学位論文要旨



No 114216
著者(漢字) 江崎,浩司
著者(英字)
著者(カナ) エサキ,コウジ
標題(和) 非均質層を有する積層複合材料の層間破壊に関する研究
標題(洋)
報告番号 114216
報告番号 甲14216
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4342号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 教授 伏見,彬
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 助教授 吉成,仁志
 東京大学 助教授 青木,隆平
内容要旨 緒言

 先進複合材料の一つである炭素繊維強化プラスチック(CFRP)は,航空宇宙構造物など軽量化が必須の分野で欠くべからざる材料となっている。その理由は,特に比強度,比剛性に優れているという性質を有しているためである。しかし,同時にそれは繊維強化方向についてのみであり,非常に大きな異方性を有している。CFRPは通常薄いシート状プリプレグを積み重ねて加熱硬化させることにより,目的の形状と強度をもった構造部材に成形される。その異方性を利用すると必要な方向に必要な特性を持たせることができるという優れた材料であるが,それはあくまで積層面内での場合である。繊維強化されていない板厚方向については,面内と比較すると強度は著しく劣る。したがって,積層複合材料構造物において,もっとも問題となるのは層間にはく離を生じる場合であり,それが構造物の寿命を決定する重要なファクターとなっている。そのため,層間の高靭化を目指した材料開発,層間破壊メカニズムの解明に関する研究が活発に行われている。

 本研究では,層間に高靭性層を有する積層複合材料や異なる繊維配向角間の層間破壊特性について実験,数値解析の両面から検討し,その層間破壊メカニズムを解明することを目的とした。これらの材料は,複雑な破壊挙動を示し,破壊が進行する層を積層材全体から独立した非均質層として扱わねばならない。以下,これら非均質層を有する積層複合材料の層間破壊メカニズムについて得られた知見を述べる。

インターレイヤを有する積層複合材料の層間破壊特性

 まず,インターレイヤと呼ばれる,高靭性粒子が分散された層間を有する積層複合材料について,その層間破壊特性を実験により定量的に評価した。初期の静的層間破壊靭性値は,開口型のモードI,面内せん断型のモードIIとも,汎用材の2〜3倍程度と優秀な値を示した。しかし,進展中の層間破壊靭性値は,モードIの場合減少し,最終的には汎用タイプ並みの値に漸近した。モードIIの場合は,進展中の層間破壊靭性値はほぼ一定であり,その値も優秀なものであった。このような変形モードの相異による,層間破壊特性の違いを解明するために,走査型電子顕微鏡を用いて破面観察を行った。モードIの場合,き裂進展初期においてはインターレイヤ内を進展するが,徐々に繊維強化層内へとき裂進展経路が遷移していた。一方,モードIIの場合,き裂は上下のインターレイヤ/繊維強化層界面間を往来し,破面はいわゆる海島構造を呈し,繊維強化層内へのき裂進展経路の遷移は生じなかった。次に,粒子分散による高靭化メカニズムを解明するために,粒子が分散された非均質層が均質な異方性弾性体にサンドイッチされたモデルに対して,弾塑性解析を行った。モードIの場合,粒子に非常に大きな静水圧応力がかかることがわかった。このような応力場においては,粒子を起点にして破壊が生じる可能性が高くなる。実際,モードIの場合,初期の静的層間破壊靭性値は優秀であり,破面もスポンジのような凸凹の構造をとる。き裂が進むとき,より多くの破面が形成されるため,より多くのエネルギーを要するといえよう。一方,モードIIの場合,静水圧応力の上昇は認められず,エポキシマトリックス領域が塑性化する前に広範囲の粒子がせん断ひずみにより塑性化していく現象が解析された。主として粒子がせん断変形を受け持つことで高靭化が達成されているといえよう。また,モードII疲労層間破壊試験においては,き裂進展連度da/dNとエネルギー解放率Gllmaxの関係にはべき乗則の成立する領域があり,そのべき乗指数はインターレイヤがある場合の方が低くなった。しかし,き裂が進展しない下限界においては,インターレイヤの有無に関わらず,ほぼ等しいGllmaxthが得られる。つまり,高靭化効果は疲労き裂が進展する過程においてのみ,その効果が発現するという興味深い結果が得られた。

インターリーフを有する積層複合材料の層間破壊特性

 インターレイヤの実験では,インターレイヤの厚さ,インターレイヤの物性といったパラメータは一定であり,それらがパラメータとなった場合の層間破壊特性については,依然として不明である。その中で,特に高靭性樹脂層厚さというパラメータが及ぼす影響というものに興味が惹かれた。そこで,高靭性樹脂層の厚さのみの影響を検討するために,粒子が含まれていない層間樹脂リッチ層(インターリーフ)を有する積層材に対して,その厚さが層間破壊特性に及ぼす影響についての研究を行った。まず,静的な層間破壊特性について,インターリーフ厚さと層間破壊靭性値の関係をFEM弾塑性解析により,検討を行った。

 インターリーフにおいては,均質材におけるき裂先端近傍の応力特異場を単純に適用することはできない。塑性域寸法rpとインターリーフの厚さhの関係から以下の3種類に分けて考える必要がある。

 (i)rp<<hの場合は,微小降伏の仮定が成り立ち,応力拡大係数を用いて,線形破壊力学のとり扱いができる。

 (ii)rp<hであるが微小降伏の範囲を超えた場合は,HRR特異場が存在するから,J積分に基づいた破壊力学のとり扱いができる。

 (iii)rp>hと塑性域寸法が大きくなり,自己相似性を示さなくなる場合は,塑性域の成長が,外側の繊維強化層により拘束をうけ,き裂先端近傍にHRR特異場が存在しなくなり,均質材料を対象とした破壊力学は適用できなくなる。

 CFRPの比強度,比剛性に優れた特性をなるべく損なわないための実用的なインターリーフの厚さは数10mであろう。そのようなインターリーフ厚さにおいては,(iii)の自己相似性を示さない応力場においてき裂が進展すると思われる。本研究においては,特に(iii)の場合の応力場を解析した。更に破壊クライテリオンとして,高分子材料に特有のクレージング,ボイドとき裂先端の合体,界面引張破壊,界面せん断破壊,被着材破壊を想定した。各破壊クライテリオンの与える破壊靭性値をインターリーフ厚さの関数で表した。実際の破壊において支配的となるものは,その中で最小値を与えるものである。ほとんどの破壊クライテリオンにおいては,インターリーフが薄くなると,それにつれて破壊靭性値もついても小さくなる。

 インターリーフが無い場合も含めて4種類のインターリーフ厚さに対してMode II疲労試験を行った。300mまでの範囲であるが,き裂進展速度da/dNとエネルギー解放率Gllmaxの関係のべき乗指数は,インターリーフが厚くなるほど,小さくなり,疲労特性も優れていることがわかった。また,き裂進展速度が速い領域ではインターリーフ内破壊が支配的となった。き裂進展速度が速い領域,つまり,疲労損傷域が大きい場合には,その損傷域に含まれるボイドと主き裂が合体することにより,はく離進展が生じるためである。き裂進展速度が遅く,疲労損傷域が小さい場合には,その損傷域に含まれるボイドが含まれる可能性が減少し,繊維強化層とインターリーフ界面での破壊が支配的となった。また,このインターリーフを有するCFRPの下限界は,インターリーフの無い場合の8倍程度となり,それはインターリーフの無い場合の静的破壊靭性値よりも大きくなった。この下限界値の飛躍的な向上の説明として,初期き裂から成長した傾斜き裂の先端がインターレイヤ/繊維強化層界面で停留するという幾何学的な観点からの説明を行った。このような状態の時,真のエネルギー解放率は,実験で計測される見掛けのエネルギー解放率の40%程度しかない。また,き裂先端近傍の応力分布を調べることにより,この時の破壊条件は,マクロな試験片レベルではモードII変形であるが,き裂先端近傍ではモードI破壊が支配的であることも分かった。

±層間における積層複合材料の層間破壊特性

 非均質層として扱う必要があるのは,インターリーフなどの層間高靭性層だけとは限らない。通常,積層複合材料が使用される時,必要な方向に必要な特性を持たせるために,様々な繊維配向角を組合せて用いられる。異なる繊維配向角間で層間破壊が生じる時,きれいに層間で破壊することは稀である。ほとんどの場合,上下き裂面間に繊維がまたがる,いわゆる,ファイバーブリッジングが生じる。本研究では+/-(=0°,15°,30°,45°,60°,75°,90°)間について,その層間破壊特性についても研究した。ファイバーブリッジングによるき裂進展中の破壊靭性値の向上は,モードIでは非常に顕著に現れる。=0°〜75°の範囲では,繊維配向角が大きくなるほど,ファイバーブリッジングによるき裂進展抵抗の増加が大きくなる。また,繊維配向角が大きくなるほど,ファイバーブリッジングの形態もファイバーの束へと変化していく。このファイバーブリッジングによるき裂進展抵抗の増加の度合いを,き裂進展量と余分に必要としたモーメントとの関係から定義した。=30°〜60°においては,ある程度き裂が進展すると層内破壊から滑らかな界面破壊に移行する場合がある。この理由をファイバーブリッジングによるモードII成分の発生という観点から説明した。

 一方,モードIIにおいても層内破壊に移行し,ファイバーブリッジングは生じてはいるのであるが,変形が面内変形のため,ファイバーブリッジングが上下き裂面のずれに抵抗する影響は小さく,進展抵抗の増加につながらない。よって,繊維配向角によるき裂進展抵抗の増加の違いはほとんど見られなかった。また,き裂進展開始点を目視によるもの,AE計測によるもの,荷重の極大値の3種類で定義した時,繊維配向角の違いにより,その観測され方が異なった。この現象を初期き裂前縁での幅方向のエネルギー解放率の分布の違いから説明した。

結言

 層間高靭性層や±層間を有する積層複合材料において破壊が進行する層を非均質層として扱うことにより,その層間破壊メカニズムを考察した。まず,粒子が分散された層間高靭性層においては,き裂の変形モードによって,粒子の果たす高靭化メカニズムが異なることを示した。次に層間高靭性層の破壊クライテリオンを定義し,静的層間破壊靭性値はその厚さに依存することを示した。さらにMode II疲労特性は層間樹脂層の疲労特性だけでなく,局所的なき裂先端の形状にも依存していることを示した。最後に±層間における破壊特性が繊維配向角及びき裂の変形モードによりどのように異なるかを示した。

審査要旨

 先進複合材料の一つである炭素繊維強化プラスチック(CFRP)は、その優れた比強度・比剛性を活かして航空宇宙構造物など軽量化が必須の分野で欠くべからざる材料となっている。CFRPは通常薄いシート状プリプレグを積み重ねて加熱硬化させることにより、目的の形状と強度をもった構造部材に成形される。その異方性を利用すると同時に必要な方向に必要な特性を持たせることができるという優れた材料であるが、繊維強化されていない板厚方向については,面内と比較すると強度は著しく劣る。したがって、積層複合材料構造物において,もっとも問題となるのは層間にはく離を生じる場合であり、それが構造物の寿命を決定する重要なファクターとなっている。そのため、層間の高靭化を目指した材料開発、層間破壊メカニズムの解明に関する研究が活発に行われている。本論文は、このような背景のもとで、層間に高靭性層を有する積層複合材料や異なる繊維配向角間の層間破壊特性について実験および数値解析の両面から検討し、その層間破壊メカニズムを解明することを目的としたもので、7章より構成される。

 第1章は序論で、本研究に関する従来の研究について述べ,問題点を明らかにし,本論文の構成を述べている。

 第2章では、本研究の基礎理論として、異方性弾性体の線形破壊力学、非線形破壊力学および数値解析手法として用いた非線形有限要素法について基礎的事項を述べている。また、第3章では、本研究で用いた積層複合材料のモードIおよびモードIIの層間破壊実験手法の概要についてまとめて述べている。

