学位論文要旨



No 114218
著者(漢字) シャーベス,カルロス
著者(英字)
著者(カナ) シャーベス,カルロス
標題(和) 延性-脆性遷移領域における鋼材の破壊靱性評価に関する研究
標題(洋) Fracture Toughness Assessment of Steels in the Ductile-Brittle Transition Region
報告番号 114218
報告番号 甲14218
学位授与日 1999.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4344号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 吉成,仁志
 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 影山,和郎
内容要旨

 本研究は鋼材の延性-脆性遷移(DBT)領域における破壊靭性に関して多方面から検討を加えたものである。このような領域における最も著しい特徴は、破壊機構が純脆性から延性に遷移し、破壊靭性が亀裂寸法および形状という幾何学的因子の影響を受けることである。関連寸法に比べて亀裂先端近傍の塑性域が増大すれば、応力3軸度が失われ、平面ひずみ小規模降伏(SSY)状態から大規模降伏(LSY)状態へと変化し拘束度が低下する。さらに、劈開破壊発生位置のランダム性のため実験データの解釈上、破壊靭性データの統計的な取り扱いが必要になる。本研究では特に以下のような2点に注目した。1つは構造コンポーネントのほとんどの実欠陥に対応する低拘束状態で測定されるべき限界破壊靭性の定量化である。もう1つは逆の条件、すなわち、SSY条件が支配的であることを保証するために必要な最小試験片寸法を算定することである。

 本研究は4つの部分からなる。すなわち、破壊のグローバルおよびローカルアプローチの背景、延性亀裂成長が劈開に先行するときの破壊靭性の評価および推定、広幅板試験片における半楕円表面亀裂の評価、遷移領域における靭性試験での試験片寸法要求である。

 最初に、従来の破壊力学のレビューと本研究の理論(2パラメータ破壊力学およびローカルアプローチ)を述べている。グローバルパラメータに関してはごく簡単に触れるにとどめ、ローカルアプローチに関しては脆性破壊機構、破壊発生の微視的機構と巨視的な亀裂先端部応力条件との関係、および最弱リンク統計理論について述べた。ついで、塑性域内には微小な活性プロセスゾーンがあることを示し、これよりローカルパラメータを求めた。このパラメータはワイブル応力(Weibull stress,)と呼ばれ破壊靭性の推定に用いられる。その確率分布は拘束効果、寸法効果、劈開に先行する延性亀裂成長、温度変化に影響されない。また、の分布のワイブル形状および尺度パラメータの算定法および各種試験片形状の破壊靭性推定法について述べている。

 上部遷移領域というのは、ある程度の延性亀裂成長が劈開破壊に先行するようなDBT領域の一部である。この領域はしばしば実用温度範囲に入り、延性亀裂成長が起こる温度と材料が塑性崩壊を起こす温度との中間に位置する。このような場合の評価では亀裂先端近傍の応力条件のみならず応力場における延性亀裂成長の影響が知られていなければならない。第3章では、低硬化材料からなる拘束度大小の2種の試験片形状に関する破壊靭性、ローカルアプローチのための延性亀裂成長機構を組み込んだ平面ひずみ有限要素解析を実施した。図1は延性亀裂成長が生じる場合の靭性の予測結果を示したものである。本評価では靭性パラメータとしてJ-積分を用いた。実験および解析による結果から以下のような結論が得られた。

 ・解析および実験結果から低硬化材では拘束度によって破壊靭性に1オーダほどの差が生じる。また、劈開に先行する延性亀裂成長はデータのばらつきを大きくする。ひずみ硬化は延性亀裂成長、従って靭性挙動に影響する重要な特性である。

 ・著しい延性亀裂成長が観察される場合は推定モデルに延性亀裂を考慮しなければならない。そうしなければ推定精度が低下する。本解析では延性材料応答にGursonモデルを用いたが、今後の研究では別のモデルの適用も検討すべきである。

 ・本モデルは破壊靭性評価の応用上有用であると考えられるが、推定曲線と実験結果の間には食い違いがみられる。この理由は本供試材中の介在物や材質不均質性の影響によるものと考えられる。従って拘束効果を考慮した評価法は高度な微視的均質性をもつ材料でなければ高精度の評価が困難である。

図1:延性亀裂成長が生じる場合のワイブル応力と破壊確率

 第4章では半楕円表面亀裂をもつ広幅板の評価について述べている。数値解析に関しては5種類の表面亀裂形状について3次元FEM解析を行い、亀裂形状変化による破壊靭性評価に応用した。ここでは靭性パラメータとしてCTODを用いた。硬化特性が大中の2種類の材料を解析に用いた。その際、プロセスゾーンがリガメントに進展していく場合の亀裂長の影響は実断面降伏直後に、亀裂深さの影響は十分な塑性変形後に検討している。浅い切欠曲げ試験片および表面亀裂引張試験片(SC(T))の解析と破壊靭性を比較検討した。大型SC(T)試験片の実験は周到な準備の下に万全を期して行われたものであるが、以下のような結論が得られた。

