学位論文要旨



No 114198
著者(漢字) 榎本,俊之
著者(英字)
著者(カナ) エノモト,トシユキ
標題(和) シリコンウェーハ用固定砥粒加工工具の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 114198
報告番号 甲14198
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4324号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷,泰弘
 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 助教授 光石,衛
 東京大学 助教授 中尾,政之
 東京大学 助教授 柳本,潤
内容要旨 1.緒言

 砥粒加工技術は,半導体材料,ガラス,セラミックス等の硬脆材料をはじめとする各種材料の精密仕上げに不可欠な,極めて重要な加工技術である.その中でもラッピング,ポリシングに代表される遊離砥粒加工法は比較的簡単な工具,装置を用い,容易に高い加工精度が得られることから,多くの加工現場で用いられてきた.しかしこの加工法は,遊離砥粒による劣悪な作業環境,廃液処理,低加工能率などの問題を有するため,固定砥粒加工法への置き換えが検討されてきた.その結果,ラッピング相当の粗加工においては,既に固定砥粒加工への代替が行われており,加工能率の向上(100倍程度),加工面粗さの向上(1/10程度)が実現されている.しかし,高品位な加工面が得られるポリシングを代替できるような固定砥粒加工技術としては,スクラッチの発生問題等があり,実用化されているものはない.

 こうした遊離砥粒の固定化が切望されている加工プロセスとして,シリコンウェーハの加工が挙げられる.シリコンウェーハは言うまでもなく,高度情報化社会を支える半導体デバイスの基板材料として,極めて重要な加工部品,製品である.そして,その加工プロセスの殆どに遊離砥粒加工技術が適用されている.しかし,近年LSIの高集積化のために,シリコンウェーハの大口径化,高平坦化が要求されるようになり,遊離砥粒加工法では適正な生産性,加工精度が得られない,また廃液による環境への影響,といった問題が顕在化してきた.

 そこで本研究では,新たに遊離砥粒の固定化技術を提案するとともに,シリコンウェーハの加工プロセスへ適用することを目的に,固定砥粒加工工具を開発することとした.

2.シリコンウェーハ用固定砥粒加工工具の提案

 遊離砥粒の固定化の中で,ラッピング相当の粗加工においては,加工の高能率化,高精度化のみならず,実際の生産工程に適用するためには,適正な工具コストにすることが必要である.そこで,本研究では低コストに作製することができる工具の提案を行う.

 一方,ポリシング相当の高品位な加工面を得るためには,従来,超微細砥粒あるいは工作物より軟質なメカノケミカル砥粒を使用することが試みられてきた.しかし超微細砥粒を使用すると,砥石目づまりと,その結果としての研削焼け等が発生しやすく,また,軟質なメカノケミカル砥粒を用いた砥石で加工を行うと,極めて高い加工面品位が得られるものの,加工能率が低く,実際の加工工程に適用することは困難である.そこで本研究では,ダイヤモンド砥石にケミカル作用を付与する,あるいは超微細メカノケミカル粒子の凝集体を砥粒として用いることとした.

 そして以上の固定砥粒化技術を,シリコンウェーハ加工に適用することとした.

 まず切断加工においては,現在,生産性向上のために遊離砥粒を用いたマルチワイヤ切断が使用されており,遊離砥粒の固定化を図るために,低コストに作製できるレジンボンドワイヤ工具の提案を行う.

 ウェーハ平面ラッピングを代替する固定砥粒加工工具には,0.1mRy以下の表面粗さを,安定に実現することが求められる.そのため,研削砥石に化学的作用を付与することで,工作物表面を被削性のよい材料に改質しながら加工を行う,メカノケミカル加工を適用することとした.表面改質を行うことにより,切り屑を速やかに除去し,砥石目づまりを抑制することが可能となる.

 シリコンウェーハのエッジは研削加工により面取りがなされた後,エッジからの発塵防止のため,遊離砥粒による研磨加工が行われている.しかし加工時間が極めて長いため,固定砥粒加工による高能率化が望まれている.そこで高能率にポリシング相当の加工面を得ることのできる,超微細シリカ凝集砥粒を用いた研磨フィルムの開発を行う.

 そして最終加工プロセスとして研磨加工が行われているが,ウェーハの高平坦化に応えるためには,研削加工により高い平坦度を創成し,その後に僅かの取り代を研磨加工により除去する工程が望まれる.そのため,本工程に適用する研削砥石は,研磨取り代を最小限にするために,ポリシング相当の高い加工面品位を高能率に,安定に実現する必要がある.そこで先述の超微細シリカ凝集砥粒を用いた研削砥石を適用することとする.

 次章以降では,各固定砥粒加工工具の開発および評価結果について述べる.

3.金属粉末を添加したレジンボンドダイヤモンドワイヤ工具の開発

 現在の遊離砥粒ワイヤ切断を代替する固定砥粒ワイヤ工具としては,既に電着ワイヤ工具が開発されているが,高コストであることから適用されず,また近年になりレジンボンドワイヤ工具が開発されたが,破断ねじり強度が低く断線しやすい,また工具摩耗が著しいといった問題が指摘されている.

 そこで工具の破断ねじり強度および耐摩耗性の向上を目的とし,金属粉末を添加したレジンボンドワイヤ工具を開発した.金属粉末添加により,工具作製時の結合剤焼成過程で生じるワイヤの青熱脆性を抑制し,加工時には砥粒保持強度を向上できるものと考えられた.その結果,破断ねじり強度を向上させ,加工特性についても,図1に示すように,レジンボンドワイヤ工具に比べ切断能率および耐摩耗性の向上を実現することができた.

図1 開発したワイヤ工具の加工特性
4.光硬化性樹脂を用いたレジンボンドダイヤモンドワイヤ工具の開発

 前章で開発したレジンボンドワイヤ工具を,さらに低コストに製造することを目的に,工具製造速度の高速化を行うこととした.そこで結合剤として通常使用される熱硬化性樹脂ではなく,光硬化性樹脂を用いることとした.

 ここで工具の耐摩耗性向上等のために,前章と同様,粉末添加を行う必要があるが,光硬化性樹脂は粉末混入により硬化反応が阻害されるため,その影響について評価を行った.その結果,シリカ粉末,アルミナ粉末を用いた場合は,少なくとも300m/min以上で,銅粉末,アルミニウム粉末を用いた場合は,150m/min以上の速度でワイヤ工具を作製できることが明らかになり,コスト的に実際の生産工程に適用できることがわかった.また樹脂の耐熱性を評価したところ,ワイヤ加工点温度である400℃までは熱硬化性樹脂と同程度であることも判明した.

5.マイクロカプセルを利用した精研削用砥石の開発

 ここでは従来のウェーハ平面ラッピングを代替するために,化学的作用を有する固定砥粒加工工具を開発する.そして,シリコンとトライボケミカル反応を生じるパーフルオロポリエーテル(PFPE)オイルを内包したマイクロカプセルを作成し,これを添加したラッピング砥石を開発した.マイクロカプセルを介してオイルを砥石内部から加工点に供給することで,化学的作用を確実にまた効果的に発現させることが期待できる.その結果,図2に示すように,他のカプセル無添加あるいは無反応性のオイルを内包したカプセル添加の砥石に比べ,高い除去能率が得られ,また加工面も砥石C5のみ研削焼けを起こすことなく,50nmRy程度の鏡面を得ることができた.さらに加工面分析を行った結果,トライボケミカル反応の発生が確認された.

図2 カプセル添加砥石による除去能率
6.超微細シリカ凝集砥粒を用いたエッジ加工用研磨フィルムの開発

 ウェーハエッジ研磨加工を固定砥粒化するために,可撓性を有し,ウェーハエッジ形状に追従し加工を行うことが可能な,研磨フィルムを適用することとした.そしてポリシング相当の高加工面品位を得るために,メカノケミカル作用を有する超微細シリカ砥粒を用いた研磨フィルムにより加工を行った結果,除去能率が低く,前加工面のスクラッチが残留してしまうことがわかった.

 そこで高加工面品位と高加工能率を実現するために,超微細シリカを凝集させた粉末を砥粒に用いることとした(図3).この砥粒は加工時には破壊し,その表面は平滑となり,一次粒子である超微細シリカによるメカノケミカル作用が生じる.また凝集砥粒を用いるため,砥粒の作用面積が少なくなり加工圧力が高まるため,機械的作用および化学的作用が高まり,加工能率の向上が期待できる.そしてこの研磨フィルムにより加工を行った結果,図4に示すように,表面粗さ0.3mRyの前加工面をスクラッチの見られない平滑な加工面(23nmRy)に仕上げることができた.

図3 研磨フィルム断面図4 加工後のエッジ表面
7.超微細シリカ凝集砥粒を用いた仕上げ加工用研削砥石の開発

 超微細シリカ凝集砥粒を用いることにより,高能率にポリシング相当の平滑な加工面を得られるのみならず,砥石のチップポケットが大きくなり,目づまりが抑制されることが期待できる.そこで開発した砥石により研削加工を行った結果,表面粗さ15nmRyのスクラッチの見られない平滑面を得ることができ,また砥石面観察より目づまりを生じていないことが確認された.

8.結言

 本研究では,遊離砥粒の固定化技術をシリコンウェーハの加工プロセスに適用するために,いくつかの固定砥粒加工工具の提案,開発を行い,以下のような結果を得た.

 (1)シリコンインゴット切断工具として,レジンボンドダイヤモンドワイヤ工具の結合剤樹脂に金属粉末を添加することにより,工具の破断ねじり強度を向上させ,加工特性についても,切断能率および耐摩耗性の向上を実現した.さらに結合剤樹脂に光硬化性樹脂を用いることで,高速にワイヤ工具を製造することが可能となり,工具の低コスト化を実現できることがわかった.

 (2)ウェーハ平面精研削用工具として,シリコンとトライボケミカル反応を生じるPFPEオイルを内包したマイクロカプセルを作成し,これを添加したラッピング砥石を開発した.この砥石により研削焼けを生じることなく鏡面を得ることができた.

 (3)ウェーハエッジ研磨加工用工具として,超微細シリカ凝集砥粒を用いた研磨フィルムを開発した.この工具により,スクラッチのない23nmRyの鏡面を得ることができた.

 (4)ウェーハ平面仕上げ加工用工具として,超微細シリカ凝集砥粒を用いた研削砥石を開発した.この工具により,砥石目づまりを起こすことなく,15nmRyの鏡面を得ることができた.

審査要旨

 砥粒加工技術は,硬脆材料等の仕上げ加工法として極めて重要であり,その中でも特に遊離砥粒加工法は多くの加工現場で用いられてきた.しかしこの加工法は,廃液処理や低加工能率などの問題を有するため,固定砥粒加工法への置き換えが検討されてきた.そして,近年になり大口径化,高平坦化の著しいシリコンウェーハの加工においては,特にこうした遊離砥粒の固定化が切望されている.

 そこで本論文は「シリコンウェーハ用固定砥粒加工工具の開発に関する研究」という題目のもとに,全8章より構成され,そこでは新たな遊離砥粒の固定化技術を提案するとともに,シリコンウェーハの加工プロセスへ適用することを目的に,固定砥粒加工工具を開発している.その各章は主に以下の内容となっている.

 第1章「緒論」においては,遊離砥粒の固定化の重要性,そして現状および新たに提案する固定砥粒加工工具の特徴について述べている.また加工プロセスの変革が迫られているシリコンウェーハ加工に適用すべく新たな加工工具の提案,開発を行うという本研究の目的について述べている.

 第2章「シリコンウェーハ用固定砥粒加工工具の提案」においては,従来の遊離砥粒の固定化技術を分析し,それら技術の有する問題を解決するために,製造コストに着目した加工工具,および工作物に対しケミカル作用を発現する加工工具の提案を新たに行っている.そしてこれらの加工工具をシリコンウェーハ加工に適用するため,切断用ワイヤ工具,精研削用砥石,エッジ加工用研磨フィルム,仕上げ加工用研削砥石の提案を行っている.

 第3章「金属粉末を添加したレジンボンドダイヤモンドワイヤ工具の開発」においては,まず現行の遊離砥粒ワイヤ切断を代替する固定砥粒ワイヤ工具として既に開発されている,電着ワイヤ工具とレジンボンドワイヤ工具の問題点を明らかにしている.

 そしてそれらの問題を解決するために,金属粉末を添加したレジンボンドワイヤ工具を開発し,工具の破断ねじり強度,耐熱性の向上および切断能率,耐摩耗性の向上を実現している.

 第4章「光硬化性樹脂を用いたレジンボンドダイヤモンドワイヤ工具の開発」においては,前章で開発したワイヤ工具をさらに低コストに製造することを目的に,工具製造速度の高速化を行っている.すなわち結合剤として通常使用される熱硬化性樹脂ではなく,光硬化性樹脂を用いている.

 そして工具耐摩耗性の向上等のために添加する粉末として,シリカ粉末を用いた場合は300m/min以上で,銅粉末を用いた場合は150m/min以上の速度で工具を作製できることを明らかにし,コスト的に実際の生産工程に適用できることを見いだした.

 第5章「マイクロカプセルを利用した精研削用砥石の開発」においては,現在,粗平面加工において使用され始めているダイヤモンド砥石に対し,さらなる加工の高能率化,高精度化を実現するために,ケミカル作用を付加している.すなわち,シリコンにトライボケミカル作用を生じるパーフルオロポリエーテルオイルを内包したマイクロカプセルを作成し,これを添加したラッピング砥石を開発している.

 その結果,カプセル無添加あるいは無反応性のオイルを内包したカプセル添加の砥石に比べ,高い除去能率が得られ,また加工面も研削焼けを起こすことなく鏡面(50nmRy)が得られることを明らかにしている.さらに加工面分析を行い,トライボケミカル反応の発生を確認している.

 第6章「超微細シリカ凝集砥粒を用いたエッジ加工用研磨フィルムの開発」においては,エッジ研磨加工を固定砥粒化するために,フィルム研磨加工を適用している.

 すなわち研磨仕上げ相当の高加工面品位を高能率に達成するために,超微細シリカを凝集した粉末を砥粒に用いている.この砥粒は加工時には破壊し,その表面は平滑となり,一次粒子である超微細シリカによるメカノケミカル作用が生じる.また凝集砥粒を用いているため,作用砥粒数が減少し加工点での応力が高まり,機械的作用および化学的作用が活性化し,加工能率の向上を果たしている.そしてこの研磨フィルムにより,従来の研磨フィルムの場合に比べ,スクラッチフリーの加工面(23nmRy)を高能率(10min)に得ている.

 第7章「超微細シリカ凝集砥粒を用いた仕上げ加工用研削砥石の開発」においては,現在複数の工程により行われている仕上げ研磨加工の一部を研削加工に代替することを目的に,ダメージフリー加工を高能率に実現できる,超微細シリカ凝集砥粒を用いた研削砥石を提案,開発している.そして,その砥石を用いることで15nmRyのスクラッチフリーの平滑面を得ている.

 第8章「結論」においては,以上の章の要約を行い,本研究の目的が達成されたことを述べるとともに,今後の展望について言及している.

 以上のように,本論文は固定砥粒加工工具に新しい機能を付加できることを示し,そこで得られている知見は固定砥粒加工学への寄与が極めて大きい.また,本論文で提案している技術は工業的有用性にも優れている.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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