学位論文要旨



No 114211
著者(漢字) 佐々木,順
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ジュン
標題(和) 複数移動ロボットによる搬送作業のためのセンシング計画
標題(洋)
報告番号 114211
報告番号 甲14211
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4337号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 冨山,哲男
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 高増,潔
 東京大学 助教授 保坂,寛
内容要旨

 本論文では,小型・複数の移動ロボットによって質量・重心位置が未知である対象物を搬送する状況を想定した,力覚センシングの問題を扱う.移動ロボットを搬送に用いる場合,移動ロボット特有の移動誤差・測定誤差に加え,測定範囲や操作力の制限が作業の達成を難しくしている.作業に関係する各変数を,各ロボットに装備した力覚センサを用いて推定しながら,所与の作業を達成することが本研究の目的である.

 本問題は,大別して対象物操作前のセンシング計画・操作中のセンシングという2種類の大枠から構成される.

 ひとつは操作前におけるロボット配置の最適化問題である.この場合の最適化とは,質量および重心位置が不明である物体に対して,過負荷などのセンシング失敗を出さない確率を最大化する過程を指す.この問題は,荷重分配の均等化という最適化問題の解決に必要なパラメタを求めるために別の最適化を行い,センシング配置を選択するというアクティブセンシング問題として一般化される.過負荷などで測定が不可能に終わった場合は,部分的な情報を用いて再度配置計画を行うことにより,持ち上げられる場合は有限回で対象物のセンシングが可能になった.

 もうひとつは,物体を操作している間のセンシング問題である.移動ロボットは移動誤差を出しやすいが,その対策として力覚を利用し,対象物座標系上でのロボットの配置を推定することを考える.作業中にセンシングを行い,対象物座標系上でのロボットとの接触点群が満たす条件を求める.この条件と,すべての点が対象物の輪郭上にあるという情報を併用し,最小二乗法を適用して接触点を推定する.この手法により,本来のロボットの位置誤差に比較して推定値の誤差が軽減される効果を得た.

 また,ロボット自身の操作力の限界によって操作の継続が不可能になった状態において,その原因となる障害物からの反力およびその作用点の推定についても考慮した.実機ロボットに床面押し動作を行わせたところ,複数のロボットへの荷重配分と障害物の位置の間に線形の関係が見いだされた.障害物検出時に対象物を平行移動させるという回避動作を実装することにより,移動ロボットによる搬送作業が継続的に行われることが確認された.

 本論文において提案されたものは,固定マニピュレータと比較して誤差と制限が大きな問題になる移動ロボットを用いた物体操作におけるセンシング計画である.本手法により,対象物の質量や重心位置の多様性,および各ロボットと対象物との接触点の不確定性を考慮した接触点配置の計画,およびその調整を可能とした.

審査要旨

 佐々木順(ささきじゅん)提出の本論文は「複数移動ロボットによる搬送作業のためのセンシング計画」と題し,全7章よりなり,小型・複数の移動ロボットによって質量・重心位置が未知である対象物を搬送する状況を想定した,力覚センシングの問題を扱っている.

 第1章では,研究の背景を説明し,研究の目的と論文の構成を述べている.搬送システムを小型・多数化し,その組み合わせによって汎用性を上げようという試みが産業界においてなされている.可動範囲に制約を受けにくいことと対象物の多様性への対応のしやすさから,複数の移動ロボットを多様な対象物の持ち上げ作業に用いることを提案し,本研究の目的を定義している.

 第2章では,従来の移動ロボット・センサ・操作の研究を概観している.本章の議論から,ここに扱う問題は多指ハンドにおける接触点決定の問題を基本に置けることを述べ,この基本問題に,対象物の性質が未知であるという問題と,移動ロボット特有の誤差や制限の考慮という問題が加わるという構造になっていることを明らかにしている.

 第3章では,本論文で扱う問題を定義し,数式の準備を行っっている.第2章までの議論を受けて,本研究を構成する問題を(1)持ち上げ前のロボット配置の計画(2)対象物の重心同定と配置再計画(3)ロボットと対象物との接触点の推定(4)作業継続不可能状態の検出の4種類に分割した.この章の後半では,第4章以降におけるロボット配置設計の準備として,配置が与えられたときに各ロボットが計測する荷重の推定値に関して考察している.一般的な持上げを多点接触で行う場合,各接触点への荷重の配分を,各接触点の位置,弾性定数,および対象物の質量・重心位置から推定する式を導いている.本論では剛体を同様な接触点で保持する場合に単純化している.

 第4章では,操作前におけるロボット配置の最適化を扱っている.ここに述べる最適化とは,重心が不明である物体を持ち上げるとき,過負荷などのセンシング失敗を出さない確率を評価関数として設定し,これを最大化する過程を指す.この手法の根幹は「ある目的関数に対する期待値が最大になる戦略を取る」という部分にあり,確率論で言う「情報エントロピー最適化」に共通する.評価関数の定量化のために,対象物の質量・重心をひとつの空間内に記述する「配置探索空間」という概念を導入した.計算機実験により,ロボット数が少ない場合および可搬重量の総和が小さい場合,つまり無計画な配置による持ち上げの実現が困難な状況であるほど,本手法の効果が生かされるという結果を得た.

 第5章では,物体を持ち上げるときに得られる荷重配分を測定し,重心推定を繰り返すアルゴリズムを設計している.対象物を持ちあげる際に力覚計測を行い,持ち上げが不可能となる原因である荷重超過などの条件が生じた場合は,重心の存在可能範囲を算出する.この範囲で,第4章に定義する配置探索空間の切り分けを行い,新たに切り分けられた空間に対して,第4章に述べたロボット配置の探索手法を適用する.本章による配置変更過程は重心位置に依存するため,配置変更後の荷重配分の均等度と,持ち上げまでに要した再計画回数を,重心位置ごとに算出して評価を行った.この結果,対象物の重心が偏心している可能性が高いときほど,再計画の効果が顕著に現れることが確認された.

 第6章では,物体を操作している間のセンシング問題を扱っている.移動誤差対策として力覚を利用し,対象物座標系上でのロボットの配置を推定する.力覚センシングの結果と,対象物輪郭に関する拘束条件を併用し,最小二乗法を適用して接触点を推定する.本手法の効果が現れやすい範囲は,力覚センサの測定値,および接触点と重心間の距離に対するロボットの位置誤差の大きさという2種類の相対誤差によって規定される.実機による測定・推定実験を通して,位置推定に手段を一切使わない場合に比較して,位置誤差に関する標準偏差を減少させる効果を得た.

 第7章では,障害物などの外的理由によって,物体操作の継続が不可能になる場合の検出と回避の問題を扱っている.ロボットの力覚センサによる測定範囲と,ロボットが実際に対象物を操作することのできる力は基本的に別物である.本章の内容は,後者の条件が満たされなくなった場合の外力および作用点の検出とその解決法に関する議論である.2台の実機ロボットを用いた測定実験の結果,障害物との接触点と荷重配分の間に線形の相関が見いだされた.

 第8章では,結論を述べている.本論文で提案されたものは,固定機械と比較して誤差と制限が大きな問題になる移動ロボットを用いた操作時のセンシング計画である.未知物体に対する作業が与えられた群移動ロボットの配置計画問題では,ロボット配置・対象物の物理的特性・作業結果の間の因果関係を利用して,作業の成功確率を評価指標とした配置計画を求めることができる.この問題解決法は,ロボットの台数や総可搬重量が小さい,重心位置の分布の標準偏差が大きいといった,無計画による実現が困難な状況であるほど高い効果をもたらすことができ,全体として,未知対象物であっても搬送を可能とする..

 以上を要約するに,本研究により,今後予想される多数台の小型ロボットを用いて,多様で性状の不明な搬送物を持上げ,搬送する基本的な方法論が確立され,そのセンシングの計画において大きな貢献をしたと言える.このことにより,精密機械工学のみならず工学全体の発展に寄与するところが大である.

 よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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