本論文は、省エネルギー性が高くかつ健康的な室内の温熱環境を実現するために必要となる室内温熱環境の事前予測評価法の開発を目的としている。開発された予測評価法は、室内の気流・温度・湿度分布並びに放射場をCFD(数値流体力学)に基づく数値シミュレーションにより解析するものであり、特に室内空調の制御システムもシミュレーションに連成させた点に特徴がある。従来の空調負荷計算手法や温熱環境評価手法は、流れ場、温度場などに関して室内均一を仮定する場合が多く、室内空調方式の差異によって生じる不均一な温熱環境やそれに伴う室内空調負荷の差異を評価することができなかった。このような問題点を踏まえ本論文は、対流・放射・湿気輸送の連成シミュレーションに人体の温熱生理モデルと室内空調制御システムを連成させて室内温熱環境解析システムを構築しており、人体の温熱感覚が目標値となった条件での室内温度分布、気流分布などの室内温熱環境の性状と室内空調熱負荷の解析を可能とし、その有効性を検討した。 本論文は以下の7章により構成されている。 第1章『序論』では、本研究の背景と目的を述べている。 第2章『数値シミュレーション手法』では、本研究で活用した流体の数値シミュレーション手法を解説している。 第3章『実測による室内温熱環境評価及び数値シミュレーションとの比較・検討』では、実測による室内温熱環境と開発した室内温熱環境解析法に基づく数値シミュレーション結果との比較・検討を行い、その精度を検証している。 第4章『Two-Layer Modelによる対流熱伝達の数値シミュレーション』では、壁面近傍で低Reynolds数効果を考慮した1方程式モデルを用い、その他の領域は標準k-モデルにより評価するTwo-Layer Modelに着目し、Two-Layer Modelによる対流熱伝達のシミュレーションの精度と計算負荷の検討を行っている。研究で用いられる対流・放射連成シミュレーションでは、各壁面表面での放射、対流、伝導などによる熱流の保存則を満足させる必要がある。その際、必要となる対流熱伝達量解析は正確な壁面温度すなわち正確な放射熱伝達量を求めるために極めて重要となる。そのため、第4章では、対流熱伝達シミュレーションの基礎研究として、計算負荷が相対的に低く、解析精度の向上が期待できるTwo-Layer Modelを用いて解析を行い、一般的な壁関数、低Reynolds数型k-モデルとの比較によりその予測精度並びに計算負荷の検証を行っている。 第5章『対流・放射・湿気輸送の連成シミュレーションによる室内温熱環境解析』では、本研究で開発された対流・放射・伝導と湿気輸送の連成シミュレーションによるアトリウム、体育館などの室内温熱環境の解析例を示している。 第6章『室内空調制御と対流・放射・湿気輸送連成CFD解析による温熱環境評価』では、上述の数値シミュレーション手法に、人体の温冷感と温熱環境設計目標との差を定量的に評価しこれにより室内空調システム入力を変更(空調投入熱量の変更)する過程を加えて、人体温冷感が同一となる温熱環境が実現された場合の室内温熱環境、空調熱負荷を解析している。すなわち (1)人体への作用温度一定条件下での室内温熱環境・冷房負荷を、室内空調制御システムと対流・放射・湿気輸送の連成解析により解析している。空調方式として、放射パネル冷房方式と全空気空調方式の2方式について、エアーカーテンによる遮断効果を含めて解析しそれぞれの空調方式で空調熱負荷及び室内の温熱環境性状分布が大きく異なることを示している。 (2)人体熱収支に基づく温熱生理モデルを組み込んだ人体モデルを室内に設置し、対流・放射・湿気輸送の連成シミュレーションにより室内温熱環境を解析している。この解析により人体の温冷感を同一として異なる空調方式の得失を比較することを可能とする新しい解析評価法が開発された。 (3)室内環境制御目標を緩和した場合の室内空調エネルギー削減効果や、そのときの快適性を保つために必要となる人体の自律的な着衣量の変化、更には人体の放熱特性の変化等は室内の空調方式の違いによって大きく異なることが予想される。ここでは提案されたCFDによる室内環境解析手法を用いてこれらの点を評価し、同じ人体温冷感を与える空調条件であっても、これらのパラメーターが空調方式の違いにより大きく異なることを示している。 第7章『結論と今後の課題』では、全体のまとめを行うと共に、本研究の成果と今後の課題を総括している。 以上を要約するに、本論文は、CFD解析に空調制御システムを連成させて、室内空調目標が達成された場合の室内温熱環境の性状や室内空調熱負荷を評価することを可能とする解析手法を開発し、その有効性を示すものである。本研究成果は、建築環境設計ツールとして今後、幅広く利用できるものであると考える。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |