学位論文要旨



No 114188
著者(漢字) ポンピリ,マルコ
著者(英字) POMPILI,Marco
著者(カナ) ポンピリ,マルコ
標題(和) 同潤会集合住宅の組織構造に関する類型学的研究
標題(洋) A Typological Study on the Organizational Structure of Dojunkai Collective Housing
報告番号 114188
報告番号 甲14188
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4314号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 藤森,照信
 東京大学 助教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 加藤,道夫
内容要旨 はじめに

 本論文は同潤会集合住宅についての論考である。同潤会集合住宅は、1923年の関東大震災直後の東京の危機的状況への対応として共同組合によってもたらされた具体的成果であったと特徴づけられる。同潤会は、都市レベル、建築レベルの両者において決定的な役割を果たした。都市の局所的再生を通じて同潤会はシステマチックな方法論を構築し、それによって集合住宅建設は促進され、さらには時代的にも地域的にもきわめて高水準な集合住宅の建設が実現された。同潤会集合住宅は、語の真の意味において、日本で最初の都市型集合住宅であったと言える。本論の関心はこれらふたつの基本的対象、すなわち同潤会集合住宅と東京へと向けられている。方法論的観点から見るならば、これら同潤会集合住宅と東京に関する考察は、「類型(type)と都市(city)」というふたつの基礎概念に関する考察を示唆するものであるとも言えるだろう。本論の主たる目的は、同潤会集合住宅の類型の組織化を試みることによって、その特質を厳密に建築的意味において、さらには都市的意味において理解することにある。分析は応用類型学(Applied Typology)にしたがって展開される。ヨーロッパ外部のトピックに対するこの方法論の有効性の検証もまた本研究の目的のひとつである。

第1章

 本章ではまず研究テーマの背景の概要を提示し、続いてそれらに不可欠な諸定義を示す。本研究で扱っている対象は1903年から1934年の時期の集合住宅である。すなわち英国における最初の田園都市レッチワースの設立時期から同潤会最後の作品である江戸川アパートの建設時期の間の集合住宅に注目する。歴史的背景をめぐる議論においては特に以下の3つの基本的事実に言及する。第一に、人間環境を危機に晒した類例のない出来事(産業化・軍国主義化、あるいは大震災などの自然災害や空襲など)について。第二に、それら類例なき出来事の結果として不可避的に表出する物理的・社会的環境の再発見(共同体再興のための伝統の再評価、新たな選択肢の創造、その両者)の必要性について。第三に、それらの問題に対する近代建築の回答(すなわち、集合住宅という共同生活のモデルを作り直す作業を通じて導き出された回答)について。

 集合住宅の特徴はその特殊な建築類型にある。したがって、本論においてはまず理論的な組織構造(organizational structure)を集住レベル(settlement:最小集住単位=minimum residential unit)と建物レベル(building:集合住宅=collective housing)へと分解し、続いてすべての構造要素、すなわち「住戸単位(dwelling unit)」、「住戸群単位(aggregation of dwelling units)」、「建物有機体(building organism)」、「集住単位(residential unit)」について詳述し、それらの定義づけをおこなう。ここにおいて本論文の主要な目的を以下のように定めることができる。すなわち、本論文の目的は、建物(building)レベルと集住(settlement/residential unit)レベルの両者において集合住宅の組織要素の分類/構造化(classification)をおこない、さらにそれらの等質性(homogeneity)について論及することである。

第2章

 本章では研究の理論的基礎について詳述する。本研究ではいわゆる応用類型学(Applied Typology)の方法論に基づいて同潤会集合住宅の分析をおこなう。形式類型学(Formal Typology)と対比的関係にある応用類型学(Applied Typology)は分析における組織構造化プロセスによって特徴づけられる。本論における「分類/構造化(classification)」はこの応用類型学(Applied Typology)を基礎としている。「分類/構造化(classification)」は集合住宅の組織要素(住戸単位、住戸群単位、建物有機体、集住単位)の類型的特徴を理解するための主要な手段である。「分類/構造化(classification)」は単なるデータの集積にとどまらず、同潤会集合住宅とヨーロッパ同時期の4つの規範的(canonical)実例とを組織構造において比較検討することを可能とする。

第3章

 本章ではヨーロッパ同時期の4つの規範的(canonical)集合住宅建築の分析をおこなう。ここで分析する規範的(canonical)集合住宅とは以下の4つである。レッチワース田園都市(英/1903)、アムステルダム・ブロックボウ(閘/1901-1917)、ダマーシュトック・ジードルンク(独/1927-1929)、輝く都市(仏/1930)。各事例においては、集合住宅が置かれる文脈(context)の要素全体と密接な関わりをもつ組織構造(organizational structure)を明らかにすることを目的として議論が進められる。ここでは特に、組織構造(organizational structure)から各組織要素への分解を図式化した分析図(plate)によって4つの規範的(canonical)実例の特徴を可視化し、この分析図に基づいて議論がおこなわれる。さらにこの分析図(plate)は後の章において同潤会集合住宅との組織構造の比較に活用される。

第4章

 本章では同潤会集合住宅を取り巻く環境、すなわち大正時代(1912-1926)における都市の変容と同潤会集合住宅の設計者たちの文化的背景について考察する。ここではまず日本における建築の近代化を促した歴史的条件、とりわけ諸外国との接触や交流について考察している。特に諸外国との接触や交流は日本人建築家の訪欧米や西欧建築家の日本への招聘といったかたちで顕在化している。集合住宅に関しては、一般的に建築をめぐる近代的議論の勃興や他の工業都市の状況等が労働者階級のためのマス・ハウジング導入の前提とみなされているが、やはり東京において集合住宅導入に決定的影響を及ぼしたのは1923年の大震災であった。

 また、日本における集合住宅という近代的概念に関する議論はふたつの伝統的類型、すなわち「町屋」と「長屋」という類型に基づいて展開される。このふたつの類型は江戸時代から昭和初期まではっきりと存続した共同生活の伝統的類型であり、これらは関東大震災以降に東京で実現されたあらゆる形式の近代的集合住宅を理解する際の基礎となるものである。

第5章

 本章では同潤会による約10年にわたる鉄筋コンクリート集合住宅20例の分析をおこなう。各プロジェクトに関する考察はエレメンタルドローイングと構造ダイアグラムに基づいておこなわれる。また、考察の進展はすべて次の2つの契機(moment)、すなわち「分析(analytical)」的契機(類型学=typology)と「総合(syntetical)」的契機(分類/構造化=classification)にしたがって組織される。また分析は、住戸単位(dwelling unit)、住戸群単位(aggregation of dwelling units)、建物有機体(building organism)、集住単位(residential unit)、という4つのレベルにおいておこなわれる。

 「住戸単位」はさらにそれぞれの独立性と機能性(交通の便、台所や衛生設備等の基礎設備の有無によって生じる独立性の度合、店舗の有無等)に基づいて諸類型へと区分される。「住戸群単位」は住戸単位の結合に関する類型と、その際に利用される動線に関する類型(階段、片廊下=galleries、廊下、それらの混合等)へと区分される。「建物有機体」は住戸群単位と不規則的にあらわれる特殊要素(たとえば公共施設)へと区分される。

 本論では「集住単位(residential unit)」を、集合住宅(collective housing)と準公共領域(semipublic domain)を要素とする組織構造(organizational structure)と定義する。これは町の公共領域(public domain)に対して独立性を持った組織的構造である。「集住単位」の分類/構造化は、4つの規範的(canonical)作品によって示された準公共領域の要素形態(囲いの要素類型)に準拠したかたちですすめられる。この分類/構造化につづいて「集住単位」の等質性(homogeneity)に関する分析がおこなわれる。具体的には住戸へのアクセス・フロントおよび準公共領域のヴィジュアル化と、集住単位と街路(公共領域)との相互交渉のパターンの観察によって分析がおこなわれる。

 これら一連の分析によってまず、同潤会集合住宅における「集住単位」の組織構造が決して規範的(canonical)ではないという点を指摘することができる。このような現象の背景には主として以下の3つの原因があると考えられる。

 第一に、不安定性、すなわひとつの建物有機体において住戸のアクセス・フロントが表裏反転している例が多く見られる。

 第二に、一階の住戸単位の独立性、すなわち住戸裏に各住戸の延長である私的屋外領域が形成され、準公共領域や公共領域と隣接している。

 第三に、準公共領域の無機能性、すなわちヨーロッパの規範的作品の準公共領域に観察されるような機能性(庭園、広場等)をもたない例が多い。

 これらの分析結果に加えてさらに次のような注目すべきふたつの現象を指摘することができる。すなわち、無定形域の活性化(activation of amorphous zones)と異種領域(私的/準公的/公的)の重層(overlap among different domains)である。

第6章

 本章では研究全体の総括をおこなう。結論は以下の3つの部分により構成される。

 第一に「集住単位(residential unit)」に関する結論。

 1)同潤会集合住宅の「集住単位」は類型学的な意味での組織構造(organizational structure)として定義できる。

 2)組織要素は「粒子的要素(molecular scale)」である住戸単位と「線分的要素(segmental scale)」である住戸群単位あるいは建物有機体により構成される。

 3)「集住単位」の定義にとって不可欠な居住領域(=residential domain)は、規範的形式によって想定されるはずの非建造領域と対応していない。

 4)「居住領域(residential domain)」は逆説的なことに断片化によって等質性(homogeneity)を獲得するシステムである。

 5)同潤会集合住宅における通路は、規範的な意味での等質性(homogeneity)を脱一構造化するエレメントとして捉えることができる。

 第二に「集合住宅」に関する結論。

 1)集合的居住の伝統的形式に関する分析に基づき、同潤会集合住宅の建物有機体(building organism)の独自性を以下のように定義することができる。すなわち、同潤会集合住宅の建物有機体の組織化においては伝統的な長屋類型が継承されている。

 第三に「同潤会集合住宅」とヨーロッパの4つの「規範的集合住宅」との比較による結論。

 1)5つのケースすべてに共通の第一の特徴として次の点を指摘する。すなわちいずれのケースも近代都市の理論的モデルに対する具体的な反応であり、それは集合住宅の利用によって実現されたものである。

 2)5つのケースすべてに共通の第二の特徴として次の点を指摘する。すなわち各々の集合住宅の独自性はいずれも、継承される類型との相互交渉(interference)によって生み出されている。

 3)5つのケース全ての議論からいわゆる都市の中心性について結論を導くことができる。この都市の中心性の概念は共同体の場(place)の再生と原型的な空間的組織化との間で確立される結節の様態を反映している。同潤会集合住宅の空間定位パターンは、なかば偶然的に集合し、そこを通路が横切っているような類の粒子的・線分的要素の集合体(結節点=nodes)が遠心的に分散したもの(centrifugal sprawl)と捉えることができる。そして、このような同潤会集合住宅の空間定位パターンは江戸-東京中心性(Edo-Tokyo centrality)を再確認するものであると言うことができる。

審査要旨

 本研究は、近代的な都市型集合住宅における空間の組織構造と近代の都市空間モデルに関する考察を基に、日本の近代的集合住宅の先駆的な事例であった同潤会集合住宅を対象として取り上げ、空間の組織構造の特徴と都市空間モデルとの関係について考察したものである。

 同潤会集合住宅については少なからず既往研究の蓄積があるが、それが実現した空間を類型学的な観点から厳密に分析し、広く近代における人間の居住環境における空間定位の問題の枠組みの中で位置づけ、その固有性を実証的に明らかにした初めての研究である。

 現在、わが国では持続的な居住環境を実現するため様々な試みがなされているが、集合住宅を一つの環境として捉え、都市空間を作り上げる重要な要素として生みだそうとした同潤会集合住宅の考察は、今後の日本の都市における共同居住のあり方と新たな集合住宅像を考えてゆく上で貴重な指針となりうるものである。

 論文は「はじめに」に続く6章からなる。

 「はじめに」では、本研究の背景、目的などについての概略を説明し、研究対象である同潤会集合住宅について日本の居住環境の近代化における歴史的意義を確認するとともに、研究自体の意義として、本研究で用いた類型学的分析方法が今日の居住環境のあり方を考える上でも有効であることを示すことであると述べる。

 1章では研究の背景、対象と目的について詳述し、その理解に不可欠な基礎的概念を定義している。即ち、集合住宅の特徴が空間編成の建築類型にあること、類型が四つの組織要素(住戸単位、住戸群単位、建物組織、集住単位)から構成されることなどが説明される。その上で、集合住宅の組織構造と等質性のあり方を解明することが研究の直接的な目的であることが述べられる。

