学位論文要旨



No 114205
著者(漢字) 劉,永田
著者(英字)
著者(カナ) リゥ,ユンティエン
標題(和) 圧電素子による衝撃力を用いた精密位置決め機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 114205
報告番号 甲14205
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4331号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 助教授 佐々木,健
 東京大学 助教授 黒澤,実
 東京大学 助教授 川勝,英樹
内容要旨

 本論文「圧電素子による衝撃力を用いた精密位置決め機構に関する研究」は,圧電素子の高速応答性の特性を利用し,精密組立工程を自動化するための問題点の解決策を提供することを目的としている.

 第1章では,現状の精密組立工程を自動化するための問題点を挙げ,精密組立工程の実例を述べた.問題点の解決に衝撃力の使用が有効であることを示し,衝撃力を利用した機構のいくつかの例を述べた.

 第2章では,衝撃力の発生機構として利用される圧電素子について,応用例と基本性質を述べた.また,「圧電素子を用いたフライングワイヤーによる位置決め機構」における衝撃力発生機構である印字エレメントについて,その構成,特性を述べた.圧電素子を用いた機構において,運動エネルギーを利用した方式は,静的圧力を利用した方式に比べて,エネルギーを4倍,発生変位を2倍にすることができることを明らかにした.

 第3章では,印字エレメントの静的変位を用いた位置決め機構の特性を求めた.静的変位を利用することは,通常のボールネジ機構や滑り案内機構による推力の方式に類似しており,質量の大きい移動体や仮締め状態の対象物の位置決めを行なう時,スティックスリップ現象が生ずる.この結果,通常の位置決め機構では,精密組立作業に適応できないことが実証された.

 第4章では,衝撃力を用いた位置決め機構の特性を求めた.実験結果から,衝撃力を用いることにより,仮締め状態の移動体のスムーズな微動が可能であることが判明した.また,圧電素子の片方が固定された場合の衝撃力発生機構は,1自由度機械振動系と見なし,このような機構による衝撃力を用いた位置決め装置では,移動量は移動体がハンマーの先端から離れるほど小さくなるという特性を持つことが明らかになった.

 第5章では,移動機構の特性についてシミュレーションを行なった.本位置決め機構では,シミュレーションを行なうために,衝撃力発生機構のモデル,接触状態のモデル,摩擦力のモデルの3つを考慮したモデルを作る必要がある.衝撃力発生機構のモデルは,1自由度振動系として取扱った.また,接触状態のモデルについては,現在までに提案されたいくつかのモデルを述べ,そのなかのKelvin-Voigt粘弾性モデルを使用した.摩擦力のモデルはKarnoppのモデルを用いた.これらのモデルに基づいて,4次のLunge-Kutta法による数値的な解析を行なった.その結果を実験結果と比較することにより,モデルの有効性が確かめられた.

 第6章では,フライングワイヤーによる衝撃力を用いた位置決め機構について,制御システムを構築し位置決めを行なった.また,1自由度と3自由度制御システムの構成について述べた.本章で行なった3自由度制御では,6個の衝撃力発生機構を用いて移動体のXYの駆動を行い,3個のギャップセンサーを用いて移動体のXYの移動を検知した.また,リレーを利用することにより,6個の駆動のための駆動電源アンプを2個にすることができた.制御モデルについては,実験結果に基づくモデル,衝撃応答関数に基づくモデル,そして力積に基づくモデルを述べた.この3自由度の移動機構は,1入力多出力の特性を持つシステムであることが実験で明らかになった.その特性に基づき,新たな制御手法を提案した.この手法は,並進運動および回転運動に分離した駆動方法のモデル,駆動方向の移動しか考慮しないモデル,摩擦力の非線形特性を考慮したモデル,そして,過去の制御データに基づく最小2乗法によるモデルなどが用いられている.制御を行なった結果,センサーの分解能である1mで3自由度の位置決めに成功した.この結果により,本章で用いた手法は,異なった形状の移動体や非対称性で配置された衝撃力発生機構についても適応でき,汎用性が高いと言える.

 第7章では,本論文で提案した「弾性体に支持された圧電素子による衝撃力を用いた位置決め機構」について,「フライングワイヤーによる衝撃力を用いた位置決め機構」との根本的な差異を議論した.また,本章で用いた衝撃力発生機構について,2自由度機械振動系を用いた理論的な特性を考察し,1次振動モードの挙動と2次振動モードの挙動を述べた.さらに,すでに実用化されているインパクト駆動機構について,2自由度振動系の例として取扱うことができ,その機構を用いたCCD基板の位置決め装置を例として,位置決め時に生ずる問題点を指摘し,本章で提案した位置決め機構の優越性を述べた.また,弾性体として空気圧シリンダとボイスコイルモータを挙げ,それらを圧電素子と組合わせた機構の構成について述べた.

 第8章では,弾性体に支持された圧電素子による衝撃力を用いた位置決め機構について実験的にアクチュエータの挙動および移動特性を調べた.本章では汎用的な特性を調べるために,空気圧シリンダやボイスコイルモータの代わりにバネを用い,それを圧電素子と組合わせた機構についての実験を行なった.この組合わせた機構には,質量比をパラメータとして3つ,剛性比をパラメータとして3つ,計6種類の機構を用いた.実験では,アクチュエータの自由状態の特性,壁と衝突した場合の特性,および,移動体と衝突した場合の特性を調べた.その結果,2自由度振動系モデルを用いて提案したアクチュエータの挙動を説明ができることを証明した.また,移動量に影響するパラメータは,質量比,剛性比,駆動電圧の振幅,駆動電圧パターン,駆動電圧パターンの幅,摩擦状況などであることが明らかになった.この機構では,2種類の衝突動作があり,1つは圧電素子を駆動させる時の2次振動モードの衝突でり,ほかの1つは反発したハンマーが戻り再び移動体と衝突する時の1次振動モードの衝突である.移動体に働く摩擦状況によっては,かならずしも2次振動モードの衝突による移動量の方が1次振動モードの衝突より多いとは限らないことがわかった.

 第9章では,提案した移動機構の特性についてシミュレーションを行なった.本章で用いたシミュレーションの方法は,第5章で行なったものとぼぼ同じで,相異点は,衝撃力発生機構のモデルと摩擦力のモデルである.衝撃力発生機構のモデルについは,2次振動モードの衝突と1次振動モードの衝突をともに考慮した新たな解析モデルを構築した.また,摩擦力のモデルについては,動摩擦状態と静止摩擦状態との間の遷移は滑らかな変化であるというモデルを用いた.シミュレーションの内容については,実験の主な内容と同じように,アクチュエータの自由状態の解析,壁と衝突した場合の解析および移動体と衝突した場合の解析を行なった.それらの結果は実験結果とほぼ一致し,モデルの有効性が確かめられた.さらに,このモデルに基づき,質量比による移動特性を調べた結果,最大の移動量,または,衝突による最大の接触力を発生させるために,ハンマーまたは付加質量には,最適値が存在することがわかった.

 第10章では,空気圧シリンダを弾性体として圧電素子との組合わせによる機構の構成を述べ,実験的に移動特性を求めた.空気圧シリンダだけを用いて位置決めを行う精度はせいぜい数十ミクロンオーダーという現状に対して,提案した位置決め機構は,ナノオーダーのステップで移動体を連続的に駆動可能なことが確認された.実験では移動量に影響するパラメータとして,空気圧シリンダの推力,駆動電圧の振幅,駆動電圧パターン,駆動電圧パターンの幅,摩擦力などを変えて行い,移動機構の特性が明らかにした.ステップ移動の大きさを電気的に変えるためには,駆動電圧の振幅や駆動電圧パターンなどを調整すればよいと考えられる.本論文で提案した圧電素子と空気圧シリンダを組合わせた置決め機構は,空気圧シリンダの高速性,低コストの利点を利用するともに,圧電素子の高速応答性による衝撃力も利用することにより,現状の空気圧シリンダによる位置決め精度の制限を打破することができた.さらに,圧電素子の変位が微小であるという欠点を克服できた.

 第11章では,圧電素子と空気圧シリンダを組合わせた3自由度位置決め装置について,制御システムを構築し実験を行なった.本章で行なった3自由度制御装置は,6個の衝撃力発生機構を用いて移動体のXYの駆動を行うことができる.3個のギャップセンサーを用いて移動体のXYの移動を検知し,6個の空気圧方向弁を用いて空気圧シリンダの伸縮や停止を行なった.また,リレーを利用することにより,2個の駆動電源アンプを用いて6個の圧電素子の駆動を行った.移動量を推定するためのモデルは,圧電素子の保有エネルギーをもとに構成した.使用した制御手法は第6章で用いたものと同じである.空気圧シリンダの制御は,移動体の中心の位置によって,3段階の駆動方式に分けて行った.

 制御を行なった結果,センサーの分解能である0.5mで3自由度の位置決めに成功した.本論文で用いた制御手法のまとめとして,移動量が駆動電圧の2乗に比例するというモデルを利用し,最小2乗法を導入し,摩擦力の非線形の特性を考慮することにより,適切な位置決め制御が実現できることがわかった.

 第12章では,ボイスコイルモータをダンパとして圧電素子との組合わせによる機構の構成を述べ,実験的に移動特性を求めた.ボイスコイルモータは高速度,高精度の制御が可能であることを述べ,空気圧シリンダを用いた場合との比較を行った.コストや作業範囲の面では,空気圧シリンダを用いた方が優越性を持つが,制御面では,ボイスコイルモータを用いた方が優れた特徴を持つことが明らかになった.移動量に影響するパラメータとして,ボイスコイルモータの推力,駆動電圧の振幅,駆動電圧パターン,駆動電圧パターンの幅,摩擦力などを考慮し,これらをパラメータとして実験を行い,移動特性を明らかにした.また,提案したピエゾ・空気圧アクチュエータと同様に,ナノオーダーのステップで,移動体を連続的に駆動可能なことが確認された.本論文で提案した圧電素子とボイスコイルモータを組合わせた位置決め機構は,ボイスコイルモータが高速度,高精度である利点を利用するともに,圧電素子の高速応答性による衝撃力も利用することにより,現状のボイスコイルモータの小出力への応用面から踏出して大負荷への応用が可能としている.さらに,圧電素子の微小変位しか発生しないという欠点も克服できた.

 以上の成果により,本論文の「圧電素子による衝撃力を用いた精密位置決め機構に関する研究」は,精密組立工程の自動化に有効な解決策を提供する目的を達成した.

審査要旨

 本論文は「圧電素子による衝撃力を用いた精密位置決め機構に関する研究」と題し,圧電素子の高速応答特性を利用した,精密組立用自動化装置の開発について行った一連の研究をまとめたものである.

 各種の電気製品,機械製品の製造工程において,組立工程は不可欠である.簡単な組立作業の自動は進んでいるが,複雑な組立作業や高精度な部品の位置決めが必要とされる作業の自動化は困難であり,熟練者による作業に多くを頼っているのが現状である.今後,部品の小型化がさらに進むと,人手による作業が困難になって行き,自動化で対応せざるをえなくなることが予測できる.これらの精密組立の自動化に,サーボモータ等による位置決め駆動機構を用いることが難しくなっている.そこで,本論文では,小型高出力のアクチュエータである圧電素子の発生する衝撃力を利用する駆動機構と制御システムを開発することをその目的としている.

 本論文は以下の13章で構成されている.

 第1章では,本論文の序論として,現状の精密組立行程の実例を示し,精密組立工程を自動化する際の解決すべき問題点を述べている.

 第2章では,本論文における精密組立工程自動化の中で,主たるアクチュエータとして利用した圧電素子について,基本的性質と各種の応用例を述べている.

 第3章と第4章では,圧電素子を用いた位置決め機構に関し,静的変位を利用した場合と衝撃力を利用した場合の,それぞれの特性を明らかにしている.その結果,精密組立行程への適用には,衝撃力の利用が有効であることを示している.

 第5章では,圧電素子による衝撃力を利用した移動機構の特性について,モデルを構築し,それに基づくシミュレーションを行なっている.そして,実験結果との比較より,提案したモデルの有効性を示している.

 第6章では,圧電素子による衝撃力を用いた位置決め機構を製作し,実験を行った結果について述べている.その結果,センサーの分解能に等しい1ミクロンの分解能で3自由度の位置決めをすることに成功している.

 第7章では,本論文で提案する「弾性体に支持された圧電素子による衝撃力を用いた位置決め機構」と,従来の,衝撃力利用位置決め機構との差異を議論しており,提案する方式の優越性を明らかとしている.

 第8章では,提案した位置決め機構について実験的にアクチュエータの挙動および移動特性を調べ,振動モード解析に基づき,その詳細な特性を明らかとしている.

 第9章では,提案した移動機構の特性についてシミュレーションを行なった結果について述べている.その結果,最大の移動量,または,衝突による最大の接触力を発生させるためには,ハンマーまたは付加質量には,最適値が存在することを明らかとしている.

 第10章では,空気圧シリンダを弾性体として利用し,圧電素子と組合わせた機構の構成を述べ,実験的に移動特性を求めている.その結果,空気圧シリンダだけを用いて位置決めを行う精度は数十ミクロンオーダーという現状に対して,提案した位置決め機構が,ナノメートルオーダーのステップで移動体を連続的に駆動可能なことを明らかとしている.

 第11章では,圧電素子と空気圧シリンダを組合わせた3自由度位置決め装置に関し,位置決め実験を行なった結果について述べている.実験の結果,センサーの分解能に等しい0.5ミクロンの分解能で3自由度の位置決めを行うことに成功している.また,制御手法に最小2乗法を導入し,同時に,摩擦力の非線形の特性も考慮することにより,適切な位置決め制御が実現できることを明らかとしている.

 第12章では,ボイスコイルモータをダンパとして用い,それを圧電素子と組合わせた機構について述べ,実験的に移動特性を求めている.その結果として,空気圧シリンダを利用した機構に比べ,ボイスコイルモータを利用した機構が,制御面で優位にあることを明らかとしている.また,この機構が,ナノメートルオーダーのステップで,移動体を連続的に駆動可能なことを確認している.

 第13章は結論であり,本論文を適切にまとめると同時に,本論文で得られた重要な知見を整理し,示している.

 以上をまとめるに,本論文では,圧電素子による衝撃力を用いた精密位置決め機構について,理論的な解析と詳細な実験結果を与えると共に,空気圧シリンダやボイスコイルモータとの組み合わせを提案することにより,従来の機構の欠点を改善している.本論文で提案している機構は,精密組立工程の自動化における問題点の有効な解決策となりうるものであり,工学的に優れているだけでなく,産業界における自動化技術の発展への貢献も大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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