 第4章では、インターレイヤと呼ばれる高靭性粒子が分散された層間を有する積層複合材料について、その層間破壊特性を実験により定量的に評価している。初期の静的層間破壊靭性値は,開口型のモードI,面内せん断型のモードIIとも,汎用材の2〜3倍程度の値であるが、進展中の層間破壊靭性値は,モードIの場合は減少し、最終的には汎用材並みの値に漸近すること、一方、モードIIの場合は、進展中の層間破壊靭性値はほぼ一定であることを示し、このような変形モードの相異による層間破壊特性は両者のき裂進展経路の相違によることを走査型電子顕微鏡を用いた破面観察により明らかにしている。また、モードII疲労層間破壊試験を行い、き裂進展速度とエネルギー解放率の間にべき乗則の成立する領域があり,そのべき乗指数はインターレイヤがある場合の方が低くなるが、き裂が進展しない下限界においては、インターレイヤの有無に関わらずほぼ等しいエネルギー開放率が得られること、すなわち、高靭化効果は疲労き裂が進展する過程においてのみ発現されるという知見を得ている。次に、インターレイヤの弾塑性解析により、モードIの場合、粒子に非常に大きな静水圧応力がかかるので、粒子を起点にして破壊が生じる可能性が高くなること、一方、モードIIの場合には、静水圧応力の上昇は認められず、マトリックス領域が塑性化する前に広範囲の粒子がせん断ひずみにより塑性化していくので、主として粒子がせん断変形を受け持つことで高靭化が達成されていることを説明している。

 第5章では、高靭性樹脂層の厚さのみの影響を検討するために、粒子が含まれていない層間樹脂リッチ層(インターリーフ)を有する積層材に対して、その厚さが層間破壊特性に及ぼす影響について検討を行っている。静的な層間破壊特性について、インターリーフ厚さと層間破壊靭性値の関係を弾塑性解析により検討し、高分子材料に特有の代表的な破壊クライテリオンの与える破壊靭性値をインターリーフ厚さの関数で表し、ほとんどの破壊クライテリオンにおいて、インターリーフが薄くなると破壊靭性値も小さくなることを示している。また、4種類のインターリーフ厚さに対してモードII疲労層間破壊試験を行い、き裂進展速度とエネルギー解放率の関係のべき乗指数は、インターリーフが厚くなるほど小さくなること、また、き裂進展速度が速い領域と遅い領域における破壊メカニズムの差異を明らかにしている。また、このインターリーフを有するCFRPの下限界が、インターリーフの無い場合より8倍程度大きくなる理由について、初期き裂から成長した傾斜き裂の先端がインターレイヤ/繊維強化層界面で停留するという幾何学的な観点から説明し、き裂先端近傍の応力分布を調べることにより、この時の破壊条件は、マクロな試験片レベルではモードII変形であるが,き裂先端近傍ではモードI破壊が支配的であることも明らかにしている。

 第6章では、異なる繊維配向角間(+/-)で層間破壊が生じる場合に上下き裂面間に繊維がまたがる、いわゆる、ファイバーブリッジングが層間破壊特性に及ぼす影響ついて検討し、き裂進展中の破壊靭性値の向上は,モードIでは非常に顕著に現れることを明らかにしている。=0°〜75°の範囲では繊維配向角が大きくなるほどき裂進展抵抗の増加が大きくなり、この増加の度合いをき裂進展量と余分に必要としたモーメントとの関係から定義している。一方、モードIIにおいては、変形が面内変形のため、ファイバーブリッジングが上下き裂面のずれに抵抗する影響は小さいことを示している。

 最後の第7章は結論で、本論文の成果を総括したものである。

 以上を要するに、本論文は、層間高靭性層や±層間を有する積層複合材料において破壊が進行する層を非均質層として扱うことにより,その層間破壊メカニズムを詳細に考察し、層間高靭化メカニズムに影響を及ぼす諸因子を明らかにしたものである。本論文の成果は複合材料設計に対して新しい知見と理論的ベースを提供するものであり、工学とくに複合材料工学の発展に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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