 これに続き、同潤会ならびに近代的集合住宅形成の歴史的な背景を述べ、居住環境を危機に晒した歴史的事象の発生、その結果としての物理的、社会的環境の再検討の必要性、解決が急務であった諸課題に対する近代建築の応答、という三つの基本的事項が確認される。

 2章では研究の理論的基礎、ならびに具体的な分析方法を詳しく述べる。本研究が応用類型学を基本とすること、対象の類型的特徴が先述の四つの組織要素によって理解できること、組織構造から見た類型的特徴を分類・構造化することで得られる等質性の差異により、同時期のヨーロッパの近代的集合住宅事例との比較が可能となることなどが述べられる。

 3章は、同潤会集合住宅および同時期の近代的集合住宅の四つの規範的な例(レッチワース田園都市、アムステルダムブロックボウ、ダーマシュタットジートルンク、輝く都市)を取り上げ、その組織構造が図式として可視化され分析される。同時にそれぞれが置かれた文脈-都市構造モデルと比較し、結果として、それぞれが位置する都市と集合住宅の組織構造が密接に関連していること、いずれの事例においても既存の建築類型を継承する部分が見られることなどが示される。

 4章では、同潤会集合住宅が現れた時代背景として大正時代の建築・都市の変容と同潤会設計者の文化的背景が述べられる。また、日本の共同住宅の伝統的な類型として町屋と長屋について実例に則しその組織構造を示し、関東大震災以降も日本の近代的な集合住宅に影響を与え続けたことが述べられる。

 5章では、同潤会集合住宅20例について集住単位の組織構造とその等質性に関し詳細な分析が行われる。具体的には住戸単位では独立性と機能性から、住戸群単位では住戸の結合と動線から、建物組織では住戸郡単位と特殊要素の構成から類型化され、集住単位では四つの比較事例の場合に準拠し、セミパブリック領域の形態に関し分類・構造化が行われる。さらに住戸へのアクセス、セミパブリック領域の形態、集住単位と街路との関係などから、集住単位の等質性に関する分析に進む。これらの分析はすべて比較検討ができるようダイアグラムとしてまとめられる。

 分析の結果、同潤会集合住宅の組織構造の特徴として、第一に建物組織における不安定性、第二に住戸単位における希薄な独立性、第三にセミパブリック領域における曖昧な機能性の三つを指摘した上で、場としての明確なまとまりを欠く「アモルファスゾーン」の活性化とパブリック/プライベートなどの異種領域の重層という空間的な現象が現れることが示される。

 以上の分析から、6章では同潤会集合住宅の組織構造の特徴について総括する。結論は三つの部分に分かれる。

 第一に、集住単位に関して、それが組織構造として定義できること、その構造が粒子的要素である住戸と線分的要素である住戸群ないし建物組織から構成されること、セミパブリック領域が規範的な四事例に見られる非建弊領域と対応していないこと、その等質性は全体の断片化によって逆に獲得されることなどの結論が示される。

 第二に、建物組織に関して、同潤会集合住宅のそれが日本の伝統的な長屋の類型を継承するものであることが指摘される。

 第三に、都市空間モデルとの関連について、四つの規範的集合住宅との比較を行った上で、同潤会を含めたいずれの例も都市構造モデルに対する反応として理解できること、いずれの集合住宅も建築と都市構造の類型を継承する方法の違いによってその固有性が生まれること、同潤会集合住宅の固有性は、粒子的、線分的要素の集合が遠心的に分散されたものであり、そこに江戸期以来の東京の空間定位パターンを再確認できることが結論として示される。

 以上、本論文は、同潤会集合住宅および同時期の近代集合住宅の事例研究を通し、近代の人間の居住環境が住戸から建築、都市に至るまで一貫した空間定位の問題として理解できること、都市の重要な構成要素としての集合住宅が歴史的条件、文化的背景の違いを越え、建築と都市の両面における類型の継承とその再解釈によって計画されるものであること、さらに居住環境のあり方を解明するための分析ツールとしても類型の概念が有効であることなどを実証した論文であり、今後、居住環境を持続的に形成してゆかなければならないわが国において、都市集合住宅の将来像を考え、計画してゆくための基本的かつ重要な指針を与えるものである。この成果は建築設計における新たな創意と歴史的類型の継承に関する直接的な知見を提供するものであり、建築設計理論研究において貢献するところは大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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