学位論文要旨



No 114184
著者(漢字) 曽,光宗
著者(英字)
著者(カナ) ツェン,グァンツォン
標題(和) 学生の生活行動の時空間構造からみた大学キャンパス計画に関する研究
標題(洋)
報告番号 114184
報告番号 甲14184
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4310号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 伊藤,毅
内容要旨

 近年、日本と台湾では、高等教育の大衆化や18歳人口の減少などの社会的変化により、高等教育は従来のエリート型から現在のマス型、さらに将来はユニバーサル型へ移行することが予想される。このユニバーサル化の波は社会や大学に大きな衝撃を与え、従来の大学が持っていた役割・機能・形態を大きく変換していくと共に、大学キャンパスの閉鎖的なイメージや地域との明確な区分などは消滅し、大学と地域・社会の一体化が形成されることも指摘されている。従って、立地条件が異なるそれぞれの大学はその特徴を生かすべく、周辺との関係をも含めた大学キャンパスのあり方や、外部との連携をじっくり見つめ直す時期にきているのである。

 本研究では、学生の日常的生活行動に着目し、行動地理学の分野における時間地理学の視点や考え方を援用して研究を展開していく。その上で、各大学の学生の一日の生活行動が大学キャンパスを超え、周辺の地域や大学の所在する都市へ分布する状態を明らかにする。さらに、日常的生活行動と生活時間、生活空間の三者の関連を解明することを通し、大学と大学外の環境との行動的・時間的・空間的な関わりを明らかにする。最後に、学生の生活行動の時空間構造という視点から、高等教育のユニバーサル段階や18歳人口激減期に向けた大学キャンパスのあり方や課題を提言する。

 本論文は全6章と添付資料からなる。以下、各章について要旨を述べる。

「第1章、序章」

 まず、研究背景として社会的変化による高等教育の課題や、そのユニバーサル化の特徴を説明する。そして研究の問題意識として地域に開かれた大学キャンパスにおける人間と環境との対応関係について論じる。また、日本における大学に関する研究の流れや、大学の研究における他の専門分野、大学キャンパスにかかわる利用者の種類といった三つの範囲から本論文の位置づけを説明する。さらに、学生の生活行動に関連する各分野の既往研究を挙げる。

「第2章、研究方法と調査概要」

 第一部分では、研究に関連する高等教育や研究方法論の基礎的背景を論じる。

 高等教育の背景としては、日本と台湾における高等教育の発展の流れと今後の動向を説明する。研究の方法論としては、まず、行動地理学とそれに関連する研究領域の起源や論点を概観的に紹介し、論文の研究方法としての時間地理学について論議する。ここでは、「地域科学における人間」という出発点に基づき、空間的行動に時間的次元を導入することにより、時間と空間の制約のもとで人間の行動を通して社会的・物理的事情の合理的解釈の枠組みを提供するという時間地理学の基本的な考え方や分析のツールを指摘する。

 第二部分では、調査方法と内容、調査対象校の選定と概要、その周辺地域の状況や調査概要について説明する。また、各大学の被調査者の基本属性の解析について報告する。

「第3章、活動パスによる学生の日常的生活パターンに関する考察」

 「3-1、生活行動の分類と構成」では、学生の生活行動を生活の一般性や特有性により、「拘束行動」「必需行動」「自由行動」の3大分類、及び「正規の学習」「サークル・部活動」「談話・交際」などの18小分類に区分する。その中で、具体例を挙げ、「自由行動」の内容が多様で活発であることを示す。

 「3-2、日常的生活の様態に対する量的解析」では、都心部より遠くに住む学生ほど外出の頻度の割合が高くなるが、その増加分だけ大学以外の場所へ行き、逆に、都心型大学の学生は外出の中で、大学へ行く割合が高いことを示している。また、生活行動の大分類による生活行動率の分布は、六大学とも「拘束行動」の割合が極めて高い。小分類による生活行動率の分布では、「正規の学習」「通学・移動」の割合が高い。他には、六大学全てにおいて「移動」の割合がほぼ同じように高く、生活の「自由性」あるいは居場所の「不安定性」が学生の日常的生活における一つの特徴であることを指摘している。

 「3-3、活動パスによる学生の生活パターンの特徴と類型化」では、個人的活動パスを重ねて作った集団的活動パスの様態は各大学で異なり、物的環境の制約を受けた各大学の学生の生活の様態が理解できることを指摘している。また、生活行動の目的により、活動パスは「多目的就学型」や「単純就学型」に区分される。さらに、活動パスの形により、日常的生活パターンは二つの類型に区分される。「複合的生活領域」の学生は自宅と大学を中心とした二つの生活圏を形成しており、「単一的生活領域」の学生は自宅と大学が単一の中心となった生活圏を形成している。

「第4章、大学の立地差異による学生の生活時間の使い方とその相異に関する考察」

 「4-1、日常的生活時間の使い方」では、六大学とも生活行動の大分類による「拘束時間」が著しく長い。小分類による生活時間の配分は、高い順に「正規の学習」「正規以外の学習」「通学・移動」「食事」「趣味・娯楽・教養」である。また、「通学・移動」の行動率と時間を対照すると反比例の関係が表れる。学生は各場所を頻繁に移動しているが、毎回の移動にかかる平均時間は短いことを示している。

 「4-2、物的条件からの制約による生活時間の配分」では、「通学・移動」時間は国によって極めて異なるが、通学時間以外の移動時間は六大学の差が少なく、3-2で指摘した生活の「自由性」さらに「不安定性」という特徴を反映している。また、こうした物的条件による制約的な時間を除くと、「正規の学習」「食事」「趣味・娯楽・教養」などの生活時間が増加する。三者の中で、「趣味・娯楽・教養」は自由行動に属し、これらの時間が短くなると、自身がコントロールできる自由時間が長くなることを指摘している。

 「4-3、特有な生活行動に関する時間的考察」によると、一日の情報設備の平均利用時間は六大学で差がない。利用の目的は主に「学習に関する作業」であり、次は「パソコン通信」である。全般的に、利用の場所は主として大学であり、次は自宅であるが、国によって差異がある。集計結果により、情報設備の利用様態と大学の立地状況との関連性は弱く、各種ネットワークの整備により大学の境界を超え、大学と大学外との連携を緊密にとることができることを指摘している。また、コミュニケーションの行動場所は主に構内であり、自宅や大学の周辺地域、都市と続く。手段・方式は主として「対面する」であり、次は「パソコン」や「電話」である。

 「4-4、自由時間の使い方」では、自由時間の中で「趣味・娯楽・教養」にかける時間が一番長い。場所別では自宅が一番長く、キャンパス、都市、大学の周辺地域と続く。各空間での自由時間の量を比較することで、大学と都市との関係の程度を反映させることができる可能性がある。なお、この部分には国によって異なる。

「第5章、大学キャンパスにおける生活空間の構造に関する考察」

 「5-1、生活空間における生活行動の基本的特性」では、生活行動を行う空間の連続性や地理的階層性により、「自宅」「都市」「地域」「大学」の四つの生活空間を区分し、生活行動率の高低により学生にとっての生活空間の重要性を調べた。そのうち「都市」の重要性は国によって異なり、郊外型大学の学生は「自宅」の重要性が「大学」より高いことを示した。また、大学は都心部より遠ければ遠いほど、その周辺地域の空間領域と都市との境界線が明確になることを指摘している。

 「5-2、行動時間帯の変化からみた生活空間の利用の特徴とその差異」では、4つの生活空間ごとに時間帯的変化を示す棒グラフを作成した。それによると、「自宅」には二つの山があり、大学により両者の間は「連続化」或いは「分断化」している。「大学」では一つの山が形成され、大学によって山の集中性が違い、正常行動時間帯以外での持続性も異なる。「地域」では大学によって時間帯の連続性が異なる。「都市」では二つの山がある。こうした違いの中から、一日の主な時間帯においては、各生活空間における生活時間を互いに補完する関係であることを見い出した。

 「5-3、大学キャンパスを中心とする生活空間の展開」では、大学を中心とする学生の行動場所の分布は交通的・行動的・地理的要素によって二種類の場所があること、都市の規模及び都市機能の区分により、主な行動場所の数が異なること、さらに、大学の立地状況により、大学周辺の行動場所の分布状況や影響因子が異なるといった事情を指摘している。また、行動場所の大学からの距離の分析に基づき、生活領域は大学からの距離に応じて三つの区間に分けられる。この三区間の範囲は大学ごとに異なり、地図と組み合わせることで、生活空間の広がりと地理的関係が分かる。三区間の空間的意味は異り、大学から最も近い「第一区間」は大学以外の日常的で重要な生活領域である。

「第6章、結論」

 「6-1、生活行動の時空間構造における共有な特徴や課題」では、各章での分析や考察を踏まえた上で、学生生活の「生活パターンの二重性」「学生生活の自由性や拘束性」「デイリーリズムの不連続や断片化」「居場所の不安定性」といった特徴を指摘し、時間地理学の視点から改めて解釈し、さらにそれに関連する大学キャンパス計画の課題を論議する。

 「6-2、大学と大学以外の地域・都市との時空間的関わり」では、まず時間地理学の考え方の大学キャンパス計画に対する適用性を論じる。そして、学生の生活行動の時空間構造の解析を通し、大学と大学以外の環境との関わりを「生活行動の相互浸透」「生活時間の相互配分」「生活空間の相互作用」の三つの視点から論じる。

 「6-3、高等教育のユニバーサル化に対応する大学キャンパスのあり方と課題」では、これまでの論議に基づき、高等教育の需給側の変換による「学生消費者時代の大学キャンパス計画」や、人間と環境との対応関係による「大学の境界線を超える環境の構築」、学生の生活領域の拡散による「大学キャンパス計画範囲の拡張」、入学者の多様化による「利用者にやさしいキャンパスづくり」、大学からの制約の解放による「大学キャンパスの新しい時空間の創造」といった提言を試みる。

 「6-4、今後の課題」では、本研究では未解明の部分や論文から派生したいくつかの研究課題を挙げる。

審査要旨

 本論文は、学生の日常的生活行動を行動地理学おける時間地理学の視点を援用して、大学と大学外の環境との行動的・時間的・空間的な関わりを明らかにし、大学キャンパスのあり方に関する建築計画に寄与することを目的としている。

 論文は6章と添付資料で構成される。

 第1章は序章で、社会的変化に影響される高等教育上の課題など研究の背景と問題意識、研究の目的、既往研究を述べている。

 第2章は、研究方法と調査概要である。まず、行動地理学と関連の研究領域の起源や論点を概観し、論文の研究方法としての時間地理学について述べている。次に、調査方法と内容、調査対象校の選定と概要、その周辺地域の状況と調査概要、各大学の被調査者の基本属性について述べている。

 第3章は、活動パスによる学生の日常的生活パターンに関する考察である。まず、学生の生活行動を「拘束行動」「必需行動」「自由行動」の3大分類、「正規の学習・勉強」「サークル・部活動」「談話・交際」などの18小分類に区分し、その中で「自由行動」が多様であることを示している。また、居住地が都心部から離れるにつれて外出の頻度割合が高くなり、大学以外の場所へ行くのに対し、都心型大学の学生は大学へ行く割合が外出の中で高い割合を占めること、また、大分類ではどの大学とも「拘束行動」の割合が極めて高く、小分類では、「正規の学習」「通学・移動」さらに「移動」の割合が高いことを示している。次に個人的活動パスを重ねて作った集団的活動パスの様態は各大学で異なり、学生生活が物的環境の制約を受ける様態を指摘している。また、行動目的により活動パスは「多目的就学型」や「単純就学型」に、日常的生活パターンは二類型に区分され、「複合的生活領域」の学生は自宅と大学を中心とした二つの生活圏を形成し「単一的生活領域」の学生は自宅と大学が単一中心をもつ生活圏を形成していることを提示している。

 第4章は、大学の立地の違いによる生活時間の使い方に関する考察である。日常的生活時間では、どの大学でも「拘束時間」が著しく長く、「正規の学習」「正規以外の学習」「通学・移動」「食事」「趣味・娯楽・教養」の順に生活時間の配分割合が低下している。また、「通学・移動」の行動率と時間とは反比例の関係にあることを示している。「通学・移動」時間は極めて異なるが、通学時間以外の移動時間は差が少なく、こうした物的制約の時間を除くと、「正規の学習」「食事」「趣味・娯楽・教養」など生活時間が増加している。またこの三者の中で、「趣味・娯楽・教養」は自由行動に属し、これらの時間が短くなると、自己コントロール可能な自由時間が長くなることを指摘している。一日の情報設備の平均利用時間には差がなく、「学習に関する作業」次は「パソコン通信」である。利用場所は大学、自宅と続き、コミュニケーションの場所は構内、自宅、大学周辺、都市と続く。自由時間の中で「趣味・娯楽・教養」にかける時間が一番長く、場所は自宅、キャンパス、都市、大学周辺の純で低下する。

 第5章は、大学キャンパスにおける生活空間の構造に関する考察である。まず、生活行動空間の連続性や地理的階層性により、「自宅」「都市」「地域」「大学」の四つの生活空間を区分し、生活行動率の高低を把握している。「都市」の重要性は状況によって異なり、郊外型大学の学生は「自宅」の重要性が「大学」より高く、また、大学立地は都心部から離れるほど、周辺地域の空間領域と都市との境界線が明確になることを指摘している。また「自宅」には二つの山があり、「大学」では一つの山、「地域」では時間帯の連続性が異なり、「都市」では二つの山があるといった違いから、一日の中で、生活時間を相互補完する関係であることを見い出している。大学を中心とする行動場所分布は交通的・行動的・地理的要素によって二種類の場所があり、都市の規模と機能のにより、主要行動場所数が異なること、立地により、大学周辺の行動場所分布や影響因子が異なることを指摘している。また生活領域は大学からの距離に応じて三つの区間に分けられ、最も近い「第一区間」は大学以外の日常で重要な生活領域となっている。

 第6章は結論である。まず、生活行動の時空間構造における共有な特徴や課題として、各章での分析や考察を踏まえて、学生生活の「生活パターンの二重性」「学生生活の自由性や拘束性」「デイリーリズムの不連続や断片化」「居場所の不安定性」といった特徴を指摘している。つぎに、大学と大学以外の地域・都市との時空間的関わりとして、「生活行動の相互浸透」「生活時間の相互配分」「生活空間の相互作用」の三つの視点から論じている。さらに、高等教育のユニバーサル化に対応する大学キャンパスのあり方と課題として、これまでの論議に基づき、高等教育の需給側の変換による「学生消費者時代の大学キャンパス計画」や、人間と環境との対応関係による「大学の境界線を超える環境の構築」、学生の生活領域の拡散による「大学キャンパス計画範囲の拡張」、入学者の多様化による「利用者にやさしいキャンパスづくり」、大学からの制約の解放による「大学キャンパスの新しい時空間の創造」といった提言を試みている。

 最後に、今後の課題として、未解明の部分や派生したいくつかの研究課題を挙げ、各大学の学生の一日の生活行動が大学キャンパスを超え、周辺の地域や大学の所在する都市へ分布する状態を明らかにしている。

 以上のように、本論文は、近年、高等教育が従来のエリート型から現在のマス型、将来はユニバーサル型へ移行することが予想される日本と台湾において、従来の閉鎖的なイメージの大学キャンパスの今後の在り方を明確に示し、建築計画学の発展に寄与したものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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