オイルショックの時代に始まった環境への関心は専ら化石燃料の枯渇問題であったが、近年の環境問題は地球環境問題と地域環境問題に大別される。地球環境問題としては二酸化炭素などの温室効果ガスによる地球の温暖化問題であり、地域環境問題は窒素酸化物や一酸化炭素、粒子状微粒子による大気汚染や酸性雨の問題である。いまや世界中で物流の中心となった自動車からの排出ガスはこういった汚染物質に大きく関与している。そのため自動車用内燃機関からの排出物質の低減が強く求められており、将来的にはより高効率で、排出ガスの清浄な代替動力、代替エネルギへの変換も押し進められているが、それらの普及には今しばらく時間が必要のようである。そこで次世代の本格的な低公害車の普及を待つ間、現在広く普及している自動車用機関の高効率化、排出ガスの清浄化にも努力すべきである。 自動車に用いられている原動機はディーゼル機関とガソリン機関に分けられる。ディーゼル機関の熱効率は内燃機関としては最も高く、二酸化炭素の排出量の面で見ると歓迎されるが、その燃焼形態が拡散燃焼であるために窒素酸化物や微粒子状物質の排出量が多く、その低減が求められている。一方ガソリン機関は三元触媒による排気の後処理技術が確立されているため、排出ガス中に含まれる汚染物質はディーゼルに比べ格段に少ないが、ノック等の異常燃焼を抑制するために、ディーゼル機関に比べ圧縮比を低くせざるを得ずそのため熱効率が低くなっており、これを高めることを求められている。更にガソリン機関では部分負荷ではポンプ損失を生じるため実用燃費の悪化を招いている。 ガソリン機関の熱効率を実質的に支配するパラメータは膨張比となる。そこで圧縮比はノックが発生しないような値に抑えたまま、膨張比のみを高めた低圧縮・高膨張比サイクルによってガソリン機関の理論熱効率を高めることが可能となる。ミラーサイクルは吸気弁を通常よりも早く閉じることで、通常のオットーサイクルに冷凍サイクルを付加したものであったが、その原理はこの低圧縮・高膨張比サイクルにある。 以上のような背景のもと、本論文では理論熱効率を高める目的で無過給ガソリン機関にミラーサイクルを適用した場合に生じる特性について数値計算および実験により明らかにしている。 本論文は5章から構成されている。以下に本論文の内容を要約する。 第1章は序論で本研究の背景として環境問題を取り上げ、続いてガソリン機関の熱効率向上手法について解説し、ミラーサイクルを紹介している。さらに過去の研究例の検討を行ない、本論文の目的および構成を記している。 第2章ではミラーサイクルを実現する手段として吸気弁直動式可変タイミング機構を適用した場合のサイクルの特性について数値シミュレーションを行なっている。計算プログラムは管内の流れを1次元圧縮性非定常非エントロピ流れとしたNavie-Stokes方程式を二段階Lax-Wendroff法を用いて解いている。要素の境界条件には特性曲線法を用いている。シリンダ内の燃焼モデルは2領域燃焼モデルで壁面からの伝熱にはAnnandの実験式を用いている。 吸気弁の弁閉時期により変化する実質的な圧縮比を実効圧縮比と呼び、これを定める指標として上死点におけるシリンダ内未燃ガス温度を用いることとし、従来の絞り弁方式機関との比較で実効圧縮比を定める。全負荷を与える吸気弁閉時期に対し、吸気弁を早く閉じる場合を「早閉じ」、遅く閉じる場合を「遅閉じ」とすると、早閉じと遅閉じの場合の実効圧縮比値と吸気弁閉時期の関係や、その時の体積効率などから考えられる早閉じと遅閉じの特性について考察する。また、可変タイミングによる調量時のポンプ損失を算出し、正味熱効率の向上可能性について検討する。最後にミラーサイクルを適用した場合の熱効率の向上率について考察を行なう。 第3章では実際にミラーサイクル機関を試作し、台上実験により第2章での数値計算の結果を検証する。吸気弁上流の吸気通路にカム軸と同期して回転する回転弁を配置し回転弁の位相を変化させる簡易的な手法で早閉じ方式可変吸気タイミングを実現した。この回転弁方式と吸気弁直動方式の場合の相違について数値計算で検討を加えた後、実験を行ない、回転弁による調量の特性の把握、正味熱効率の改善率の算出および指圧線図の結果を用いて改善要因の特定を行なう。実効圧縮比の低減に関しても数値計算結果との検証を行なう。その後、実験により新たに高負荷領域および低負荷領域において、無過給ミラーサイクル機関で注意すべき特性が明らかになったのでその原因について考察し、対処方策が有効であることを実験で確認する。 第4章ではさらに簡便に低圧縮・高膨張比を実現する機構として、吸気弁の固定タイミング方式の実験を行なう。前章までに得られた結果をもとに固定タイミングでもミラーサイクルの原理を生かして熱効率を高めることが可能であることを実験により実証する。さらにミラーサイクルを実現する方法とその効果についてまとめ、本論文で検討したような無過給ミラーサイクル機関の効果的な用途について考察する。 第5章は結論で本論文の総括を記す。 |