学位論文要旨



No 114182
著者(漢字) 金,泰延
著者(英字)
著者(カナ) キム,テヨン
標題(和) 室内空調制御と対流・放射・湿気輸送連成CFD解析による温熱環境評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 114182
報告番号 甲14182
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4308号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 助教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 伊香賀,俊治
内容要旨

 本論文は、対流・放射・湿気輸送の連成シミュレーションに人体の温熱生理モデルと室内空調制御を連成させた室内温熱環境解析システムを開発するものである。このシステムは室内空調の自動制御が実現された場合の室内温度分布、気流分布などの室内温熱環境の性状や室内空調熱負荷を解析することを可能とするものである。一般に室内には気流分布、温度分布、不均一な放射熱輸送場が生じるので、同じ外界熱負荷条件、室内内部負荷条件でも採用される空調システムにより必要とされる室内空調負荷は大きく変わることが予想される。本解析システムは様々な空調システム、例えば吹出口個数、吹出口の位置の変更などにおいて、室内温熱環境設定(多くの場合、室内特定地点の温・湿度を一定の値に制御する)を達成した場合の室内空調負荷及び室内温熱環境を解析することが可能である。本研究では、室内空調設計目標として人体の温熱生理モデルに基づく温熱感覚に着目し、同じ温熱感が実現される条件で異なる室内空調システムの室内温熱環境をそれぞれ評価することを試みている。これは人体の温熱感を同一とした条件で、最も省エネルギー的な空調方式を探し出す有力なツールすなわち、最適環境設計のための有力なツールとなるものである。

 近年高速計算機を用いた数値シミュレーション手法が急速に発展し、数値シミュレーションにより、室内流れ場や放射場の解析が、実測や模型実験などに比べ簡易に、また詳細に行われるようになってきた。これに合わせて数値シミュレーションによる室内温熱環境評価を行った例も少なからず見られるようになってきた。しかし、これらの解析は主に形成された環境の評価に止まるものであり、室内分布性状又は人体の温熱感を室内空調設計目標に最大限近づけるための室内境界条件、すなわち最適な空調条件を解析するにはいたらない

 このような状況に対し、本研究は、数値シミュレーション手法を用いて人体の温熱感と室内空調設計目標との差を定量的に評価し、これにより空調システムを制御(フィードバック)することにより目標とした温熱環境を再現する新しい解析手法を提案し、その有用性を検証するものである。この解析手法は最適な室内環境条件を自動的に探査することを意味するものであり、一種の室内最適環境設計手法の原型となるものである。

 本論文は以下の7章により構成されている。

第1章『序論』では、

 本研究の背景と目的を述べている。

第2章『数値シミュレーション手法』では、

 (1)本研究で活用した流体の数値シミュレーション手法を示している。

 (2)放射熱伝達の数値シミュレーション手法を紹介している。放射熱伝達解析の基礎、モンテカルロ法による形態係数の算出法を説明する。また、Gebhart吸収係数法による灰色体壁面間の放射熱伝達量の算出方法を示す。

 (3)本研究で用いるCFD、放射連成解析手法、人体生理モデルに基づいたCFD、湿気輸送、放射の連成解析手法について検討を行う。

第3章『実測による室内温熱環境評価及び数値シミュレーションとの比較・検討』では、

 数値解析による室内温熱環境解析ツールの開発において、実測による室内温熱環境と数値シミュレーションとの比較・検討を行い、数値解析の精度の検証を行う。室内鉛直温度分布、壁面温度などの比較結果を示す。

第4章『Two-Layer Modelによる対流熱伝達の数値シミュレーション』では、

 壁面近傍は低Re効果を考慮した1方程式モデルで、その他の領域は標準k-□モデルで計算するTwo-Layer Modelに着目し、Two-Layer Modelによる対流熱伝達のシミュレーションを行う。本研究で用いられている対流・放射連成シミュレーションを行うためには、各壁面での熱収支を解く必要が生じる。中でも対流熱伝達量解析は正確な壁面温度すなわち正確な放射熱伝達量を求めるためにとても重要となる。第4章では、対流熱伝達のシミュレーションの基礎研究として、計算時間及び計算負荷が相対的に低く、解析精度の向上が期待できるTwo-Layer Modelを対象とし、その解析精度などを一般の壁関数、低Re数型k-□モデルとの比較により検討する。

第5章『対流・放射・湿気輸送の連成シミュレーションによる室内温熱環境解析』では、

 対流・放射・伝導と湿気輸送の連成シミュレーションによる室内温熱環境の解析の例を示す。

 (1)対流・放射連成シミュレーションにより、アトリウムの温熱環境を解析する。全空気方式と全空気・放射パネル併用方式の空調システムを採用した場合の気流場、温度場、更に人体の作用温度、MRTを解析して空調システムの効率を比較・検討する。

 (2)放射パネル併用方式により冷房を行うモデルアトリウムを対象とし、日射熱取得解析により日射受熱負荷を算出し、更にガラス面等からの熱貫流(伝導)も考慮して対流・放射連成シミュレーションを行うい、解析条件の簡略化が及ぼす影響に関して考察する。

 (3)対流・放射・伝導と湿気輸送の連成シミュレーションにより体育館の温熱環境を解析する。

第6章『室内空調制御と対流・放射・湿気輸送連成CFD解析による温熱環境評価』では、

 数値シミュレーション手法を用いて人体の温熱感と温熱環境設計目標との差を定量的に評価し、これにより室内空調システム入力を変更(空調投入熱量の変更)することで室内システム制御で目標とした温熱環境を再現した場合の室内温熱環境、空調熱負荷を解析する。

 (1)人体の作用温度一定条件下での空調条件・冷房負荷を、空調制御と対流・放射・湿気の輸送連成解析により解析する。空調方式として、放射パネル冷房方式と全空気空調方式の2方式について、エアーカーテンによる遮断効果を含めて解析する。

 (2)人体熱収支に基づく温熱生理モデルを組み込んだ人体モデルを設置した対流・放射・湿気輸送の連成シミュレーションにより室内温熱環境を解析する。本章では、最も省エネルギー的かつ人体の快適性を最大化することが可能とする新しい解析ツールを検討する。

 (3)人体の環境順応性を仮定して、室内環境制御目標を緩和した場合の室内空調エネルギー削減効率、また、そのときの快適性を保つために必要な人体の自律的な着衣量の変化、更に人体の放熱特性変化等を、本論文で提案したCFDによる室内環境検討法を用いて解析する。

 (4)例えば、この解析システムを用いて、空調風量、吹出口の位置、数などを解析システムにフィードバックすることにより、目標とした温熱環境を再現する空調条件、空調負荷などを自動的に求める自動設計が可能となる。

第7章『結論と今後の課題』では、

 全体のまとめを行うと共に、本研究の成果と今後の課題を総括する。

審査要旨

 本論文は、省エネルギー性が高くかつ健康的な室内の温熱環境を実現するために必要となる室内温熱環境の事前予測評価法の開発を目的としている。開発された予測評価法は、室内の気流・温度・湿度分布並びに放射場をCFD(数値流体力学)に基づく数値シミュレーションにより解析するものであり、特に室内空調の制御システムもシミュレーションに連成させた点に特徴がある。従来の空調負荷計算手法や温熱環境評価手法は、流れ場、温度場などに関して室内均一を仮定する場合が多く、室内空調方式の差異によって生じる不均一な温熱環境やそれに伴う室内空調負荷の差異を評価することができなかった。このような問題点を踏まえ本論文は、対流・放射・湿気輸送の連成シミュレーションに人体の温熱生理モデルと室内空調制御システムを連成させて室内温熱環境解析システムを構築しており、人体の温熱感覚が目標値となった条件での室内温度分布、気流分布などの室内温熱環境の性状と室内空調熱負荷の解析を可能とし、その有効性を検討した。

 本論文は以下の7章により構成されている。

 第1章『序論』では、本研究の背景と目的を述べている。

 第2章『数値シミュレーション手法』では、本研究で活用した流体の数値シミュレーション手法を解説している。

 第3章『実測による室内温熱環境評価及び数値シミュレーションとの比較・検討』では、実測による室内温熱環境と開発した室内温熱環境解析法に基づく数値シミュレーション結果との比較・検討を行い、その精度を検証している。

 第4章『Two-Layer Modelによる対流熱伝達の数値シミュレーション』では、壁面近傍で低Reynolds数効果を考慮した1方程式モデルを用い、その他の領域は標準k-モデルにより評価するTwo-Layer Modelに着目し、Two-Layer Modelによる対流熱伝達のシミュレーションの精度と計算負荷の検討を行っている。研究で用いられる対流・放射連成シミュレーションでは、各壁面表面での放射、対流、伝導などによる熱流の保存則を満足させる必要がある。その際、必要となる対流熱伝達量解析は正確な壁面温度すなわち正確な放射熱伝達量を求めるために極めて重要となる。そのため、第4章では、対流熱伝達シミュレーションの基礎研究として、計算負荷が相対的に低く、解析精度の向上が期待できるTwo-Layer Modelを用いて解析を行い、一般的な壁関数、低Reynolds数型k-モデルとの比較によりその予測精度並びに計算負荷の検証を行っている。

 第5章『対流・放射・湿気輸送の連成シミュレーションによる室内温熱環境解析』では、本研究で開発された対流・放射・伝導と湿気輸送の連成シミュレーションによるアトリウム、体育館などの室内温熱環境の解析例を示している。

 第6章『室内空調制御と対流・放射・湿気輸送連成CFD解析による温熱環境評価』では、上述の数値シミュレーション手法に、人体の温冷感と温熱環境設計目標との差を定量的に評価しこれにより室内空調システム入力を変更(空調投入熱量の変更)する過程を加えて、人体温冷感が同一となる温熱環境が実現された場合の室内温熱環境、空調熱負荷を解析している。すなわち

 (1)人体への作用温度一定条件下での室内温熱環境・冷房負荷を、室内空調制御システムと対流・放射・湿気輸送の連成解析により解析している。空調方式として、放射パネル冷房方式と全空気空調方式の2方式について、エアーカーテンによる遮断効果を含めて解析しそれぞれの空調方式で空調熱負荷及び室内の温熱環境性状分布が大きく異なることを示している。

 (2)人体熱収支に基づく温熱生理モデルを組み込んだ人体モデルを室内に設置し、対流・放射・湿気輸送の連成シミュレーションにより室内温熱環境を解析している。この解析により人体の温冷感を同一として異なる空調方式の得失を比較することを可能とする新しい解析評価法が開発された。

 (3)室内環境制御目標を緩和した場合の室内空調エネルギー削減効果や、そのときの快適性を保つために必要となる人体の自律的な着衣量の変化、更には人体の放熱特性の変化等は室内の空調方式の違いによって大きく異なることが予想される。ここでは提案されたCFDによる室内環境解析手法を用いてこれらの点を評価し、同じ人体温冷感を与える空調条件であっても、これらのパラメーターが空調方式の違いにより大きく異なることを示している。

 第7章『結論と今後の課題』では、全体のまとめを行うと共に、本研究の成果と今後の課題を総括している。

 以上を要約するに、本論文は、CFD解析に空調制御システムを連成させて、室内空調目標が達成された場合の室内温熱環境の性状や室内空調熱負荷を評価することを可能とする解析手法を開発し、その有効性を示すものである。本研究成果は、建築環境設計ツールとして今後、幅広く利用できるものであると考える。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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