学位論文要旨



No 114200
著者(漢字) 土屋,直木
著者(英字)
著者(カナ) ツチヤ,ナオキ
標題(和) ラジアルタービンの動翼内流れの三次元数値解析
標題(洋)
報告番号 114200
報告番号 甲14200
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4326号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨

 ラジアルタービンは,自動車用,舶用エンジンの過給機として幅広く用いられており,また,発電用,自動車用ガスタービンといった比較的小型のガスタービンで採用されている.ガスタービンは,多種燃料の適合性,クリーンな排ガスといった特徴を持つので,近年の深刻な環境・エネルギー問題から,自動車用エンジンをはじめとする小型のエンジンとしても注目され始めているが,ガスタービンのような速度型の内燃機関は小型になるにつれて効率は低下する傾向にあるので,広く普及している既存の容積型の内燃機関に対抗するには,高効率化が大きな課題の一つといえる.流体力学的アプローチによる高効率化の達成は,空力的に優れた内部損失の少ないタービン動翼形状の開発によって可能となるが,そのためにはまずは動翼内部の流れを正確に把握することが重要である.しかしラジアルタービンの動翼内流路は,作動流体が半径方向から流入し軸方向へ流出するという複雑な三次元形状であるので,内部流れを予測するのは容易なことではなく,実験的手法で内部流れを知ろうとしても一般にラジアルタービンは小型,高速回転であるので,動翼内部の流れを計測することは非常に困難である.こういった流れ場については,近年の急速なコンピューターの発展と共に発展してきたCFD(数値流体力学)の利用が非常に有力な手段となる.

 ラジアルタービンの動翼内流れについての従来の研究では,流路内で発生する通過渦,翼面付近の速度ベクトル,動翼出口での流れ角分布等でいくつかの研究例に共通する傾向は得られつつも,研究例自体が少ないこともあって動翼内流れの全容を解明するには遠く及んでいない.重要な動翼内損失である翼端隙間からの漏れ流れに注目した研究は,ラジアルタービンに関してはほとんど行われておらず,翼端隙間からの漏れ流れの詳細な様子や隙間幅による漏れ流れの変化については未解明といえる.翼形状としては,エクスデューサ部の翼根部の応力軽減と二次流れ抑制を目的に,エクスデューサ部の翼を負圧面側に傾けるリーンバック動翼と呼ばれる新しい形状が提案されているが,翼の傾斜角度(リーン角度)によって二次流れや効率がどのように変化するかやリーン角度の漏れ流れに与える影響については,研究例がほとんどないために明らかになっていない.

 こうしたことから,ラジアルタービンの動翼設計における確固たる指針は確立しておらず,経験に依るところが大きいのが現状である.そこで本研究では,設計における有用な指針を提供することを目的に,ラジアルタービンの動翼内流れの三次元数値解析を行った.

 まずはラジアルタービンの動翼内流れを解くための差分法による三次元圧縮性粘性流れ解析コードを独自に開発した.基礎方程式には時間平均圧縮性ナビエ・ストークス方程式を一般曲線座標系に変換したものを用いた.数値解法は,時間差分には一次精度のオイラー陰差分を用いて,陰的時間差分を効率良く計算するためにLU-ADI法を採用した.対流項の差分における数値流束の評価にはvan LeerのMUSCL法を用いており,MUSCL内挿の過程ではminmod関数による流束制限関数を導入することでTVD条件を満たすようにしている.粘性項は中心差分で離散化している.定常解を求めることを前提に時間進行法にて計算を進め,収束を加速するために局所時間刻みを導入した.乱流モデルは代数モデルのBaldwin-Lomaxモデルを用いた.作成した計算コードは,平板上の流れと単独翼周りの流れを計算することで,検証を行った.

 次にこの計算コードを用いて,LDVで内部流れが計測されたラジアルタービンを計算対象に,翼端隙間流れを考慮した動翼内流れの三次元数値解析を行った.すべての翼間で同じ流れが起きているという周期境界の仮定のもとに1つの翼間のみの計算を行った.計算格子は,翼端隙間からの漏れ流れを忠実に再現するために,翼端隙間部にも別の計算ブロックを設けるマルチブロック法を採用した.ラジアルタービン特有の厚い翼後縁の後流部と,動翼出口以降のハブから回転中心にかけての領域にも別の計算ブロックを設けた.これにより計算対象となる1つの翼間領域が,翼間を埋める計算ブロックと合わせて4つの計算ブロックで構成されることになる.ラジアルタービンの動翼内流れ解析におけるマルチブロック法の適用例はほとんどなく,先駆けての採用といえる.計算は,翼端隙間を考慮した場合としない場合,考慮した場合についてはさらに隙間幅を変化させた場合について行い,最後にリーン角度を変化させての計算を行った.その結果,以下の結論を得た.

 1.実験結果との比較では,全体的な傾向としては一致しているといえる.しかし一部で相違も見られる.ラジアルタービンの動翼内流れについての従来の研究例と本計算結果とを比較してみると,従来の研究例で見られる動翼内流れの特徴を,本計算でもとらえることができているといえる.

 2.動翼内二次流れについては,これまでの研究でとらえられていた通過渦や両翼面近傍の流れをはじめとする二次流れの詳細な様子をとらえることができ,そうした二次流れの発生機構について物理的な解釈を与えることができた.また翼端隙間ありとなしの計算結果の比較から,翼端隙間が翼間二次流れに大きな影響を与えていることがわかった.具体的に述べると,動翼内流路前半では,これまでの計算例で明らかになっている回転と反対方向の通過渦をとらえることができた.この渦の発生機構は,各壁面に沿った流れを個別に考えることで粘性の効果なしに説明することができる.また壁面上の境界層流れは必ずしも通過渦の向きとは一致していないことがわかった.動翼内流路中央部では,ケーシング方向への強い二次流れが生じている.隙間あり場合,中間ピッチから圧力面にかけての二次流れは最終的に翼端隙間部に流入していることから,二次流れが翼端隙間流れを増加させるように働いていることがわかった.隙間なしの場合,この流れは圧力面-ケーシングコーナーで行き場がなくなり,渦を形成しながらコーナー付近に停留している.動翼出口付近では,翼端隙間ありとなしの場合で二次流れの様子が大きく異なり,翼端隙間が二次流れに大きな影響を与えていることがわかった.隙間ありの場合では,漏れ渦は大きさを増して流路内部に移動し,漏れ渦から放出される流れは翼間二次流れに大きな影響を与えおり,漏れ流れを負圧面付近の局所的な現象で片づけることができなくなっている.隙間なしの場合では,scraping vortexと圧力面上の強いハブ方向への流れが生じている.これらは隙間の影響が全くないための結果として起きている.隙間なしでは回転と同方向の通過渦が発生しているという見方もできるが,隙間ありではもはやそうは言い難い流れ場となっている.

 3.翼端隙間流れについては,マルチブロック法の採用によって翼端隙間近傍の流れ場の詳細な様子を明らかにすることができた.さらに隙間幅を変化させての計算を行い,翼端隙間近傍の流れ場が隙間幅によって変化する様子をとらえることができた.具体的に述べると,動翼入口部では,漏れ流れに比べてscraping flowが支配的な流れ場となっている.隙間幅を広げると翼先端付近でのscraping flowが漏れ流れを抑止する効果が弱まり,漏れ流れの流出が翼先端付近から始まる.漏れ流れは流出後scraping flowの影響によりハブ方向に向かう流れとなっている.動翼中央部では,漏れ流れとscraping flowのどちらが支配的な流れ場となるかが隙間幅によって異なる.この付近の漏れ流れの様子は後流の流れ場に大きく反映されている.動翼出口部では,流路中央部の漏れ流れの様子を大きく反映しつつ,翼の転向で負圧面との距離が広がった流れ場となっている.

 4.翼端隙間部近傍の流れ場の詳細な様子から,漏れ渦の形成過程を明らかにすることができた.漏れ渦の形成は,負圧面上の低圧力領域がピッチ方向に拡大し,そこにハブから流れが流入することで始まっている.渦の形成過程や始点位置は隙間幅によって異なり,隙間幅が大きい場合,流路中央部付近でleakage jetが強まり負圧面から遠ざかることで低圧力領域の拡大が始まるのに対して,隙間幅が小さい場合,流路中央部でも依然としてscraping flowが支配的であるので,流路中央部以降の翼の転向により拡大が始まる.隙間幅が小さい場合,動翼出口付近でもscraping flowの影響が残るので,隙間幅が大きい場合に比べて漏れ渦の強さは弱くなっている.

 5.従来の研究で言われていたように,漏れ流れの多くは動翼中央部から出口部にかけての流路後半部で生じていることが確認できた.動翼入口部から出口部にかけての総漏れ流れ流量は隙間幅にほぼ比例していることがわかった.

 6.タービン効率は,従来の研究で言われていたように隙間幅を小さくしていくと向上する傾向にあるが,ある隙間幅より小さくなったときに大きな効率向上が得られることが新たにわかった.これは流路中央部で漏れ流れよりもscraping flowが支配的となり,その影響を受けて動翼出口で高効率領域が広く保たれるためである.

 7.リーンバック動翼については,リーン角度をつけていくと動翼出口の二次流れが低減していく様子を確認できた.またリーン角度の増加に伴って漏れ流れや漏れ渦の影響の及ぶ範囲が軽減することがわかった.リーン角度には効率の面で最適な角度が存在することが明らかとなり,これには動翼出口での絶対流れ角が関係している.

 以上のように,動翼内損失の原因である二次流れや翼端隙間流れの様子とそれらの発生機構を明らかにし,さらには翼端隙間幅やリーン角度が効率に与える影響を明らかにした.従ってラジアルタービンの動翼設計における有用な指針を提供できたといえる.

審査要旨

 本論文は「ラジアルタービンの動翼内流れの三次元数値解析」と題し,6章より成っている.

 ラジアルタービンは,車両用及び舶用エンジンの過給機として幅広く使用されている.また,ガスタービンは多種燃料への適応性,清浄な排気という特性を持つので,環境・エネルギー問題から発電用や自動車用の比較的小型エンジンとして注目されている.しかし,ガスタービンは小型化するにつれ熱効率は低下するので,ディーゼル機関に対抗するため高効率化が大きな課題となっている.この高効率化を達成するため,空力性能の優れたタービン翼形状を開発することが重要である.しかし,ラジアルタービンの動翼内流路は,作動流体が半径方向から軸方向へ流れる複雑な三次元形状であるため,内部流れを予測することは容易ではない.また,ラジアルタービンは,小型で高速回転をしているため,動翼内流れを実験的に測定することも非常に困難である.

 以上の背景を基に,本論文は,独自に開発した差分法による計算コードを用いて,ラジアルタービンの翼端隙間のある動翼内流れを明かにしている.

 第1章「序論」では,ラジアルタービンに関する従来の研究を概観し,本研究の目的及び本論文の概要について述べている.

 第2章「基礎方程式」では,三次元圧縮性粘性流れに対し,時間平均圧縮性ナビエ・ストークス方程式を回転直交座標系から一般曲線座標系に変換している.

 第3章「数値解法」では,時間差分に一次精度のオイラー陰差分を用い,陰的時間差分を効率良く計算するためにLU-ADI法を採用している.対流項の差分における数値流束の評価はMUSCL法で行い,MUSCL内挿には流束制限関数を導入し,TVD条件を満たすようにしている.粘性項は,中心差分で離散化し,定常解を求めることを前提に,時間進行法で計算を行い,収束を加速するために局所時間刻みを導入している.乱流モデルには,Baldwin-Lomaxモデルを用いている.計算格子は,翼端隙間からの漏れ流れを精度良く計算するため,翼端隙間部に別の計算ブロックを設けている.また,ラジアルタービンに特有の厚い翼後縁の後流部と動翼出口以降のハブから回転中心にいたる領域にも別の計算ブロックを設けている.ラジアルタービンの動翼内流れ解析にマルチブロック法を適用した先駆的研究と言える.

 第4章「計算コードの検証」では,平板上の流れと単独翼周りの流れの計算を行い,作成した計算コードの検証を行っている.

 第5章「計算結果及び考察」では,翼端の隙間幅を変えた計算,動翼出口部の応力軽減と二次流れ抑制を目的として出口部の翼を負圧面側に傾けるリーンバック動翼について,翼の傾斜角(リーン角)を変えた計算を行い,それらの動翼内二次流れへ与える影響,漏れ流れへの影響,タービン効率への影響等を求めている.はじめに,翼端隙間を考慮した場合としない場合の計算は,他研究者の実験結果と全体的な傾向が一致する結果となっており,また従来の研究例で見られる動翼内流れの特徴を捕らえることに成功している.次に,動翼内で発生する二次流れについて調べ,二次流れの詳細な様子を明らかにするとともに,その発生機構についての物理的な解釈を与えている.すなわち,翼端隙間ありとなしの結果の比較から,動翼内流路の後半部で翼端隙間が翼間二次流れに大きな影響を与えていることを明らかにしている.特に,マルチブロック法の採用により,漏れ流れとケーシング壁境界層の干渉,漏れ渦の形成過程といった翼端隙間近傍の詳細な流れ場を明らかにしている.その結果,翼端隙間については,動翼入口部から出口部にかけての総漏れ流量は隙間幅にほぼ比例するが,隙間幅により漏れ流れとケーシング壁上のscraping flowのどちらが支配的になるか異なり,ある程度隙間が小さくなるとタービン効率の大きな改善が見られることを明かにしている.このことは,隙間を0とすることは実際上困難であることを考えると,実用上有益な示唆と考えられる.リーン角度については,角度の増加により漏れ流れや漏れ渦の影響する範囲が減少すること,効率の面では最適なリーン角度が存在することを示している.この理由は,動翼出口の絶対流出角が関係していることを明らかにしている.

 第6章「結論」では,本研究で得られた結果をまとめて述べている.

 以上のように,本論文は,動翼内損失の原因である二次流れや翼端隙間流れの様子とそれらの発生機構を明かにしている点,翼端隙幅やリーン角度が効率に与える影響を明らかにし,ラジアルタービンの動翼設計における有用な指針を提供している点から,機械工学,特に流体工学の発展に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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