学位論文要旨



No 114212
著者(漢字) 森田,剛
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,タケシ
標題(和) 円筒型超音波モータの小型化に関する研究
標題(洋)
報告番号 114212
報告番号 甲14212
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4338号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 黒澤,実
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 保坂,寛
 東京大学 助教授 佐々木,健
内容要旨

 1980年代に報告された静電型マイクロモータを契機として、マイクロアクチュエータの研究が様々な方面から行われるようになった。本研究では、エネルギー密度が高く、構造がシンプルな超音波モータに注目し、その中でも高トルクが期待される円筒型振動子のモード回転型超音波モータの小型化の検討を目的とした。静電型マイクロモータの研究報告が数多い中で、超音波モータのマイクロ化が実現できれば、大きな発生力を必要とする部分、例えばマイクロマシン本体を移動させるための自走機構等への応用が考えられる。

 そもそも、超音波モータの発生トルクや、ロータ回転数に関する見積もり計算方法は、幾つかの試みはあるものの確立されていないのが現状である。さらに、円筒型振動子を持つ超音波モータに関する研究例は、平板型超音波モータに比べて少ない。本研究で提案した振動モードや力係数、発生トルクの見積もりに関する計算方法は、マイクロモータだけではなく今後cmサイズのモータの開発をする際にも有効な手段となるであろう。

 マイクロ超音波モータの円筒型ステータ振動子として、PZTセラミックを直径2.4[mm](内径1.4[mm])、高さ10[mm]に機械加工した。このステータ振動子をモード回転駆動させ、入力電圧100[VP-P]、駆動周波数85[kHz]で最大トルク220[Nm]、出力パワー8[mW]を発生する超音波モータとして駆動させることができた。直径比でみると、既存のモータに比べて1桁半大きなトルクである。このモータを2つ接続して2軸ハンドを製作し、駆動することに成功した。超音波モータの低速高トルクを生かしたダイレクト駆動が実現されており、減速機構を用いていない。さらに、ベアリングレスで、保持力を有している為にブレーキレスでも、バースト駆動を採用することによってステップ駆動を行うことができた。現状では回転角度検出はできておらず、制御をするにはマイクロエンコーダの開発が望まれるが、マイクロアクチュエータとしての超音波モータの特徴を十分に生かした事例を示すことができたと言えるであろう。

 しかし、セラミックPZTの微細機械加工は困難となるために、さらなる小型化は難しい。そこで、セラミックに比べて加工が容易な金属を母材として円筒型振動子を製作しその表面に圧電薄膜を成膜する手法を提案した。圧電薄膜の中でもPZTは圧電定数が大きく、成膜方法としてゾルゲル法やスパッタ法、CVD法等様々な方法が提案されている。これらの成膜方法は真空雰囲気が必要な大規模な装置が用いられたり、平板基板が主目的であったりするため、円筒型ステータ振動子の製作には不向きであると考えた。これらに対し、1991年に大場等が報告した水熱合成法によるPZT薄膜の成膜方法は、高温高圧中の水溶液中のチタンイオン、ジルコニウムイオン、鉛イオンとチタン金属母材を反応させる方法で、1.立体形状母材を用いることができる、2.厚膜化が可能(>10[m])、3.熱処理、分極処理が不必要、4.真空機構を用いない等の利点が挙げられる。これらの理由から、本研究のステータ振動子の製作に用いる成膜プロセスとして水熱合成法を採用することとした。

 そこで、1991年に報告されたプロセスを追実験したところ圧電性を示す薄膜を成膜することはできたが、バイモルフの変位特性から計測した圧電定数d31は-20.6[pC/N]であった。この値は、報告されている-90[pC/N]に比べて23[%]である。化学組成を測定した結果、結晶核生成プロセスによって成膜される薄膜がPZTではなくPZであることが小さな圧電定数の原因であると考えた。そこで開発した成膜プロセスが単一プロセス水熱合成法である。このプロセスは従来の結晶核成長プロセスの反応温度、イオン濃度を変えたもので、PZTをPZ層を介さずにPZTを成膜することができる。しかも、反応溶液中のジルコニウムとチタンのイオン濃度で薄膜結晶中のジルコニウムとチタンの固容比を制御することが可能であるという画期的なものである。このプロセスを利用することにより、圧電定数は-34.2[pC/N]まで、つまり66[%]の向上ができた。

 しかし、この値もまだ-90[pC/N]には届かない。この理由として結晶粒子径が小さいためであると考え、さらに新たなプロセスとして改良型結晶核生成プロセスを開発した。単一プロセス水熱合成法が結晶核生成プロセスを基本としていたのに対し、改良型結晶核生成プロセスは結晶核生成プロセスを応用したものであるために大きな結晶粒が期待された。従来の結晶核生成プロセスが反応イオンとしてチタンイオンを含んでいないのに対して、改良型結晶核生成プロセスはチタンイオンを含んでいるところに違いがある。チタンイオン濃度とバイモルフの振動変位を測定した実験結果から、チタンイオン濃度:ジルコニウムイオン濃度を2.5:97.5とすることとした。この改良型結晶核生成プロセスを12時間行った後、結晶核成長プロセスを24時間施した薄膜の圧電定数は-34[pC/N]で、-20.6[pC/N]と比べれば67[%]の向上になる。

 このプロセスを採用して、直径1.4[mm](内径1.2[mm])、内径5[mm]のステータ振動子を製作した。この振動子は、セラミックPZTで製作した振動子に比べて直径比は58[%]、体積比は17[%]である。入力電圧20[VP-P]、駆動周波数227[kHz]、5.3[mN]の予圧のもとで、0.67[Nm]のトルクを発生させることに成功した。また、4電極間の位相関係を90度から-90度にかえることによって、ロータの駆動方向を反転することを確認した。この超音波モータは、現在最も小さな直径を持つモータというだけではなく、圧電薄膜を利用して製作、駆動した進行波型超音波モータとしては唯一のものである。また、駆動周波数と振動振幅の関係から計算した力係数から導出される入力電圧と限界予圧の関係が実験結果とよく一致することを確認した。

 さらに、同じ成膜プロセスで、直径2.4[mm]、高さ10[mm]と、直径1.4[mm]、高さ10[mm]のステータ振動子を製作し、振動振幅と駆動周波数の実験結果等からそれぞれの力係数とPZT薄膜の圧電定数e31を導出した。この結果から、提案した力係数の計算方法が妥当であることと、薄膜の圧電定数e31=-0.57[C/m2]を得た。この値を用いて、本研究で提案したマイクロ超音波モータを更に小型化を行うと、どれくらいのモータのトルクが実現できるのかを概算した。直径1.4[mm]、高さ5[mm]のステータ振動子を相似形で小型化した場合、直径500[m]で400[nNm]、直径100[m]では27[nNm]が期待される。問題となるのは駆動周波数で、それぞれ740[kHz]、3.6[MHz]であり、駆動周波数を小さく抑えるには、振動子の長さを長くすること等が有効である。また小型化に伴い、大きな摩擦係数(計算では0.3とした)と高いQ値(計算では50)が重要となる。もちろん、圧電薄膜を向上することも必要で、水熱合成法の反応プロセスを改良することによって、圧電定数e31をセラミックPZTと同じ-4.1[C/m2]にできれば、力係数や発生トルクは約7倍に向上することができる。この改良の余地を以下に述べる。一つは、改良型結晶核生成プロセスの適正チタン濃度の評価である。このプロセスでは、圧電定数の反応溶液チタン濃度への依存性が敏感であることが本研究で明らかとなった。今後、チタン濃度に対する圧電定数の変化を詳細に測定することによって薄膜の圧電定数が飛躍的に向上する可能性がある。また、単一プロセス、改良型結晶核生成プロセスはチタン基板上に圧電薄膜を成膜するためのプロセスの開発であった。既に薄膜が成膜されている薄膜上に成膜するという、従来の成長プロセスの改良には本研究では殆どふれることができなかった。従来の成長プロセスは生成プロセスによって成膜されるPZ層にPZTを成膜される様に条件出しをされていると考えられる。本研究で提案した単一プロセス水熱合成法、または改良型結晶核生成プロセスで成膜される圧電性の高い薄膜の上に成膜するのに適した反応プロセスの開発が望まれる。

 本研究で製作し、駆動に成功したPZT薄膜を用いた直径1.4[mm]のモータは現在最も小さな直径を持つ超音波モータである。しかし、現状ではまだ問題点も多い。軸方向には5[mm]の長さをもつ上に、4本の電力供給用の導線によって支持しているためにデバイスへの組み込みは難しい。PZTセラミックを削り出しで製作した直径2.4[mm]の振動子の様に十分大きな発生力が実現できれば強固な支持も可能になり、2軸ハンドや、自走機構、昆虫型ロボットヘアプリケーションへの応用も期待される。この実現のためには、圧電薄膜の圧電効果の向上の他にも本研究では触れなかったモータの耐久性や性能のばらつきについても今後調べていく必要があろう。これらの要因は、成膜されたPZT薄膜にも大きく依存するものと考えられる。また、本研究では、超音波モータの発生力の大きさを示すために円筒型ステータ振動子を採用したが、アプリケーションデバイスを考えると平板型ステータ振動子が有利であることも多い。振動子の形状自由度が高いことも超音波モータの特長の一つであり、今後水熱合成法を用いて製作した平板型マイクロ超音波モータの開発も行われていくものと期待する。

審査要旨

 本論文は「円筒型超音波モータの小型化に関する研究」と題し、超音波モータの小型化に対する優位さを実証するとともに、その可能性を示すことを目的としている。超音波モータは静電、電磁型モータと比較して低速高トルクで、構造もシンプルであるのでマイクロ化に有利であり、幾つかの報告例がある。しかし、現状ではその優位性を十分に示す結果は提示されていない。本研究は超音波モータの小型化に不可欠である圧電薄膜合成として水熱合成法に注目し、新たな反応プロセスの開発とともに直径1.4[mm]という世界最小直径の超音波モータの駆動に成功している。この結果をもとに、小型化に伴う円筒型超音波モータのスケール則を考察している。論文は8章により構成されている。

 1章は「序論」で、現状のマイクロモータについて概観した後、今までに報告されているマイクロ超音波モータについて述べている。直径2[mm]程度で正逆回転駆動に成功した事例は無く、圧電薄膜を利用したマイクロ超音波モータの成功例がほとんど無いことが示されている。

 2章は「円筒型超音波モータの製作と駆動」であり、本研究で提案する円筒型ステータ振動子の振動モードや共振周波数の計算と共に、振動子の発生力と振動速度について考察している。円筒型振動子に関するこれらの計算例は少ない上、本研究の振動子の構成は新規であるため、この結果は今後の超音波モータの研究に貢献するはずである。

 3章は「セラミック圧電素子を用いたマイクロ超音波モータの応用」と題し、セラミックPZTステータ振動子による超音波モータの駆動に関して述べている。振動子サイズは直径2.4[mm]、高さ10[mm]である。駆動周波数85[kHz]、入力電圧100[VP-P]のもとで最大トルク0.22[mNm]、最大回転速度600[rpm]が得られた。この最大トルクは静電型、電磁型及び、他の超音波モータと比較すると同一直径で一桁半大きな値である。さらにモータの応用として、2軸ハンドを製作している。これは電磁型モータのアプリケーションを手本にしたものであるが、減速機構を用いないダイレクト駆動、ベアリングレス、ブレーキレスといった超音波モータの特徴を示すことができたと言える。

 4章は「水熱合成法によるPZT薄膜の成膜」で、PZT圧電薄膜合成の導入にあたる。超音波モータの小型化には圧電薄膜の利用が不可欠である。これはセラミックが金属に比べて切削性に劣るために3章と同様の加工方法で小型化を行うのは非常に困難であるためである。本研究では厚膜PZTの成膜ができ、立体基板に成膜が可能、分極処理が不要等の点から水熱合成法を採用することとした。しかし、報告されているプロセスを追実験したところ圧電薄膜の圧電定数d31は-21[pC/N]であった。この値はセラミックPZTと比較して3分の1以下である。この理由についてXRD、EPMA等の観測結果から検討した結果、薄膜の組成がPZTだけではなくPZ層が存在していることが原因と判明した。

 5章は「水熱合成法のプロセス改良と諸定数の測定」と題し、"単一プロセス水熱合成法"と"改良型生成プロセス"について述べている。これらの反応プロセスは、4章で明らかとなった圧電薄膜の問題点を解決するために本研究で開発したもので、PZ層を排除すること目的としている。XRD、EPMAの結果から"単一プロセス"においてはこの目的を達成し、圧電定数d31は-34[pC/N]、"改良型生成プロセス"では-35[pC/N]と67[%]の向上に成功した。これらの値はセラミックPZTの-90[pC/N]には届かず、まだ改良の余地が残されているが、系統的で定性的な指標を得ることができたと言える。

 6章の「PZT薄膜を用いたマイクロ超音波モータ」は、直径1.4[mm]、高さ5.0[mm]のステータ振動子に関する章である。このモータ直径は現在までに報告されている超音波モータの中で最小直径である。駆動モードの共振周波数は227[kHz]で、4電極への駆動電圧の位相差を変えることで、ロータを正逆回転駆動させることに成功した。圧電薄膜を利用して製作した超音波モータで正逆両回転駆動に成功したのは唯一のものである。ロータの立ち上がりをレーザドップラ速度計で測定し、入力電圧、予圧、回転速度、始動トルクなどの関係を明らかにし、見積もり計算との合致を確認している。20[VP-P]の入力電圧で、最大トルクは0.67[Nm]、同一予圧下での最大回転速度は680[rpm]で、予圧をロータ自重のみに頼った場合の最大回転数は2180[rpm]であった。

 7章は「さらなる小型化にむけての展望」と題し、本研究で提案した円筒型超音波モータの諸特性が、圧電材料、特に圧電定数と振動子のサイズがどのような関係になっているのかを考察している。まずセラミックPZTと薄膜PZTの発生力の違いを測定し、その違いの主因が圧電定数e31であることを明らかにした。さらに、寸法の異なる3種類の円筒型振動子の力係数等を求め、2章で述べた計算式の妥当性を検証した。この力係数の値から薄膜の圧電定数e31が-0.57[C/m2]であり、今後水熱合成法を改良してセラミックPZTの値-4.1[C/m2]にすることができれば、発生トルクを7倍にまで向上できることが分かった。また、さらなる小型化を行った場合のモータ特性を求め、例えば現状の薄膜で直径100[m]とした場合でも30[nNm]が得られるという計算結果を得た。マイクロ静電モータで同一直径でpNmのオーダであることを考えると、円筒型という構造上の問題があるが十分な可能性を持ち合わせていると言える。

 8章「まとめと今後の課題」では本研究で得られた成果と、今後の展望について述べている。

 以上のように、本研究は円筒型超音波モータの小型化に対し、圧電薄膜材料の開発及び振動子の設計指針の点から考察を行い、世界最小の超音波モータの駆動を実証している。また、さらなる小型化の場合でも超音波モータが有利であることを示し、近年熱望されているマイクロアクチュエータとしての有効性を示したという成果は多大である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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