学位論文要旨



No 114208
著者(漢字) 江頭,快
著者(英字)
著者(カナ) エガシラ,カイ
標題(和) マイクロ超音波加工法の開発
標題(洋)
報告番号 114208
報告番号 甲14208
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4334号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 助教授 川勝,英樹
内容要旨 1.緒言

 現在の工業界では,マイクロマシンに代表されるように,製品の小型化・微細化への要求がますます強くなっている.マイクロマシンを構成する部品も小型で微細な構造をもつものであり,それらを製作するのがマイクロ加工である.マイクロマシンに限らず,プリンタノズル,紡糸ノズル,流体計測部品,マイクロレンズや絞りなどの光学部品等々,種々の材料への微細穴,キャビティの加工が必要となっている.

 それらの材料の中には,ガラスや電子部品材料,セラミックスといった重要なものが含まれるが,これらを微細な立体的形状に加工するのは困難な場合が多い.

 一方,超音波加工は,機械加工でありながら硬脆材料に対して立体的形状の加工が可能な数少ない加工法の一つであり,材料の導電性も問わない.しかし,超音波加工はそれほど加工精度の高い加工法ではないため,マイクロ加工へは応用されていなかった.例えば,現在でも実際の加工現場では内径100m以下の微細穴の加工は困難なものとされている.

 そこで,このマイクロ加工を妨げている要因を分析し,それらを解決するマイクロ超音波加工法を開発した.

2.加工機上マイクロ工具製作によるマイクロ超音波加工

 超音波加工において,工具は超音波加振されるため,ホーンにはんだ付けで強固に取り付けられなければならない.チャック等では,加工中に振動により工具保持が緩むおそれがあるからである.しかし,はんだ付けのような方法ではマイクロ工具を傾きや偏心がないように適切に取り付けるのは難しく,そのためにマイクロ加工への応用に限界があった.

 そこで,次に述べるようなマイクロ超音波加工法を考案した.マイクロ工具の加工機への取り付けが困難ならば,加工機上でマイクロ工具を製作してしまおうというのがこのマイクロ超音波加工法のコンセプトである.図1に,この手法に基づく加工装置の概略図を示す.ベースは従来の超音波加工機であるが,工具が回転できる構造である点と,WEDG(ワイヤ放電研削)用の加工ユニットが取り付けられている点とが特徴である.WEDGはマイクロ放電加工の一種であり,特に細軸の加工に威力を発揮する.また,マイクロ工具を用いた場合では加工荷重も微小になるので,荷重検出のために電子天秤がステージ下におかれている.

図1 加工機上マイクロ工具製作によるマイクロ超音波加工機の構成

 加工のプロセスを述べると,まずホーンにマイクロ工具のもととなる工具材料を取り付ける.工具材料は,扱いやすい大きさで構わない.そして,図2(a)に示すように,工具回転機構により工具材料を超音波振動子・コーン・ホーンと一体となって回転させ,WEDGによりマイクロ工具に製作する.このマイクロ工具は,工具材料取り付けの段階における,工具材料の多少の偏心や傾きには関係なく,加工機の回転軸と同心の円筒形状に加工される.したがって,加工機上で,マイクロ工具がホーンに取り付けられたまま製作されることになる.そして,図2(b)で示されるように,その工具をそのまま用いて超音波加工を行えば,微細穴が加工される.WEDGと超音波加工とで同じ工具送り機構を用いることになるので,マイクロ工具は偏心や傾きがなく取り付けられていることになる.また,工具回転機構があるので,工具を回転させて超音波加工を行うことが可能である.これにより,加工された穴の真円度の向上や,加工屑排出の促進が期待できる.

図2 加工プロセス

 次に,この手法によりシリコンに加工した微細穴などの例を示す.図3は,内径20mの微細穴の写真である.この加工例は,それが加工された時点では,超音波加工による微細穴として報告されているものの中で最小内径のものであった.図4は,三角穴の加工例である.これは,WEDGにより三角形の断面をもつマイクロ工具を製作し,それを回転させずに超音波加工を行うことにより加工された.三角形の一辺の長さは50mである.また,工具軌跡をNCで制御することにより,より複雑な形状の加工も可能である.図5のマイクロエアタービンのチャンバーは,その加工例であり,この場合は穴と溝を組み合わせた立体的形状となっている.

図3 シリコンに加工した内径20m微細穴図4 シリコンに加工した三角穴図5 シリコンに加工したマイクロエアタービンのチャンバー

 また,マイクロ超音波加工での加工特性は未だ報告例がなく,明らかになっていない.そのため,加工特性として,加工速度・工具摩耗率・加工精度について調べ,明らかにした.

 以上のように,加工機上でマイクロ工具をWEDGにより製作するという手法で,内径20mまでの微細穴の加工を行うことができた.しかし,工具の回転振れが加工寸法と比較して大きく,より微細な加工を行うためにはこの問題点を解決しなければならない.そこで,次に述べる第2のマイクロ超音波加工法を開発した.

3.工作物加振方式によるマイクロ超音波加工法

 より微細な加工を行うためには,工具の回転精度を向上させる必要がある.加振対象を工具から工作物にすることで,工具系は自由な設計が可能になり,より回転精度の高いスピンドルシステムを用いることができる.図6に,そのコンセプトに基づいて試作された加工装置の構成の概略図を示す.スピンドルシステムは,マイクロ工具製作に用いる市販のWEDG加工機に使用されているものと同じである.このシステムの回転振れは小さく,マンドレルを一度加工機からはずして再び軸受に取り付けても,回転精度を保つことができる.このシステムを超音波加工の工具系に用いることにより,回転精度の向上を図った.

図6 工作物加振方式によるマイクロ超音波加工法

 このシステムを用いる場合,今までの超音波加工法とは異なり工具を超音波加振することができないので,工作物を加振する.また,マイクロ超音波加工においては,要求される振動振幅がとても微小であり,コーンやホーンを用いて振幅を拡大する必要がないことがわかったので,工作物を超音波振動子の一端に直接固定する方式を採用した.固定のためには両面粘着テープを用いた.

 次に加工プロセスを図7に示す.まず工具材料をマンドレルに取り付け,WEDG加工機上でマイクロ工具に加工する.加工された工具を,マンドレルで保持したまま,超音波加工機上の軸受に取り付けて超音波加工を行う.この手法により,より小さい径を持つマイクロ工具が製作が可能となり,また超音波加工装置上での高精度な工具回転も実現できることになった.

図7 加工プロセス

 次にこの手法による微細穴の加工例を示す.図8に,石英ガラスに加工された内径5m,深さ10mの微細穴を示す.これは,超音波加工で加工された微細穴として報告されている例の中では最小の内径を持つものである.図9は,ダイヤモンド焼結体を工具材料に用い,多数穴を同一工具で連続加工したものである.マイクロ超音波加工は一般に工具摩耗率が高く工具寿命が短いが,耐摩耗性に優れたダイヤモンド焼結体の採用により,その問題を克服することができた.

図8 石英ガラスに加工された内径5mの微細穴図9 ダイヤモンド焼結体工具による多数穴加工

 そして,加工機上工具製作方式のマイクロ超音波加工法では行えなかった,より微細な加工寸法でのマイクロ超音波加工での加工特性を,加工速度・工具摩耗率・加工精度について調べ明らかにした.その結果,スラリーの加振が工具摩耗率の上昇を抑える効果を与えていると考えられた.

4.マイクロ超音波加工の加工メカニズム

 マイクロ超音波加工は,一般の超音波加工と異なる加工特性を示す場合がある.一般の超音波加工では,加工面に脆性破壊による割れやシャープなエッジが観察されるが,図10に示されるように,マイクロ超音波加工による加工面にはそのようなものはみられない.また,一般の超音波加工では,脆性材料の加工速度は延性材料のそれと比較して10倍から20倍大きい値を示すが,マイクロ超音波加工では2倍程度である.さらに,延性材料の工具で脆性材料を加工する場合,一般の超音波加工とマイクロ超音波加工とでは工具摩耗率が100倍程度も違う。これらは,マイクロ超音波加工では,一般の超音波加工と異なる加工メカニズムが働いているからと考えられる.

図10 マイクロ超音波加工による加工面

 そのメカニズムを,同じ砥粒衝突による工作物除去プロセスであるエロージョンに関する過去の研究結果をもとに考察した.その結果,微細な砥粒を用いるマイクロ超音波加工では,脆性材料に対しても,延性モードで加工が行われていると推測された.これにより,マイクロ超音波加工の特徴的な加工特性が説明できた.

5.将来の展望

 本研究をさらに発展させ,より微細で高精度な,またより高能率な加工を実現するには,以下のような対応や展開が考えられる.

 (1)より微細なマイクロ加工への応用:電解加工やイオンビーム加工を用いてより小径なマイクロ工具を製作し,超音波加工を行う.

 (2)対象工作物の大型化:工作物加振方式では,より大きい断面積の振動子を用いることにより,対象工作物の大型化を図る.

 (3)加工対象の拡大:硬脆材料に加え,金属やプラスチックの加工も可能であることがわかった.このため,複合材料や異種材料を接合した材料への加工への応用も期待できる.

 (4)加工の高速化,工具摩耗率の改善:本研究で得られた加工特性を検討することにより,より能率の高い加工条件が導き出せるものと思われる.

審査要旨

 本論文は,「マイクロ超音波加工法の開発」と題し,6章からなる.

 第1章「緒論」では,本研究の背景と目的について述べている.すなわち,超音波加工はガラスやシリコン,セラミックスなどの難加工な硬脆材料に対して加工が行える数少ない加工法の一つであるが,マイクロ加工の分野には応用されていなかった.しかし,これらの材料に対するマイクロ加工の要求は年々高まっており,これらの要求に応えるべく,超音波加工をマイクロ加工に応用することを研究の目的としたことを述べている.

 第2章「超音波加工概論」では,一般の超音波加工について,過去の研究をもとに概論を述べている.定義や歴史,加工メカニズム,加工機の構成,加工パラメータと加工特性の関係,加工応用例,加工速度理論を紹介している.また,本研究の動機として,従来の加工方式がマイクロ加工に不向きであり,内径100m以下の微細穴の加工が困難であるという問題点を指摘している.

 第3章「加工機上工具製作方式によるマイクロ超音波加工」では,第一のマイクロ超音波加工法として,加工機上でマイクロ工具を製作する方式を提案している.一般の超音波加工機に微細放電加工の機能を組み込むことにより,加工機上でマイクロ工具の製作が行え,それを用いたマイクロ超音波加工が可能になったことを示している.今まで報告例のないマイクロ超音波加工の加工特性として,加工速度,工具摩耗率,加工精度について調べ,それを明らかにしている.特に,工具に回転を与えると工具摩耗率が大きくならずに加工速度が上昇して効率的な加工が行えることを示している.さらに,本手法の応用可能性を調べる実験を行い,内径20mまでの微細穴の加工が可能になったことを示している.他にも,断面が三角や四角の微細穴,工具に水平方向の運動も与えることにより加工された微細溝,より複雑な立体形状のマイクロタービンのチャンバの加工例も示し,その実用性を明らかにしている.

 第4章「工作物加振方式によるマイクロ超音波加工」では,第2のマイクロ超音波加工法として,工作物を加振する方式を提案している.工具ではなく工作物を加振するので,高精度なスピンドルを用いることができ,工具の回転精度が向上し,加工機上工具製作方式によるマイクロ超音波加工の場合と比較してより小径のマイクロ工具の製作およびそのマイクロ超音波加工での使用が可能になったことが明らかにされている.そして,より微細な加工寸法でのマイクロ超音波加工の加工特性を,加工速度,工具摩耗率,加工精度について調べ,それを明らかにしている.特に,工作物を加振すると工具摩耗率の上昇を抑えて効率的な加工が行えることを示している.さらに,本手法の応用可能性を調べる実験を行い,内径5mまでの微細穴の加工が可能になったことを明らかにしている.これは今まで超音波加工で加工された穴としては最小のものである.また,マイクロ超音波加工では工具摩耗が大きく工具寿命が短いという問題点があるが,工具材料として耐摩耗性に優れたダイヤモンド焼結体を用いることにより,工具寿命が飛躍的に伸び,深穴や深溝の加工や多数穴の加工が新たに可能となったことを示し,その実用性を明らかにしている.

 第5章「マイクロ超音波加工の加工メカニズム」では,マイクロ超音波加工の加工メカニズムを考察している.マイクロ超音波加工は一般の超音波加工と比較して,脆性材料の加工速度が延性材料の加工速度よりあまり大きくないこと,工具摩耗率が大きいこと,加工面に脆性破壊による割れが見られないことなどの異なる特徴があり,その理由を同じ砥粒衝突による工作物除去現象であるエロージョンの研究をもとに考察し,小径な砥粒と小さい振動振幅を用いるマイクロ超音波加工は延性モードで加工が行われていると結論づけられることを示している.これにより,マイクロ超音波加工の特徴的な加工特性が説明できることを明らかにしている.

 第6章「結論と展望」では,提案した二つのマイクロ超音波加工法による実験から明らかになった加工特性,加工応用可能性,加工メカニズムについて結論がまとめられており,問題点の解決や将来の発展についての展望が述べられている.

 以上,本論文は,従来の超音波加工の問題点を克服することにより今まで実用上不可能であった微細な加工寸法でのマイクロ超音波加工が行える手法を提供し,応用実験を含めその有用性を明らかにしており,精密工学,とくに精密加工の分野に新しい可能性を示したものといえる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54689