 ・解析された材料では若干の破壊靭性の形状依存性がみられた。半楕円表面亀裂は亀裂が深くてもある程度の形状依存性を示す。ローカルアプローチによれば拘束効果を考慮して亀裂形状と破壊靭性の相関を求めることができる。

 ・本標準評価法は亀裂形状と材料特性を考慮して低レベルの限界破壊靭性に拡張できる。5種類の亀裂形状に対する限界CTODの変化を示す提案の線図(図2)は引張表面亀裂の拘束度を考慮した破壊靭性評価の指針として使える。

図2:半楕円表面亀裂-CTODの寸法依存性の推定

 前述のように、ローカルアプローチを応用するための基本的条件が満足されるためには材料の材質が十分に均質でなければならない。また、ひずみ硬化の小さな材料を用いる限り、SC(T)試験片モデルでは延性亀裂成長効果を考慮しなければならない。本研究は材料、亀裂および板形状が理想的な状態について行っている。今後は劈開に先行する延性亀裂成長を扱うSC(T)試験片のためのより完全なFEMモデルの開発、実際の溶接部のモデル評価、曲げまたは2軸荷重下の半楕円亀裂試験片の拘束度評価、ローカルアプローチによる高ひずみ集中部付き構造コンポーネントの評価について検討すべきである。

 第5章では遷移領域における破壊靭性試験に対する試験片寸法要求値について検討している。合目的性を基本とするCTOD評価法では試験片の限界寸法を要求しないが、本論ではJ-積分を靭性パラメータとして用いる。Anderson and Doddsの提案する方法および彼らの方法とローカルアプローチによる本法の相関を示した。内容は理論的背景、解析、実験的検証からなる。実験的検証では遷移領域における29個の構造用綱の試験結果を用いた。本研究からは以下のような結論が導かれた。

 ・の分布を表すワイブルパラメータを求めるための新しい手法を提案した。本法の特長はDBT領域内の任意温度における靭性試験データが必要であるが、労力を要する詳細な有限要素モデルを必要としない点にある。本手法は、破壊靭性データの形状は温度変化によらず、材料降伏強度は温度の関数であるという仮定を用いている。本手法を応用したところ、引用文献の形状パラメータmと良好な一致が見られた。また広範囲の鋼材について機械的特性を系統的に変えた考察を行った。

 ・解析結果と実験的検証から、深い切欠の3点曲げ試験片における寸法要求として現行条件を以下の限界寸法に修正することを提案した(図3参照)。

 

 ここに、bは試験片のリガメント長さ、aは亀裂長さ、Bは板厚、Yは降伏応力である。提案した条件はASTM規準の現行条件に比較して50%緩和したことになる。

 上述のように、理論的背景を除いて本研究は目的は異なるが多くの共通性をもつ3つの基本的系統からなっている。広範な実験および解析結果から、ローカルアプローチは遷移領域の破壊靭性の相関および推定のツールとして有効であるという結論を得た。本理論は応力が破壊の主要な支配機構である材料(第4章で使用した材料)にはそのまま応用可能であるが、亀裂先端部のひずみの影響を考慮しなければならない場合もある(第3章)。最後に、第5章を除いてこの方面の研究では残された課題も少なからずあることを付記したい。

図3:3点曲げ試験片の限界寸法要求
審査要旨

 破壊力学は、構造物の破壊に対する安全性を確保するためのツールとして活用される。この際、現実の複雑な構造要素における破壊挙動と簡単な標準試験片から得られる破壊靭性値との対応をよく理解することが、安全性と経済性のバランスを考慮する上でも大変重要になってくる。特に、実用上問題となる鋼材の延性-脆性遷移温度領域における破壊靭性に関しては、破壊機構が純脆性から延性に遷移し、その値がき裂寸法および形状という幾何学的因子の影響を受けるようになることに注意を要する。き裂先端近傍の塑性域が増大していき、応力3軸度が失われて、平面ひずみ小規模降伏状態から大規模降伏状態へと移行することにより拘束度が低下することがその主たる原因である。一方で、この領域では破壊靭性のばらつきが大きく、統計的な取り扱いが必要になることも念頭に置かねばならない。

 以上のような背景から、本論文では、鋼材の延性-脆性遷移領域における破壊靭性に関して、特に以下の2点に注目した検討を行っている。1つは、実構造要素における欠陥は、標準試験片に比し低拘束状態であることが多いことから、その限界破壊靭性をいかに定量化すべきかということ、もう1つは逆の条件、すなわち、平面ひずみ小規模降伏条件が支配的であることを保証するために必要な最小試験片寸法を算定することである。

 本論文は6章より構成される。

 第1章「Background」では、本研究の背景、目的および各章の概要を示している。

 第2章「Grobal and Local Approaches to Fracture」では、従来の破壊力学のレヴユーと本研究で用いる理論(2パラメータ破壊力学およびローカルアプローチ理論)について説明している。特に、Bereminらが発展させてきたローカルアプローチ理論に関しては、脆性破壊機構、破壊発生の微視的機構と巨視的なき裂先端部応力条件との関係および最弱リンク統計理論から説き起こし、ついでローカルパラメータとして破壊靭性の推定に用いられるワイブル応力(Weibull Stress)分布の形状パラメータおよび尺度パラメータの算定法、さらに各種試験片形状の破壊靭性推定法について従来研究の成果をふまえつつ簡潔に取りまとめた。この概念が、本研究で中心的役割を果たすものである。

 第3章「Transition from Ductile Tearing to Cleavage」では、延性き裂成長が劈開破壊に先行するときの破壊靭性の定量的評価について実験的・解析的検討を行っている。実用温度範囲では、ある程度の延性き裂成長が劈開破壊に先行することが多く、このような場合の評価では、き裂先端近傍の応力条件のみならず応力場における延性き裂成長の影響を考慮しなければならないと考えられる。ここでは、低硬化材料からなる拘束度が大および小の2種の試験片形状に関する破壊靭性試験を実施し、また、ローカルアプローチに延性き裂成長機構(Gursonモデル)を組み込んだ平面ひずみ有限要素法で解析を行った。その結果、1)実験結果および解析から、低硬化材では拘束度によって破壊靭性に1オーダーほどの差が生じることを確認し、延性き裂成長およびひずみ硬化が靭性挙動に影響する重要な特性であること、2)著しい延性き裂成長が観察される場合、推定精度を保持するには延性き裂成長の考慮が不可欠であること、3)本モデルにより拘束の異なる場合の破壊靭性をほぼ妥当なレベルで評価することができるが、推定曲線と実験結果の間には多少の食い違いがみられ、この理由は供試材中の介在物や材質不均質性の影響によるものと考えられ、従って拘束効果を考慮した評価法は高度な微視的均質性をもつ材料でなければ高精度の評価が困難であること、などを明らかにした。なお、ローカルアプローチは、破壊靭性のばらつき特性を扱うことが可能で、2パラメータ破壊力学に比し、より優れた手法であることも確認している。

 第4章「Semi-Elliptical Surface Cracks in Wide Plates」では、半楕円表面き裂をもつ広幅板における靱性評価について検討している。実構造モデル試験として表面切欠付き大型引張試験を系統的に実施し、その数値解析結果より、ローカルアプローチによって拘束効果を考慮すれば、標準試験の結果から大型試験の破壊靭性を予測できることを示した。このような大型試験片による実験研究は、実験設備やコストの点からほとんどなされておらず、データとしても大変に貴重なものである。一方で、き裂形状と破壊靭性の相関を検討するために、硬化特性が大中2種類の材料で、かつ表面き裂形状を5種類に変化させて3次元有限要素解析を行い、き裂形状変化(従って、拘束の変化)に伴う靭性挙動を評価することを試みた。ここでは、靭性パラメータとしてCTODを用いている。そして、5種類のき裂形状に対する限界CTODの変化を示す線図を提案した。これは、引張板における表面き裂の拘束度を考慮した破壊靭性評価の指針として用いることができ、実用上有用な成果であると言える。

 第5章「Specimen Size Requirements」では、遷移領域における破壊靭性試験に対する試験片寸法要求値について検討している。現在、遷移領域の破壊靭性試験に関して国際的に注目されている問題として試験片の限界寸法要求値が挙げられる。すなわち、靭性の最下限値に対応する平面ひずみ小規模降伏状態を実現するための要求であって、米国ASTM規格では、AndersonとDoddsの提案する要求値を採用している。これは、パラメータとして、Kに比べ適用範囲の広いJ積分を用いており、近年採り入れられたものであるが、大変に厳しい要求となっている。しかし、その提案の根拠は有限要素解析であり、実験的裏付けに乏しいと考えられる。そこで、本研究では、ローカルアプローチ理論による解析と共に、中・高硬化特性を持つ29本の構造用鋼についての破壊靭性試験データを用いた検証を行うこととした。その結果、深い切欠付き3点曲げ試験片における必要最小寸法要求が、現行ASTM規準に対し50%程度緩和できることを見いだした。この提案は、より小型の試験片で妥当な最下限靭性を評価することができることを意味し、実用上の意義が大変に大きい。本章では、さらに、ワイブル応力分布のパラメータを、労力を要する詳細な有限要素モデルを必要とせずに推定できる手法をも提案している。広範囲の鋼材について機械的特性を系統的に変えた考察を行い、パラメータが各種引用文献の値と良好な一致を見せることを確認している。

 第6章「Conclusions」は、本研究の成果を取りまとめたものである。

 以上を要するに、本論文は、広範囲の実験および詳細な解析結果から、まず、ローカルアプローチ理論が延性-脆性遷移領域の破壊靭性値の定量的評価のツールとして有効であることを示すと共に、この考え方を基盤とした考察から、破壊靭性試験に対する試験片寸法の要求基準を新たに提案したものである。多くの新しい知見を得ると共に、破壊靭性評価に関する実用上の問題に対しても有用な手法を提供しており、今後の、構造物の耐破壊安全性評価技術の向上にとって寄与するところが誠に大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク