学位論文要旨



No 114183
著者(漢字) セーラシンハ・セーラシンハ・アーラッチゲー・ニール・プリヤンタ
著者(英字)
著者(カナ) セーラシンハ・セーラシンハ・アーラッチゲー・ニール・プリヤンタ
標題(和) 供給住宅における住こなしに関する研究コロンボと東京におけるケーススタディ
標題(洋) STUDY ON MODIFICATIONS OF THE PHYSICAL AND LIVING ENVIRONMENT BY RESIDENTS OF PUBLIC HOUSING : Case Studies in Colombo,Sri Lanka and Tokyo,Japan
報告番号 114183
報告番号 甲14183
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4309号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 鈴木,博之
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 岸田,省吾
内容要旨 1.1.1背景

 社会的または文化的要因は、民族の考えや、居住者とその構築環境との相互関係に大きな役割を果たす。社会において必要とされるものは日々変化し、新しく生まれた価値は住居環境を顕著に変えていく。その変化が予めつくられた許容範囲に収まる限り、構築環境の恒常性は保たれ、居住環境と居住者の間には良好な相互関係が生まれるが、大量住宅供給計画で生まれた環境では、しばしばその変化は許容範囲を超え、居住者とその住居は取り返しがつかないほど痛めつけられる。インドのシャンディガール供給住宅計画は、わずかな居住期間で計画が居住者に見捨てられてしまった例である。

 スリランカ中流階級の「住居」という構築環境が立ち向かう変化は、シャンディガールほど破滅的ではないにせよ、その影響は劇的なものがあり、こうした状況を理解する為に、発展途上国における都市化という観点から、社会的構造を調査することは意義のあることである。

 スリランカの中流階級は上位(上級専門職)、中位(教師、役人、その他ホワイトカラー)、下位(職工・技術者や、中位中流階級に較べて少ないものの、安定した収入がある者)の3階級に分類され、多くは中位、下位中流階級であり、彼らは更なる向上を目指している。彼らは生活向上のために都市をめざし、こうした住宅需要に応えるために、政府による大量住宅供給計画が各地で行われている。

 アルジェリアのサティフにおける住宅供給計画の調査(Madani,1997)によると、理想とする水準を目指して居住者が努力することによって居住環境が改善されている。これは安全性、快適性、実用性といった観点からの住居内部の改善であり、その外部環境への影響は決して良好なものとは言えない。

 中国の都市における実験的な集合住宅に関する研究(Wang Quing,1997)では、社会的な必要性に合わせて居住者が行った幾つかの大きな改造について述べられている。ここで、極めて興味深いことは、この実験的な集合住宅は当時最も近代的であり、その試みが単に住宅に必要なものを供給するためではなく、先進国の水準まで生活水準を高めることにあったにもかかわらず、実際は空間を拡大しようとする量的な改造が顕著であった点である。居住環境は関わっている社会の特性の理解なしには語ることが出来ない。

 スリランカの住宅供給計画に関する研究(Samarasinghe,1996)によると、この供給計画では、住居内で経済活動を行うために、居住者が住居環境の枠組みを越えた改造を行い、これが「住居」そのものを破壊してしまっている。このように経済的な必要性も住環境に強い影響を持っている。

 住宅供給計画の厳密で反復的な構成は、最終的にそれを利用することとなる社会の理想とは明らかにかけ離れている。本研究の目的は、居住者にとって理想的な空間の量を認識することと、社会動向によって変化してくるであろう将来的な変更に対応しうる許容性をいかに創造するかということである。これは、建築家にとっても意義ある視点であると言える。

1.2研究対象

 本研究の対象とするのは、供給住宅の居住者で、中流階級の低所得から高所得の間に属する上昇志向者層である。中間所得層(中流階級)は社会の相当数を占める階層で、社会経済的な動向に深く関係があるにも関わらず、現在の住宅政策下で最も軽視されてきた人々である。Turnerによると、彼らは固定したレベルと上昇志向のレベルのどちらかに属している(Turner,1968:358)。

 研究の対象地は、コロンボ市街から30km圏内の新住宅開発事業の指定区域内にあり、1982、3年に開発されたJayawadanagama、Raddolugama、Mattegodaの3箇所である。コロンボは現在郊外へのスプロールの為に、新しい住宅供給計画が最も集中している。本研究ではずっと居住されている住宅を対象とし、それぞれの計画地で典型的な住戸タイプに関して、各計画から10戸づつ計30戸を抽出し、居住後の変化を調べた。

