学位論文要旨



No 114213
著者(漢字) 守安,精
著者(英字)
著者(カナ) モリヤス,セイ
標題(和) 非球面光学素子の超精密加工に関する研究
標題(洋)
報告番号 114213
報告番号 甲14213
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4339号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 鯉渕,興二
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 谷,泰弘
 東京大学 助教授 高増,潔
内容要旨

 非球面光学素子は近年様々な分野で利用されており、加工精度および生産性の向上が望まれている。しかしながら実際のところは、これらの要求を同時に満たすのは非常に困難であり、いまだこれらを実現できる生産プロセスが確立しているとは言えない。そこで、本論文ではこれらを実現するための加工プロセスを提案し、その中の要素技術に関して研究を行った。

 まず、非球面光学素子には高品位な表面粗さと高い形状精度が要求されるため、高能率な鏡面加工技術で知られるELID研削法非球面加工に適用した。ELID研削を非球面加工に適用させた場合、最大のメリットは砥石の切れ味が一定に保たれることである。そのためある程度の砥石摩耗は不可避の現象であり、砥石摩耗を抑制するために加工中のみ電解をかける手法や被加工物形状に応じて砥石断面形状を決定する手法などの提案を行った。非球面ELID研削に形状誤差補償制御法を適用することにより、高精度かつ高能率な加工が実現でき、非球面プラスチックレンズのプロトタイプ生産やマイクロ光学素子の加工へ応用できることが分かった。

 大型の加工物や硬質材料、傾斜の大きな加工物などに対しては、砥石摩耗量が無視できない量となるため、砥石摩耗による砥石径減耗量を予測して、砥石径が設定値になるまで加工を行う工具径予測制御法を利用することにより、従来の形状誤差補償制御法では形状の補正がうまく機能しなかった場合においても高精度加工を実現することができた。

 加工精度をさらに向上させるためには、加工機上で形状測定を行う機上計測技術が不可欠であり、測定装置自体の精度も高くなければならない。そこで加工機上に搭載可能な小型で高精度な触針式形状測定センサの開発を行った。測定時のプローブシャフトのすべりによる誤差を0.1m以下にするためには測定圧を65mgf程度以下にする必要があることが解析的に求められた。試作した形状測定センサの特徴としては、小型で機上計測に適している点、測定圧が極めて小さく、光ファイバー式レーザ干渉変位計を内部に搭載しているため安定して高精度測定が可能である点などが挙げられる。また、加工機のスケールユニットから直接現在位置情報を取り出すシステムとすることによりリアルタイム測定を可能にしており、高速な測定を実現している。形状測定センサを加工機上に取り付けた際の取り付け誤差はデータ処理で補正することにより取り除くことができる。測定データの再現性は±60°の範囲で±3=0.1m以下を実現し、直線性も750mの範囲で70nm程度であり、加工機の位置決めの安定性を考慮に入れると極めて高い直線性を実現できたといえる。これらの値は従来の電気マイクロメータを用いた測定圧の高いセンサに比べてはるかに良好な結果といえる。

 非軸対称非球面加工の場合、小さな被加工物でさえも1パスにかかる加工時間が数時間となることが多々あるため形状計測技術が必要不可欠となる。そのため試作した機上計測用触針式形状測定センサを加工機上に搭載し、非軸対称非球面加工における加工形状の測定・評価を行った。ELID研削を用いて非軸対称非球面加工を行い、形状誤差補償制御法を取り入れて補正加工を行ったところ、30mm角の石英トーリックミラーを2回の補正加工により形状精度0.89mに加工することができた。また、非軸対称非球面加工における主たる形状誤差要因と考えられる砥石径・砥石断面径の誤差を加工後の形状から推定し、これをまず補正し、次いでその他の誤差要因による形状誤差分を形状誤差補償制御法を用いて補正する新たな手法を提案し、トータル2回の補正加工により0.66mの形状精度を実現することができた。形状誤差補償制御法は従来は測定データをそのままNCデータへフィードバックしていたが、測定精度を上げていくと外乱によるノイズ成分が入りやすくなるため、これらのデータを除去するために異常点除去アルゴリズムおよび周波数領域法によるフィルタリングを用いることにより、安定して補正加工を行うことが可能となった。

 非球面形状をさらに高速に測定するためには干渉計を用いた面計測が必要となる。しかしながら従来は球面に近い非球面形状などを除く一般的な自由な非球面形状を一度に面計測する手法は無かった。そこでサブミクロンから数ミクロンの形状誤差を許容した非球面リファレンスを作成し、これを用いて非球面の波面を生成し、被測定物を一度に面計測し、データ処理によって非球面リファレンス形状と干渉縞から被測定物形状を求める手法の提案を行った。トーリック面をもつ被測定物に対して軸外し回転放物面の非球面リファレンスをフライカットで製作し、被測定物全面に対して干渉縞の観察に成功した。

審査要旨

 光技術は大いに発展しているが、光を利用する各種装置に欠かせないものにミラーやレンズやプリズムのような光学素子がある。この光学素子の形状に最近は非球面形状でしかも非軸対称のものが多く要求されるようになっている。このような光学素子を高精度かつ効率的に製作する方法については、これまでにも種々検討されてきたが、いまだ確立された製造法が存在するとは言えない現状にある。

 本研究はこの課題を解決すべき取組んだもので、「非球面光学素子の超精密加工に関する研究」と題し、緒論と総括を含め全7章より構成されている。

 第1章では、種々の光学素子とその加工法について、現状と過去の研究状況について概説すると共に、非球面光学素子の効率的な加工においては多くの問題をかかえていること、並びに測定法にも解決すべき課題が多いことを指摘し、本研究を行う背景を明らかにしている。

 第2章では非球面加工に、鏡面研削が可能とされるELID研削を適用させることを試みている。その結果従来砥石による研削に比較して、砥石の切れ味を一定にすることができ、この特徴を生かすために、加工中の砥石の損耗や形状くずれに対応して、砥石形状誤差を補償する方法の研究を行っている。この補償方法については、必ずしも新しい考え方ではないが、ELID研削と組合わせることにより適用範囲を拡大したものと認められる。

 第3章は、硬質の大型光学素子の加工において発生する砥石径の変化への対策として、工具径の変化をあらかじめ予測して補償制御する方法を新たに開発し、実験により高精度加工に効果があることを確かめている。

 上記の補償制御をさらに有効に活用するために、加工機上での加工物の高精度計測をすることが前提となる。現在この目的のための十分な精度をもつセンサが存在しないことにかんがみ、第4章では0.1mの精度で測定範囲をかなり拡大した小型計測装置を開発している。具体的には、光ファイバー式レーザ干渉変位計、および軸受け剛性を保ちながら測定圧を微小に制御できる特殊エアースライドの利用により高精度測定を可能にし、また加工機のスケールユニットから直接位置データを取り出すことによりリアルタイム測定を実現している。この新開発の機上計測用センサを用いることにより、これまで以上の高精度加工が可能となるとしている。

 第5章では、非軸対称非球面加工においてELID研削を行い、その際、前記の計測センサと形状誤差補償制御を行うことによって実際に高精度加工が行えることを確かめている。この時の補償制御において、測定データのノイズ成分を除去するためフィルタリングを行う方式を付加している。また、非軸対称非球面加工における主たる形状誤差要因と考えられる工具径誤差・工具断面形状誤差を加工形状から推定して補正加工を行う手法を新たに開発し、形状誤差補償制御と複合化することにより、少ない補正回数で高精度加工が可能となるとしている。

 第6章では、非球面形状測定の高速化のために、干渉計を用いた面計測法を提案している。この方法はあらかじめ非球面リファレンスを作成しておき、干渉縞を得て測定物の形状を求める方法であり、実際に被測定物全面に対して干渉縞を観察し得ることを確かめ、将来有望な高精度非球面測定法となり得るとしている。

 以上要するに、論文は益々高寸法精度が要求される非球面光学素子において、仕上げ用鏡面研削の加工精度を向上させるため、加工機と工具の制御と計測方法の研究を行い、新しい諸方式を考案すると共に、それらの実現の可能性を実証したもので、光学素子の精密加工とその計測・制御の分野で貢献する有益な研究である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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