学位論文要旨



No 114214
著者(漢字) 山本,晃生
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,アキオ
標題(和) 静電モータを用いたサーボシステムに関する研究
標題(洋)
報告番号 114214
報告番号 甲14214
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4340号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 助教授 佐々木,健
 東京大学 助教授 黒澤,実
 東京大学 助教授 川勝,英樹
内容要旨

 現在,多くの自動化機器において,その駆動源として電磁モータが用いられている.電磁モータは,制御性の良さや周辺機器の充実ぶり,また取り扱いのしやすさなど,様々な面を総合して,現在最も優れたメカトロニクス用アクチュエータであり,これまでの自動化技術の発展を支える原動力となってきた.しかし,自動化機器の性能や,自動化技術の適用範囲は,昨今ますます多様化しており,それに伴いメカトロニクス用アクチュエータに対する要求もより高度な,あるいは多様なものとなってきている.そのような要求に応えるべく,電磁モータにおいても性能向上のための様々な技術開発が行われており,その性能は年々向上しているものの,その技術はもはや成熟の域に達しており,その性能向上にも,そろそろ限界が生じてくるのではないかとも思われる.そのような事情を背景に,近年,電磁モータとは異なる原理によるアクチュエータ,いわゆる新原理アクチュエータが数多く考案されてきた.

 それら新原理アクチュエータの一つに静電アクチュエータがある.静電アクチュエータは,マイクロアクチュエータとしての研究がそのほとんどを占めており,マイクロマシンの効果的な活用方法があまり見えてこない現段階では,実用化に至っているものは数少ない.実用化されている静電アクチュエータは,例えばセンサ用トランスデューサなど,いずれも動作が非常に限定された特殊なアクチュエータであり,外部に対して出力を供給できるモータとしての実用化例は未だない.

 これまでに開発された多くの静電アクチュエータは,半導体製造技術を利用してシリコン基板上に形成されたもので,マイクロアクチュエータとしての利用を指向している.しかし一方で,cmオーダ以上の通常寸法において高い出力を得ることを目指した静電モータの研究も行われている.その中で,交流駆動両電極型静電モータは,既存の電磁モータに迫る出力性能を実現しているうえ,小型化,薄型化が容易であるといった特徴を持ち,将来のメカトロニクス用アクチュエータとしての利用が期待される.

 交流駆動両電極型静電モータは,3相帯状電極を配線した2枚のフレキシブルプリント基板フィルムで構成される.2枚のフィルムは,移動子・固定子としてそれぞれ機能し,両者を重ね合わせ,両者の3相電極にそれぞれ3相正弦波を印加することでリニアに駆動される(回転型の構成も試作されている).過去の研究では,7gのモータ重量で1.6Wの出力を発生し,そのパワー密度は230W/kgであった.これは,現在の最高レベルの電磁モータとおおよそ同等の値である.また,このモータはダイレクトに高い推力を発生可能で,移動子重量3g,電極面積100cm2のモータで18Nの推力を発生できる.このような性能から,本モータは,将来的に,電磁モータに代わるメカトロニクス機器の駆動源としての利用が期待される.また,それ以外にも,薄型・軽量であることを生かして,新たなメカトロニクス応用分野の開拓も期待される.

 メカトロニクス用アクチュエータには,出力性能のみならず,優れた制御性や,サーボシステムを構築するための周辺技術の整備等が必要とされる.しかし,交流駆動両電極型静電モータは,出力性能こそ電磁モータに近いレベルにまで到達しているものの,他の部分については,ほとんど研究されておらず,電磁モータには遠く及ばないのが現状である.同様のことは,交流駆動両電極型静電モータだけでなく,静電モータ全般にいえることでもある.静電モータにおける従来の研究は,その製造方法,設計方法といった面に重点がおかれており,制御技術等にまで踏み込んで研究されている例はほとんどない.

 このような状況をふまえ,本研究では,交流駆動両電極型静電モータを用いたサーボシステムの構築を目指し,モータ性能の改善,制御手法の検討,周辺技術の開発を行うことを目的とする.

 本論文は,3部,8章から構成される本論に,序論,結論をあわせた全10章から構成される.本論を構成する3部の概要は次の通りである.

 第一部では,より制御しやすいモータ,および,制御・解析の容易なモータモデルを提供することを目的とする.そのために,モータの等価回路モデルの提案,構築を行うと共に,モータの推力リプルの削減により性能改善の試みを行う.

 第二部では,サーボシステムの構築を行った結果について述べる.ここでは,モータの駆動方法を2周波数法と呼ぶ方法に限定して,サーボシステムを構築するための技術開発を行う.具体的には,制御方法に関する検討,センサシステムの開発,駆動装置の開発を行い,最後にこれらの技術を用いて,倒立振子の安定化制御を行った例を示す.

 第三部では,第二部で開発した技術を,1周波数法と呼ばれる駆動法に対して適用した結果を述べる.交流駆動両電極型静電モータが,その性能を完全に発揮するためには,2周波数法の利用が不可欠であるが,1周波数法では駆動回路が半分に簡略化できるという極めて大きなメリットが得られる.そこで,第二部で開発した技術のいくつかを1周波数法に対して適用することを検討する.

 以下,各章の概略を述べる.

 第1章では,本研究の背景として,静電モータの歴史や,交流駆動両電極形静電モータの概要を述べ,本研究の目的と概要を示す.

 第一部は,第2章,第3章の2章から構成される.

 第2章では,交流駆動両電極形静電モータの等価回路モデルの提案を行う.本モータに関する従来の研究は,主として推力を最大化するための電極設計方法を明らかとすることに重点が置かれていた.そのため,従来研究で用いられてきたモータモデルは,電界解析用の幾何的モデル等の,いうなれば微視的なモデルであった.しかし,制御の検討,周辺技術の開発にあたっては,このような微視的なモデルを用いていたのでは,複雑な計算が必要となるため,より巨視的なモデル,すなわち等価電気回路モデルの存在が重要となる.

 そこで,第2章では,交流駆動両電極型静電モータの等価回路モデルの提案を行い,モデルの同定方法や,モデルに基づく性能解析等を行う.

 第3章では,電極配置へのスキューの導入によるモータ性能の改善を提案する.本モータは,非常に大きな推力リプルを持つため,精密な制御が困難であるほか,開ループ駆動においても,振動,騒音等の問題を発生する.また,推力リプルに起因する複雑な特性のため,第2章で述べるモデルをそのまま適用することも難しい.そこで,電極をスキューすることによる推力リプルの低減を提案し,最適なスキュー形状に関する解析を行う.また,解析に基づくスキューモデルを実際に製作し,実験的に性能評価を行う.

 第二部は,第4章から第7章までの4章から構成される.

 第4章では,交流駆動両電極形静電モータの制御手法に関する検討を行い,最大推力制御という制御手法を提案する.また,提案した制御手法に基づき,実際に制御実験を行い,シミュレーション結果との比較から,提案した手法の有効性および,利用に当たっての注意点を明らかとする.

 第5章では,電極位置センサの開発について述べる.第4章において,フィードバック制御には,固定子電極と移動子電極の相対位置の検出が不可欠であることが述べられる.そこで,第5章では,モータの電極と同等の構造を有するセンサシステムの提案を行い,性能解析およびその実験的評価を行う.また,開発したセンサシステムのモータへの組み込み方法に関しても議論する.

 第6章では,駆動装置の開発について述べる.交流駆動両電極型静電モータの駆動には,最大2kV程度の高電圧と,数百〜1kHz程度の周波数帯域が要求される.従来の研究においては駆動装置の回路数が少なくてすむ1周波数法が主として用いらてきたが,1周波数法では,周波数の下限は直流(0Hz)であるために簡易な高電圧発生法であるトランスの利用が困難であった.そのために,モータの駆動には高価かつ大型なアナログ高電圧アンプが用いられてきた.第6章においては,駆動方法として2周波数法を採用することで,小型なトランスを用いた安価かつ簡便で,モータ制御も行いやすい駆動装置の開発を行う.

 第7章では,第4章から第6章までの成果をふまえた応用の事例を示す.第4章から第6章までは,サーボシステムを構築するための,要素技術の開発を行った.そこで,第7章では,これらの技術を統合し,倒立振子の安定化制御に応用した例を示す.これにより,本論文で提案,開発した各技術の有用性を示す.

 第三部は,第8章,第9章の2章から構成される.

 第8章では,交流駆動両電極形静電モータの補完的な駆動方法として,変調駆動法を提案する.従来,1周波数法においては、低速時においてモータの動作が不安定になることが問題とされてきた.そこで,この問題を解決するための新たな付加的な駆動法として変調駆動法を提案し,その性能に関する解析,実験を行う.また,本モータの簡易な駆動法であるトランスを用いての駆動が,従来の1周波数法では難しかったが,変調駆動法の提案により,これを簡易なものとした.

 第9章では,第8章で提案した変調駆動法を利用した制御の事例として,精密位置決め制御を行った例を示す.パルス分解能6.25nmのリニアエンコーダを用いて位置決め実験を行い,±1パルスの範囲で位置決めを行うことに成功し,本モータが10nmオーダの位置決め分解能を有することを示す.

 最後に,第10章では,本論文の結論を述べる.本研究で得られた成果についての総括を行い,さらに今度の展望について述べる.

審査要旨

 本論文は「静電モータを用いたサーボシステムに関する研究」と題し,交流駆動両電極形静電モータの基本性能の改善と,同モータのサーボシステムへの適用について行った一連の研究をまとめたものである.

 静電モータは,一般にマイクロモータとしての研究が盛んに行われてきているが,本論文が対象とする交流駆動両電極型静電モータは,それらマイクロ静電モータとは異なり,数cmオーダのモータ寸法において,従来の電磁モータと同等以上の性能を実現した静電モータである.このモータは,その高い出力性能から,各種メカトロニクス機器における制御用モータとしての利用が期待されているが,実用化のためには,基本性能の改善,制御技術の検討,周辺機器の整備等が必要である.本論文では,これらの課題を解決することにより,交流駆動両電極形静電モータを利用した精密サーボシステムの実現を目的として研究を行った.

 本論文は,3部,8章からなる本論に,序論,結論をあわせた全10章から構成される.

 第1章は序論であり,本研究の背景と目的,および本論文の構成について述べている.

 第一部は第2章と第3章からなり,より制御しやすいモータとそのモデルを提供することを目的としている.

 第2章では,交流駆動両電極形静電モータの等価回路モデルを提案し,モデルに基づく性能解析を行った結果について述べている.

 第3章では,電極配置へのスキューの導入によるモータ性能の改善を行った結果について述べている.交流駆動両電極形静電モータは,非常に大きな推力リプルを持つため,精密な制御が困難であるほか,開ループ駆動においても,振動,騒音等の問題を発生するという問題を有していた.本章では,これらの問題を解決するため,電極をスキューすることにより推力リプルを低減することを考案し,最適なスキュー形状に関する解析を行うとともに,実験的にその性能向上を確認している.

 第二部は第4章から第7章で構成され,交流駆動両電極形静電モータを用いてサーボシステムの構築を行った研究について述べている.ここでは,モータの駆動方法を2周波数法と呼ぶ方法に限定して,サーボシステムを構築するための技術開発を行っている.

 第4章では,交流駆動両電極形静電モータの制御手法に関する検討を行い,最大推力制御という制御手法を提案している.

 第5章では,制御に必要とされる電極相対位置の検出を行うための専用のセンサシステムを提案し,その構成方法について論じると共に,実験的な評価を行ってい,高精度の位置センサーとして利用が可能であることを明らかにしている.

 第6章では,駆動装置の開発について述べている.交流駆動両電極型静電モータの駆動には,従来,大型かつ高価な高電圧アナログアンプが主として用いられており,研究・開発を進める上で問題とされてきた.本章では,トランスを有効に活用することによって,安価かつ簡便な駆動装置を実現することを提案し,提案する手法について,理論的な解析や実験の結果を述べている.

 第7章では,第4章から第6章までで述べた要素技術を統合して,サーボシステムを構築し,倒立振子の安定化制御に応用した結果を示している.これによって,本論文で提案,開発した各技術を統合した形での有用性が示されている.

 第三部は第8章,第9章からなり,第二部で開発した技術を,1周波数法と呼ばれる交流駆動両電極形静電モータのもう一つの駆動法に対して適用した結果を述べている.

 第8章では,交流駆動両電極形静電モータの補完的な駆動方法として,変調駆動法を提案している.これにより,従来の1周波数法が持つ様々な欠点を解決し,1周波数法の実用性を高めることに成功している.

 第9章では,第8章で提案した変調駆動法を利用した制御の事例として,精密位置決め制御を行った例を示している.利用したセンサの分解能に等しい6.25nmの分解能で位置決めを行うことに成功し,本モータがナノメートルオーダの位置決め分解能を有することを明らかとしている.

 第10章は本論文の結論であり,本研究で得られた成果についての総括を行い,さらに今度の展望について述べている.

 以上をまとめるに,本論文は,交流駆動両電極形静電モータと呼ばれる静電モータを対象に,サーボシステムの構築に必要とされる技術開発を行い,より制御しやすいモータ性能の実現と,制御手法,解析手法の確立,さらには,周辺補機の整備を行ったものである.本論文中で示す技術,知見は,交流駆動両電極形静電モータだけにとどまらず,他形式の静電モータや新原理のアクチュエータの開発に関しても極めて意義の大きな知見を与えるものであり,メカトロニクスの研究の発展に貢献している.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク