学位論文要旨



No 114189
著者(漢字) 栗栖,太
著者(英字)
著者(カナ) クリス,フトシ
標題(和) 高温接触酸化廃水処理法における微生物群集構造の解析
標題(洋)
報告番号 114189
報告番号 甲14189
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4315号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 助教授 佐藤,弘泰
内容要旨

 高温接触酸化処理法は、高濃度の有機性廃水(105-106mgBOD/L程度)を処理する方法として近年開発された。本法では、担体となる木片に排水を吸収させ保持し、木片間の間隙に送気することにより酸素を供給する。微生物による有機物の酸化分解によって放出される熱により、反応槽は45-65℃に保たれ分解反応が進行する。処理が高温で進行するので、適切な運転条件下では投入した水分をすべて水蒸気として系の外に排出させることができる。また、投入有機分の9割がCO2となって放出されるという、高効率の無機化もこの処理法の特徴である。しかしながら現時点において、本処理法における微生物群集に関する知見は非常に限られている。高効率の無機化の機構を説明する上で、また良好な処理を持続するための条件を調べるためにも、微生物群集についての詳しい知見が必要である。

 また、高温接触酸化処理法に限らず、生物学的廃水処理法の運転条件や処理性能と微生物群集の関係を探るためには、微生物群集を確実かつ詳細に把握する必要がある。しかしながら、微生物群集の解析手法には万能なものがなく、処理性能との関係を論じるためには、単一の手法では十分な情報は得られない。

 そこで本研究では、高温接触酸化処理法における微生物群集を、複数の群集解析手法を用いて多角的に解析し、微生物群集の挙動に基づいた処理機構の解明を目指した。加えて、実際のサンプルを解析することを通じて、未知の複合微生物系の群集構造を解析するための手法の確立を行った。

 上記目的を達成するため、食用油を添加し一定の温度とした系(食用油添加・変温運転)1系列と、ペプトン・デンプンを主な炭素源とし温度制御を行わない系(ペプトン-デンプン基質・変温運転)2系列で高温接触酸化処理法の実験室規模反応槽を運転し、反応槽内の微生物群集を解析した。グループレベルでの群集構造を定量的に把握するため、群特異的プローブを用いたFISH法、およびキノンプロファイル法を用いた。種レベルでの群集動態は、16SrDNAのV3領域を含む約200bpを用い、PCR-DGGE法により解析した。動態を見る上で重要な種については、DGGEバンドの塩基配列を解読して系統解析を行い、どのような種であるかを調べた。得られた塩基配列・および系統群をもとに、バンドに特異的なプローブ、および近縁の既知種に特異的なプローブを設計し、FISHを行って種・属レベルでの存在量の定量を行った。

 これら各手法により得られた結果に基づき、また各結果を多角的に考察することにより、全体の群集構造、群集動態、群集の構成種について明らかにした。そして微生物群集の構造・動態・構成種と、反応槽の運転条件・運転状態とを比較・考察して対応関係を検討した。さらに、微生物群集構造と有機物分解、すなわち処理との関係を解明することを試みた。

 まずはじめに本研究では、微生物群集解析の手法についていくつかの検討を行い、以下のような結論を得た。

 自家蛍光の強い固形物サンプルに対してFISHを行うため、自家蛍光の判別法として二重励起による画像取り込みを試みたところ、十分に自家蛍光を判別することができた。またFISH法を用いた細菌種の存在割合の定量法として、画像解析による面積定量を行った。定量する際の操作により、1〜2割程度の値のばらつきは生じうるものの、他の群集解析手法・定量方法と比較すれば十分利用価値があるものであった。

 PCR-DGGE法において、DNA断片の分解能をあげるための泳動条件・泳動方法の検討を行い、変性剤濃度勾配を複数のゲルに分割して泳動する方法は効果的であることが分かった。また、PCR-DGGE法のバンドパターン全体をより詳細に比較するため、バンド強度を含めて類似度解析をする方法を開発した。

 PCR-DGGE法により分離されたDNAバンドの塩基配列を解読することで、どこまでの系統学的な情報が得られるのかを調べるため、本研究で用いた16SrDNA領域(約200bp)を用い、既知種を系統解析した。その結果、種レベルでの解析ではl6SiRNA全長を用いたものとの相違が見られたものの、属レベルまでの解析であれば十分であった。

 PCR-DGGE法により分離、DGGEバンドのシーケンシングにより解読されたV3領域を含む約200bpの塩基配列を標的とし、FISH法で用いることのできるプローブを4つ設計することができた。また、バンドの塩基配列をもとに系統解析した結果を用いて、Enterococcus saccharolyticus等を標的とし、FISH法でも用いることのできるプローブを設計することができた。また設計したプローブを用いて、実際にサンプル中に当該菌種が存在していることを示すことができ、さらに存在割合を定量することができた。

 上記手法上の検討結果を含めて、食用油添加・定温運転およびペプトン-デンプン基質・変温運転の高温接触酸化処理における微生物群集構造解析を行った。両運転法をあわせ、以下のような結果及び結論が得られた。

 群集構造をグループレベルでみた場合、運転初期において温度上昇が起こるまでの中温条件下では、処理対象を問わずプロテオバクテリアが優占となり、いったん温度上昇が起こったあとは、処理の良否に関わらず、グラム陽性低GC群、特にBacillus属及びその近縁群の細菌が優占となることが分かった。

 次に、種レベルでの群集構造・群集動態については以下のような結論が得られた。変温運転において、始めて反応槽温度が高温になるときに群集の構成種数が急増する。その後、何度か温度上昇が起こっても、処理が安定期に入るまでの間に種レベルでの群集構成はかなり変化する。時間が経過し処理が不能になったときと、それまでの良好な処理が行われていたときの種レベルの群集構造の差異は、変温運転の場合は小さく、定温運転の場合は大きい。

 油添加の定温運転(50℃)において、良好な処理を行っている間に存在した微生物種は、好熱性BacillusであるB.thermocloacae,B.licheniformisや中温性BacillusのB.firmus,B.lentus,B.badius,B.infernusの類縁種であった。またペプトン-デンプン変温運転において、一度温度上昇が起こったのちに反応槽内に存在した微生物種は、B.thermocloacae,B.licheniformis,Saccharococcus thermophilusといった好熱性Bacillus群や、B.firmus,B.lentus,B.badius,B.pumilus,B.cohnii,B.benzoevirans,B.oleroniusなどの中温性Bacillus、Lactococcus lactis,Enterococcus saccharolyticusの乳酸発酵を行う細菌、発酵性であり呼吸も行うStaphylococcus sciuriといった細菌の類縁種であった。主要炭素源や温度条件が異なるにもかかわらず、B.thermocloacae,B.licheniformisや中温性BacillusのB.firmus,B.lentus,B.badius,B.infernusの類縁種は共通して出現していることより、これらの菌種は高温接触酸化処理において頻出の菌種といえ、処理を担う重要な菌種である可能性がある。

 コンポストや実験室馴養の活性汚泥は、植種に用いても系には全く定着しなかったため、植種に用いる種菌として有用ではないことが分かった。したがって、このような場合には実験室空気由来の細菌により反応槽の群集が形成されるといえる。

 食用油添加の定温運転における運転状況と群集解析結果を考察することにより、B.thermocloacaeは油脂分解に重要な役割を果たしていると考えられ、分解の最終段階である低級脂肪酸のCO2への酸化を担っていると予想された。また、油脂の加水分解を行う細菌の候補として、B.licheniformisが考えられた。

 ペプトン-デンプン基質の変温運転における運転状況と群集解析結果を考察することにより、安定運転期では、以下のような処理の機構が考えられた。基質が投入されると、中温性細菌であるB.firmusなどにより、スクロース・ペプトンを用いた呼吸、デンプンの加水分解及び加水分解産物のグルコースを用いた呼吸が行われ、CO2が発生し温度も上昇する。温度が50℃付近まで達すると、中温性細菌の代謝が止まる代わりに、B.thermocloacaeなどの好熱性細菌は活発に代謝が行えるようになり、温度も60℃近くまで上昇する。B.thermocloacaeは中温性細菌による加水分解産物であるグルコースや、中温性細菌が使い残した低分子の有機物を基質にして増殖を行う。利用可能な有機物が枯渇してくると、代謝活性が弱まって温度が低下する。また、Lactococcus lactis,Enterococcus saccharolyticusは温度が上昇がなければデンプンやスクロースなどを乳酸発酵しているものの、温度上昇への寄与は小さい。

 群集解析手法に関する結論として、本研究で用いたように手法を組み合わせることは非常に有効で、未知の複合微生物系の解析方法として提案に値するものであることが分かった。すなわち、各解析手法を組み合わせ多角的に解析を行うことによって、それぞれの長所を生かし、短所を補いあうことができるうえ、各解析手法による結果を有機的に結合することにより、手法単独では引き出せない結果も得られることが分かった。

 高温接触酸化処理法における処理機構を、微生物群集に基づいて解明するためには、今後優占種のさらなる絞り込みを行い、優占種の生態学的な情報を詳しく調べることによって、各菌種の反応槽内における役割を調べる必要がある。

審査要旨

 人間の生活が高度になるにつれ様々な弊害が非常に多様な形の環境問題となって発現し、その対策も多様な技術を適材適所で利用することが求められるようになった。廃水処理に関しては、一方で排水中の有価物を最大限回収して利用する技術が求められる反面、他方で処理後に発生する「余剰汚泥」のハンドリングの難しさからとくに中小規模の処理施設においては排水中の有機物を完全に酸化して余剰汚泥発生量を最小化する技術も必要である。高温接触酸化処理法は、高濃度の有機性廃水を処理する方法として近年開発された。本法では処理が高温で進行するので、適切な運転条件下では投入した水分をすべて水蒸気として系の外に排出させることができる。また、投入有機分の9割がCO2となって放出されるという、高効率の無機化もこの処理法の特徴である。したがって、処理水も余剰汚泥も出ない処理法ということで、非常に大きな注目を集めている。しかしながら、現時点において、本処理法における微生物群集に関する知見は非常に限られている。高効率の無機化の機構を説明する上で、また良好な処理を持続するための条件を調べるためにも、微生物群集についての詳しい知見が必要である。近年、そのような微生物群集解析のための手法に著しい発展が見られている。すなわち、分子生物学的な手法を用いて遺伝子を見ることにより、微生物群集構造に関するこれまでにない知見を得られる道が開けたと言える。

 本研究は、高温接触酸化処理法における微生物群集を、複数の群集解析手法を用いて多角的に解析し、微生物群集の挙動に基づいた処理機構の解明を目指し、加えて、実際のサンプルを解析することを通じて、未知の複合微生物系の群集構造を解析するための手法の確立を行うことを試みたものである。。

 本研究は、「高温接触酸化廃水処理法における微生物群集構造の解析」と題し7章より構成されている。

 第1章は「はじめに」であり、本研究の背景、その目的と構成が記されている。

 第2章は「既往の研究」であり、高温接触酸化処理法に関する知見や現在利用可能な微生物群集解析手法の原理、それらの手法の廃水処理への応用例がまとめられている。

 第3章は「微生物群集解析手法の検討」であり、研究全体を通じて用いた微生物群集解析手法を高温接触酸化にかかわる微生物群集解析に応用するためのさまざまな問題点についての検討結果がまとめられている。本研究では、In Situ蛍光オリゴヌクレオチドプローブ法(FISH法)、Polymerase Chain Reaction-Denaturing Gradient Gel Electrophoresis法(PCR-DGGE法)およびそこから得られるDNAの塩基配列解析、キノンプロファイル法の3つの方法を組み合わせて用いることを提案している。

 第4章は「微生物群集解析方法」と題し、第3章で検討した結果を基に最終的に本研究で実際に用いた微生物群集解析手法の手順を解説している。

 第5章および第6章が、高温接触酸化処理法の実験装置を対象として微生物群集解析手法を応用した実験結果を述べた章である。食用油を添加し一定の温度とした系(食用油添加・定温運転)1系列と、ペプトン・デンプンを主な炭素源とし温度制御を行わない系(ペプトン-デンプン基質・変温運転)2系列で高温接触酸化処理法の実験室規模反応槽を運転し、反応槽内の微生物群集を解析した。前者の結果を第5章「食用油添加・定温運転における微生物群集」に、後者の結果を第6章「ペプトン-デンプン基質・変温運転における微生物群集」に記述している。両運転をあわせ、以下のような結果が得られた。

 各微生物群集解析手法はターゲットとする群集構造のレベルが異なり、得られる情報の質が全く異なるのでそれらを補完的に用いることによりグループレベル・種レベルの微生物群集の構造やその動態・時間的な変化のようす・処理効率の向上に貢献している可能性のある微生物種などの情報を得ることが出来た。主要炭素源や温度条件が異なるにもかかわらず、B.thermocloacae,B.licheniformisや中温性BacillusのB.firmus,B.lentus,B.badius,B.infernusの類縁種は共通して出現していることより、これらの菌種は高温接触酸化処理において頻出の菌種といえ、処理を担う重要な菌種である可能性がある。また、群集解析手法に関する結論として、本研究で用いたように手法を組み合わせることは非常に有効で、未知の複合微生物系の解析方法として提案に値するものであることが分かった。すなわち、各解析手法を組み合わせ多角的に解析を行うことによって、それぞれの長所を生かし、短所を補いあうことができるうえ、各解析手法による結果を有機的に結合することにより、手法単独では引き出せない結果も得られることが分かった。

 第7章は「結論」であり、高温接触酸化処理法の微生物群集および複合微生物系の微生物群集解析手法について本研究全体を総括し、今後行うべき研究について提言している。

 本論文の最大の功績は、これまで個別に用いられてきた微生物群集解析手法を補完的に組み合わせて多角的な解析に用いることの有効性を実証的に示したこと、また、微生物群集解析の結果を実際の処理効率との関連で解析した非常に良い例を示したことにある。今後、同様の研究を積み重ねることの重要性は非常に大きく、そのためのきわめて優れた実例を示してくれたものである。以上のような観点から、本研究は都市工学とりわけ環境工学の発展に大きく寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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