この論文は、スリランカや日本で建設されてきた公共住宅の住居改造の調査から、そのような改造の必要性を検証し、今後の住宅計画での有効な手法を見出すことを目的としている。 論文は4章で構成される。 1章では、序論であり、研究の背景として、大量住宅供給計画の質と量の問題、スリランカならびにアルジェリアやの中国などの現状、研究対象としたスリランカ中間所得層と新住宅開発事業、研究仮説、研究目的を述べている。 2章は、調査対象と研究方法の概説である。住戸数が705戸のJayawadanagama(JWD)計画、1122戸のMattegoda(MGD)計画、2022戸のRaddolugama(RAD)計画、そして670戸の東京晴海アパート計画を対象に、各計画で典型的な住戸タイプを選択して居住後の住宅の改造による変化を調査している。具体的には住居所有者に対するアンケートとインタビュー、入居後の増築や改築の実測、全調査住戸のビデオと写真による記録と考証である。 3章は、調査の結果と分析である。居住者の76.7%は建造時の住宅に満足していたものの、全住居で何らかの改造が行われており、内部改造に関しては、全住居の50%で部屋の使い方が変更され、スリランカの3計画全体では、床面積は27.8%増加(平均46.76m2から64.78m2)しており、住居タイプによって改造の仕方が異なるにもかかわらず、増加後の面積は似通った値となったという興味深い分析を行なっている。外部の改造に関しては居住者の23.3%は住居のバラエティが少ないことを意識しており、結果として、70%でポーチやベランダを加えるなど、その外見が大幅に改造され、80.3%では、外壁仕上げが変更されている。隣接環境の改造に関しては、境界壁、門扉、庭等を作るのが一般的であり、居住9年目の末までには、60%の住居で境界壁が建造され、53%が門扉を作っていた。晴海アパートでは、隣接する2戸を1戸化することにより面積の拡大が図られ、そのつなぎ方の分析を行なっている。 4章は.議論と結論である。本論文では(1)スリランカの住宅供給計画において、居住者にとって理想的な床面積が存在するのではないか、(2)住居改造のパターンを研究することにより、入居後の変更を考慮した住宅計画の指針が発見できるのではないか、という二つの研究仮説を設定している。研究対象のスリランカの供給住宅の居住者は上昇指向をもつ中流階級に属し、実際に行なわれた改造から、その要望が居住環境に反映されていることを読みとることが出来るとしている。量的な改造は面積が不十分であるために行われ、床面積の平均増加量は27.8%、いずれのタイプの住戸の平均も全体平均の64.78m2に近い値になっている。換言すれば、64.78m2が多くの居住者の理想値とみなすことができる。これは第一仮説の検証となっている。一方、質的な改造の多くは外壁と住居に近接した環境にみられ、具体的には外壁ではポーチやベランダの付加、ファサードが改造、仕上げの変更などが行われ、住居に近接した環境では境界壁や、門扉、庭などの設置による改造が行われる。質的な改造は内部に行くほど減少する傾向、つまり、領域感、アイデンティティ、プライバシー、安全性といった質的な観点からは、近隣環境や外壁にみられる改造の方が、内部よりも手が込んでいること言える。 2戸を1戸にする通路を作るために晴海アパート内部では著しい改造が行われており、こうした改造の手法は大量供給住宅を設計する際に応用することができる。このように構造的な安全性を保ちながら拡張に対する許容性を確保することは、長く居住していく上で必要な工夫であり、このことは2番目の仮説の検証になっている。 以上のように、本論文は綿密な実地調査と論理的な分析を通して、社会的・文化的要因が大きな影響を及ぼす住宅計画において、日々変化し新しく生まれる社会的価値に基づく住居環境の変化を許容すべき今後の公共住宅計画において、居住環境と居住者との間の良好な相互関係を考えるという新たな視点を付与したものである。 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。 |