学位論文要旨



No 114193
著者(漢字) 小垣,哲也
著者(英字)
著者(カナ) コガキ,テツヤ
標題(和) 複雑形状乱流場解析に適した一般座標系差分スキームの構成とそのラージエディシミュレーションへの応用
標題(洋)
報告番号 114193
報告番号 甲14193
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4319号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨

 非圧縮性乱流の支配方程式の離散化手法として,スペクトル法,有限差分法,有限体積法,有限要素法,渦法といった方法があり,流れ場の特性や必要とされる計算精度に応じて計算方法を選択することが重要である.スペクトル法は,流れ場を記述する支配方程式系を打ち切り誤差なしで離散化することができるため,最も高精度である.従って,スペクトル法は一様等方性乱流や平行平板間内流れの直接数値シミュレーションやラージエディシミュレーションに適用され,高精度な結果を提供するとともに,乱流の理解に貢献してきた.しかし,スペクトル法は,流れ場の幾何形状の柔軟性に優れた有限要素法を組み合わせたスペクトル有限要素法(Spectral element method)に拡張された例を除いて,基本的には直交座標系の単純な形状の低レイノルズ数流れへの適用に限定される.しかし,自動車周りの流れや各種流体機械内部の流れに代表されるような工業的な流れ場は,一般的に複雑形状であるとともにレイノルズ数が104を越えた高レイノルズ数流れである場合が大部分を占める.従って,自動車,航空機といった輸送機関やポンプ,圧縮機といった流体関連機器の性能向上や高効率化を図るためには,複雑形状・高レイノルズ数乱流場に対する信頼性の高い計算手法を開発することが急務である.

 乱流場中に存在する様々なスケールの渦を観察すると,大スケール渦は流れ場や主流の状態に影響されて大きく異なるのに対して,小スケールの渦は等方的で比較的普遍的性質を持つことがわかる.高波数の小スケール渦に対しては,その性質の普遍性に着目しモデル化を行う一方,計算格子で解像できる低波数の大スケール構造に関しては直接数値計算で解析する手法がラージエディシミュレーションである.ラージエディシミュレーションは,直接数値シミュレーションと比較すると一般的に計算格子の解像度に対する要求が低くなるため計算負荷が軽減されるとともに,高レイノルズ数の乱流にも適用可能であると考えられている.一方,多くの市販コードに組み込まれているレイノルズ平均型モデルと比較すると,ラージエディシミュレーションは計算負荷がかなり大きいが,モデル化の際の近似の度合いが小さいため,乱流の非定常性を再現でき,流れ場に関してより汎用性の高い乱流計算法である.従って,ラージエディシミュレーションが近い将来,工業的複雑乱流場の解析手法として標準的手法になると考えられている.

 こうした背景をもとに,本研究では,一般座標系における有限差分法を用いた信頼性の高いラージエディシミュレーション手法の確立を目的として基礎研究を行った.信頼性の高いラージエディシミュレーションを一般座標系における有限差分法を用いて行うためには,以下のような課題が残されている.

 1.一般座標系における信頼性の高い離散化手法の確立

 2.一般座標系におけるラージエディシミュレーションの定式化

 まず,課題(1)に対して,近年,基礎方程式(連続の式,Navier-Stokes方程式,速度二乗量および運動エネルギーの輸送方程式)の解析的な保存特性が離散化式においても適切に近似されることが,高精度で安定な解を得るのに必要であることが明らかにされた.また,特に,乱流の直接数値シミュレーションやラージエディシミュレーションにおいては,時間進行法や空間差分近似に起因する数値誤差により生じる運動エネルギーの人工的な散逸が,分子粘性やSGSモデルにより付加される乱流粘性による散逸と比較して十分無視しうる程度でなければならない.従って,差分スキームが基礎方程式系の解析的保存特性を適切に近似しているということが,信頼性の高い乱流数値解析を行う上で非常に重要である.従来の一般座標系差分スキームは,運動量の保存特性に関しては問題ないが,不等間隔非直交である任意の境界適合格子を用いた場合でも運動エネルギーの保存特性が適切である一般座標系差分スキームはこれまで存在していなかった.しかし我々は,一般座標系におけるスタガード格子系およびコロケート格子系差分スキームを構成するとともに,それぞれの差分スキームの保存特性を2次元周期的非粘性流の計算によって検証した結果,運動量および運動エネルギーの保存特性が実際の計算上満足できる精度で適切であるのはコロケート格子系差分スキームの運動エネルギー保存特性を改善した修正コロケート格子系差分スキームのみである事がわかった.この修正コロケート格子系差分スキームは,当初,一般座標系に拡張できないと考えられていたが,我々が検討した結果,近似を導入することにより一般座標系に拡張可能であることを明らかにした.修正コロケート格子系差分スキームの保存特性の検証結果を図1に示す.従来のコロケート格子系差分スキームは,圧力項の運動エネルギー保存特性に時間間隔tのオーダーの誤差が含まれ,この誤差が各種乱流統計量の計算精度に悪影響を及ぼすため,従来のコロケート格子系差分スキームはラージエディシミュレーションや直接数値シミュレーションに向かないことが報告されていた.しかし,修正コロケート格子系差分スキームの場合,運動エネルギー保存特性の誤差が時間間隔tの2乗オーダーに改善されているとともに,その絶対量が大きく減少している.また,その改善傾向は,等間隔直交格子(C0S0.C:Clustering,S:Skewness)に限らず,不等間隔直交(C2S0),等間隔非直交格子(C0S2)の場合においても同様であるため,修正コロケート格子系差分スキームが適切に一般座標系に拡張されていることがわかる.さらに,本研究で構成した一般座標系差分スキームの実際の乱流場への適用例として,平行平板間内乱流の直接数値シミュレーションを不等間隔非直交性の異なる2つの計算格子を用いて行った.その結果として,乱流強度分布を図2に示す.スタガード格子系差分スキームの場合(図2(a)),計算格子が非直交だと乱流強度の全成分が減少し,2つの計算格子の結果に大きな差異が認められる.これは,スタガード格子系差分スキームの場合,計算格子が非直交だと運動エネルギーが適切に保存されないことに起因していると考えられる.一方,修正コロケート格子系差分スキームの場合,乱流強度は計算格子の不等間隔非直交性の影響をほとんど受けていない.一般的に,数値解析結果の信頼性を示すためには,計算格子に対する解の依存性がないということを証明する必要がある.これまでは,主として格子点数,つまり計算格子の解像度が格子依存性として取り扱われているが,一般座標系においては,計算格子の不等間隔・非直交性に対する依存性についても計算格子依存性として考慮しなければならない.従って,計算格子の不等間隔・非直交性への依存性が小さいことが証明された修正コロケート格子系差分スキームが,一般座標系における乱流数値計算手法として優れた特性を持つことが実証されたと言える.

図1 コロケート格子系差分スキームおよび修正コロケート差分スキームにおける運動エネルギー保存特性誤差のクーラン数(CFL)に対する変化.白抜き:コロケート格子系差分スキーム,黒塗り:修正コロケート格子系差分スキーム図2 平行平板間内乱流の乱流強度分布.

 次に,課題(2)においては,具体的には以下のような問題点がある.

 2.1 フィルター操作と座標変換の取り扱い

 2.2 非等方的な計算格子おいて,渦粘性型SGS(Subgrid scale)モデルの長さスケールの定義

 2.3 Dynamic SGSモデルにおけるグリッドフィルターとテストフィルター操作の相似性

 本研究では,次のような考えをもとに一般座標系におけるラージエディシミュレーションの定式化を行った.まず,支配方程式の導出には,Navier-Stokes方程式に対して,計算空間で一様なフィルター操作を施し,Filtered Navier-Stokes方程式を導出した後,座標変換を施すという定式化を採用した.ここで,厳密にはフィルター操作と微分との交換性が成り立たないが,2次精度交換フィルターの概念に基づくと,支配方程式の離散化誤差の範囲内では交換性が成り立つとして扱える.Dynamic SGSモデルは,長さスケールを陽的に指定する必要がなく,流れ場の状況によって長さスケールが自動的に決定される手法であると考えると,一般座標系においては,流れ場の状況だけでなく計算格子の不等間隔非直交性およびアスペクト比の影響も含めて長さスケールが自動的に決定されていると解釈できる.本研究では,モデル係数値の平均化手法として流れ場に一様な方向を必要としないラグランジュ平均化手法を用いたDynamic mixedモデルをSGSモデルとして採用した.本研究で構築した一般座標系におけるラージエディシミュレーション法を検証するため,平行平板間内乱流のラージエディシミュレーションを不等間隔非直交性の異なる5つの計算格子を用いて行った.その結果,流れ方向平均流速,乱流強度およびモデル係数値といった統計量が計算格子の不等間隔非直交性の影響は僅かであったため,一般座標系における有限差分法を用いてラージエディシミュレーションを行うことの妥当性が確認された.

 また,本研究で構築した一般座標系におけるラージエディシミュレーション法の応用として,レイノルズ数3900の円柱周りの流れのラージエディシミュレーションを行った.従来の実験値や計算との比較を通じ,実際の工学的な流れ場における本計算方法の妥当性を検証した.

審査要旨

 本論文は,「複雑形状乱流場解析に適した一般座標系差分スキームの構成とそのラージエディシミュレーションへの応用」と題して,複雑形状を有する非圧縮性高レイノルズ数乱流場に対する信頼性の高い数値解析手法を確立することを目的として,一般座標系におけるラージエディシミュレーション解析手法の基礎研究を行うとともに,円柱周りの流れに適用してその有効性を検討したものである.

 第1章において,序論として研究の動機,背景および目的が述べられている.ここで,論文提出者は,複雑形状乱流場に対する解析手法が確立されていない現状を認識し,一般座標系におけるラージエディシミュレーションによる解析手法を確立することの重要性を指摘している.

 第2章において,論文提出者は,本論文の目的を達成するために一般座標系における信頼性の高い離散化手法を確立することが必要であることを指摘し,ラージエディシミュレーションや直接数値シミュレーションに適した信頼性の高い一般座標系差分スキームの構成を行っている.差分スキームの性能判定基準として特に保存特性に着目し,これまでの一般座標系差分スキームが運動エネルギーを適切に保存しないという問題点を明らかにしている.高レイノルズ数乱流場のラージエディシミュレーションや直接数値シミュレーションにおいては,分子粘性やSGS乱流モデルによる乱流粘性に起因する散逸効果が相対的に小さくなるために,運動エネルギーを適切に保存しない事による散逸誤差が致命的となりうるので,この問題点に着目したことは妥当である.これに対して,論文提出者は,一般座標系に拡張できないと考えられていた修正コロケート格子系差分スキームが座標変換を導入することによって一般座標系に拡張可能であることを定式化の上で明らかにしている.

 第3章では,支配方程式の導出や離散化について言及されるとともに,本論文で使用されている計算アルゴリズム,時間進行法,圧力方程式解法等の非圧縮性乱流の数値解析手法の概要が述べられている.

 第4章では,第2章で構成された一般座標系における差分スキームの検証が行われている.まず,保存特性の検証として,2次元周期的非粘性流の計算が行われている.その結果,非直交計算格子を使用した場合,従来使用されてきたスタガード格子系差分スキームが運動エネルギーを適切に保存できないのに対して,本論文で構成された一般座標系における修正コロケート格子系差分スキームは,不等間隔非直交である任意の一般座標系格子を用いた場合でも,運動エネルギーを満足できる精度で適切に保存することを数値的に実証している.また,実際の乱流場における検証として,チャンネル内乱流の計算が行われている.その結果,一般座標系における修正コロケート格子系差分スキームは運動エネルギーを適切に保存するため,平均流速や乱流強度の分布等の解析結果に対する計算格子の不等間隔・非直交性の影響が非常に小さいという優れた特性をもつことを実証している.すなわち,論文提出者が提案する一般座標系における修正コロケート格子系差分スキームが複雑形状乱流場解析に適した差分スキームであるといえる.

 第5章では,従来,明確にされていない一般座標系におけるラージエディシミュレーションの定式化について論じられている.ラージエディシミュレーションを一般座標系に拡張する際の問題点として,フィルター操作と座標変換の取り扱い,渦粘性型SGS乱流モデルの長さスケールの定義,Dynamic SGSモデルにおけるグリッドフィルターとテストフィルター操作の相似性等に着目し,Ghosalらの2次精度交換フィルターの概念を拡張し,計算空間上でフィルター操作を想定したLagrangian dynamic mixed SGSモデルに基づいた定式化を行っている.本論文で定式化された一般座標系におけるラージエディシミュレーション解析手法を検証するため,チャンネル内流れのラージエディシミュレーションを不等間隔性,あるいは非直交性の異なる5種類の計算格子を用いて行っている.その結果,提案された手法において,計算格子の不等間隔非直交性が平均流速,乱流強度等の統計量に及ぼす影響は僅かであり,この手法の工学的な流れ場への適用が極めて有用であることを確認している.

 第6章においては,本論文で構成した一般座標系におけるラージエディシミュレーション解析手法の実際の乱流場への応用として,レイノルズ数が3,900の円柱周りの流れを対象とし,抗力係数,揚力係数,ストローハル数,平均流速および乱流強度分布等を求め,実験値と比較検討を行い,その有効性を確かめている.また,実験で観察されているような後流の3次元構造や,円柱表面からはく離した自由せん断層内において同位相で形成される乱流遷移渦がこの手法によって再現されることが述べられている.

 第7章に本論文全体の論文が述べられている.

 以上を要約すると,本論文において一般座標系における信頼性の高い差分スキームが構成されるとともに,ラージエディシミュレーションの一般座標系への拡張の試行を通じて,複雑形状乱流場の信頼性の高い解析手法の確立に対する重要な知見が与えられている.従って,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54686