い、建築の熱応答とキャノピー気温に関する数値シミュレーションを実行し、建築と都市気候の因果関係、または都市気候が建築へと与える影響について分析を行なった。建築と都市気候の因果関係については、得られた結果自体は、従来から都市気候形成の要因として指摘されていた事項であるが、伝熱過程を明確した物理モデルに基づいてこれを確認し、また現実の街区を対象し解析を行なった点で意義があると考えられる。

 [第6章]では、都市キャノピーモデルを用いてケーススタディーを行った。実街区の諸データをもとにモデル街区を作り、計算した。モデル街区は、同形の正四角柱の建物を一様に並べ、実街区とモデル街区の建物棟数、街区表面積がほぼ等しくなるようにして定義した。本研究の位置付けは,実際の街区の伝熱特性と類似した伝熱特性を持つ街区モデル構築のためのデータ作成を目的とした基礎的研究である.

審査要旨

 大都市におけるヒートアイランドや夏期の温度上昇は、人間の無計画な開発や活動が原因と考えられており、建築物の冷房廃熱が都市の温度上昇をさらに増幅させるのではないかとさえ危惧されている。そのため、気象学、土木工学、建築学などの様々な分野において、この問題が大々的に扱われ、精力的に研究が進められている。

 本論文は、これらの研究と同様に、都市の気候や気温上昇を対象としたものである。しかし、建築学の立場を重視し、建築側からこの問題に対するアプローチを行った点に大きな特徴がある。すなわち、都市キャノピーにおける伝熱問題と建築における伝熱問題とをカップリングし、建築個々の影響まで考慮して都市気候の問題を解明したものである。

 都市気候に関する既存の研究では、都市大気における現象が主要な研究対象であり、建築を含む地表の地物は境界条件として簡略に扱われるのが常套である。一方、建築環境工学の分野には建築物内部の伝熱現象を主要テーマとして研究を行っている「建築伝熱学」という分野があり、こちらでは外気温などの都市気候の方は逆に境界条件として取り扱われている。建築の存在と都市気候との因果関係はかねてから認識されていたのであるが、両者を同時に扱う伝熱系は、過去に西岡が単純な形状の街区を対象として解析を行った例がある程度であり、実在の街区や建物を対象とした研究事例は皆無に等しい。本論文は、実在の街区や建物を対象として都市キャノピー伝熱系と建築伝熱系の両伝熱系を同時に扱い、建築物が都市気候に及ぼす影響を評価した論文である。

 論文の第1章と第2章は序論的な部分であり、本題は第3章から始まる。第3章において、本研究で使用した伝熱解析モデルが紹介されている。西岡らの方法に倣って、建築や地面から都市キャノピーへの熱輸送と、キャノピーから接地層への熱輸送とをモデル化することによって、都市キャノピーにおける伝熱モデルが構築された。都市キャノピーは、キャノピー層上部で接地層と、下部で地面や建築表面と接続する伝熱経路を持つものとされ、また、キャノピーにおける特徴的な伝熱として、都市キャニオンの多重反射及び相互放射に関する伝熱系が加えられ、さらにこれらの伝熱系が建築外皮の伝熱モデルと結び付けられている。なお、建築外皮の伝熱計算に関しては、キャノピー内の伝熱モデルとの一連性を優先して、差分法が用いられている。

 第4章は、実在の市街地において都市・建築の伝熱解析を行うため実施した建物調査について示したものである。この調査では、東京の三つの市街地(丸の内、神田、葛西)において、建物の窓面積とガラスの種類について実態調査が行われた。この調査によって、都市キャノピーの放射伝熱解析おいて必要な入力データが得られ、本研究の主題である都市と建築をカップリングした伝熱解析が実在の市街地のデータでもって行える展望が切り開かれた。

 第5章は、第4章の調査結果などを、第3章で構築した都市・建築の伝熱解析モデルに入力して行った数値シミュレーションに関する報告であり、本研究の核心部分といえるものである。その結果、都市キャノピーの気温に関しては、丸の内が最も高く、葛西と比べるとその温度差は約1.4℃であった。これは建築密度が高まることによって地物の表面積が増大し市街地全体の日射吸収能が高まることが原因と思われる。こういった現象は、従来から都市気候形成の要因として指摘されていたところであるが、現実の街区と建物に関わるデータを入力して、それを確認した点で大きな意義があったと考えられる。

 第6章は、この種のシミュレーション解析を簡易化かつ迅速化するために行ったケーススタディーの結果が示されている。その結果、単純化した街区・建物形状でも、建物形状を扁平にしない限り、実在の精緻な街区・建物形状と似たような結果が得られれることが判明した。これによって、入力データの簡易化と計算の迅速化に関して道が開けた。

 本研究で使用した計算モデルは物理モデルとして眺めると、潜熱収支(植裁、冷却塔、降水など)や流れ場が省略されており、まだまだ改良の余地がある。しかしながら、最も重要な市街地の放射環境や建築の顕熱伝熱についてはかなり精緻にモデル化が行われている。そして、本研究の最大の意義は、数値解析に入力したデータが実在の街区と建物のデータであり、計算結果は建物個々の形状まで反映された結果であるということである。実在の街区形状や建物形状を入力データ化することは大変煩雑な作業であり、この種の研究では非常に遅れていた作業である。しかし、建築学のサイドからは、実際の建物や街区の形状が都市気候にどのような影響を与えているかとうことに、関心が集まっており、実在の市街地において実在の建物形状を入力して、伝熱シミュレーションを行うことは焦眉の課題であった。本論文は、このような衆目の関心に十分応える内容を持つものであり、都市・建築の熱環境研究における貢献度は非常に大きいものがあるといえる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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