超大型浮体式海洋構造物を空港や物流基地など社会インフラとして用いる場合、その上には多数の人命と資産が保持される。そのため、超大型浮体の設計においては人命と資産の保全が確実に図られることが一義的に重要である。超大型浮体に生じる事故の中で、この設計目標が保証できなくなる事態が「沈没」と「漂流」である。沈没と漂流が発生した場合、人命と資産に及ぼす被害の拡大を抑え、被害の程度を制御することが難しくなる。このため、超大型浮体システムを設計する上で絶対に避けなければならない事故として沈没と漂流が掲げられている。また、これらに対する安全性が一段と高いことを前提に、浮体上の施設や設備、建築物の防災計画が立案されようとしている。本研究は、これらのうち漂流に着目し超大型浮体の係留系が逐次崩壊を起こして漂流に至る事象に対して意図した通りの安全性を有するか、数値計算と模型を用いた実験により破壊過程をシミュレートし、さまざまな観点から検討を加え、その挙動を明らかとしたものである。 本論文の前半では、わが国において実現性の最も高い、ポンツーン型超大型浮体に着目し、防波堤が十分に機能している状態で台風に起因する過大な風荷重が作用し、ドルフィン係留が逐次崩壊を起こして漂流に至るというシナリオについて検討を加えている。まずポンツーン型浮体-ドルフィン係留系の挙動を時系列で計算する解析法の開発を行っている。この形式の超大型浮体の係留解析では、従来水平面内の変形を無視して浮体を剛体として取り扱うことが多かったが、本研究では、面内曲げ変形、剪断変形を考慮し、さらに従来線形ばねとして扱われることもあったドルフィン係留を、フェンダーのヒステリシス特性や過圧縮特性、組杭式固定構造物の変形特性を精度良く取り入れている。風荷重については、その空間変動規模(乱れのスケール)を考慮し、空間相関を考慮した取り扱いにより風荷重を与えている。以上より得られた非線形の支配方程式を時間領域で解くことにより浮体の挙動を求めている。本解析法により、台風による風の最も厳しい条件下で、係留系が逐次崩壊を起こす挙動を解析した。 長さ5000m、幅500mの浮体の場合、弾性変形により初期破壊位置は浮体中央部に集中することが明らかとなった。中央部から生じた破壊は端部に向かって進行し、最後の崩壊場所は端部が最も多くなる。剛性を0.01倍に下げた場合は浮体中央部と端部の間から崩壊の始まる事例が多くなっている。一方、浮体幅1000mの場合は初期破壊位置が端部に集中しており、剛体と同様の破壊挙動を示し、面内弾性変形が破壊挙動に及ぼす影響が少ないことが明らかとなった。初期破壊が生じてから全壊に至るまでの時間は幅500m、1000m共に10min程度であることが判明した。 風荷重については、台風時には従来考えられてきたよりも大きな空間相関を考慮する必要が指摘されており、乱れのスケールによって支配される空間相関規模が逐次崩壊に与える影響について調べた。乱れのスケールの大きく空間相関が高いほど崩壊しやすいことが確認された。これは風荷重の相殺効果が小さいため動的効果が顕著に現れたためである。 ドルフィン係留の挙動を正確に考慮した場合、より崩壊しにくいことがわかった。これは係留のヒステリシス特性や定反力特性による荷重再配分効果により荷重が広く分散されるためである。したがって、ドルフィン係留された超大型浮体の係留系の破壊特性を検討する際には、これらの非線形性を正確に考慮することが必須であることが判明した。 本研究の後半では、傾斜テンションレグにより係留された超大型半潜水式浮体の係留系の逐次崩壊について検討を加えている。超大型浮体式海洋構造物を中水深の外洋に設置することを想定する場合、水深が深いため防波堤の建設は難しく、また係留のために大規模な固定式構造体が必要になるドルフィン係留は難しいと判断される。そこで浮体が外洋の厳しい海象条件に直接さらされることを想定して、波浪中応答特性の良好なセミサブ形式を浮体形式として採用している。さらに、海上空港などの用途に用いられる場合、管制機器および居住性から来る動揺に対する性能要求は非常に厳しく、これに答えるべく動揺を抑える能力の高い係留方式として傾斜テンションレグ係留を採用している。 本研究では、まず解析法の開発を行っている。浮体の運動を水平方向については剪断撓みを考慮した梁、上下方向については板としてモデル化し、得られた運動方程式をガラーキン法により運動方程式を定式化した。時間領域で解くことにより、浮体の挙動、浮体-係留系の逐次崩壊挙動を計算している。外力としては波荷重と風荷重を考慮している。また、セミサブ型浮体模型に規則波と不規則波をかけ係留系逐次崩壊実験を行っている。係留系の破壊は、磁石を用いた破断機構を模型の傾斜テンションレグに組み込むことにより、ある一定値以上の負荷が係留索にかかると係留が浮体からはずれるようにしている。 規則波をかけた場合、浮体が周波数に応じた味噌摺り運動を行い、これにより最大張力が発生する位置が異なってくることが実験と計算より判明した。このため、破断する係留位置は波条件に応じて、波下側から始まる場合、波上側から始まる場合など複雑な様相を示すことが分かりその機構が明らかにされた。また、波進行方向直交方向については浮体の弾性挙動における境界条件の影響から、浮体端部からある程度離れた部分で破壊しやくすなり、実験に用いた浮体ではこれに相当する部分が浮体中央部となっていることが判明した。また初期破壊が生じてから全壊するまでに要する時間は実機スケールに換算すると1min程度で初期破壊が生じてから全壊に至ることがわかった。これらを通じて超大型浮体の係留系の破壊挙動において従来小型の浮体で注目されることの少なかった浮体自体の弾性挙動が重要な役割を担っていることが明らかになった。 以上、本論文は、係留系の逐次崩壊による漂流という超大型浮体の重大な事故形態について検討を加え、論点となっていたいくつかの問題に明確な回答を与えたものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |