学位論文要旨



No 114215
著者(漢字) 井出,太郎
著者(英字)
著者(カナ) イデ,タロウ
標題(和) 超大型浮体の構造 : 係留系の逐次崩壊
標題(洋)
報告番号 114215
報告番号 甲14215
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4341号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,宏一郎
 東京大学 教授 藤野,正隆
 東京大学 教授 前田,久明
 東京大学 助教授 影本,浩
 東京大学 助教授 鈴木,英之
内容要旨

 大型浮体式海洋構造物を設計してゆく上で避けなければいけない災害として、浮体本体の被災による「沈没」や係留施設の逐次崩壊による「漂流」等が考えられる。こうした事故はほとんどいかなる状況においても起きてはならない事故である。「漂流」は係留系が逐次的に崩壊することによって発生する可能性があり、地震、津波、台風などがその原因として考えられる。本論文ではこの「漂流」の原因となる台風に起因する係留系逐次崩壊現象を扱う。

 研究対象として次に示す2通りの浮体-係留系を取り上げ、それぞれ超大型浮体式海洋構造物の形式、係留系の形式、環境を想定し、逐次崩壊現象を調べることとする。1つは水深が浅く、波の影響を受けにくい海域に設置する内湾型浮体式海洋構造物-係留系であり、その使用目的として海上空港、海上都市等が提案され、石油備蓄基地が現存する。もう1つは水深が深く、海象条件の厳しい場所に設置する外洋型浮体式海洋構造物-係留系であり、離島の海上空港やナポリ空港、海上エネルギー基地等が提案されている。内湾型浮体式海洋構造物であるバージ型浮体式海洋構造物については中規模であるが石油備蓄基地として実績があり、また実海域実験が行われるなど研究が活発に行われているため、最も実現可能性の高い浮体-係留系であると考えられる。また今後広く海上を利用して行くためにはより水深が大きく、海象条件の厳しい環境において成立可能な浮体-係留系が必要となるため、外洋型浮体式海洋構造物-係留系が提案されている。こうしたことから以上2通りの浮体-係留系に関して逐次崩壊現象を研究することは重要であると考えられる。本論文ではこれら2種類の海洋構造物-係留系を人々が日常的に利用するインフラストラクチャーと想定し、埋立と比較して遜色ない快適性を実現するため、かなり強固な係留を行うものとする。具体的には海上空港や海上都市等を想定する。

(1)内湾型浮体式海洋構造物-係留系

 防波堤の内側にドルフィン係留されたバージ型浮体を想定し、防波堤が十分に機能している状態で台風の強風により逐次崩壊に至る場合について研究を行う。このためバージ型浮体-ドルフィン係留系の挙動を時系列で計算することのできるソフトを開発した。従来剛体として扱われてきた大型浮体構造物の面内変形を弾性体として扱う為、剪断変形を考慮した梁理論を用いた。また従来線形ばねとして扱われることの多かったドルフィン係留をヒステリシス特性や過圧縮特性、塑性化、防舷材と杭部分のばね、破壊過程等について考慮したモデル化を行った。更に風荷重についてはその空間変動規模(乱れのスケール)を考慮し、各空間規模で独立した統計量に基づく風荷重を与える。以上のモデル化から得られる運動方程式をガラーキン法を用いて定式化し、ニューマーク法を用いて時系列で解く。係留系の逐次崩壊という非線形現象を扱うため不規則波を発生させ、各条件に対して100回試行を行い、得られる結果を統計的に扱うことにする。このソフトを用いて以下の結論を得ることができた。尚、浮体モデルは長さ5000[m]、幅500[m]と1000[m]とする(Fig.1)。

Fig.1 バージ型浮体-ドルフィン係留系(a)逐次崩壊の全体像

 浮体幅500[m]の場合、初期破壊位置は浮体中央部に集中する。剛性を弱く(0.01倍)した場合は浮体中央部と端部の間から崩壊の始まる事例が多くなる。これらの理由は浮体-係留系の構造的な要因により浮体中央部または浮体中央部と端部の間の変位が大きくなる為と考えられる。浮体幅1000[m]の場合は初期破壊位置が端部に集中する。

 初期破壊が生じた後の崩壊順序は浮体幅500[m]の場合、中央部から生じた破壊が端部に向かって進行し、最後の崩壊場所は端部が最も多くなる。浮体幅1000[m]の場合は剛体と同じ様に最初に端部が破壊され、破壊が中央に進行し、最後にもう一方の端部が破壊される。

 初期破壊が生じてから全壊に至るまでの時間は弾性浮体、非線形係留モデルで幅500[m]、1000[m]共に10[min]程度である。

(b)浮体・係留・荷重のモデル化影響

 浮体の面内運動を弾性体としてモデル化し、弾性応答が逐次崩壊に与える影響について調べた。浮体の剛性が小さい場合には動的効果によって崩壊時間が短くなり、また係留として非線形モデルを用いた場合、乱れのスケールが小さい場合には弾性応答の影響が大きくなる。

 また最近の観測結果から台風時には従来考えられてきたよりも広い範囲で空間相関を考慮する必要が指摘されており、この空間相関規模(乱れのスケール)が逐次崩壊に与える影響について調べた。乱れのスケールの大きい方が崩壊しやすく、これは風荷重の相殺効果が小さいので動的効果が顕著に現れるためと考えられる。

 さらにドルフィン係留を用いた場合、ヒステリシス効果を考慮した非線形モデルが逐次崩壊に与える影響について調べた結果、非線形モデルを用いた方が崩壊しにくいことがわかった。これは非線形係留モデルにヒステリシス特性による荷重再配分効果があるためと考えられる。

(2)外洋型浮体式海洋構造物-係留系

 中水深の外洋に超大型浮体式海洋構造物を設置することを想定する。水深が深いため防波堤等はなく、浮体が外洋の厳しい海象条件にさらされると考えられ、波浪中応答の小さいセミサブ型浮体を想定する。また水深が大きいためドルフィン係留を用いると大規模な構造体が必要になるので、傾斜テンションレグ係留を想定する。

 まず水槽において模型を用いた係留系逐次崩壊実験を行った(Fig.2)。傾斜テンションレグ係留された1/333スケールのセミサブ型浮体模型に規則波と不規則波をかけ、ある一定値以上の負荷が係留索にかかる場合には係留が浮体からはずれるようにする。

Fig.2 浮体模型

 又、浮体の運動を水平方向については剪断撓みを考慮した梁理論、上下方向については板理論を用いてモデル化し、ガラーキン法により定式化した。それをニューマーク法を用いて時間領域で解くことにより、浮体の挙動、浮体-係留系の逐次崩壊挙動を計算することのできるソフトを開発した。外力としては波荷重と風荷重を考え、係留システムの崩壊挙動シミュレーションを行った結果以下のような結論を得た。尚、ここでは各係留位置を指すためにFig.3に示す呼称を用いる。

Fig.3 係留位置の呼称

 規則波をかけた場合、浮体の応答はy-z断面において波と同じ周波数で、その周波数特有の味噌摺り運動を行う。(例えばFig.4)この運動によって各列の最大張力が波周波数毎に大きく異なる。例えばFig.4(a)の場合は第1、4列が、(b)の場合は第2、3列の張力が大きくなる。この運動は浮体の波方向長さ、カラム間距離によって異なると考えれられる。またx-z断面運動の係留位置における振幅はFig.5の様になる。これはFig.6に示す様に浮体を梁と考えた場合に傾斜テンションレグ係留と波強制力から導かれる構造的な要因による振幅形状である。更に水平面内では水平面内曲げ剛性が小さい場合弾性挙動を行い、やはり浮体-係留系の構造的な要因により浮体中心部の振幅が大きくなる。

Fig.4 浮体のy-z断面内運動Fig.5 浮体後縁部のz方向振幅Fig.6 x-z断面浮体運動の理由

 浮体挙動からわかるように、x方向の初期破壊位置は端部影響により張力振幅の最も大きくなる最端部から2番目の係留索で多くなることがシミュレーションと実験によって確かめられた。y方向に関しては波周波数によって浮体の運動が異なるため、必ずしも波上側から初期破壊が生じるわけではなく全体に分布する。浮体の水平面内曲げ剛性の小さい場合x方向中央部の挙動が大きくなるため、中央部で多くの初期破壊が生じる。

 典型的な係留系の崩壊順序は第1、2列が破壊されてから時間をおいて第3、4列が破壊される、或いはその逆で第3、4列が破壊されてから時間をおいて第1、2列が破壊されるというものである。これも実験とシミュレーションによって確かめられた。

 浮体-係留系逐次崩壊挙動のシナリオは次のようになる。y-z断面の浮体運動とx方向の張力振幅分布、水平面内弾性運動から最大張力をもつ係留索が決まり、そこに最大波が掛かる時に初期破壊が生じる。初めに崩壊する2列は初期破壊した係留索の初期張力に基づく擾乱と荷重再配分に加えて、波強制力による浮体運動の影響により逐次崩壊をおこす。その擾乱が構造的に最後に崩壊する2列に伝播し、主に波強制力による浮体運動によって全壊に至るものと考えられる。

 初期破壊が生じてから全壊するまでに要する時間はシミュレーション、実験共に2〜3秒程度である。これを実機スケールに換算すると1[min]程度で初期破壊が生じてから全壊に至ることがわかる。また逐次崩壊時の挙動は非常に大い為、実際の超大型浮体式海洋構造物において逐次崩壊が生じれば利用者の避難する余裕はなく、その被害は甚大になると考えられる。しかし初期破壊による擾乱と荷重の再配分効果は非常に大きく、かなり余裕のある設計をしなければ逐次崩壊現象を途中で制止することは難しい。このため初期破壊を抑えることが重要な設計理念となるであろう。

 設計波高15[m]、設計風速50[m]の条件下において安全率1.4で設計した実機スケール浮体の場合、再現期間10000年の海象条件(風速65[m]、有義波高25[m])では台風が最も過酷な状況を呈する期間(1000[sec])に5割程度が全壊する。ただし波を掛け始めてから全壊するまでに要する時間の累積度数確率は有義波高や破断荷重に対して非常に敏感であるため、これを定量的に算定するにあたっては設計値の選択が重要になる。

審査要旨

 超大型浮体式海洋構造物を空港や物流基地など社会インフラとして用いる場合、その上には多数の人命と資産が保持される。そのため、超大型浮体の設計においては人命と資産の保全が確実に図られることが一義的に重要である。超大型浮体に生じる事故の中で、この設計目標が保証できなくなる事態が「沈没」と「漂流」である。沈没と漂流が発生した場合、人命と資産に及ぼす被害の拡大を抑え、被害の程度を制御することが難しくなる。このため、超大型浮体システムを設計する上で絶対に避けなければならない事故として沈没と漂流が掲げられている。また、これらに対する安全性が一段と高いことを前提に、浮体上の施設や設備、建築物の防災計画が立案されようとしている。本研究は、これらのうち漂流に着目し超大型浮体の係留系が逐次崩壊を起こして漂流に至る事象に対して意図した通りの安全性を有するか、数値計算と模型を用いた実験により破壊過程をシミュレートし、さまざまな観点から検討を加え、その挙動を明らかとしたものである。

 本論文の前半では、わが国において実現性の最も高い、ポンツーン型超大型浮体に着目し、防波堤が十分に機能している状態で台風に起因する過大な風荷重が作用し、ドルフィン係留が逐次崩壊を起こして漂流に至るというシナリオについて検討を加えている。まずポンツーン型浮体-ドルフィン係留系の挙動を時系列で計算する解析法の開発を行っている。この形式の超大型浮体の係留解析では、従来水平面内の変形を無視して浮体を剛体として取り扱うことが多かったが、本研究では、面内曲げ変形、剪断変形を考慮し、さらに従来線形ばねとして扱われることもあったドルフィン係留を、フェンダーのヒステリシス特性や過圧縮特性、組杭式固定構造物の変形特性を精度良く取り入れている。風荷重については、その空間変動規模(乱れのスケール)を考慮し、空間相関を考慮した取り扱いにより風荷重を与えている。以上より得られた非線形の支配方程式を時間領域で解くことにより浮体の挙動を求めている。本解析法により、台風による風の最も厳しい条件下で、係留系が逐次崩壊を起こす挙動を解析した。

 長さ5000m、幅500mの浮体の場合、弾性変形により初期破壊位置は浮体中央部に集中することが明らかとなった。中央部から生じた破壊は端部に向かって進行し、最後の崩壊場所は端部が最も多くなる。剛性を0.01倍に下げた場合は浮体中央部と端部の間から崩壊の始まる事例が多くなっている。一方、浮体幅1000mの場合は初期破壊位置が端部に集中しており、剛体と同様の破壊挙動を示し、面内弾性変形が破壊挙動に及ぼす影響が少ないことが明らかとなった。初期破壊が生じてから全壊に至るまでの時間は幅500m、1000m共に10min程度であることが判明した。

 風荷重については、台風時には従来考えられてきたよりも大きな空間相関を考慮する必要が指摘されており、乱れのスケールによって支配される空間相関規模が逐次崩壊に与える影響について調べた。乱れのスケールの大きく空間相関が高いほど崩壊しやすいことが確認された。これは風荷重の相殺効果が小さいため動的効果が顕著に現れたためである。

 ドルフィン係留の挙動を正確に考慮した場合、より崩壊しにくいことがわかった。これは係留のヒステリシス特性や定反力特性による荷重再配分効果により荷重が広く分散されるためである。したがって、ドルフィン係留された超大型浮体の係留系の破壊特性を検討する際には、これらの非線形性を正確に考慮することが必須であることが判明した。

 本研究の後半では、傾斜テンションレグにより係留された超大型半潜水式浮体の係留系の逐次崩壊について検討を加えている。超大型浮体式海洋構造物を中水深の外洋に設置することを想定する場合、水深が深いため防波堤の建設は難しく、また係留のために大規模な固定式構造体が必要になるドルフィン係留は難しいと判断される。そこで浮体が外洋の厳しい海象条件に直接さらされることを想定して、波浪中応答特性の良好なセミサブ形式を浮体形式として採用している。さらに、海上空港などの用途に用いられる場合、管制機器および居住性から来る動揺に対する性能要求は非常に厳しく、これに答えるべく動揺を抑える能力の高い係留方式として傾斜テンションレグ係留を採用している。

 本研究では、まず解析法の開発を行っている。浮体の運動を水平方向については剪断撓みを考慮した梁、上下方向については板としてモデル化し、得られた運動方程式をガラーキン法により運動方程式を定式化した。時間領域で解くことにより、浮体の挙動、浮体-係留系の逐次崩壊挙動を計算している。外力としては波荷重と風荷重を考慮している。また、セミサブ型浮体模型に規則波と不規則波をかけ係留系逐次崩壊実験を行っている。係留系の破壊は、磁石を用いた破断機構を模型の傾斜テンションレグに組み込むことにより、ある一定値以上の負荷が係留索にかかると係留が浮体からはずれるようにしている。

 規則波をかけた場合、浮体が周波数に応じた味噌摺り運動を行い、これにより最大張力が発生する位置が異なってくることが実験と計算より判明した。このため、破断する係留位置は波条件に応じて、波下側から始まる場合、波上側から始まる場合など複雑な様相を示すことが分かりその機構が明らかにされた。また、波進行方向直交方向については浮体の弾性挙動における境界条件の影響から、浮体端部からある程度離れた部分で破壊しやくすなり、実験に用いた浮体ではこれに相当する部分が浮体中央部となっていることが判明した。また初期破壊が生じてから全壊するまでに要する時間は実機スケールに換算すると1min程度で初期破壊が生じてから全壊に至ることがわかった。これらを通じて超大型浮体の係留系の破壊挙動において従来小型の浮体で注目されることの少なかった浮体自体の弾性挙動が重要な役割を担っていることが明らかになった。

 以上、本論文は、係留系の逐次崩壊による漂流という超大型浮体の重大な事故形態について検討を加え、論点となっていたいくつかの問題に明確な回答を与えたものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク