学位論文要旨



No 114191
著者(漢字) 趙,得煥
著者(英字)
著者(カナ) チョー,ドクファン
標題(和) 住環境整備を目的とした部門別マスタープランの役割と相互関係 : 東京都における計画策定過程に着目して
標題(洋)
報告番号 114191
報告番号 甲14191
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4317号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 助教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 講師 小泉,秀樹
内容要旨

 日本においては,近年既成市街地の住環境整備が都市計画上の重要な課題となりつつある。住環境整備を進める上では,その整備方針を公に示す住環境整備方針(住環境整備マスタープラン)が必要である。一般に,住環境整備方針の内容は、市街地整備方針と「重点整備地区」とに大別される。市街地整備方針は、都市全体を住環境整備に関わる共通の課題を持つ地域に区分し整備の方針を示したものである。「重点整備地区」は、市街地整備方針と関連づけながら公的に強く介入すべき地区を抽出し,住環境整備方針の中に位置づけたものである。

 一方、日本では,これまで単一の住環境整備方針が制度上位置づけられたことはなく,1980年以降、都市再開発方針をはじめとした、部門別マスタープランを拡充してきた。こうした各部門別マスタープランは,各々の住環境整備方針が果たすべき役割の一部を代替するため個別に登場してきたものと捉えることもできる。

 本研究では,このような背景に立ち,住環境整備に関わる各部門別マスタープランの住環境整備方針としての役割と相互関係を、各マスタープランの内容と策定過程を実体的に検討することで明らかにする。検討にあたっては,住環境整備方針が有すべき市街地整備方針と「重点整備地区」という2つの機能に着目し検討を進めた。また,本研究では、東京都区部を対象として,住環境整備に関連した部門別マスタープランである都市再開発方針、住宅マスタープラン、防災都市づくり推進計画を取り上げ、検討を行った。

 論文は全部で六つの章に構成されている。I章では研究の背景・目的、研究の視点、方法、内容構成を述べている。

 II章では、日本における都市計画体系の変遷とその中にマスタープランが如何に位置づけられてきたのかをまとめ、これによって日本のマスタープランの特徴と現在の都市計画的課題からマスタープランに期待されている点を整理した。既成市街地特に住宅市街地の総合的整備方針が望まれる現在、「整開保の方針」における部門別マスタープラン及び都市計画マスタープランにおいては、居住環境整備方針としての役割が期待されている。

 III章「都市再開発方針及び住宅マスタープランの方針マップとしての役割」では、東京都区部都市再開発方針及び都住宅マスタープランの構成、全体内容を確認した上で、プランにおける地区区分の策定の仕方と考え方などを探ることによって、市街地整備方針としての役割が期待されている都市再開発方針の1号市街地、住宅マスタープランの住宅市街地整備ゾーン等の役割について考察した。

 都区部の都市再開発方針の内容は、2号地区の比重が大きく個々の再開発事業の方向性を如何に定め、積極的に進めるかに重点がおかれている。1号市街地の地区区分は、整備課題の性格を考慮し市街地の類型化を目論む同質市街地区分をあまり考慮せず、主に生活圏区分、行政単位区分、地章物・地形物区分等に着目して行われたものであり、2号地区等との対応も不明確であるなど、マスタープランの方針マップとしての役割については、地区区分及びその具体的内容等において不十分なところがある。

 東京都の住宅マスタープランについて、住宅マスタープランの内容と構成には住宅供給計画としての性格が強く表れているものの、住宅市街地整備ゾーンを定め、具体的重点供給地域を位置づけていることは目新しいことである。住宅市街地整備ゾーンの役割は、(1)住宅市街地像と長期的ビジョンの提示、(2)重点供給地域を含む各ゾーンごとに整備の方向性を示していること、(3)区部の住宅施策に対する土地利用方針的役割等があげられる。しかし、重点供給地域以外での整備方針の実現手段は乏しい問題点が残る。

 IV章「アクションマップとしての2号地区等、重点供給地域の役割と相互関係」では、2号地区及び1.5号地区、重点供給地域の選定基準及び選定過程をマスタープランのアクションマップとしての役割に着目し調査するとともに、選定された地区の相互関係について分析した。

 2号地区及び重点供給地域の選定過程において、都市再開発方針と住宅マスタープランは、行政内部での意志の疎通には、ある程度役割を果たしている。しかし、事業地区の候補を必要性の理論から広く選定し、事業化へと誘導するという役割は十分果たしていないことを指摘している。

 また、2号地区と重点供給地域の相互間系については、住宅マスタープランの登場以降、住環境整備に対する事業地区指定、事業化への誘導などマスタープランが担うべき役割のいくつかは、都市再開発方針から住宅マスタープランにシフトしたと考えられる。そして都市再開発方針の役割は、重点供給地域を含めた「重点整備地区」の全体を把握し、調整することに移りつつあると指摘した。

 各区の地区選定と基準においては、整備の必要性を前提としながら事業に対する可能性と熟度を地区選定の基準としている点では共通しているが、地区選定の客観的根拠・住民合意の誘導という点からみれば区の間には開きがある。そのため、都が全区的の視点に基づき、一定の範囲内での基準を示し、各区が緊急度の高い地区を候補地としてあげるよう誘導していく手法等が望まれる。

 V章「防災都市推進計画の役割と他のプランとの相互関係」では、防災都市づくり推進計画の地区区分と重点地区の意義を明確にするとともに他のプランとの関係を考察する。

 防災都市づくり推進計画は、都市計画局、住宅局、建設局の3局共同で策定された計画で、整備のプライオリティが示されており、整備目標や達成プログラムが明確に示されていることが特徴的であり、今後の防災都市づくり事業における新しい可能性を示唆している。

 地区区分において、客観的指標水準に基づき設定された重点整備地域は、木造住宅密集地域全体とわけて優先的に整備していくべき地域として他の地域と差をつけている。このように必要性により指定されたゾーンの設定は、都市再開発方針や住宅マスタープランのゾーン設定と比べるとき特徴的である。但し、今後計画の実施に際しては類似の位置づけとされていながら、設定の指標、策定主体、位置、想定される事業の内容等において異なっている「早急に整備すべき市街地」との整合性をどうするかが課題となってくると予想される。

 重点地区の選定は、東京都が実質的に主体となっていることと、必要性の論理に基づき客観的指標により指定した重点整備地域の中から、区部の意向を踏まえて抽出した点において、2号地区及び重点供給地域と異なる特徴を有している。

 以上の考察から,VI章では,以下の点を本研究の結論として述べている。

 (1)各プランにおける地区区分の役割と相互関係において、(1)1号市街地は、区部の再開発課題を網羅し区部全域に再開発が必要であることを示している。しかし、整備課題を考慮するかたちで市街地の類型化は行われていない。また,1号市街地の地区区分は2号地区の整備目的と整合していない。(2)住宅マスタープランの住宅市街地整備ゾーンは,住宅及び住環境の視点から東京の土地利用を見直し,各ゾーンごとの整備の方向性を示している。これは,上記の1号市街地ではなされなかった市街地の課題別類型化を行い公に位置づけたという点で評価される。しかし、重点供給地域以外の市街地は整備方針の実現が担保されておらず、またゾーン面積が広すぎ整備方針が明確に記述されていないなどの問題がある。(3)ただし,住宅市街地整備ゾーンのうち,住環境整備ゾーンについては、推進計画において重点整備地域が設定され、実現方策の拡充がなされた。しかし、今後、推進計画の実施に際しては「早急に整備すべき市街地」との整合が課題として残されている。また推進計画は、具体の市街地像まで想定していないため住環境整備ゾーンにおける整備方針の明確化という観点からは問題が残されている。

 (2)各プランにおける「重点整備地区」の役割と相互関係では、(1)都市再開発方針と住宅マスタープランといった部門別計画の策定が,行政内部の意向調整に寄与している側面を指摘できる。しかし,市民への意向確認や合意形成という観点は地区選定過程では殆ど考慮されておらず、これについては今のところ区のマスタープランによって補完されている。(2)住宅マスタープランの登場以降、住環境整備に対するマスタープランが担うべき役割は、都市再開発方針から住宅マスタープランにシフトしている。しかし、住環境整備事業の候補地区選定は実質的に区が行っており,住宅マスタープランも必要性の論理から広く地区選定を行い事業化へ誘導するという役割を十分には果たしていない。都は,各区が緊急度の高い地区を候補地として選定するよう誘導するため,全区的な見地から適切な基準を示し,これをマスタープランに位置づける必要がある。(3)この役割については、1997年に策定された推進計画において,一部補完されたものの,都市計画局、住宅局、建設局の3局が、如何にしてそれぞれ用いている事業の重層化と集中化の可能性を探っていくかが課題として残されている。

 このようなことを踏まえると、(3)部門別マスタープランの限界について次のように述べることができる。(1)各部門別マスタープランにおいては、アクションにおいて一定の共通性を持っており、2号地区、重点供給地域、重点地区以外は、アクションは描けないし、それ以上描いたとしても実効性がない。つまり、部門別マスタープランにおける「重点整備地区」は、既存のアクション・メニューに対応可能で、かつ実行可能な地区に限られるため、それ以外の市街地は、整備方針の実現担保のないアクション白地として残るし、それへの対応には限界がある。(2)このように、「アクション・メニュー選択型マスタープラン」は、マスタープランの策定と合わせ、必要に応じたアクション・メニューを創設することが出来ないし、既存のアクション・メニュー自体の目的、必要性、意味がマスタープランの中で、問われることもない。これは、国の制度的枠の限界であり、自治体の財源、権限の問題でもある。今後これらアクション・メニュー選択型マスタープランは、各自治体の条令などにより、マスタープランの方針に合わせて、アクション・メニューが創設できる、「アクション・メニュー創出型マスタープラン」に変えていくことが望ましい。

審査要旨

 日本においては,近年既成市街地の住環境整備が都市計画上の重要な課題となりつつある。住環境整備を進める上では,その整備方針を公に示す住環境整備方針(住環境整備マスタープラン)が重要である。日本では,1980年以降、都市再開発方針・住宅マスタープラン・都市マスタープランなど、住環境整備に関わる各種マスタープランの策定が行われているところであるが、これら各種マスタープランが各々担うべき役割や相互の関係性は,制度的に明確になっておらず、その実態についても、あるべき姿についても、明らかではない。

 本研究は,このような認識に立ち,住環境整備に関わる各部門別マスタープランの住環境整備方針としての役割と相互関係の実態と課題を、東京都および東京都各区の住環境整備に関わる諸マスタープランの内容と策定・調整過程の実態を多面的に検討することを通じて明らかにしようとしたものである。具体的には、東京都区部を対象とした、都市再開発方針、住宅マスタープラン、防災都市づくり推進計画を取り上げ、都市全体の構想や対応すべき課題の分布状況の認識を示す「方針マップ=市街地整備方針の明示」と、対策を集中的に投入すべき地区と対策の内容を示す「アクションマップ=重点整備地区の設定」という、本来的にマスタープランが備えるべき2つの機能に着目し、その策定過程と内容の相互比較的分析を行っている。

 論文は6つの章で構成されている。I章では研究の背景・目的、研究の視点、方法、内容構成を述べ、II章では日本における都市計画体系とマスタープランの位置づけの変遷を整理している。III章「都市再開発方針及び住宅マスタープランの方針マップとしての役割」では、東京都区部都市再開発方針及び都住宅マスタープランの構成、全体内容を確認した上で、プランにおける地区区分の策定方法とその背後にある計画観の分析を行っている。IV章「アクションマップとしての2号地区等、重点供給地域の役割と相互関係」では、再開発方針における2号地区及び1.5号地区、住宅マスタープランにおける重点供給地域等の選定基準及び選定過程と選定地区相互の関係について調査・分析している。V章「防災都市推進計画の役割と他のプランとの相互関係」では、最近策定されたばかりの「防災都市づくり推進計画」について、地区区分と重点地区選定の特色を他のプランとの関係に照らして分析している。最終章のVI章では以上の分析に基づく各プランの機能と特色の相互比較を行い本研究全体の結論を述べている。

 結論として示された中で、特に重要な点は、以下の4点である。

 (1)各マスタープランとも形成すべき市街地の像を積極的には明示できず、むしろ法定事業や国の一律的な要綱事業の枠の中であらかじめ用意されたアクション・メニューを所与の前提として、このメニューの中の項目をどこにどのように適用するかという観点から、すなわち所与の対策から逆算する形で方針の配置や内容が構成されていること。(2)アクションマップはアクション・メニュー選択型になっているゆえ、各マスタープランのアクションエリアは共通性を有する一方、対象が限定され、残余の市街地は、整備方針を実現する方法が明示されない「アクション白地」として残ること。(3)このような、所与のアクションを適用する仕方を策定するようなマスタープランの策定構造とは、市街地の整備課題の認識や将来構想に応じて整備方針を策定し、その実現に適した固有のアクションを自治体が創設することが出来ない日本の都市計画・都市整備の構造的問題の反映であり、この構造の下では、自治体固有の整備課題に対する所与のアクションの適合性、必要性、効果がマスタープラン策定過程の中で、検討される契機を持たないこと。(4)住環境整備の推進のためには、こうした「アクション・メニュー選択型マスタープラン」を不可避にする制度的構造を、マスタープランの方針にあわせ個別・独自のアクション・メニューの創設を可能とする「アクション・メニュー創出型マスタープラン」の構造に変えるべきこと。

 以上のように本論文は、外国人の視点からする日本の計画システムの外在的分析・評価の域を越え、ブラックボックス的な計画意志決定過程の構造的問題を深く解き明かした論文といえる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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