学位論文要旨



No 114206
著者(漢字) 陳,建銘
著者(英字)
著者(カナ) ツュン,チェンミン
標題(和) 液晶分子を用いる近接場の散乱に関する研究
標題(洋) The Study on Scattering of Evanescent-wave by Liquid Crystal Molecules
報告番号 114206
報告番号 甲14206
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4332号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 助教授 高増,潔
 東京大学 助教授 佐々木,健
内容要旨

 近年,精密測定の走査式顕微鏡には,STM(Scanning Tunneling Microscope)ファミリと言われる解像度を高めるためにトンネル効果に基づく,様々な物理性質を利用した方法がある.それらは,.その中で,光学におけるトンネル効果として注目されるのは,近接場という物理現象である.近接場を発生するためには,異なる屈折率を持っている二つの媒質をつくり,密の媒質から疏の媒質への光線を送る.その境界で,全反射した時に発生する電磁場が近接場である.近接場の特徴は,境界からの強度がExponential関数であることや,進行方向が境界平面上にあることである.近接場と被測定物の散乱を,先端部分に微小開口があるファイバに光子を伝導して測定することをPSTM(Photon Scanning Tunneling microscope)と言う.したがって,被測定物と近接場の散乱をこのような顕微鏡の原理として研究する必要がある.一方,微粒子と近接場の散乱性質は現在研究されている.その応用の一つとして帯電微粒子の運動を制御して近接場との散乱の発生により,スイッチングの方法が発表された.しかし,その欠点は,微粒子の大きさと分布がその散乱に強く関係するため,それらがデバイスの性能に影響を与えてしまうことである.さらに,運動の速さも微粒子の密度と溶液の種類に制限されてしまう.

 従来の液晶スイッチは電界制御で液晶の非線形屈折率を利用して,入射光の反射,透過によりスイッチのON,OFFを制御する.その欠点はスイッチング時間が遅いことが,利点は集積度がよく,通信などに応用している.本研究の目的は液晶分子を導入し,ネマティック液晶分子の回転性質を利用して近接場の散乱を理論モデルにより分析し,集積度の利点による,新しいスイッチングの構造を提案したものである.

 散乱の理論モデルは,近接場のレイリー散乱において境界にある任意の形状の散乱体を仮定することと,入射光の偏光の向きの二点を考えている.平面波のレイリー散乱では散乱体を双極子と仮定した散乱光分布に関する方程式が得られることから,近接場でのレイリー散乱も同様に得られる.さらに,全反射の入射光と近接場の関係によって,入射光と近接場散乱に関する方程式が得られる.この方程式は偏光関係を考えるて,入射平面内と境界平面内の散乱光分布を調べた.この方程式には二つ重要なファクタがあって,それは散乱体の屈折率と形状因子である.方程式を簡単化するのため散乱体は特定の形状を考え,直方体と円柱と球で求めた.ネマティック液晶分子は巨視的に見ると,全体的に一様で,局所的には単結晶に対し,配列ベクトル(Director pattern)方向を軸とする円柱状である.散乱体は円柱として境界平面に対称性を持っているので,入射平面の散乱光分布のみを考える.その結果は数値方法で解くと散乱体の長さに関する散乱分布が分かった.また,平面波散乱の違う点も解明した.この理論モデルの結果の一つは入射光の影響はS偏光の方がP偏光より平面波散乱と近接場散乱の差異が大きいことである(図1).そこで,近接場で顕微鏡の入射光としては被測定物の散乱光分布の平面波と近接場で変異が少ないため,P偏光を使ったほうがよいである.液晶の実験にでは単分子を制御する電極は技術的にはないため,TIS(Total integrated scatter)を測る方法を導入する.TISの定義は,散乱光と反射光の比例で散乱の程度を表わす物理量である.また,TISの計算によりP偏光を利用すると,近接場散乱の程度は平面場散乱より強い.

図1.理論モデルの結果(a)P偏光(b)S偏光

 次に,液晶にAC電気信号をかけることを考える.液晶は非線形物質である.大きい電圧を液晶に印加すると液晶の配列ベクトルが回転して,液晶の屈折率が変わる性質を持っている.その関係式を作った近接場のレイリー散乱モデルにより,散乱場分布は配列ベクトルの関数となる.この方程式を用いて,配列ベクトルの境界平面に平行方向から垂直方向までの散乱場分布を理論的に解明し,散乱角度に対して積分すると散乱場強度の変化も分かる.散乱光強度と反射光強度の比例(TIS)を計算すると,配列ベクトルとTISの変化も求められる.さらに,液晶を散乱体として,形状因子と屈折率を検討した.形状因子の関係を分析すると,回転角度によって散乱体が大きい方が散乱は変化が大きい.また,P偏光のほうもS偏光より散乱の変化が大きい.すなわち,その変化を利用する光スイッチは散乱体が大きいとP偏光入射光が効率的な性能を得る.屈折率の関係については,その近接場散乱の変化に対する効果は液晶の回転角度の変化で形状因子とは逆効果なので,最大の散乱光強度にある回転角度は分子の大きさにより決まる.すなわち,散乱光強度或はTISの結果から,散乱体の大きさが求められることになる.(図2)

図2.液晶の回転角度変化による散乱光強度の変化(a)P偏光(b)S偏光

 研究に使った液晶材料は産業用ディスプレイに用いられている,室温のネマティック相である.実験の設計(図3)はP偏光の光源を二つに分ける,一つはプリズムに入射し,液晶基板と液晶の境界に全反射させる.液晶の屈折率を変えても全反射の条件に満足させる.もう一つは参考光源として,プリズムからの反射光と比較する,フォトダィオドでこの二つ光を電気信号を変換して計測する.液晶にAC信号をかけると,散乱場強度は変化するため,この二つ光強度の差があって,スイッチング構造になる.理論モデルの単分子と実験するときの多分子が同じTISを持つので,その印加するAC電気信号の電圧を変化させて,理論と実験両方のTISの変化を比較した.さらに,液晶の近接場散乱スイッチング構造を示した.また,理論のTISと比較して,この時の液晶の散乱体の大きさは50nm以下に推定できる.

図3.実験の概念図

 最後に,本研究の汎用性を考える.近接場散乱の特徴は薄い境界から何百ナノメトルまでの範囲で散乱体の性質を情報含むとしてすることである.本研究の理論モデルに基づいて半導体検査に応用することを提案する.半導体に酸化膜を作るときの欠陥の大きさはデバイスの絶縁を破壊する原因となる.散乱体として近接場の散乱をさせて,欠陥の屈折率を1(真空,空気はほほ)で考えると,欠陥の大きさを調べることができる.

 この研究によって,以下の三つ重要な結論が得られた.

 1.液晶分子で近接場の散乱のモデル化ができたこと.このモデルによって,平面波や近接場の散乱場は液晶分子の長さと関係することが解明し,液晶分子を電界制御(配列ベクトルを回転する)することによって,散乱場分布が分かった.

 2.液晶分子の回転における近接場の散乱場強度の変化を利用し,スイッチングの構造を作った.

 3.近接場散乱で散乱体の大きさとの関係で,半導体検査に新たな応用を提案した.

審査要旨

 陳建銘(チンケンメイ)提出の本論文は"The Study on Scattering of Evanescent-wave by Liquid Crystal Molecules"(液晶分子を用いる近接場の散乱に関する研究)と題し,全6章よりなる.

 第1章においては,近接場光学の歴史,発展,および研究の背景について述べてある.背景では近接場顕微鏡,微粒子による近接場散乱,などの問題点について検討し,液晶と光散乱の現状を理解し,近接場散乱について提案した.それによってスイッチ構造を実現するため,研究の目的を明らかにしている.近接場顕微鏡では,試料は不規則なので,プローブとの多散乱での電磁場を理論的に解明することは困難である.一方,従来の近接場散乱に関する研究で,帯電微粒子の運動を制御して近接場散乱の有無で光スイッチングすることに成功している.そこで,本論文では液晶分子の近接場散乱の制御で光スイッチを行う.液晶分子は電界制御により光散乱をおこす,という利点があるため,本研究に近接場の散乱体として用いた.本研究の目的を近接場散乱に基づいて,散乱理論モデルから液晶の回転による,散乱分析を行って,このスイッチを解明することとする.

 第2章では,レイリー近接場散乱と散乱体の関係を求めて,散乱理論モデルを作った.まず,任意な散乱体を仮定して,散乱分布の一般式を求めた.この式には散乱体を定義する形状因子に関する式と,屈折率に関する式がある.したがって,形状因子を簡単化するため,特定の形状,すなわち,直方体,円柱,球などの形状を数値計算した.そして,液晶を円柱散乱体として仮定した.その結果を,平面波散乱と比較した.さらに,入射光偏光の効果を検討し,散乱光分布を分析した.この章では,基本的な散乱体と入射光条件の関係を完全に解明した.その結果から,P-偏光では近接場散乱は平面波散乱より強いが,S-偏光では弱いことがわかった.又,P-偏光では近接場散乱と平面波散乱の散乱分布はほぼ同じであるが,S-偏光ではほとんど違う.それから,入射光P-偏光の方は散乱体に誘導される電磁場のほうが大きいことが分かった.

 第3章では液晶回転と散乱モデルに関する影響を研究した.まず,液晶回転を定義して,その近接場散乱に関する法則を推定した.液晶回転による散乱分布の変化も,屈折率と形状因子の影響をうけた.屈折率と散乱体形状は独立しているので,まず,形状因子と入射光の偏光関係を調べた.そして,P-偏光の方は散乱差異が大きく,すなわち,スイッチに対し,よい性能が実現できることが分かった.それで,屈折率変化と形状因子を合わせて考えると,回転と散乱光強度の関係が得られる.その結果から,大きさの異なるで,液晶回転による,散乱光強度の変化が分かった.これから,小さい散乱体のほうが,スイッチの性能がよいことがわかった.一方,この近接場散乱の分布の結果から,散乱体の回転角度が分かれば,散乱体の大きさが予測できる.

 第4章においては,スイッチの実験を行った.TN配向液晶セルを使って,近接場の液晶配向角度を電場で制御した.その実験構成を設計して,入射光強度と近接場散乱光強度の関係を求めて,スイッチを作製した.このスイッチは従来の液晶スイッチに比べ,集積度がよいという利点を持っており,将来におけるファイバや導波形の光スイッチへの応用として期待できる.さらに,近接場散乱の分布の結果や理論モデルとの比較から,散乱体の大きさも予測した.

 第5章では,散乱体の大きさと近接場散乱の分布の関連を利用し,半導体検査の応用を提案した.半導体の酸化膜の製作時における欠陥はそのデバイスに対して,重要な破壊の原因となる.そこで,シリコンと酸化膜の境界の検査として近接場散乱を用いる.手法は本研究の理論モデルを利用して,入射光の条件を知ることにより散乱体の近接場散乱の分布を計算し,測定された散乱光分布の結果と比較して,散乱体の大きさを判明することである.

 第6章は結論として,本研究で分かったことを述べている.本研究はまず,散乱体のレイリー近接場モデルを作り,これに影響を与える因子として,入射光の条件と散乱体の形状を検討した.さらに,液晶の回転と散乱体の形状を考えた時の近接場散乱を分析して,その散乱を利用した光スイッチを実現し,応用として散乱体形状の推定手法を提案した.以上から,近接場測定やデバイスへの展望が期待できる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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