本研究は、近代的な都市型集合住宅における空間の組織構造と近代の都市空間モデルに関する考察を基に、日本の近代的集合住宅の先駆的な事例であった同潤会集合住宅を対象として取り上げ、空間の組織構造の特徴と都市空間モデルとの関係について考察したものである。 同潤会集合住宅については少なからず既往研究の蓄積があるが、それが実現した空間を類型学的な観点から厳密に分析し、広く近代における人間の居住環境における空間定位の問題の枠組みの中で位置づけ、その固有性を実証的に明らかにした初めての研究である。 現在、わが国では持続的な居住環境を実現するため様々な試みがなされているが、集合住宅を一つの環境として捉え、都市空間を作り上げる重要な要素として生みだそうとした同潤会集合住宅の考察は、今後の日本の都市における共同居住のあり方と新たな集合住宅像を考えてゆく上で貴重な指針となりうるものである。 論文は「はじめに」に続く6章からなる。 「はじめに」では、本研究の背景、目的などについての概略を説明し、研究対象である同潤会集合住宅について日本の居住環境の近代化における歴史的意義を確認するとともに、研究自体の意義として、本研究で用いた類型学的分析方法が今日の居住環境のあり方を考える上でも有効であることを示すことであると述べる。 1章では研究の背景、対象と目的について詳述し、その理解に不可欠な基礎的概念を定義している。即ち、集合住宅の特徴が空間編成の建築類型にあること、類型が四つの組織要素(住戸単位、住戸群単位、建物組織、集住単位)から構成されることなどが説明される。その上で、集合住宅の組織構造と等質性のあり方を解明することが研究の直接的な目的であることが述べられる。 これに続き、同潤会ならびに近代的集合住宅形成の歴史的な背景を述べ、居住環境を危機に晒した歴史的事象の発生、その結果としての物理的、社会的環境の再検討の必要性、解決が急務であった諸課題に対する近代建築の応答、という三つの基本的事項が確認される。 2章では研究の理論的基礎、ならびに具体的な分析方法を詳しく述べる。本研究が応用類型学を基本とすること、対象の類型的特徴が先述の四つの組織要素によって理解できること、組織構造から見た類型的特徴を分類・構造化することで得られる等質性の差異により、同時期のヨーロッパの近代的集合住宅事例との比較が可能となることなどが述べられる。 3章は、同潤会集合住宅および同時期の近代的集合住宅の四つの規範的な例(レッチワース田園都市、アムステルダムブロックボウ、ダーマシュタットジートルンク、輝く都市)を取り上げ、その組織構造が図式として可視化され分析される。同時にそれぞれが置かれた文脈-都市構造モデルと比較し、結果として、それぞれが位置する都市と集合住宅の組織構造が密接に関連していること、いずれの事例においても既存の建築類型を継承する部分が見られることなどが示される。 4章では、同潤会集合住宅が現れた時代背景として大正時代の建築・都市の変容と同潤会設計者の文化的背景が述べられる。また、日本の共同住宅の伝統的な類型として町屋と長屋について実例に則しその組織構造を示し、関東大震災以降も日本の近代的な集合住宅に影響を与え続けたことが述べられる。 5章では、同潤会集合住宅20例について集住単位の組織構造とその等質性に関し詳細な分析が行われる。具体的には住戸単位では独立性と機能性から、住戸群単位では住戸の結合と動線から、建物組織では住戸郡単位と特殊要素の構成から類型化され、集住単位では四つの比較事例の場合に準拠し、セミパブリック領域の形態に関し分類・構造化が行われる。さらに住戸へのアクセス、セミパブリック領域の形態、集住単位と街路との関係などから、集住単位の等質性に関する分析に進む。これらの分析はすべて比較検討ができるようダイアグラムとしてまとめられる。 分析の結果、同潤会集合住宅の組織構造の特徴として、第一に建物組織における不安定性、第二に住戸単位における希薄な独立性、第三にセミパブリック領域における曖昧な機能性の三つを指摘した上で、場としての明確なまとまりを欠く「アモルファスゾーン」の活性化とパブリック/プライベートなどの異種領域の重層という空間的な現象が現れることが示される。 以上の分析から、6章では同潤会集合住宅の組織構造の特徴について総括する。結論は三つの部分に分かれる。 第一に、集住単位に関して、それが組織構造として定義できること、その構造が粒子的要素である住戸と線分的要素である住戸群ないし建物組織から構成されること、セミパブリック領域が規範的な四事例に見られる非建弊領域と対応していないこと、その等質性は全体の断片化によって逆に獲得されることなどの結論が示される。 第二に、建物組織に関して、同潤会集合住宅のそれが日本の伝統的な長屋の類型を継承するものであることが指摘される。 第三に、都市空間モデルとの関連について、四つの規範的集合住宅との比較を行った上で、同潤会を含めたいずれの例も都市構造モデルに対する反応として理解できること、いずれの集合住宅も建築と都市構造の類型を継承する方法の違いによってその固有性が生まれること、同潤会集合住宅の固有性は、粒子的、線分的要素の集合が遠心的に分散されたものであり、そこに江戸期以来の東京の空間定位パターンを再確認できることが結論として示される。 以上、本論文は、同潤会集合住宅および同時期の近代集合住宅の事例研究を通し、近代の人間の居住環境が住戸から建築、都市に至るまで一貫した空間定位の問題として理解できること、都市の重要な構成要素としての集合住宅が歴史的条件、文化的背景の違いを越え、建築と都市の両面における類型の継承とその再解釈によって計画されるものであること、さらに居住環境のあり方を解明するための分析ツールとしても類型の概念が有効であることなどを実証した論文であり、今後、居住環境を持続的に形成してゆかなければならないわが国において、都市集合住宅の将来像を考え、計画してゆくための基本的かつ重要な指針を与えるものである。この成果は建築設計における新たな創意と歴史的類型の継承に関する直接的な知見を提供するものであり、建築設計理論研究において貢献するところは大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |