戦後の住宅不足を背景とした集合住宅の大量建設の場面では、PCa(プレキャストコンクリート)工業化構法が大いに用いられた。本論文では、オイルショック以降の各国におけるPCa工業化(以下、工業化)の変化やその過程を明らかにし、各国での変化過程において、いかなる影響要因が存在したのか、またそれぞれの要因が、技術や産業としての住宅生産の工業化の発展にどのような意味を持つのかを、国際比較により明らかにすることを目的とした。このような工業化の発展に関する要因究明は、今後の産業の持続発展のあり方を提示する際にも意義を持ち、これからの工業化を要務として発展させようとする国々の長期計画にも、理論化されたものとして大いに意義を持つものであると考える。 本論文では、工業化の発展を2期(前期:戦後から70年代まで。後期:70年代から90年代まで)に分けて考察を行った。 国際比較の対象国としては、戦後工業化の中心的役割を果たしたヨーロッパの6ヶ国(フランス・イギリス・ドイツ・デンマーク・スウェーデン・フィンランド)と日本を取りあげ、文献調査や現地調査、及びアンケート調査等を行った。 本論文は、序論(第1章)・本論(第2、3、4、5章)・結論(第6章)より構成されるが、それぞれの概要は以下の通りである。 序論では、研究背景・目的・比較対象国の設定・関連定義の整理・関連文献・研究方法などを論じた。 まず、PCaの沿革や世界での普及を振り返り、戦後特にPCa構法による集合住宅の建設を行ったヨーロッパや日本を取りあげ、比較対象国とした。次に、各国の関連文献を整理し、戦後の工業化導入要因を比較した。工業化の影響要因としては、「需要」や「政策」の両側面の特性を明確にした。 第2章では、各国の住宅生産の工業化の発展過程を明らかにし、これを国際比較した。 まず、工業化の大前提となる戦後各国の住宅建設活動の推移を、統計を用いて比較した。集合住宅建設の推移の考察により、工業化が適用する市場規模について諸国間での違いを明らかにした。 次に、対象7ヶ国における前後期の工業化の発展について文献、調査などをもとに、その違いやそれぞれの到着点を比較した。前期では、フランス、デンマーク、スウェーデン、イギリスの4カ国が特に工業化への取り組みが早く、工業化程度(開発と応用)が高いことを指摘した。後期では、工業化の取り組み環境が著しく変化しているなか、PCa構法の多様化などは傾向として共通に見られた。フィンランドを始め北欧3国では、PCaの共通な規格を有していることや、多彩な技術・製品開発などにより市場を広げ、幅広く普及したことを明らかにした。その対極にある日本では、巨大な集合住宅の市場を持っているにもかかわらず、オイルショック以降のPCa産業には、生産量、企業数ともに半減し、現在ではPCaの普及率が諸国の中で最も低い水準にあることを明らかにした。また、オイルショック以降(後期)に同様な傾向が見られたフランス、イギリス、ドイツについても、それぞれの発展の特徴や相対的な位置づけを明確にした。 さらに、北欧3国及び日本における工業化への対応やその仕組みについて比較を行った。それぞれの国に特徴があるが、多様化への対応などにおいて北欧3国と日本は大きく異なっていることが明らかになった。 第3章では、各国における工業化の違いを需要の面において検証した。 まず、国規模や国家運営方法からみた国の特性と前記の工業化の発展形態との間に関連性が見られており、対象諸国の工業化の特性や違いについて一部説明できた。例えば、工業化の効果の面では、大型の国(日本など)は小型の国に比べて、効果が現れやすく、多様化のための技術革新の面からみると、小型の国(北欧諸国)の方がより技術革新しやすい特性が指摘できる。 次に、社会発展の面からみた工業化の需要を考察した。経済の高度成長(GDP、産業集中、都市化)が、70、80年代以降になると比較的に安定してきており、高度成長は大量生産の需要を生み出す要因でなくなることが多くの国で共通している現象である。また、各国を居住状況の推移についてみてみると、量的ストックが充実し、多様化や質の向上の要請が比較早く訪れた国として、デンマーク、スウェーデン、イギリスが挙げられ、その他の国と大別できた。さらに建設の需要に対して労働力の資源の推移を比較すると、70年代以降、比較的活発な建設活動を有した日本とフィンランドとの間に、労動力の資源における大差の存在を明らかにし、日本ではPCa構法よりも在来構法が優位性があり、フィンランドでは工業化に頼りやすいという生産環境の違いを指摘した。これにより、オイルショック以降のこの2カ国の工業化の正反対の発展の原因を一部説明することできた。 第4章では、各国における工業化の違いを政策の面において検証した。 まず、前期では各国とも様々な施策や計画により積極的な推進を行い、後期ではそれが間接的支援、また技術指導の角度から多様化、オープン化志向が見られると共に、前期の工業化に対する国の役割が非営利住宅団体や民間に移行したことを特徴としてとらえられた。その中で、フランスの国主導の工業化政策が後期になって大きく転換されたことや、北欧3国では積極な標準化整備と共に工業化を推進し、後期では非営利住宅団体より市場のニーズに応える工業化の推進に特徴が見られた。また、イギリスと日本は公共住宅事業として直接推進してきた工業化に共通点が見られ、後期では公共セクターの弱化が両国の工業化の低下を起因したことを論じた。 次に、公的住宅供給の特性を国別に考察し、供給主体別のカバーする住宅建設の領域やその推移を定量的に比較した。対象国のそれぞれの供給形態の特性を明確した上で、工業化に関連する点を指摘した。北欧3国で主流である非営利住宅の供給方式が工業化の育成に当たって、民間市場のニーズを取り入れやすい、等の特徴を持つことを指摘した。日本やイギリスで主流方式である公的直接供給方式が低下したため、産業的ダメージが大きいということを対照的に論じた。このように、70年代以降の工業化のテーマであり、「需要の多様化に対応するプレファブリケーション」の状況を考察しようとするとき、供給形態は一つの重要な特性であるといえる。 第5章では、PCaメーカーの生産や技術の変遷などを通じて、各国の工業化の実態を把握するために、アンケート調査を行った。調査は日本を含めて6ヶ国の代表的なPCaメーカーより回答を得られた。以下、調査結果の概要を述べる。 日本を含めたほとんどの国では70年代以来PCaのシェアが減ってきているなか、ドイツでは、大幅な増産や住宅用PCaのシェアの伸びが目立つ。また、公共発注による住宅のシェアが全ての国を通して減少してきており、現在ではその割合が低い。製品別の生産に関しては、ドイツでは、製品種目が多く、部品製造者としての特色が強い。これに対して、同じく住宅用PCaを中心に生産している日本では、部品単位に商品化されておらず、それぞれ独自の構法システムを構成するパーツとして製造や生産を行う特性が対照的である。PCa関連業務に関しては、構造図・部材詳細図や部材の運送・建方が各国で一般に行われていることが明らかになったが、日本のメーカーに見られたPCa住宅の設計、製造、施工の一式に扱う特性が独特と言える。 製造技術の変遷に関しても、各国各社に共通の流れが見られたが、日本各社のジョイントや構法中心の技術・製品の改善や、部材レベルの多様化に重心をおかれていないことを指摘できた。このように、各国の実際に行っているPCa生産の変化や特徴が、それぞれの工業化の発展の特徴を反映したといえる。 第6章では研究成果を総括し、工業化の発展の諸側面を再評価した。 まず、以上の成果を振り返りながら、その成果の概要をまとめ、研究全体を総括することで、改めて研究の意味を明らかにした。その上で、住宅生産の工業化の関連諸側面を再評価し、その発展論を論じた。つまり、これまでの工業化の持つ「一時的」及び「持続的」側面を指摘し、それぞれの成立条件を取りあげ、再評価した。「一時的」の側面としては、高度成長や住宅の大量不足を要件とし、「持続的」の側面としては、技術的・ハード的要素及び工業化のソフト的仕組みの育成を要件とした。また、このような「持続的」発展の要件について、北欧型の工業化をモデルとし、立証した。最後に国際比較研究では測れないいくつかの側面を示し今後の課題とした。 |