 また、これに並行して、東京都中央区晴海地区の晴海アパートの9号棟と11号棟の空き住戸(各30m2)11戸を調査した。

1.3仮説

 1)スリランカの住宅供給計画において、居住者にとって理想的な床面積が存在する。

 2)住居改造のパターンを研究することから、将来的な変更を見据えたデザインを見いだすことが可能である。

1.4目的

 1)スリランカや日本で供給されてきた公共住宅の住居の改造を検証し、そのような改造のスリランカでの必要性を検討すること。

 2)スリランカの大多数の居住者にとって懸案であることを明らかにし、スリランカと日本の調査からそれに対する有効な手法を見出す。

2.調査対象の概説と研究方法2.1Jayawadanagama住宅供給計画(JWD)

 JWDは住戸数が705戸で、他に比べて中流階級の様々な収入階層に適応した最も多様な選択肢が設定されており、居住者の大多数は下位中流階層である。対象住居は寝室が一つのロフト付き一層連続住宅(48.5m2)で、全体の80%を占める。

2.2Mattegoda住宅供給計画(MGD)

 MGDは住戸数が1122戸で、中流階級家庭のために開発された大規模な都市住宅供給計画の一つである。当初、この計画は政府関係の仕事に従事している下位と上位の中流階級を対象としていた。対象住宅は二戸が交差する形で1,2層を共有しているクロス型住宅(46.8m2)で、全体の80%を占めている。

2.3Raddolugama住宅供給計画(RAD)

 RADも2022住戸の大規模な住宅供給計画であり、その大部分に下位中流所得層が居住している。対象住宅は複層型住宅(45m2)で、全体の83.8%を占める。

2.4晴海アパート

 晴海アパートは670戸住戸のうちの240戸が分譲住宅であり、本研究対象も分譲である。現在この地域は再開発の計画があり、調査対象となった9号棟と11号棟以外は、調査時にすでに取り壊されていた。

2.5研究方法

 a)住居の所有者を対象にアンケートとインタビュー。

 b)入居後に行われた増築や改築を全て実測。

 c)全調査住戸に対して詳細なビデオと写真による記録と考証。

 調査は1997年の4月から6月に実施し、報告書、出版物等の文献調査も行った。

3.結果と分析

 居住者の76.7%は建造時の住宅に満足していたものの、全住居で何らかの改造が行われていた。

3.1内部の改造

 内壁とその内部に施された改造に関しては、全住居の50%で室の使い方が変更されており、幾つかの例では、居間の一部がオフィスや小さい商店に改造されていた。JWDでは最初の5年間で、80%の居住者が部屋を増築し、9.7m2の寝室は平均17m2に増加した。MGDでは98%で台所が増加し、居間と食堂は平均で11.21m2から23.04m2に増加した。RADでは、階段室の余隙に就寝用の小さい部屋を作っている例がみられた。

 これら3つの住宅供給計画全体で考察すると、床面積は27.8%増加しており、平均で46.76m2が64.78m2に増加したことになる。また興味深いのは、住居タイプによって改造のされ方は異なるが、増加後の面積はこれら3つの全ての供給計画で似通った値となっていることである。

3.2外部の改造

 居住者の23.3%は住居のバラエティが少ないことを意識していた。その結果、70%の住宅でポーチやベランダを加えることで、その外見が大幅に改造されており、80.3%では、安い材料で外壁仕上げが変更されている。

3.3隣接環境の改造

 隣接環境に関しては境界壁、門扉、庭等を作るのが一般的であり、居住9年目の末までには、60%の住居で境界壁が建造され、53%が門扉を作っていた。ある例では、既存の境界壁が、居住者によって高くされていた。

3.4晴海アパートにおける改造

 晴海アパートでは、隣接する2戸を1戸化することにより面積の拡大が図られている。2戸の1戸化で生じた余分な浴室とトイレ部分は、浴室・トイレの拡張や、2戸を繋ぐ通路として用いられている。また、獲得された空間はライフスタイルに合わせて畳を床に変更するなどされている。

 2戸をつなぐ為にバルコニーを外部通路にする方法では、バルコニーが外部のままの場合と、内部化されている場合がある。また、住戸内部で2戸を繋ぐ方法は、2戸の構造的な関係によって2種類がある。2戸の間がトイレと浴室のユニットで仕切られている場合は、片方のトイレと浴室を除去した空間を通路としている。また、2戸の間が構造壁である場合は、構造壁の一部を取り除くことによって通路が作られている。

4.議論と結論

 研究対象のスリランカの3つの供給住宅計画に居住する人は中流階級に属し、上昇を目指す人たちである。彼らの理想は居住環境に反映されており、施された改造から読みとることが出来る。ここで行われる改造は量的改善を目指したものと、質的な改善を目指したものに分けられる。

 量的な改造は空間が不十分であるために行われる。床の平均増加量は27.8%であり、いずれのタイプの住戸の平均も全体平均の64.78m2に近い値になっている。言い換えれば、64.78m2が多くの居住者に理想とされる大きさであり、1番目の仮説の正当性は明らかである。

 一方、質的な改造の多くは外壁と住居に近接した環境にみられる。具体的には外壁ではポーチやベランダの付加、ファサードが改造、仕上げの変更などが行われ、住居に近接した環境では境界壁や、門扉、庭などの設置による改造が行われる。質的な改造は内部に行くほど減少する傾向にある。つまり、領域感、アイデンティティ、プライバシー、安全性といった質的な観点からは、近隣環境や外壁にみられる改造の方が、内部における改造よりも、手が込んでいること言える。

 2戸を1戸にする通路を作るために晴海アパート内部では著しい改造が行われており、こうした改造の手法は大量供給住宅を設計する際に応用することが出来る。晴海アパートで行われているように、構造的な安全性を保ちながら拡張に対する許容性を確保することは、長く居住していく上で好都合であり、2番目の仮説の正当性は明らかである。

審査要旨

 この論文は、スリランカや日本で建設されてきた公共住宅の住居改造の調査から、そのような改造の必要性を検証し、今後の住宅計画での有効な手法を見出すことを目的としている。

 論文は4章で構成される。

 1章では、序論であり、研究の背景として、大量住宅供給計画の質と量の問題、スリランカならびにアルジェリアやの中国などの現状、研究対象としたスリランカ中間所得層と新住宅開発事業、研究仮説、研究目的を述べている。

 2章は、調査対象と研究方法の概説である。住戸数が705戸のJayawadanagama(JWD)計画、1122戸のMattegoda(MGD)計画、2022戸のRaddolugama(RAD)計画、そして670戸の東京晴海アパート計画を対象に、各計画で典型的な住戸タイプを選択して居住後の住宅の改造による変化を調査している。具体的には住居所有者に対するアンケートとインタビュー、入居後の増築や改築の実測、全調査住戸のビデオと写真による記録と考証である。

 3章は、調査の結果と分析である。居住者の76.7%は建造時の住宅に満足していたものの、全住居で何らかの改造が行われており、内部改造に関しては、全住居の50%で部屋の使い方が変更され、スリランカの3計画全体では、床面積は27.8%増加(平均46.76m2から64.78m2)しており、住居タイプによって改造の仕方が異なるにもかかわらず、増加後の面積は似通った値となったという興味深い分析を行なっている。外部の改造に関しては居住者の23.3%は住居のバラエティが少ないことを意識しており、結果として、70%でポーチやベランダを加えるなど、その外見が大幅に改造され、80.3%では、外壁仕上げが変更されている。隣接環境の改造に関しては、境界壁、門扉、庭等を作るのが一般的であり、居住9年目の末までには、60%の住居で境界壁が建造され、53%が門扉を作っていた。晴海アパートでは、隣接する2戸を1戸化することにより面積の拡大が図られ、そのつなぎ方の分析を行なっている。

 4章は.議論と結論である。本論文では(1)スリランカの住宅供給計画において、居住者にとって理想的な床面積が存在するのではないか、(2)住居改造のパターンを研究することにより、入居後の変更を考慮した住宅計画の指針が発見できるのではないか、という二つの研究仮説を設定している。研究対象のスリランカの供給住宅の居住者は上昇指向をもつ中流階級に属し、実際に行なわれた改造から、その要望が居住環境に反映されていることを読みとることが出来るとしている。量的な改造は面積が不十分であるために行われ、床面積の平均増加量は27.8%、いずれのタイプの住戸の平均も全体平均の64.78m2に近い値になっている。換言すれば、64.78m2が多くの居住者の理想値とみなすことができる。これは第一仮説の検証となっている。一方、質的な改造の多くは外壁と住居に近接した環境にみられ、具体的には外壁ではポーチやベランダの付加、ファサードが改造、仕上げの変更などが行われ、住居に近接した環境では境界壁や、門扉、庭などの設置による改造が行われる。質的な改造は内部に行くほど減少する傾向、つまり、領域感、アイデンティティ、プライバシー、安全性といった質的な観点からは、近隣環境や外壁にみられる改造の方が、内部よりも手が込んでいること言える。

 2戸を1戸にする通路を作るために晴海アパート内部では著しい改造が行われており、こうした改造の手法は大量供給住宅を設計する際に応用することができる。このように構造的な安全性を保ちながら拡張に対する許容性を確保することは、長く居住していく上で必要な工夫であり、このことは2番目の仮説の検証になっている。

 以上のように、本論文は綿密な実地調査と論理的な分析を通して、社会的・文化的要因が大きな影響を及ぼす住宅計画において、日々変化し新しく生まれる社会的価値に基づく住居環境の変化を許容すべき今後の公共住宅計画において、居住環境と居住者との間の良好な相互関係を考えるという新たな視点を付与したものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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