学位論文要旨



No 114207
著者(漢字) 金,佑圭
著者(英字)
著者(カナ) キム,ウギュ
標題(和) 射出成形機における射出樹脂温度・スクリュトルク分布計測に関する研究
標題(洋)
報告番号 114207
報告番号 甲14207
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4333号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 助教授 高増,潔
 東京大学 助教授 中尾,政之
内容要旨

 射出成形は最も代表的なプラスチック成形加工法の一つであり、樹脂を溶融させる可塑化、金型への射出、型内での冷却・固化の各プロセスから構成される。このなかの可塑化および射出プロセスを担っているのが射出成形機の加熱シリンダで、理想的には射出される樹脂温度の均一性および各射出ショット間の高い再現性が要求される。しかしながら、実際の射出成形過程は可塑化が間欠的に行われる非定常現象のため、必然的に射出樹脂温度の経時的な不均一現象を伴っている。

 加熱シリンダ内の可塑化プロセスは高温高圧下で行われるため、現象解明が大幅に遅れ、これまで金型とともにブラックボックスとされていた。近年、可視化を中心とする実験解析の研究が同分野でも導入され、固体輸送や樹脂流動の物質移動過程、溶融過程に対応する相転移過程が次第に明らかにされてきた。しかしながら、可塑化過程が射出樹脂の温度特性にどのように反映されるかを解析するためには、ノズル部樹脂温度分布を詳細に計測することが必要不可欠となる。さらに、樹脂の可塑化過程における伝熱作用、せん断発熱作用のなかで、前者については熱流束分布計測がすでになされているものの、後者についてはスクリュ各部での樹脂へのせん断作用、すなわちスクリュトルクを軸方向分布として計測することが要求される。こうしたノズル部流動樹脂の温度分布およびスクリュトルク分布は、これまで有効な計測法が存在しなかったために基礎データもなく、可塑化プロセスの解明に大きな障害となっていた。

 そこで本論文では、従来の課題を克服し実成形条件下に対応できる新たな集積熱電対セラミックスセンサによるノズル部射出樹脂の温度分布計測法、ならびに可塑化過程のせん断作用メカニズム解明用のスクリュ軸方向トルク分布計測法を開発することを研究目的とした。また、各種条件の評価実験を通してその有効性を確認するとともに、可塑化プロセスを解明するためのシステムの確立を目指している。

 本論文は、序論と総括を含めて3部、全9章より構成されている。

 第1章序論では、スクリュ可塑化現象に関する従来研究の概要および各種実験解析法の現状と課題について分析を行い、本研究の目的を述べた。

 第I部は、集積熱電対セラミックスセンサによるノズル内流動樹脂温度分布計測法の開発および計測温度と可塑化状況との相関解析を課題としている。第2章では、従来の樹脂温度計測法の問題点を克服することを課題として、新たに集積熱電対セラミックスセンサによるノズル内樹脂温度分布計測法を提案・試作し、連続可塑化過程での計測実験を行った。その結果、ノズル内樹脂温度分布は、スクリュヘッドとリザーバ内との両壁面からの距離および回転速度により大きく影響されること、流路内半径方向に樹脂流動速度の差が生成し3つの領域が形成されること、各種可塑化条件の影響は流動速度の大きい中間層に最も大きく反映されることを明らかにした。

 第3章では、射出成形に対応した間欠可塑化過程で計測実験を行い、各種可塑化条件が樹脂温度に及ぼす影響とその経時変動の要因について検討した。その結果、計量回転速度とストローク増加に伴う温度低下、射出率増加に伴う平均温度と壁面近傍のピーク温度の上昇現象を確認し、また、結晶性樹脂では結晶融解熱を要するため樹脂温度の低下がもたらされること、高粘度樹脂ではシリンダ内滞留時間とせん断発熱作用が増加し平均温度の上昇と均熱化がはかられることを明らかにしている。

 第4章では、フルフライトスクリュでの温度計測結果と本計測法と可視化加熱シリンダを用いた可塑化状況観察結果との相関解析を行い、さらにバリアフライトスクリュでの樹脂温度変動の改善効果も併せて検証した。相関解析の結果、ノズル部樹脂温度は、加熱シリンダ内部の可塑化状況、特にソリッドベッドのブレークアップ生成現象に直接影響されることが示され、バリアフライトによるソリッドベッドと溶融樹脂との分離作用が樹脂温度の均一化に大きな効果を有することが示された。以上の結果を通して、本手法と可視化加熱シリンダを組み合わせることより、可塑化状況の総合計測システム、スクリュ評価システムとしての本手法の有効性が、実証的に明らかにされた。

 第II部は、スクリュ軸方向トルク分布計測法の開発と可塑化現象の実験解析を課題としている。第5章では、可塑化状況に影響をもたらすスクリュ各部位のせん断作用、すなわちスクリュ軸方向のトルク分布を計測することを目的として、ひずみゲージ内蔵セグメントスクリュから構成された計測用スクリュおよび計測システムを提案・試作した。連続可塑化過程での計測実験結果では、スクリュトルク分布は供給部から徐々に増加し圧縮部にて最大値を示した後、計量部で大幅に低下することが示された。一方トルク偏差分布では、高速回転になると偏差のピーク生成位置が圧縮部の中央から計量部側へと移動する傾向が確認された。これはブレークアップ生成後の分断されたソリッドベッド片が、計量部側へと頻繁に流入することに起因するものと推察された。これに対し間欠可塑化過程では、計量時間の経過とともにソリッドベッドが増加し、特に計量中半から後半部にかけて圧縮部でトルクが大きく変動することが確認された。

 第6章では、スクリュ各部のルク変動を同時計測し、可視化加熱シリンダによるスクリュ溝内樹脂挙動の観察結果との相関解析を行った。各部位のトルク計測値は、スクリュ溝内のソリッドベッド比増加に伴って増大し、ブレークアップ生成時には低下する周期的変動を示した。各部位のトルク変動幅は圧縮部中央で最大値を示した。しかしながら、計測位置からスクリュ先端までの全積算トルクは、供給部に向かってその積算値レベルは増大するものの変動幅は平滑化されることが明らかとなった。この平滑化現象は、ソリッドベッドのブレークアップ生成による周期的トルク変動が、分断ソリッドベッドの分布により常時自律的に相殺されることによりもたらされるものと推察された。

 第III部は、スクリュ形状の可塑化状況に及ぼす影響解析を課題とした。第7章では、前章までに確立された計測手法を、各種スクリュ形状による連続可塑化過程の解析に適用し、スクリュ圧縮比、供給部長さ、バリアフライトの形状等の各種スクリュ形状因子が可塑化状況に及ぼす影響を具体的に検討している。樹脂温度の平均値と変動幅、およびスクリュトルクは、スクリュ形状因子によって大きく支配されることが示された。各種スクリュ形状に共通した傾向として、可塑化能力の増加につれてスクリュトルクと樹脂温度の変動幅は増加を、樹脂平均温度は低下傾向を示す。また、供給部長さの増加、すなわち圧縮部長さの短縮化は、せん断変形作用の減少によるスクリュトルクの低下をもたらすことが示された。

 第8章では、間欠可塑化過程における射出樹脂温度の変動要因を、シリンダ内滞留時間と滞留位置、およびせん断発熱機構に関連づけて検討を行っている。一般にスクリュ圧縮比の増加は射出後半部樹脂温度の低下をもたらすものと予想されたが、高圧縮比では射出後半部温度が著しく上昇し樹脂温度の経時変動幅が小さくなっている。これは、高圧縮比ではスクリュ圧縮部に滞留するソリッドベッド厚さが大きく、計量時間の早い段階から圧縮部でのせん断作用の増大とスクリュトルクの上昇が引き起こされるためと考察された。また、バリアフライトスクリュでは、メインフライトとバリアフライトとの高さの差が小さい方が樹脂温度の均熱化には効果的であること、設置位置は過度のせん断発熱と計量時間の増加を避けるためにはバリアフライトを溶融が進行している圧縮部計量側に設置することが適切であることが、それぞれ示唆された。

 第9章総括では、本研究で得られた結果をまとめるとともに、新たに確立した計測ならびに実験結果の解析手法を従来法と比較し、本手法の特長と課題について検討を行った。最後に、本研究の今後の展望を示した。

審査要旨

 射出成形は可塑化、射出、冷却・固化の各プロセスから構成される。これらの中で可塑化および射出プロセスを担っているのが加熱シリンダで、理想的には射出樹脂温度の均一性および各射出ショット間の高い再現性が要求される。しかしながら、実際の射出成形過程は可塑化が間欠的に行われる非定常現象のため、必然的に樹脂温度の経時的な不均一現象を伴っている。

 加熱シリンダ内の可塑化プロセスは高温高圧下で行われるため、現象解明が大幅に遅れ、これまで金型とともにブラックボックスとされていた。近年、可視化を中心とする実験解析の研究が同分野でも導入され、固体輸送や樹脂流動の物質移動過程、溶融過程に対応する相転移過程が次第に明らかにされてきた。しかしながら、可塑化過程がどのような射出樹脂の温度特性に反映されるかを解析するためには、ノズル部樹脂温度分布を詳細に計測することが必要不可欠となる。さらに、樹脂の可塑化過程における伝熱作用、せん断発熱作用のなかで、前者については熱流束分布計測がすでになされているものの、後者についてはスクリュ各部でのせん断作用、すなわちスクリュトルクを軸方向分布として計測することが要求される。こうした射出樹脂温度およびスクリュトルク分布は、これまで有効な計測法が存在しなかったために基礎データもなく、可塑化プロセスの解明に大きな障害となっていた。

 そこで本論文では、ノズル部射出樹脂の温度分布計測法、ならびにスクリュ軸方向トルク分布計測法を開発することを研究目的としている。そして各種条件の評価実験を通してその有効性を確認するとともに、可塑化プロセスを解明するためのシステムの確立を目指している。以下にその概要を説明する。

 第I部では、高温高圧流動の溶融樹脂温度分布を繰り返し正確に計測可能な集積熱電対セラミックスセンサおよび計測用ノズルを試作した結果、および各種条件下での温度分布変化計測と可塑化状況との相関解析を取り扱っている。結果として、連続可塑化実験での樹脂温度分布は、スクリュヘッドとリザーバ内壁面との距離および回転速度により大きく影響されること、流路内半径方向に樹脂流動速度の差が生成し3つの領域が形成され、各種可塑化条件の影響は流動速度の大きい中間層に最も大きく反映されることを明らかにした。また、射出成形に対応する間欠可塑化実験では、計量回転速度とストローク増加に伴う射出後半部温度の低下、射出率増加に伴う平均温度と壁面近傍のピーク温度の上昇現象を明らかにしている。そして可塑化状況観察結果との相関解析では、加熱シリンダ内部の可塑化状況、特にソリッドベッドのブレークアップ生成現象がノズル部樹脂温度の経時変動に直接影響を及ぼすことを明らかにした。さらに、バリアフライトによるソリッドベッドと溶融樹脂との分離作用が樹脂温度の均一化に大きな効果を有することを示している。

 第II部では、可塑化状況に最も影響をもたらすスクリュ各部位のせん断作用、すなわち軸方向トルク分布を計測するために、ひずみゲージ内蔵セグメントから構成された計測用スクリュおよび計測システムを開発し、連続および間欠可塑化過程での計測実験を行った結果について述べている。ここでは、スクリュトルク分布は供給部から徐々に増加し圧縮部にて最大値を示した後、計量部で大幅に低下することが示された。また、各部トルクはスクリュ溝内のソリッドベッド挙動により周期的変動を示す一方、その変動幅は圧縮部中央で最大値を示した。しかしながら、供給部に向かってその積算値レベルは増大するもののトルク変動幅は平滑化されることが明らかとなった。この平滑化現象は、ブレークアップ生成後の分断ソリッドベッドの軸方向分布により各部トルク変動が常時自律的に相殺されることによりもたらされるものと推察している。

 第III部は、上記計測手法に基づき、可塑化状況に及ぼすスクリュ圧縮比、供給部長さ、バリアフライト形状等の各スクリュ形状因子の影響を具体的に明らかにしている。特に高圧縮比スクリュでは、圧縮部に滞留するソリッドベッド厚さが大きく、計量時間の早い段階からせん断作用の増大が射出後半部温度を著しく上昇させ、樹脂温度の経時変動幅を小さくすることを明らかにした。また、バリアフライトは、過度のせん断発熱と計量時間の増加を避けるためには溶融が進行している圧縮部計量側に設置することが適切であることを示した。

 以上のように、本論文で確立された計測手法は、可塑化プロセスの総合的解析システムとしてその可能性が明らかであり、今後高性能スクリュ設計等の特定分野における開発実験用、CAEにおけるシミュレーションモデルの検証用としての活用が期待され、工学的意義は極めて高いものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク