本論文は「円筒型超音波モータの小型化に関する研究」と題し、超音波モータの小型化に対する優位さを実証するとともに、その可能性を示すことを目的としている。超音波モータは静電、電磁型モータと比較して低速高トルクで、構造もシンプルであるのでマイクロ化に有利であり、幾つかの報告例がある。しかし、現状ではその優位性を十分に示す結果は提示されていない。本研究は超音波モータの小型化に不可欠である圧電薄膜合成として水熱合成法に注目し、新たな反応プロセスの開発とともに直径1.4[mm]という世界最小直径の超音波モータの駆動に成功している。この結果をもとに、小型化に伴う円筒型超音波モータのスケール則を考察している。論文は8章により構成されている。 1章は「序論」で、現状のマイクロモータについて概観した後、今までに報告されているマイクロ超音波モータについて述べている。直径2[mm]程度で正逆回転駆動に成功した事例は無く、圧電薄膜を利用したマイクロ超音波モータの成功例がほとんど無いことが示されている。 2章は「円筒型超音波モータの製作と駆動」であり、本研究で提案する円筒型ステータ振動子の振動モードや共振周波数の計算と共に、振動子の発生力と振動速度について考察している。円筒型振動子に関するこれらの計算例は少ない上、本研究の振動子の構成は新規であるため、この結果は今後の超音波モータの研究に貢献するはずである。 3章は「セラミック圧電素子を用いたマイクロ超音波モータの応用」と題し、セラミックPZTステータ振動子による超音波モータの駆動に関して述べている。振動子サイズは直径2.4[mm]、高さ10[mm]である。駆動周波数85[kHz]、入力電圧100[VP-P]のもとで最大トルク0.22[mNm]、最大回転速度600[rpm]が得られた。この最大トルクは静電型、電磁型及び、他の超音波モータと比較すると同一直径で一桁半大きな値である。さらにモータの応用として、2軸ハンドを製作している。これは電磁型モータのアプリケーションを手本にしたものであるが、減速機構を用いないダイレクト駆動、ベアリングレス、ブレーキレスといった超音波モータの特徴を示すことができたと言える。 4章は「水熱合成法によるPZT薄膜の成膜」で、PZT圧電薄膜合成の導入にあたる。超音波モータの小型化には圧電薄膜の利用が不可欠である。これはセラミックが金属に比べて切削性に劣るために3章と同様の加工方法で小型化を行うのは非常に困難であるためである。本研究では厚膜PZTの成膜ができ、立体基板に成膜が可能、分極処理が不要等の点から水熱合成法を採用することとした。しかし、報告されているプロセスを追実験したところ圧電薄膜の圧電定数d31は-21[pC/N]であった。この値はセラミックPZTと比較して3分の1以下である。この理由についてXRD、EPMA等の観測結果から検討した結果、薄膜の組成がPZTだけではなくPZ層が存在していることが原因と判明した。 5章は「水熱合成法のプロセス改良と諸定数の測定」と題し、"単一プロセス水熱合成法"と"改良型生成プロセス"について述べている。これらの反応プロセスは、4章で明らかとなった圧電薄膜の問題点を解決するために本研究で開発したもので、PZ層を排除すること目的としている。XRD、EPMAの結果から"単一プロセス"においてはこの目的を達成し、圧電定数d31は-34[pC/N]、"改良型生成プロセス"では-35[pC/N]と67[%]の向上に成功した。これらの値はセラミックPZTの-90[pC/N]には届かず、まだ改良の余地が残されているが、系統的で定性的な指標を得ることができたと言える。 6章の「PZT薄膜を用いたマイクロ超音波モータ」は、直径1.4[mm]、高さ5.0[mm]のステータ振動子に関する章である。このモータ直径は現在までに報告されている超音波モータの中で最小直径である。駆動モードの共振周波数は227[kHz]で、4電極への駆動電圧の位相差を変えることで、ロータを正逆回転駆動させることに成功した。圧電薄膜を利用して製作した超音波モータで正逆両回転駆動に成功したのは唯一のものである。ロータの立ち上がりをレーザドップラ速度計で測定し、入力電圧、予圧、回転速度、始動トルクなどの関係を明らかにし、見積もり計算との合致を確認している。20[VP-P]の入力電圧で、最大トルクは0.67[Nm]、同一予圧下での最大回転速度は680[rpm]で、予圧をロータ自重のみに頼った場合の最大回転数は2180[rpm]であった。 7章は「さらなる小型化にむけての展望」と題し、本研究で提案した円筒型超音波モータの諸特性が、圧電材料、特に圧電定数と振動子のサイズがどのような関係になっているのかを考察している。まずセラミックPZTと薄膜PZTの発生力の違いを測定し、その違いの主因が圧電定数e31であることを明らかにした。さらに、寸法の異なる3種類の円筒型振動子の力係数等を求め、2章で述べた計算式の妥当性を検証した。この力係数の値から薄膜の圧電定数e31が-0.57[C/m2]であり、今後水熱合成法を改良してセラミックPZTの値-4.1[C/m2]にすることができれば、発生トルクを7倍にまで向上できることが分かった。また、さらなる小型化を行った場合のモータ特性を求め、例えば現状の薄膜で直径100[m]とした場合でも30[nNm]が得られるという計算結果を得た。マイクロ静電モータで同一直径でpNmのオーダであることを考えると、円筒型という構造上の問題があるが十分な可能性を持ち合わせていると言える。 8章「まとめと今後の課題」では本研究で得られた成果と、今後の展望について述べている。 以上のように、本研究は円筒型超音波モータの小型化に対し、圧電薄膜材料の開発及び振動子の設計指針の点から考察を行い、世界最小の超音波モータの駆動を実証している。また、さらなる小型化の場合でも超音波モータが有利であることを示し、近年熱望されているマイクロアクチュエータとしての有効性を示したという成果は多大である。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |